7 / 103
第二章 鬼様に果たし状
第一話 宣戦布告
しおりを挟む
「GAME SET! WINNER 吾妻財前!」
戦闘試験の終了を告げる言葉を聞いて、吾妻はすぐ走り出した。
同じ戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の中。足を床についている白倉に駆け寄り、そっと肩を掴んだ。
「白倉…」
心配そうに覗き込む。自分のしたことで、しかも戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉内では本当の怪我など負わないとはいえ、苦痛は残る。心配だった。
「吾妻」
白倉は案外平気そうに顔を上げて、間近の吾妻を見てから、ぽ、と顔を染めて逸らす。
「…白倉?」
「…や、平気だから」
ぱっと吾妻から離れて、白倉は自分の足でしっかり立つ。
吾妻はホッとして、自分も立った。
「……」
お互い、視線をちらちら向けて、頬を染める。
「約束、…だから、だけど、白倉は」
自分を好きになったうえで、自分が勝ったら、と言った。
もし、自分を好きになっていなかったら。
不安になった時、白倉がとん、と吾妻の胸元に自分から飛び込んだ。
その柔らかい匂いと、暖かくて細い、たまらなく触り心地のいい感触に、吾妻は顔を真っ赤にした。
夢みたいだ。
「男らしくない…」
「…ごめん。初恋だから、うまくいかない」
「…はつこい」
吾妻の腕の中で、白倉は乙女みたいに小さく呟いて、頬を染めてお花みたいに微笑んだ。
「…それ、うれしい」
「…しらくら、それって」
「…お前、勝ったし、俺は、…お前のこと、…好きだし、だから、その」
「白倉!」
恥じらって告げられる言葉に、吾妻は今死んでもいいと心底思った。
腕を広げて白倉をきつく抱きしめる。
ああ、夢みたいだ。幸せだ。
こんな日が本当に来るなんて。
でも夢じゃない。
だって、腕の中からは本当に白倉の匂いがするし、白倉の髪の感触だって手の平にしっかり当たってる。
だから、夢じゃないのだ。ああ、幸せ――――
「………あれ?」
唐突に、その温もりや感触や匂いが離れたことに驚いて、吾妻は目を開けた。
視界がよく利かない。身体の自由もよく利かない。
目を凝らすと、眼前には白倉が立っていた。
しかし、さっきみたいな可愛らしい様子ではなく、なんだか怒り顔だ。
腕を組んで立っている。
そこは、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉ではなく、どうやら吾妻の寝室らしい。
どうして、ここにいつの間に。
「は、白倉、まさか夜のお誘い…!?」
「まだ目が覚めてないみたいだな……もう一発いっとくか………」
白倉は綺麗な顔に青筋を浮かべて、指をぼきぼき鳴らした。
「あっはっはっはっはっは!!!!」
寮の食堂。
席につくなり、げらげら腹を抱えて爆笑しているのは、普段落ち着いた理論派で通っている岩永だ。
「アホ! アホすぎる! 馬鹿! 秀逸なんやけど、ちょお夕、俺腹いたい!」
涙を浮かべてまで笑って、隣に座る夕の肩をばしばし叩く。
「俺はリアルに腹痛くなるん嫌だから笑わない……」
「は?」
横隔膜を痙攣させて笑っている岩永は気づいているのかいないのか。
彼の向かいに座っている白倉の顔には青筋。
岩永を信用して話したのだが、見込み違いか、という風に。
白倉の隣には、机に突っ伏してただの屍みたいな雰囲気の吾妻。
「嵐、お前、いい加減黙らないと、吾妻みたくがつんと行くぞ?」
「え? 別にかまへんよ。白倉ができるなら」
岩永は笑いの波が過ぎたのか、笑い声を引っ込めてへらりと微笑む。
「………」
白倉は押し黙った。それが答えになっている。
「差別」
「なんか言ったか夕」
「いいえなんも」
小さな声でつっこんだだけなのに聞きつけた白倉に低い声で脅され、夕は理不尽を感じた。
同じ親友なのに、何故こうも白倉の態度は岩永と自分で違うのか。
別に不満なほどじゃない。
白倉は、自分だってすごく甘いし、優しいからだ。
ただ、こんな時。あくまで日常の冗談や笑い話の中で、岩永には手を出さないのに、自分には結構遠慮ないとことか。
「ああ、それは多分、岩永の人徳っていうか岩永は普段から一言多くないでしょ?
夕くんは多そう」
「うるさい」
「勝手に読むな」
心を読んで聞いてもいないことに返事をした吾妻は未だ机に寝そべったままで、夕と白倉に同時に頭を叩かれてうめく。
岩永がまた笑った。
「しっかし、白倉と和解してからまだ一週間やのに、そんな夢見る神経がすごい」
「俺は災難だ」
「夢の中の白倉に感触や匂いがあってそら当然やなー」
話題が「夢」の話になると、吾妻はいたたまれなくなる。
今の問題はそれで、岩永が泣くほど笑った理由もそこだ。
「夢見てる最中、現実で起こしに来た白倉を抱きしめとったんやから、そら感触も匂いもあるわ」
――――そう、先刻の白倉に勝って相思相愛ハッピーエンド、は吾妻の夢である。
しかし、ちょうどそのタイミングで起きてこない吾妻を起こしに来た白倉が、やけに幸せそうに眠っている吾妻を揺すったり呼んだりして起こそうとしたので、吾妻は無意識に白倉の手を掴み、寝台に引っ張り込んでぎゅうぎゅう抱きしめた。
白倉は最初は腕力で抵抗したが、眠っている所為で手加減なしの馬鹿力。敵うはずもない。
最終的に、吾妻がばらさなければいい。そもそも週番なんだから使っていいんだという理屈で念動力を発動し、吾妻の身体をひっぺがした。
部屋の壁に押しつける形で、力で身体の動きを封じているのに、起きた吾妻が暢気に「夜のお誘い」とかのたまったものだから、吾妻は一発殴られた。腹を。
そして、食堂で朝の挨拶をした岩永たちにやけにへこんでいる吾妻の事情を聞かれ、しかたなく説明したら、冒頭の岩永の大爆笑、というわけだ。
「あー、おもろかった……」
「お前、図太いよな……」
「俺のこと繊細っちゅうアホはおらんと思う。夕の方がまだ繊細」
まだおかしそうな岩永に突っ込んだら、岩永はしれっと答えた。
こういうとこが嫌いになれない、と夕は思う。
嫌味なとこがないのだ、岩永には。
「………」
「白倉?」
なにか考えるように、腕を組んだ白倉に、吾妻は少し怯えた顔で名を呼んだ。
「ん? ああ、お前のことじゃないから」
「…怒ってない?」
「わざとなら怒ったけど、夢ばっかりは仕方ないしな………」
もう気にしてへん、と答えると、吾妻は安堵に胸を撫で、それから白倉にお日様みたいな笑顔を向けた。
「ん?」
「白倉は、本当に人間の器が大きいね。男前で素敵だ」
「………新手のアプローチか?」
「ううん。白倉に惚れてなくてもそう思うよ。
白倉はかっこいい」
「……………………」
あくまで本気で、アプローチのつもりなく本音として、眩しい笑顔で語る吾妻から白倉は視線を逸らした。
「白倉?」
「お前、今日口きくな」
「えっ!?」
さっきまでの喜色が嘘のように、吾妻はショックを受けて青ざめる。
なんていうか、表情に嘘がないよな、と岩永は見ていて思った。
吾妻みたいな力はないけど、今の吾妻の表情が本心に直結していることくらいわかる。
「吾妻、大丈夫。照れただけやから」
「へ?」
泣きそうになっている吾妻の、テーブルに置かれた手を叩いて、岩永は言った。
「吾妻に褒められるんは、満更やないから、照れとるん」
「嵐」
「はいはい」
白倉に睨まれて、岩永は今度はあっさり謝った。笑ったまま。
「……………………」
「なに?」
吾妻はぽーっと、顔を赤くして白倉を見ている。
光が周囲に散っているような、期待に溢れた顔だ。
たとえば、プレゼントを期待する子供のような。
「…………………………まあ、悪い気はしない」
その顔でじっと間近で見つめられることに堪えきれず、白倉は顔を背けて降参した。
髪から覗く耳が赤い。吾妻はそれを見て、あからさまにきゅん、とときめいた顔で白倉を注視した。
が、すぐに周囲をばっと見渡す。自分の頬をつねる。
「岩永、これ夢じゃない!?」
「あー、夢か現実お前の好きなほうで。
それより夕、なに食う? 俺、今日は軽食にしよかなーって」
「お前、ほんとにいい性格してるよな。もうちょい真面目に答えてやれ」
眼前で吾妻が絶望的な顔をして岩永を見ている。さてはこいつ、吾妻で遊んでるな、と夕は岩永を見て思った。
「ゆ、夕くん」
「ああ、現実やから安心しろ」
「…」
優しく笑って言い聞かせてやると、吾妻はとても安堵して、それから白倉を見て反芻して、幸せそうにぽやっと笑った。
(まあこんな顔されたらいじめたい気持ちもわからんでもないけど)
「…夕くん、聞こえてるよ」
そんなこと思っていたら、吾妻がジト目でこちらを見ていた。
「あ、ごめん。心の鍵しめといて」
やばいやばいと思いながら顔には出さずに答えて、卓上のメニューを見る。
さてなんにしよう。朝はそんながっつり食べなくてもいいか。今日は戦闘試験はないし。
「僕は、おお、ジビエある? ここ」
「朝からそれ頼むなよ?」
「わかってるよー」
にこにこと笑って白倉との朝の会話を楽しんでいた吾妻だが、ひゅっと空を切るなにかの音に、ハッとして白倉を腕の中に抱き込む。
「危ない!」
警笛みたいな声。夕と岩永も一瞬で思考を切り替え、腰を浮かせる。
空から飛来したなにかは、吾妻の額にぱこん、と当たった。
岩永も夕も、腕の中に抱き込まれた白倉も、周囲の生徒たちもなんとなく間の抜けた気持ちで、それを見た。
「なんやこれ。しかもこれ吸盤なんやけど」
吾妻の額にぴったりくっついている棒。しかし、先は吸盤だ。
その先に白い長方形の紙が一枚ぴらりとある。
さしずめ、矢で文を射って壁に貼ったみたいに。
しかし、吸盤だ。紙に吸着するはずはないし、そもそも吾妻の額が壁的な位置だから、人間の皮膚に吸着するはずはないし、そもそもその棒は紙を貫通していない。
どうやって、吾妻の額にくっついているんだ。
岩永が身を乗り出し、指で紙を摘むと棒はぽろっとあっさり落ちた。
吾妻は白倉を離すと、困惑しながら床に落ちた棒を拾い、指で吸盤を触る。
そして首をひねった。
「とりあえず、なんて?」
紙にはなにか文字がある。夕は岩永の手にあるそれを覗き込んだ。
「……犯行声明みたいな」
「うん」
「え?」
吾妻が身を乗り出してから、思い直して身体を引っ込め、歩いてテーブルの反対側に回る。岩永の背後に立って、紙を覗いた。
紙には、新聞や広告の文字を切り取って張り付けたまさに「犯行声明」。
内容は、
「『我、汝を倒してSランク昇格を望むもの。
吾妻財前に勝負を挑む。放課後、礼拝堂にて待つ』」
同じくテーブルの反対側に回ってきた白倉が読み上げた。
それを聞いた途端、周囲の生徒たちは「なんだー」という期待はずれ感にぼやいて、その場を離れた。
「……え? つまりどういうこと?」
「果たし状みたいな?
ようあるんよ。転校生が来て、かつ上のランクやとこういうこと」
岩永も「なんだ」という拍子抜けの顔をしている。
「元々おるヤツらは、もう手の内が互いにばれて作戦立てられとるとこあるし。
派閥作っとる奴らも多い。
そしたら、新参で自分の実力が筒抜けになってなくて、かつ自分より上のランクの転校生に勝負挑むのがいるわけ」
「……カモ?」
「いや、ちゃうんやない?
少なくともお前より下位ランクやろ」
「上位ランクが僕のこと気にいらないからぼこるとか」
「ないない」
夕も岩永も、白倉も揃って手を顔の前で左右に振った。
「お前、自分が何ランクや思てんねん?
Sランクやろ? 自分が最上ランク。
お前と同格のヤツなら、真っ向から仕掛けてくるわ。九生みたく」
「……真っ向?」
吾妻は岩永の言葉に途中まで納得したが、最後で引っかかって突っ込んだ。
「あれは、あいつなりに真っ向勝負」
「随分歪曲変化球な真っ向勝負だね。しかも勝負してないし」
吾妻はなんとかそう返した。
だって、納得いかない。
まあでも、と思って紙を手に取る。
「九生に比べたら、まあ手口はかわいい」
「やろう?」
「…そうだね」
吾妻は頷いて、メニューを手に取った。
放課後礼拝堂。どうしようと思ったが、食事が来るころには忘れていた。
戦闘試験の終了を告げる言葉を聞いて、吾妻はすぐ走り出した。
同じ戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の中。足を床についている白倉に駆け寄り、そっと肩を掴んだ。
「白倉…」
心配そうに覗き込む。自分のしたことで、しかも戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉内では本当の怪我など負わないとはいえ、苦痛は残る。心配だった。
「吾妻」
白倉は案外平気そうに顔を上げて、間近の吾妻を見てから、ぽ、と顔を染めて逸らす。
「…白倉?」
「…や、平気だから」
ぱっと吾妻から離れて、白倉は自分の足でしっかり立つ。
吾妻はホッとして、自分も立った。
「……」
お互い、視線をちらちら向けて、頬を染める。
「約束、…だから、だけど、白倉は」
自分を好きになったうえで、自分が勝ったら、と言った。
もし、自分を好きになっていなかったら。
不安になった時、白倉がとん、と吾妻の胸元に自分から飛び込んだ。
その柔らかい匂いと、暖かくて細い、たまらなく触り心地のいい感触に、吾妻は顔を真っ赤にした。
夢みたいだ。
「男らしくない…」
「…ごめん。初恋だから、うまくいかない」
「…はつこい」
吾妻の腕の中で、白倉は乙女みたいに小さく呟いて、頬を染めてお花みたいに微笑んだ。
「…それ、うれしい」
「…しらくら、それって」
「…お前、勝ったし、俺は、…お前のこと、…好きだし、だから、その」
「白倉!」
恥じらって告げられる言葉に、吾妻は今死んでもいいと心底思った。
腕を広げて白倉をきつく抱きしめる。
ああ、夢みたいだ。幸せだ。
こんな日が本当に来るなんて。
でも夢じゃない。
だって、腕の中からは本当に白倉の匂いがするし、白倉の髪の感触だって手の平にしっかり当たってる。
だから、夢じゃないのだ。ああ、幸せ――――
「………あれ?」
唐突に、その温もりや感触や匂いが離れたことに驚いて、吾妻は目を開けた。
視界がよく利かない。身体の自由もよく利かない。
目を凝らすと、眼前には白倉が立っていた。
しかし、さっきみたいな可愛らしい様子ではなく、なんだか怒り顔だ。
腕を組んで立っている。
そこは、戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉ではなく、どうやら吾妻の寝室らしい。
どうして、ここにいつの間に。
「は、白倉、まさか夜のお誘い…!?」
「まだ目が覚めてないみたいだな……もう一発いっとくか………」
白倉は綺麗な顔に青筋を浮かべて、指をぼきぼき鳴らした。
「あっはっはっはっはっは!!!!」
寮の食堂。
席につくなり、げらげら腹を抱えて爆笑しているのは、普段落ち着いた理論派で通っている岩永だ。
「アホ! アホすぎる! 馬鹿! 秀逸なんやけど、ちょお夕、俺腹いたい!」
涙を浮かべてまで笑って、隣に座る夕の肩をばしばし叩く。
「俺はリアルに腹痛くなるん嫌だから笑わない……」
「は?」
横隔膜を痙攣させて笑っている岩永は気づいているのかいないのか。
彼の向かいに座っている白倉の顔には青筋。
岩永を信用して話したのだが、見込み違いか、という風に。
白倉の隣には、机に突っ伏してただの屍みたいな雰囲気の吾妻。
「嵐、お前、いい加減黙らないと、吾妻みたくがつんと行くぞ?」
「え? 別にかまへんよ。白倉ができるなら」
岩永は笑いの波が過ぎたのか、笑い声を引っ込めてへらりと微笑む。
「………」
白倉は押し黙った。それが答えになっている。
「差別」
「なんか言ったか夕」
「いいえなんも」
小さな声でつっこんだだけなのに聞きつけた白倉に低い声で脅され、夕は理不尽を感じた。
同じ親友なのに、何故こうも白倉の態度は岩永と自分で違うのか。
別に不満なほどじゃない。
白倉は、自分だってすごく甘いし、優しいからだ。
ただ、こんな時。あくまで日常の冗談や笑い話の中で、岩永には手を出さないのに、自分には結構遠慮ないとことか。
「ああ、それは多分、岩永の人徳っていうか岩永は普段から一言多くないでしょ?
夕くんは多そう」
「うるさい」
「勝手に読むな」
心を読んで聞いてもいないことに返事をした吾妻は未だ机に寝そべったままで、夕と白倉に同時に頭を叩かれてうめく。
岩永がまた笑った。
「しっかし、白倉と和解してからまだ一週間やのに、そんな夢見る神経がすごい」
「俺は災難だ」
「夢の中の白倉に感触や匂いがあってそら当然やなー」
話題が「夢」の話になると、吾妻はいたたまれなくなる。
今の問題はそれで、岩永が泣くほど笑った理由もそこだ。
「夢見てる最中、現実で起こしに来た白倉を抱きしめとったんやから、そら感触も匂いもあるわ」
――――そう、先刻の白倉に勝って相思相愛ハッピーエンド、は吾妻の夢である。
しかし、ちょうどそのタイミングで起きてこない吾妻を起こしに来た白倉が、やけに幸せそうに眠っている吾妻を揺すったり呼んだりして起こそうとしたので、吾妻は無意識に白倉の手を掴み、寝台に引っ張り込んでぎゅうぎゅう抱きしめた。
白倉は最初は腕力で抵抗したが、眠っている所為で手加減なしの馬鹿力。敵うはずもない。
最終的に、吾妻がばらさなければいい。そもそも週番なんだから使っていいんだという理屈で念動力を発動し、吾妻の身体をひっぺがした。
部屋の壁に押しつける形で、力で身体の動きを封じているのに、起きた吾妻が暢気に「夜のお誘い」とかのたまったものだから、吾妻は一発殴られた。腹を。
そして、食堂で朝の挨拶をした岩永たちにやけにへこんでいる吾妻の事情を聞かれ、しかたなく説明したら、冒頭の岩永の大爆笑、というわけだ。
「あー、おもろかった……」
「お前、図太いよな……」
「俺のこと繊細っちゅうアホはおらんと思う。夕の方がまだ繊細」
まだおかしそうな岩永に突っ込んだら、岩永はしれっと答えた。
こういうとこが嫌いになれない、と夕は思う。
嫌味なとこがないのだ、岩永には。
「………」
「白倉?」
なにか考えるように、腕を組んだ白倉に、吾妻は少し怯えた顔で名を呼んだ。
「ん? ああ、お前のことじゃないから」
「…怒ってない?」
「わざとなら怒ったけど、夢ばっかりは仕方ないしな………」
もう気にしてへん、と答えると、吾妻は安堵に胸を撫で、それから白倉にお日様みたいな笑顔を向けた。
「ん?」
「白倉は、本当に人間の器が大きいね。男前で素敵だ」
「………新手のアプローチか?」
「ううん。白倉に惚れてなくてもそう思うよ。
白倉はかっこいい」
「……………………」
あくまで本気で、アプローチのつもりなく本音として、眩しい笑顔で語る吾妻から白倉は視線を逸らした。
「白倉?」
「お前、今日口きくな」
「えっ!?」
さっきまでの喜色が嘘のように、吾妻はショックを受けて青ざめる。
なんていうか、表情に嘘がないよな、と岩永は見ていて思った。
吾妻みたいな力はないけど、今の吾妻の表情が本心に直結していることくらいわかる。
「吾妻、大丈夫。照れただけやから」
「へ?」
泣きそうになっている吾妻の、テーブルに置かれた手を叩いて、岩永は言った。
「吾妻に褒められるんは、満更やないから、照れとるん」
「嵐」
「はいはい」
白倉に睨まれて、岩永は今度はあっさり謝った。笑ったまま。
「……………………」
「なに?」
吾妻はぽーっと、顔を赤くして白倉を見ている。
光が周囲に散っているような、期待に溢れた顔だ。
たとえば、プレゼントを期待する子供のような。
「…………………………まあ、悪い気はしない」
その顔でじっと間近で見つめられることに堪えきれず、白倉は顔を背けて降参した。
髪から覗く耳が赤い。吾妻はそれを見て、あからさまにきゅん、とときめいた顔で白倉を注視した。
が、すぐに周囲をばっと見渡す。自分の頬をつねる。
「岩永、これ夢じゃない!?」
「あー、夢か現実お前の好きなほうで。
それより夕、なに食う? 俺、今日は軽食にしよかなーって」
「お前、ほんとにいい性格してるよな。もうちょい真面目に答えてやれ」
眼前で吾妻が絶望的な顔をして岩永を見ている。さてはこいつ、吾妻で遊んでるな、と夕は岩永を見て思った。
「ゆ、夕くん」
「ああ、現実やから安心しろ」
「…」
優しく笑って言い聞かせてやると、吾妻はとても安堵して、それから白倉を見て反芻して、幸せそうにぽやっと笑った。
(まあこんな顔されたらいじめたい気持ちもわからんでもないけど)
「…夕くん、聞こえてるよ」
そんなこと思っていたら、吾妻がジト目でこちらを見ていた。
「あ、ごめん。心の鍵しめといて」
やばいやばいと思いながら顔には出さずに答えて、卓上のメニューを見る。
さてなんにしよう。朝はそんながっつり食べなくてもいいか。今日は戦闘試験はないし。
「僕は、おお、ジビエある? ここ」
「朝からそれ頼むなよ?」
「わかってるよー」
にこにこと笑って白倉との朝の会話を楽しんでいた吾妻だが、ひゅっと空を切るなにかの音に、ハッとして白倉を腕の中に抱き込む。
「危ない!」
警笛みたいな声。夕と岩永も一瞬で思考を切り替え、腰を浮かせる。
空から飛来したなにかは、吾妻の額にぱこん、と当たった。
岩永も夕も、腕の中に抱き込まれた白倉も、周囲の生徒たちもなんとなく間の抜けた気持ちで、それを見た。
「なんやこれ。しかもこれ吸盤なんやけど」
吾妻の額にぴったりくっついている棒。しかし、先は吸盤だ。
その先に白い長方形の紙が一枚ぴらりとある。
さしずめ、矢で文を射って壁に貼ったみたいに。
しかし、吸盤だ。紙に吸着するはずはないし、そもそも吾妻の額が壁的な位置だから、人間の皮膚に吸着するはずはないし、そもそもその棒は紙を貫通していない。
どうやって、吾妻の額にくっついているんだ。
岩永が身を乗り出し、指で紙を摘むと棒はぽろっとあっさり落ちた。
吾妻は白倉を離すと、困惑しながら床に落ちた棒を拾い、指で吸盤を触る。
そして首をひねった。
「とりあえず、なんて?」
紙にはなにか文字がある。夕は岩永の手にあるそれを覗き込んだ。
「……犯行声明みたいな」
「うん」
「え?」
吾妻が身を乗り出してから、思い直して身体を引っ込め、歩いてテーブルの反対側に回る。岩永の背後に立って、紙を覗いた。
紙には、新聞や広告の文字を切り取って張り付けたまさに「犯行声明」。
内容は、
「『我、汝を倒してSランク昇格を望むもの。
吾妻財前に勝負を挑む。放課後、礼拝堂にて待つ』」
同じくテーブルの反対側に回ってきた白倉が読み上げた。
それを聞いた途端、周囲の生徒たちは「なんだー」という期待はずれ感にぼやいて、その場を離れた。
「……え? つまりどういうこと?」
「果たし状みたいな?
ようあるんよ。転校生が来て、かつ上のランクやとこういうこと」
岩永も「なんだ」という拍子抜けの顔をしている。
「元々おるヤツらは、もう手の内が互いにばれて作戦立てられとるとこあるし。
派閥作っとる奴らも多い。
そしたら、新参で自分の実力が筒抜けになってなくて、かつ自分より上のランクの転校生に勝負挑むのがいるわけ」
「……カモ?」
「いや、ちゃうんやない?
少なくともお前より下位ランクやろ」
「上位ランクが僕のこと気にいらないからぼこるとか」
「ないない」
夕も岩永も、白倉も揃って手を顔の前で左右に振った。
「お前、自分が何ランクや思てんねん?
Sランクやろ? 自分が最上ランク。
お前と同格のヤツなら、真っ向から仕掛けてくるわ。九生みたく」
「……真っ向?」
吾妻は岩永の言葉に途中まで納得したが、最後で引っかかって突っ込んだ。
「あれは、あいつなりに真っ向勝負」
「随分歪曲変化球な真っ向勝負だね。しかも勝負してないし」
吾妻はなんとかそう返した。
だって、納得いかない。
まあでも、と思って紙を手に取る。
「九生に比べたら、まあ手口はかわいい」
「やろう?」
「…そうだね」
吾妻は頷いて、メニューを手に取った。
放課後礼拝堂。どうしようと思ったが、食事が来るころには忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。
猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。
もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。
すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。
主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。
――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました――
風景が目まぐるしく移り変わる。
天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。
移り変わる景色こそは、
第一天 ヴィロン。
第二天 ラキア。
第三天 シャハクィム。
第四天 ゼブル。
第五天 マオン。
第六天 マコン。
それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。
気付けば明星は、玉座に座っていた。
そこは天の最高位。
第七天 アラボト。
そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。
――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる