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第二十四話 ハッピーエンド
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「ねえ、クリス。
男に戻る気はないかい?」
「ないですね」
あの一件から一ヶ月、ヴァイオラ公爵家の本邸の一室で冗談めかして聞いてきたシタンにクリスははっきり答えた。
ちなみにあのときシタンに操られていた使用人たちも、両親も全員無事だ。
クリスは使用人たちを殺す気はなかったから動きを止めるに留めたし、シタンは両親を旅行に行かせていただけだった。
帰宅した両親は女性になった次男が家にいて、さぞ驚いただろう。
「ばっさり行くなあ。
そんなにあの男が好き?」
「生憎と、大好きです」
喜怒哀楽がずいぶん豊かになった弟、もとい妹の即答にシタンは深いため息を吐く。
「お前に誰かを愛せるようになって欲しかったけど、あんな男にくれてやるのは癪だな」
「まあまあ、兄さんが仕組んだ結果ですよ」
「うーん、これが自業自得というやつか」
「むしろ因果応報でしょうか」
「やめてくれ。へこむ」
ソファに身を沈めて、顔を手で押さえたシタンを眺めてクリスは笑う。
その笑顔も柔らかなものだ。
もう人形のような張り付けた笑みで笑うクリスはどこにもいない。
「あ、私、そろそろ出かけますから」
「またあの男のところかい?」
「はい。あといい加減、フォスのこと名前で呼んでくださいね。
あの男じゃなくて。
未来の弟ですよ」
それだけ言って部屋を出ていったクリスを見送って、シタンはため息をまた吐いた。
「はあ、やっぱり癪だ」
王都の公園。噴水の手前で待っていた大柄な男が駆け寄ってきたクリスを見て片手を上げた。
「よう」
「お待たせしました」
彼──ファウストの前に立ったクリスの足下でヒールの踵が音を鳴らす。
白いフレアスカートのワンピースは腰の後ろに大きなリボンがあしらわれていて、スカートの裾にもレースが見える。令嬢らしい装いを見てファウストが少し笑った。
「何度見ても慣れねえな。お前のそういう格好」
「そうですか?」
「旅してる間は動きやすい服装だっただろ」
「そうですねえ」
確かに旅の最中、クリスの服装は動きやすく汚れが目立ちにくい黒のパンツだった。スカートを履くことは基本なかったはずだ。
「まあ、兄さんや両親のおかげで、正式にヴァイオラ公爵家の息女として認められましたので。それらしい服装をすべきだと両親が。
似合ってません?」
「すげえ可愛い」
「ならいいじゃないですか」
「可愛いから困ってんだよ」
「なぜ」
小首をかしげたクリスに、ファウストはいかにも困った表情でつぶやく。
「…結婚前に手出し出来ねえだろ。
神様の許しを得てお前を娶るなら」
「…ふふ」
「どうした?」
「いえ、フォスこそ大丈夫ですか?
イーグル伯爵家に戻ったんでしょう?」
当たり前に告げられる未来の話が、ただ嬉しい。
これもきっと女性になって旅をしなければ、ファウストに出会わなければ知らなかったものだ。
「まあ、お前と結婚するために仕方なくな。
それに、問題ねえよ。
お前が踏み潰した時の怪我で、あの女、寝台から起き上がれない身体になったみてえでな。実質、当主になる俺の好きにやれる」
「おやおや、こちらも正しく因果応報ですねえ」
「踏み潰した奴がなんか言ってるぞおい」
「あれは不可抗力です」
にっこりと、悪びれる様子なく答えたクリスが、ふとしみじみと口にした。
「…変な感じですね」
「そうか?」
「私、まだ時々、あなたと出会った日の夢を見るんです。
あなたと、こんな風になるなんて、復讐をやめて、全て許せる日が来るなんて思わなかった」
「そんな物語があってもいいだろ」
懐かしむような目をしたクリスの頬に手を添えて、ファウストが微笑んだ。
「俺もお前も、やっと自由になれたんだ」
復讐を捨てて、憎しみを捨てて、やっと自由に。
「そうですね。
じゃあ、行きましょうか。フォス」
「ああ、っと、たまには、名前で呼べよ」
「名前」
「そう、名前」
もうその名は呪いではないから、とファウストが笑う。
それに嬉しそうに微笑んで、
「じゃあ、行きましょうか。ファウスト」
「ああ、クリス」
そうやって手を重ねて、繋ぎ合った手を離さないようにして、きっとこれから生きていく。
この一ヶ月のち、イーグル伯爵家の当主となったファウスト・イーグルは、公爵家の息女であるクリス・ヴァイオラを妻に迎えることとなる。
数奇な運命の果てに結ばれた二人は、そうして末永く幸せに暮らしました。
めでたし めでたし
男に戻る気はないかい?」
「ないですね」
あの一件から一ヶ月、ヴァイオラ公爵家の本邸の一室で冗談めかして聞いてきたシタンにクリスははっきり答えた。
ちなみにあのときシタンに操られていた使用人たちも、両親も全員無事だ。
クリスは使用人たちを殺す気はなかったから動きを止めるに留めたし、シタンは両親を旅行に行かせていただけだった。
帰宅した両親は女性になった次男が家にいて、さぞ驚いただろう。
「ばっさり行くなあ。
そんなにあの男が好き?」
「生憎と、大好きです」
喜怒哀楽がずいぶん豊かになった弟、もとい妹の即答にシタンは深いため息を吐く。
「お前に誰かを愛せるようになって欲しかったけど、あんな男にくれてやるのは癪だな」
「まあまあ、兄さんが仕組んだ結果ですよ」
「うーん、これが自業自得というやつか」
「むしろ因果応報でしょうか」
「やめてくれ。へこむ」
ソファに身を沈めて、顔を手で押さえたシタンを眺めてクリスは笑う。
その笑顔も柔らかなものだ。
もう人形のような張り付けた笑みで笑うクリスはどこにもいない。
「あ、私、そろそろ出かけますから」
「またあの男のところかい?」
「はい。あといい加減、フォスのこと名前で呼んでくださいね。
あの男じゃなくて。
未来の弟ですよ」
それだけ言って部屋を出ていったクリスを見送って、シタンはため息をまた吐いた。
「はあ、やっぱり癪だ」
王都の公園。噴水の手前で待っていた大柄な男が駆け寄ってきたクリスを見て片手を上げた。
「よう」
「お待たせしました」
彼──ファウストの前に立ったクリスの足下でヒールの踵が音を鳴らす。
白いフレアスカートのワンピースは腰の後ろに大きなリボンがあしらわれていて、スカートの裾にもレースが見える。令嬢らしい装いを見てファウストが少し笑った。
「何度見ても慣れねえな。お前のそういう格好」
「そうですか?」
「旅してる間は動きやすい服装だっただろ」
「そうですねえ」
確かに旅の最中、クリスの服装は動きやすく汚れが目立ちにくい黒のパンツだった。スカートを履くことは基本なかったはずだ。
「まあ、兄さんや両親のおかげで、正式にヴァイオラ公爵家の息女として認められましたので。それらしい服装をすべきだと両親が。
似合ってません?」
「すげえ可愛い」
「ならいいじゃないですか」
「可愛いから困ってんだよ」
「なぜ」
小首をかしげたクリスに、ファウストはいかにも困った表情でつぶやく。
「…結婚前に手出し出来ねえだろ。
神様の許しを得てお前を娶るなら」
「…ふふ」
「どうした?」
「いえ、フォスこそ大丈夫ですか?
イーグル伯爵家に戻ったんでしょう?」
当たり前に告げられる未来の話が、ただ嬉しい。
これもきっと女性になって旅をしなければ、ファウストに出会わなければ知らなかったものだ。
「まあ、お前と結婚するために仕方なくな。
それに、問題ねえよ。
お前が踏み潰した時の怪我で、あの女、寝台から起き上がれない身体になったみてえでな。実質、当主になる俺の好きにやれる」
「おやおや、こちらも正しく因果応報ですねえ」
「踏み潰した奴がなんか言ってるぞおい」
「あれは不可抗力です」
にっこりと、悪びれる様子なく答えたクリスが、ふとしみじみと口にした。
「…変な感じですね」
「そうか?」
「私、まだ時々、あなたと出会った日の夢を見るんです。
あなたと、こんな風になるなんて、復讐をやめて、全て許せる日が来るなんて思わなかった」
「そんな物語があってもいいだろ」
懐かしむような目をしたクリスの頬に手を添えて、ファウストが微笑んだ。
「俺もお前も、やっと自由になれたんだ」
復讐を捨てて、憎しみを捨てて、やっと自由に。
「そうですね。
じゃあ、行きましょうか。フォス」
「ああ、っと、たまには、名前で呼べよ」
「名前」
「そう、名前」
もうその名は呪いではないから、とファウストが笑う。
それに嬉しそうに微笑んで、
「じゃあ、行きましょうか。ファウスト」
「ああ、クリス」
そうやって手を重ねて、繋ぎ合った手を離さないようにして、きっとこれから生きていく。
この一ヶ月のち、イーグル伯爵家の当主となったファウスト・イーグルは、公爵家の息女であるクリス・ヴァイオラを妻に迎えることとなる。
数奇な運命の果てに結ばれた二人は、そうして末永く幸せに暮らしました。
めでたし めでたし
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