【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第一章 鬼様に免罪符

第五話 ここから始まり

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「ほんっとに、すまん!」
 翌朝、吾妻と白倉は寮の食堂で、手を合わせて謝罪された。
 もちろん、九生に。
「ほんの出来心なんじゃ。然したる意味はなくての…あー、ごめん」
 ひたすら申し訳ないと、真剣に、しかしどこかに苦笑を混ぜて謝る九生に、白倉は腕を組んで隣の吾妻を見上げた。
「これからしばらくパシリでもなんでもやるけん、マジ許してくれ」
「…なんでパシリ」
 白倉の重苦しい言葉に、九生は自分の頭を掻いた。
「ほら、俺等Sランクやろ? 全員。
 そしたら好きなもん無料で食えるん当たり前やし、そしたら『なにか奢るけん』っちゅうんはできんじゃろ」
「…まあな」
 白倉に「どうする?」という視線で見られ、吾妻は気まずそうに目を逸らす。
 この場合、傷が重いのは告白した方の吾妻だ。本気の告白を全校に流された。
 白倉も大変だが、彼は以前の吾妻の出会い頭のプロポーズで一通り噂が広まっていることもあって、あまり被害はない。
 被害といっても、精々冷やかされるくらいだが。
「…あんたに確認していい?」
「うん? うん」
 吾妻の唾を飲み込んだ、真面目な問いと声でわかる言葉に、九生は今までの彼が嘘のような素直さで頷いた。
 自分の手を後ろで組んで自分を見上げ、じっと自分の言葉を待つ様は、普通の友人に怒られた同級生。
  今までの印象はなんだったんだ?
 特に白倉関連の。
「…一昨日と昨日、僕に言ったことは、全部僕をはめるため?」
「うん。そう。すまんの」
 九生は極めて神妙に謝った。
「白倉のこと、どう思ってる?」
「え? 仲良し幼馴染みやろ。当たり前じゃろ。お前と一緒にすんな」
 すらすらーっと出てきた言葉は、早口でもないし、視線を逸らされてもいない。
 つまり、本音。
 自分になにかと牽制していたのも、白倉に特別な感情があるとかではなく、自分を罠にかけるためだけのことで。
 事実、あの後岩永や夕に「九生って見た目詐欺言われとるくらいやしなぁ」と聞いた。
 人をおちょくるのが好きというか、悪戯大好き、らしい。多分。
 岩永も夕も「らしい。多分」をつけた。九生の本性なんかわからない、と。
 悪戯好きというとこすら詐欺かもしれないし、と。
 だから、顔面から「白倉に他意はない」というのは信じられないが、かといって今までのように本気で疑ってかかるほどとは思わない。
 自分の感覚も、そう告げている。
「…ならいい」
「お! お前さん気前いいの」
「そのかわり、もう僕で遊ぶんよして」
「そこは保証せん」
「しなよ!」
 吾妻と九生のやりとりを聞いていた白倉がくすくすと笑い出した。
「白倉?」
「ふふ。でも、なんだかんだで、馴染んでよかった」
 吾妻が問うと、白倉は笑ってそう言う。
「初めてがあんなんだから、なじめるか不安だったけど、なじめそうじゃない吾妻。
 一番難易度高いの九生だよ?」
「…あれは馴染んだんじゃなく、からかわれただけ」
「九生は人格を信用してないバカをからかったりしないぞ」
 九生がからかったってことは、少なくとも信用できる人格ってこと、と白倉は綺麗に微笑んだ。
「ま、俺も罰は受けるけん、すまんな」
「もういいよ。…あ」
「平気じゃよ。お前さんらみたく超能力使用禁止に違反したわけじゃないからの」
 ランク引き下げを心配した白倉に、九生はそう言う。
 吾妻は内心「でも自分をはめるために一回使ったけど」と思う。あれは教師にばれてないからだ。吾妻ももうばらす気はない。
「時波のヤツも、あれはお前さんを助けるためやけん、正当防衛で許可されたしな」
「そっか。よかった」
「…あんた、時波に入れ知恵したたいね?」
「うん」
 あの時、助けてくれた時波という男が、「九生」だと思った感覚はもう思い出せない。
 曖昧になってしまった。
 だから、多分、時波は九生の悪巧みに乗っただけなんだろう。
 九生に「吾妻にこう言え」と吹き込まれて。
「かなわんね」
「俺に?」
「違うよ」
 自分を指さした九生を睨んで、吾妻は白倉を見下ろした。
「あんたには、かなわない」
 真正面から褒められて、白倉は言葉を失う。
「ごめん。取り消していい?」
「え?」
「出会い頭のあれ。戦闘試験で勝ったら負けたらっていう…」
 吾妻の言葉に、白倉は呼吸すら忘れた。
「勝負にかけて済むような安いもんじゃないよ。あんた。
 僕の態度で惚れさせる。だから、…取り消させて」
「…吾妻」
「…本気で好きだから、…白倉の返事を待つよ」
 そう言って吾妻は微笑んだ。


『あんた、無敗って言われてるだろ?
 戦闘授業で、戦って、僕があんたに勝ったら、僕のモンになる』


 なかったことにしよう。
 本気で君が好きになったから、勝負で手に入れたって嬉しくない。
 キミの本気の愛が欲しいから。



「おはよう」
 九生と別れて学校に向かった際、昇降口で時波に出会った。
「おはよう」
「九生は罰当番か?」
 白倉の挨拶に頷いて、時波はそう聞いた。
「ああ、教材運び任されたとか」
「そうか」
 吾妻とは顔を合わせづらくて校門で別れた。
 白倉の複雑な心情を察したのか、時波は微かに笑う。
 安心を誘うやさしい笑みだ。
「ここでは話が出来ないな。
 図書室に行くか」
「え? 授業」
「一時間目は自習だそうだ」
 時波はそう言って、白倉を促した。



 自習の場合、図書室に行くなり、トレーニングルームに行くなり、自由だ。
 超能力のトレーニングルームが校内にあり、その中ならば違反にはならない。
 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉に似た構造で、使用時間は決められているが、基本休日でも自由に使える。
 図書室は何万という量の蔵書があり、毎日全国から仕入れられているため、本屋に行く必要がないほどだ。
 本好きな時波や岩永、白倉もよく来る。
 沢山並ぶテーブルの一つに腰掛けて、朝の顛末を語る白倉の話に耳を傾けていた時波は不意に苦笑した。
「どうした?」
「いや、それで? 吾妻のなにが気に入らないんだ。
 吾妻の方から過ちに気づいたならいいことだろう」
「…まだ怒ってるな時波」
「当たり前だ。人の気持ちを勝負の秤に掛けるなど神経を疑う」
 淡々と、しかし厳しい言葉で非難した時波は、複雑そうな白倉を見つめて視線を和らげた。
「それとも、変わったのは吾妻だけではないのか?」
「…間違っても好きじゃない」
「そうだな。恋愛の好きではないだろう。
 だが、以前の嫌悪感はもうないのではないか?」
「…うん」
 白倉は微かに頬を赤くして頷いた。
「…ちゃんと話してみたらいいやつっぽいし、気遣ってくれるし、…恋を軽々しく捉えてたわけじゃないみたいで…」
「嫌いじゃないと」
「うん」
 最初は、気持ちを勝負で決めるなんて、と憤慨した。
 男に告白された嫌悪もあって、吾妻を嫌った。
 でも、彼は想像以上に真摯だった。
 真面目だった。
「だから、…なんか物足りないなぁと」
「…白倉は、向上心が強いからな」
「へ?」
 時波は見透かしたように、笑った。優しくて、そして、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉で対戦相手に見せる表情に似ている笑み。
「Sランクは最上の証。しかし、俺達は知っている。
 Sランクへの到達は目標を失うことだ。
 Aランクまでは『Sランク』という目標がある。
 頂点に上り詰めてしまったあとというのは、空しいものだ」
「……」
「もちろん、最後まで守り通し、自分を更に高めるという目標はあるがな」
 時波の言葉に、白倉はくす、と笑う。
「その中で、お互いを尊重出来るライバルの誕生というのは、代え難い。
 吾妻は強い。
 そのうえで、お前を尊重し、しあえるならば、それはとてもいいことだ」
「…うん」
 白倉は頷いて微笑んだ。とても、綺麗に。
「俺も戦ってみたいしな」
「…時波、まさか以前、吾妻を倒すとか言ったの、純粋に戦ってみたいのもあった?」
「あらいでか」
「…そうか」
「…しかし」
 時波は腕を組んで、椅子の背もたれに背中を預けた。
 さっきまでテーブルに身を乗り出していたので、距離が少し離れる。
「九生も難儀だな」
「九生?」
「あれは吾妻で遊んだわけではないだろう」
 疑問符を浮かべる白倉を見つめて、時波は優しい口調で語る。
「あいつは俺達の中で心の関門が一番狭いだろう?
 一番節操ナシに見えるが、その実、付き合う相手を一番厳選する。
 その分、一度親しくしたヤツには優しいからな。
 …面白くなかったんだろう。吾妻が」
「…ごめん。よくわからん」
「告白されたのが俺でも同じだとは思うが、単純に最初は白倉に近づく吾妻を排除する気だったんだろう。
 あいつはお前に優しいし甘い。俺にもだな。
 だが、思った以上に吾妻が本気だったうえ、真剣だったから、ギャグにしたんじゃないのか?」
 からかったことにして。という時波の説明に白倉はやっと「ああ!」と手を打った。
「吾妻を一番認められなかったからこそ、『認めて欲しいならもう一回全校生徒の前で愛を誓え』という心づもりだったんじゃないのか?
 だから俺は協力したんだ」
「あははすっぱり言い切ったー!!」
 腕組み姿勢のまま言い放った時波に白倉は爆笑する。
「そうだな。普通ならお前がまず九生を叱っとるもんな」
「当たり前だ。そもそも実行させん」
「あははっ」
 ばしばしと机を叩いた白倉は、不意にはた、と表情を引き締めた。
「九生がそう言った?」
「言わない。一言も本心はな。そういう面倒なやつだ」
「だな…」
「ただ、持つ能力が能力なだけに、友人を大事にするヤツだと俺達は知っている。
 それから推察するには十分だ」
「…そうだな」
 九生はそういうヤツ、とまとめて、にこにこ笑って「なんか借りようかなー」と言う白倉を見遣って、時波は口の中だけで呟いた。
「…全く、厄介な相手に恋したものだ」
 と。



 その日は校外の見回りも仕事にあった。
 白倉と並んで歩く吾妻は、時折白倉から寄越される視線に、無駄に心拍数をあげてしまう。
 多分然したる話じゃないが、なにかを自分に話したがっている様子だ。
 それも、悪い話じゃない。
 間違っても告白ではない。そんな気持ちは全く感じられない。
 ただ、自分に以前より友好的だと自惚れている。だからこそ、
「吾妻なぁ」
「! うん」
「…なに? その顔」
 足を止めて、びしっと直立不動のポーズを取ってしまった吾妻に、白倉は怪訝そうな視線を向ける。
「いや、なんでも」
「そうか?」
「うん!」
「…」
 まだ、なにか考えている様子で、言い悩むような表情だ。
 なんでも気にしないのに。
「白倉、言っていいよ?」
「え?」
「なんか言いたいんでしょ?」
「…」
「言って。な?」
 まだ躊躇う彼を促した。
 構わない。なんでも言って。
 君の話なら、聞きたい。
「あのな――――」

 瞬間、悲鳴が耳を塞いだ。現実の悲鳴ではない。心の声。
 吾妻がハッとして白倉の背後を見遣ると、道路を走るトラックがこちらに向かってきていた。
 歩道に乗り上げている。運転手はいる。青ざめた顔が見える。
 九生の言葉に他意はないとわかったのに、頭に過ぎる。

『惚れたはれたの相手を助けられんとは情けないの。
 肝心なとこで後込みするんはいかんぜよ?』

 自分の力は発火能力。
 燃やしたのではガソリンに引火する。そもそもそんなことしたら運転手が死ぬ。
 思いついた方法は一つしかない。
「白倉!」
「え」
 気づいて後ろを振り返るところだった白倉を抱き込み、自分の背後に庇うと、足を踏ん張って、両手を構えた。
 息を吸い込んで、両手から炎を発現する。
 突進してきたトラックの車体を、両手で受け止めた。
「あがつ…っ!」
 衝撃で数十㎝背後に下がったが、吾妻は手を離して「ふう」と息を吐いた。
 トラックは停止している。炎上していない。運転手も無事だ。
「お前、なんて無茶っ!」
 自分に駆け寄ってきた白倉が、吾妻の両手を掴んで見た。
 火傷が両手の平にできている。
 吾妻はトラックの車体と接触する寸前に、自分の手の平とトラックの間に小さな爆発を発生させて、その衝撃で止めたのだ。
 しかし、発火能力には変わりない。自分の手がただですまなかった。
「仕方ないよ。僕の力は発火だから。
 …白倉みたいな力があったらいいけど」
「だ、けど…」
「守りたかった。それだけ」
 握られている手の平を見つめて、吾妻は嬉しそうに笑った。
 その表情に、胸が騒ぐ。
「……」
「白倉?」
 本当に、自分を好きだと言うんだ。
 本気で。
「…ちゃんと勝負しろ」
 痛々しい手を掴んだまま、言ったら泣きそうになってしまった。
「…え?」
 突拍子がなさすぎて聞き返した吾妻は間抜けだった。
 意味を理解はしたらしく、間抜けな顔をした。
 白倉は一呼吸して、声を落ち着ける。
「俺は勝負する気なんだよ、戦え」
 声が今度は掠れず、震えなかったのでホッとする。
「……白倉っ…それ」
「ただ! 俺はまだ、お前のこと好きじゃないからな!」
 手を優しく撫でる。
 見上げて、はっきり言った。
「Sランク同士の試合は一年に一回あればいい方。
 だから、それまでに、俺の気持ちを傾けられたら、…そのうえで俺に勝ったなら、いい」
「……しらくら……」
「な?」
 吾妻は耳まで真っ赤にして、白倉の手を振りほどく。
 白倉が気にする暇なく、その場にしゃがみ込んだ。
「反則だよその笑顔…」という情けない声。
「ごめん。今顔見ないで。…はずかしい」
 首筋も真っ赤だ。嫌じゃなく、正反対。
「……情けないなぁ」
 と思わず笑ったら、吾妻に、
「僕は一途だよ!」
 と、真っ赤な顔で言われてしまった。
「…そういや、お前、昨日もだけどよくわかるな」
「…へ?」
「バイクといい、なんでわかる?」
 白倉の質問に、吾妻は赤い顔のまま立ち上がると、迷ったあと、
「ほら、パンツ何色って聞いたでしょ? あ、そういう意味じゃなく!」
 白倉の視線が一瞬で険しくなったので吾妻は慌てた。
「あれはそういう意味」

『……んー、どっちでもいいよ。
 白倉がそう思うなら』

「僕、超能力が二つあるんだ。
 一つは発火能力。一つはテレパス」
「…って」
「簡単に、人の心を読む力ね」
「…………」
 わかりやすい白倉の沈黙に、吾妻はハッとして「いつも使ってないよ? 場合わきまえてるよ!? 今使ってなかったよ!?」と弁解した。
 あんまり必死だったので、白倉は噴き出す。
「わかった」
 と言ってやると吾妻はやっと安堵した。



「好き」って気持ちじゃないけど、気に入った。
 やから、まあ、考えてやる。
 少なくとも、今はそう思う。
 それが、お前への免罪符。
 お前から告げられる愛への、――――免罪符。 



 ちなみに帰寮したら、出迎えた九生に、
「ああ、そうそう。俺、例の件の処罰で一週間、週番やることになったから、一週間よろしゅうな♪」
 と言われて、吾妻は絶叫した。
 もちろん、嬉しくない悲鳴。
「失礼やのぅ。一週間だけじゃろ?」
「そんでも嫌なんやろ。独占欲強いんが普通なんかな? 吾妻は」
 九生と岩永の会話が聞こえたが、吾妻はなにも言えなかった。
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