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第四話 信じるか信じないかはあなた次第
しおりを挟むあの日、私は真っ白い光の世界の中にいた。
不慮の事故で亡くなったあの日、私は天国のような場所にいた。
「なんと哀れな子。願いを一つ叶えてあげましょう。
あなたはこれから転生します。
叶えて欲しい願いはありますか?」
その神々しい声に私はこう叫んだ。
「推しと結ばれる世界をください!」
そして光が去った後、私は制服姿で道ばたに座り込んでいて、
「おい、お前、こんなところでなにをしている」
目の前には、あの王子が立っていた。
「…うーん、懐かしい夢を見たなあ」
そう学院の廊下を歩きながら私は呟く。
あれは転生してきた時の夢だ。
そういえばそんなこと願ったなあ、と思いながら進んでいると、向こうからあの王子が歩いてくるのが見えた。
いつもなら喰ってかかる私だが、いや、やめよう、とふっと大人の態度を見せて通り過ぎる。王子は戸惑った顔をして、遠ざかる私の背中を見ていた。
「ごらんになった? 今の」
「ああ、お互いに無視なさったぞ」
「おかしいですわね。喧嘩でもなさったのかしら」
「まさかオリヴィア様がなにか言ったのでは」
聞こえる生徒たちの囁き声。オリヴィア様のせいと思われるのは嫌だが、これには訳があるのだ。
「おい、どういう了見だ!」
「無視無視無視大作戦をわずか一時間で台無しにした顔だけ王子ごきげんよう」
「は?」
その一時間後、中庭で本を読んでいたらあの王子が来た。台無しである。
「じゃない! 俺を無視するとはどういうつもりだ!
天変地異の前触れか!?」
「あなたの中で私はどんな位置づけなんですかねえ?
地震雷火事親父ですか?」
「は?」
「そんな慣用句はともかく、私はひらめいたのですよ」
据わった目で言った私に、王子も思わず気圧される。
「そもそも一緒にいなければ誤解されないじゃん、作戦」
「…は」
間抜け声を漏らした王子にたたみかけるように私は言う。
「いいですか? そもそも私たちが一緒にいるから誤解されるのです。
なら一緒にいなければよろしい。そうは思いませんか?」
「………た、確かに」
王子も一理あると思ったのか顎に手を当てて頷く。
「そういう訳です。しばらく会話もなしで行きましょうね」
「…わかった。そういうことなら俺も協力しよう」
「あ、オリヴィア様は私と一緒に過ごしますからご遠慮ください」
「お前が遠慮しろ。俺の婚約者だ」
「あ?」
「お?」
ついいつものくせで威嚇しあってしまったが、それでは解決にならない。
「ひとまず、距離を置きましょう。オリヴィア様のことはそれからです」
「あ、ああ、そうだな」
というわけで、お互いに話さない干渉しないと決めたはず、なのだが。
「どうなさったのかしら?
王子とあの平民娘」
「ああ、今日はまるで一緒にいない」
「おかしいですわ。あんなに仲睦まじかったのに」
「あら、あなた反対していたんじゃありませんの?」
「そ、それはオリヴィア様の手前…。でも身分差のロマンスというのはその」
「まあ、素敵ですわよね…」
そんなひそひそ声が聞こえる廊下を歩きながら、私はおかしいと思った。
なぜそんなに好意的なのだ。王子と平民だぞ。結ばれるわけなかろう。
そもそも私と王子の会話は8割が喧嘩だ。
あれを聞いてなぜ仲睦まじいと思う?
そう悩んでいた私は、不意に声をかけられて顔を上げる。
「アリアさん」
「お、オリヴィア様!」
ああ、今日も麗しいオリヴィア様。この天使を独り占め出来る幸せ。やはりあの王子は邪魔、と思った矢先、
「ラインハルト様と喧嘩なさったの? 今日は一緒にいらっしゃらないから心配しているの」
お前もか、ブルータス。目が据わりました。
「そ、そんなこと、そもそも私は王子とはなんでもなくて」
「そんな悲しい嘘を吐かないで。あんなに一緒だったのに」
やめてくれどこかのガンダムのEDみたいなことを言うのは。
一緒にいたんじゃない割り込まれていただけなんだ。
あんなに喧嘩していたのに、みんなの目は節穴か???
「私の大切な二人が喧嘩しているのは、寂しいわ」
あれれ~? おかしいな~。いつも喧嘩していた気がするよ?
「あの日だって、一緒に私を助けてくれたじゃない」
「え、あの日、って」
「嫌だわ。私があなたたちを見間違えると思って?
あんなに息ぴったりで、格好良かったわ」
あの、街でのことをご存じでいらした?
いや、それよりもあのアクセサリー、二つで一つみたいなデザインだったのだ。
まるでおそろいのカップルが身につけるような。
「早く仲直りしてちょうだいね。心配しているわ」
そうオリヴィア様は私の手を取って優しく仰った。
珍しく王子の邪魔がないことを喜ぶ余裕は私には、なかった。
「あれ」
がらっと教室の扉を開けて、私は間抜けな声を漏らした。
誰も、というかあの王子しかいない。
おかしいな。次の授業はこの教室のはずだが。
「はっ、またお前か」
「うるさいですよ鳥頭」
「誰が鳥だ!」
「話さない約束では?」
「ハッ」
ハッじゃないよ。忘れるなよ。
しかし、次の授業がある以上はここから逃げられない。
私は王子から離れた席に座って壁の時計を眺める。
授業まであと十分だ。
しかし、なぜ二人しかいない?
「…なあ」
「だから話しかけるなと」
「そうじゃなく、おかしくないか?」
「なにがですか?」
「まるで俺たちが似合いのカップルのように言う周りがだ」
「…ああ、確かに」
王子の言葉に私も頷いた。確かにおかしい。
「王太子と平民が結ばれるわけなかろうに」
「それは私も思いましたが…………」
「そもそも普通に聞いていて明らかにオリヴィアを取り合って喧嘩している会話をなぜ仲睦まじいと勘違いする?」
「それも確かに…」
それは確かにおかしい。おかしいのだ。
そこでふと私は今朝の夢を思い出した。
私は、神様らしきものになにを願った?
『推しと結ばれる未来をください!』
「あっ」
思わず声が漏れた。
「なんだ。なにに気づいた」
「いえ、その、なんでも」
「いや今のはなにかに気づいた声だ。やらかした声だ」
「ちくしょう畜生のくせに鋭い」
「畜生って二回言った!」
「呼称としては一回しか言ってません。じゃなくて」
そこで私はため息を吐いた。仕方ない。ゲロるか。
「実は、私は流行の転生ヒロインなのです」
「な、ナンダッテー!?」
「こいつ痛いなと思ったでしょう」
「ああ、痛いやつだと思った」
「だがしかし悲しいかな真実」
「逃れられないさだめ?」
「よくわかってらっしゃる。
誰も逃がさない」
「怪談か」
「ホラーですよ?」
これはホラーだよ。信じるか信じないかはあなた次第です。
「で、転生するときに私願っちゃったんだな。
推しと結ばれたいと」
「推しって」
「あなた」
「その割に俺への扱いぞんざいじゃない???」
「三次元は愛せない女だから」
「なるほどわかるようなわからんような???」
「そして出会った瞬間からおそらく強制ルート入ってる」
「なにしてくれやがるこのヤロウ」
「誰も逃げられない」
「ホラーかよ」
「信じるか信じないかはあなた次第です」
「ホラーだ」
そうなんですよ。ホラーです。
もうこれは、結ばれるさだめ。神様の思し召し。
「ってなにしてくれてやがる! 俺とオリヴィアのラブラブライフが!」
「ざぁんねんだったなァ! お前は私と結ばれる強制ルートに入ったのだ!」
「おのれ運命!」
「ってことで抵抗しても無意味な気がしてきた」
「諦めるなよ」
諦めたらそこで試合終了ですよ。知ってますよ。でもこれはあまりに無理ゲーでは。
「ていうか誰も来ませんね?」
「……………そうだな?」
ふと気づいた。もう授業開始時間だ。
なのに誰も来ないとはこれいかに?
廊下に出て様子を見ようと立ち上がったが、扉が開かない。
「あれ、開かない」
「なんだって? …なんだこの匂いは」
「…あれ、本当だ。なにか、甘い、匂いが」
鼻孔をくすぐった匂いに眉を寄せた瞬間、ぐらりと目眩がした。
「おい!」
咄嗟に王子が私を抱き留める。
「くそ、これは、毒の、魔法、か…?
くせ者の、仕業か…?」
私を抱きしめたまま、王子も意識がもうろうとしてきたのか椅子に座り込む。
「すまない、アリア…」
ああ、初めて呼びましたね。私の名前。
それが、意識の最後だった。
気づいたら私は学院の保健室のベッドの上にいた。
あれ、なんでだろう。
「アリアさん!」
「あれ、オリヴィア様…?」
「大丈夫!? 毒で暗殺されるところだったのよ!」
「…ああ、あれ、王子様は…」
ぼんやりとした意識のまま、尋ねるとオリヴィア様はほっと息を吐いて、
「ラインハルト様なら解毒が終わるなり、護衛たちが王城に連れ帰られたわ」
「そう、ですか。…無事ならよかった」
「…ふふ」
「オリヴィア様?」
不意に微笑ましそうに笑ったオリヴィア様に、私はベッドに横たわったまま問い返す。
「それ、ラインハルト様も仰っていたのよ。
目が覚めてすぐ『アリアが無事でよかった』って。ちなみに私たちは別教室で授業が行われると教えられていたの。ラインハルト様を狙った刺客があなたたちにだけ伝わらないようにしたのね。なぜあなたまで巻き込まれたのかは謎だけど…」
「…そう、ですか」
なんだよちくしょう。心配してくれたのか。
いや、するよな。そういう誠実な人だって知ってる。だから推してたんだ。
ちくしょう、嬉しいなんて気のせいだ。
くすぐったいのは、気のせいだ。
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