【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第四章 PHANTOM OF CRY

第九話 トラジック・アジテータ

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 あれ以上、岩永になにを聞くことも、言うことも出来なかった。
 一時休戦で、別れて数十分。
 吾妻は息を吐いた。嘆いているのか、疲れているのか。
「…」
 我慢するべきだ。
 白倉を想うこと、傍にいることを。
 だって、白倉が岩永のようになったら、嫌だ。
 彼が自分の全てを忘れたら。
 出会って今までの記憶も、自分に芽生え始めた想いも。
 跡形もなく消えてしまうなら、会いたくない。
 我慢するから。
 待つから。
 廊下の向こうに感じた気配に、吾妻は胡乱な視線を向ける。
 岩永は上の階に行ったから違う。
 なら、遠慮はしない。
 手を突きだして、炎を発生させた瞬間、その場に異質な音に気づいた。
 ピピピ、と、アラームのように鳴る音。
 そこで吾妻はハッとした。初めて聞くからわからなかった。
 これは、パートナーが近づいた時、腕の機械が鳴らす音。
 廊下の角から出てきた男は、吾妻を見つけてホッとした。
 吾妻は呼吸が止まって、全身で発火を止める。
 荒い息を吐く。床に座り込みそうになった。
「吾妻」
 よかった、とこちらに駆け寄ってくる華奢な身体。
「リタイアにはなってないとは思ってたけど…」
「…白倉」
 顔を上げて、姿勢を直し、傍に立った白倉を見下ろす。
「白倉こそ、無事でよかったよ」
「うん…」
 素直な気持ちを口にすると、白倉は嬉しそうに微笑んだ。
「吾妻、なあ…」
 吾妻の手を軽く、指でつついて、白倉は上目遣いに言う。
「抱きついたら駄目?」
「…………はっ!?」
 前触れもないお強請りに、吾妻はいろんな意味でびっくりした。
 心臓を一気に酷使するような驚きだ。
「……え? 白倉?」
「寂しかった。いなかったから、お前。
 だから、一回ぎゅってして」
「……え、や……」
 吾妻は狼狽した。
 嬉しい。すごく嬉しい。頼まれなくてもこっちから思う存分したい。
 でも、今、我慢すると思ったんだ。
 だって、岩永みたいに、彼が俺を忘れたら。
 自分を見上げて頬を赤くした白倉は、不意に傷付いた顔をする。
「…なに? その、我慢するって決めたのに…て顔」
「……書いてあった?」
「ボケんな。そういう話と空気じゃない。
 顔に本気で書いてあったら蹴りいれてる」
 白倉は心底本気の声音で怒って、吾妻を睨む。
「なんで?
 我慢しなくていいって俺、言った!」
 自分の胸に左手を当て、右手を大きく動かして白倉は訴える。
 傷付いた顔で、泣きそうに。
「…だけど」
「…俺がいいって、決めるの俺じゃないか。
 なのに九生も時波も、しまいにはお前まで!」

 だって、


 岩永は言っていた。
「どうして、お前は白倉とのことを、咎めない?」と聞いた自分に。
「…今、咎めて変わるんか?
 お前を好きな白倉と、白倉を好きなお前の気持ちに、一時停止がかけられるんか?」
 そう言った。
 無意味だ、と。


 そうだ。我慢なんか本当は出来ない。
 離れていても、自分は白倉を想う。
 愛して、見つめて、ただただ一心に。
 思いは募るばかりで、消えないんだ。
「頭の中から、…消えたらなんなんだよ」
 白倉は俯いて、呟く。震えて、掠れた声。
「そしたら、また覚えたらいい。
 何遍だって、お前のこと好きになってやるから、俺の傍にいろ!!」
 白倉は悲鳴のように叫んで、嘆き疲れたように項垂れる。
 胸を撃つ。あまりに、苦しいそれは、強い喜び。
 白倉の手を掴んで、抱きしめる。
「こっち、来て」
「…」
 抱きすくめたまま、耳元で囁いた吾妻に、白倉は疑問を訴える瞳を向けた。
 肩にその身体を抱き上げて、中庭に面した窓を開ける。
 白倉と自分の周囲に炎の壁を張った。
 そこに、複数の超能力がぶつかって散る。
「人が集まってきちゃった」
 窓枠に足をかけて、一気に飛び降りた。
 白倉を、きつく抱きしめて。



 人気のない十六階廊下。
 岩永は自販機でオレンジジュースを買って、プルタブをひき開けた。
「…はー…」
 吾妻と戦わないで済んだのは助かった。
 一人はきつい。
 缶に口を付けて、また一口飲み込む。
 考える。
 落ち込んだこともあった。
 記憶の欠落。
 でも、戻らないのだ。
 いくら悩んで、心をすり減らし、苦しんだところで。
 なにひとつ、思い出せない。
 忘れたのではなく、消えてしまったから。
 だから、やめた。
 足音がして、岩永は缶を床に置く。
 気配を殺して、構えた。
 先手必勝だ。こっちは一人だから、敵の攻撃より速く仕掛けなければ負ける。
 だが廊下の向こうから姿を見せたのは、禿頭の長身の男。
 村崎だ。
 自分と同じで一人。
 岩永は、自分に気づいて顔を歪めた村崎を見つめ、迷った。
 多分、攻撃しないと攻撃される。
 でも、出来ない気がする。
 それは、自分だけだけど。村崎は違うだろうけど。
「…パートナー、リタイアしたん?」
 それでも問うた声が少し弾んでいて、自分に心底懲りないなと思った。
「……」
 村崎はなんとも言えない顔で、岩永を見ると視線を背けた。
 関係ないって言われるか、攻撃される。そう予想した。
「…お前もか?」
「……え?」
「パートナーのリタイア。お前もか?」
 村崎はそう聞いてきた。
 一瞬、顔を背けようとはしたが、しかたないという風にこちらに近寄ってきた。
「う、うん! 結構最初に……、あ、嬉しいわけやなくて」
 思い切り元気よく返事をしてしまい、岩永はすぐ消沈した。
 流河にも、村崎のパートナーにも失礼だった。
「そんなんわかるわ」
 村崎はにべもない。いちいち言うな、という風に。
「…やんな」
 胸がじくじくと痛む。
 でも、もっと、話していたい。
 なんでだろう。
 覚えていないのに。
 いつも彼は、冷たいのに。
 村崎が不意に視線を険しくする。自分に向けられたのだと、岩永は胸が痛くなった。
 だが、大股で近寄った村崎の手が伸びて、肩を掴むと抱き寄せられた。
 自分の背後に手をかざし、村崎は岩盤の壁を生みだした。
 そこに、衝撃のぶつかる音。
 向こう側に、誰かがいたのだ。
 村崎の手が動く。砂が踊って、壁で岩永からは見えない廊下の向こうへ。
 悲鳴がしたあと、静かになった。
「……」
 村崎がホッと息を吐く。
 岩永はそれどころではない。
 今の自分は初めて感じる腕の中の温もり。匂い。
 顔が赤くなってる。
「…」
 村崎は岩永の異変に気づいて、視線を寄越すが、なにも言わない。
 少し、痛みが戻ってくる。
 気持ち悪いと思う。今の自分。
「…しゃあないな」
 村崎は向こうの廊下に座り込んで、リタイアか、と嘆いている先ほどの攻撃の主を見遣って呟いた。
「え?」
「お互い一人はきついやろ」
 村崎は少し離れると、ため息混じりに言った。
「パートナーを失ったもん同士なら、ペアの再登録は許可されとるしな。
 …かまへんな?」
「…………」
 それは、一緒に組んでくれるということで。
 ああ、懲りない。
 本当に懲りない。自分。
 だって、これはしかたなくだ。
 自分は強いから、勝つために組むには「無難」なだけで。
「…うん!!」
 それでも、こんなに嬉しくて、勢いよく笑って頷く自分。
 報われないと思う。
 村崎は少しだけ、困惑した顔をして、自分を見つめた。
 それから、ほんの少し、僅かに、口元を緩めて笑った。
 嫌いになんてなれない。
 こんなささやかな優しさすら、嬉しくて、好きで。
 諦められなくて。
 どうしたって、傷付いた手を伸ばした。



 中庭の生い茂った木々の間に隠れて、吾妻は白倉の頭を撫でた。
「こわいよ」
「…」
 優しく、不安げに言う。白倉の隣に、巨躯を丸めて座った吾妻。
 白倉を見つめて、微笑む。やはり、どこかに影を潜ませて。
「白倉が、僕のこと忘れたら」
「…でも、」
「うん」
 わかってる、とそっと抱きしめられる。
「僕も、離れるのは、こわい」
 心から想った声だとわかる声。
 白倉の胸が、震えた。
 ああ、いつからこんなに。
「…白倉」
 切なそうに、自分を見下ろす吾妻に手を伸ばす。
 首にすがりつく。
 吾妻の首に、そっと軽くキスを落とした。
「……時間、止まったらいい」
「…うん」
「離れたくない…」
「うん」
 ずっと、ずっと、この腕の中にいたい。
 吾妻の優しい笑顔を、見ていたい。
「…白倉」
「ん?」
 呼ぶ声に、白倉はゆっくりと顔を上げた。
「僕のこと、好き?」
 その顔が、何故かぼやけた。
 よく見えない。
「……吾妻は?」
「…好きだよ」
 吾妻が泣いているんだろうか。
 声と、自分を抱く手が震えている。
 その感触が、なんでだろうか、遠い。
「好きだよ。
 なにより、誰より。
 あの日から、…あの日からずっとずっと…」
 あの日からと言われて、浮かぶのは、体育館の出会い。
 いきなりみんなの前で告白されて、心底気持ち悪かった。
「愛しくて、傍にいたくてたまらない。
 本当に、僕も堪えらない。傍にいたい。
 抱きしめていたい。キスして、好きって言いたい。
 夜も朝も、毎日、毎日、…ずっと…!」
 そっと、吾妻にすがる。その手が、弱かった。
 精一杯、胸元に頬を擦り寄せた。
 胸の中が、しびれてる。
 嬉しくて、愛しくて、切ない。
「…愛してる。愛してる。…白倉」
 吾妻が言う。泣きそうな声で。

 あの日から。あの日からずっと。
 探していた。
 本当は、キミに再び出会うために、NOAに来たんだ。
 もう一度、キミが呼ぶ「吾妻」という名を聞きたかった。

 吾妻はきつく白倉を抱きしめた。
 白倉が好きだ。
 離せない。手放せない。
 やっぱり、無理だ。
 離れるなんて出来ない。
 好きで、好きで、悲しくて、切なくて、胸が潰れそう。
「…白倉…」
 こんなにも、好きだから、離れられない。
 白倉は、僕の全てだった。
 白倉が、僕を覚えていなくても。
「…愛してる………」

 あの日からずっと。

 僕を、孤独の淵からすくい上げてくれた人。

「…白倉」
 手を伸ばして、抱きしめた身体を見つめて、顔を上げさせて。
 薄く開いた唇に、そっと自分のそれを重ねた。
 きつく、一心に抱きしめた。
 腕の中にいるキミの温もりを。その温かさに、僕は生きていると知るから。
 離したくなかった。
 あの時、抱きしめることの敵わなかったその身体を、抱くためだけに、生きてきた。
 再び出会ったキミは僕を知らず、僕の右目のことも知らず。
 でも、僕に優しく話しかけた。優しく思いやった。
 誓ってくれた。
 キスを、くれた。
「…好きだよ………」
 こんなに好きなのに、離れられるはずがなかった。
 手放せるはずがなかった。
 遠くから見ていることが、出来るはずなかったんだ。
 キミと離れた距離が、隙間の空気が、僕の指を切り裂いて痛くて。
 腕の中に閉じこめる。
 離れられるはずがなかった。
 こんなにも、愛しているから。

「……吾妻」

 白倉の頬を、透き通った涙が流れる。
 翡翠の瞳が、真っ直ぐに吾妻を見つめた。

「…俺も」

 震えた声が、自分を呼んだ。
 目を閉じて、泣きながら、静かに、夜の中で咲く白い花のようにキミは微笑む。
 腕の中。ことり、と自分の胸元に乗せられた頭。
 力無く、閉じた瞼。
「……白倉……………?」
 掠れた声で、吾妻は呼んだ。
 白倉は目を閉じたまま、目覚めない。
 力のない四肢。体温が低い気がする。
 閉じたまま、自分を見ない瞳。
「………白倉…………………………?」


 暴走キャリアは、宿主の心や記憶、身体を喰らう。
 きっかけは、


「…………白倉………」
 泣き出しそうに呼んだ。
 起きて。目を開けて。
 何度でも呼ぶから、お願い。

 お伽噺で、キスで目覚めるお姫さま。
 逆だ。
 キスで、深い深い眠りに、落としてしまった。


 こんなものを見たくて、君を捜して来たんじゃない。
 こんな、ものを。





「原因不明の昏睡状態?」
 白倉と九生の部屋。
 白倉が眠っている奥の寝室には、九生と時波がいる。
 居間に集まった夕と、岩永、流河は教師から聞いた僅かな情報に顔をしかめた。
「多分、暴走キャリアが原因だろうって」
「でも」
 岩永は二人を見渡して、眉を寄せる。
「暴走せぇへんかったやんか」
 流河と夕は息を呑んだ。
 以前暴走を起こした本人に言われると、その本人に記憶がないとわかっていても、衝撃を受ける。
「それに、まさか本気で恋心がきっかけやと決まっとらんし」
「…それを断言できるの?」
 流河は言葉を選んで、慎重に問いかけた。
「え?」
「恋心がきっかけじゃないって、岩永クンは断言できるの?」
 言ってしまってから、ひどい言い方になったかもしれないと流河は危ぶむ。
 だが、岩永は平然とした顔で、
「断言はせぇへん。覚えとらんし。
 やけど、違うと思うねん。なんか腑に落ちひん」
 とはっきり言った。
 流河と夕は顔を見合わせる。
 事件の核心をつく会話は嫌だ。
 心が痛い。疲れる。
 本人が、平然としているから余計に。
 今の言葉に反論すれば、岩永を傷付けるんじゃないかと危惧する。
「どうやら、それは当たっとるかもしれん」
 寝室から九生が出てきた。
「医師の先生にも診てもらったが、二つ目の力は完全に覚醒しとるそうじゃ」
「…じゃあ、」
「暴走したわけじゃ、ないな」
 九生の言葉に、全員がホッと息を吐く。
 さっきの気まずい空気から抜け出せた安堵でもある。
「ただ、ずっと意識が戻らん。
 だから、全然副作用を受けとらんとは言い切れん。
 暴走せんかっただけで、記憶が…ない可能性もあるわけじゃ」
 視線を落とし、声を震わせた九生に、三人は言葉を失う。
 顔を見合わせたが、なにも浮かばない。
 胸が塞がる気持ちがする。
「………」
 九生は自分の口元を押さえて、息を吐く。
 気持ちを整えるように。
「…吾妻は?」
「…あ」
 単刀直入な問いに、岩永が視線を泳がせる。躊躇って。
「あのな、吾妻は、悪…」
「そんなんわかっとる」
 岩永の困惑を読んだように、九生は言い切った。
「…わかっとる。悪かったんは、どうも、俺らの方やの」
 九生は肩を落とした。
 岩永は胸にわき上がってきた思いのままに、首を横に振った。
「別にお前らも間違っとらん。
 そんなん言うたら、覚えとらん俺かて悪いやん。
 …悪いヤツは、多分おらんと思う」
 言葉の最後に行くにつれ、勢いを失い掠れていく岩永の声を聞き、九生は微かに微笑んだ。
「そうじゃの」
 そう、優しく言った。
「…まあ、だから、一人自分を責めとるじゃろうあいつにもそう言いたくてな」
 自分の腕に触れ、撫でながら九生は言う。少し気まずそうに。
 それ以上に、吾妻を思いやって。
「…俺が行ってきてええ?」
 岩永は手を小さく挙げて、笑った。
「俺の方が、言うこと言ってやれると思う。
 少なくとも」
 視線を寝室の方に向ける。
「白倉の、望んどることは…」



 白倉が眠りに落ちて、一週間が経った。
 全く、変化はない。
 自分の所為だ。
 やはり、なにがなんでも離れるべきだった。
 堪えるべきだったのだ。
 知っていたのに、彼らの心を傷付けてまで真実を知ったのに。
 それでなおなにも出来なかったなら、それはただの興味本位だ。
 なにも活かせないのなら、それが興味本位に探る愚かな人間となにが違う。
「ここおったんか」
 背後で下生えを踏む音がした。
 NOAがある都市の端。
 自然を残す小さな山と湖には、動物も多い。
 以前はそういうところにばかりいたから、動物と自然が好きだった。
 街を見渡せる山の、なだらかな丘。
 振り返ると、岩永がいた。
 こんなに高い山だと知らなかったらしく、普通のスニーカーに制服。
 汗を掻いている。
「…見つけるん苦労した」
「…どうして来たの」
「当たり前やろ」
 吾妻の自暴自棄な問いに、岩永はあさっての返事を寄越す。
「なにが」
「お前がいっちゃん……。
 て、決めつけたらあかんけど、…責めとんのとちゃうか?
 やったら、違うって言いに来んでどうする」
 吾妻の傍に立って、岩永は吾妻を見下ろした。
 生い茂った草の上。向こうに森となって立ち並ぶ木々。
「違くない」
「違う」
「違わない!」
 岩永に背を向け、叫んで、吾妻は溢れてきた涙を拭う。
「離れよう。我慢しようって誓ったのに、白倉を前にして、堪えらなくて…」
「やからそんな必要あれへん!」
 岩永はさっきの自分より、大きな声で否定した。
 ぼんやりと彼を見上げた吾妻を、息を乱しながら見つめ返す。
「俺はなんも覚えとらんし、確証ひとつわからんし。
 でも、ちがうんやもん。
 距離とってほしいとか、諦めて欲しいとか、そんなん違う。
 少なくとも俺は、そんなん一度も思わんかった」
 言い終わって、岩永は荒くなった呼吸を整えようと胸に手を当てた。
「覚えてないって……」
「ああ。今のは“今”の俺の意見やからな」
 記憶もない、昔を知らない自分の気持ちだ、と岩永。
 呼吸を落ち着けているが、まだ肩が上下している。
「…俺はそう思う。
 最後どうなるかわかっとっても、それでも傍におって欲しい。
 忘れたって、もう一度好きになったるから、傍におってって」


『そしたら、また覚えたらいい。
 何遍だって、お前のこと好きになってやるから、俺の傍にいろ!!』


 白倉も、そう言ったんだ。
 吾妻は目を見開く。
 夕焼けに照らされる山。
 立っている岩永の姿。
「俺は、待ってて欲しかった。
 …帰ってきた時、変わらず傍で、待っとって欲しかった。
 …知らんくても、覚えるから、教えて欲しかった。
 …記憶がないからて、手放されたなかった」
 赤く染まった頬を、泣きそうに、それでも堪える意志の強い瞳を、心底綺麗だと初めて思う。
 いつも見つめていた、白倉と同じ、揺らがない意志の瞳。
「…」
 岩永と視線が絡む。
 吾妻は不意に微笑んで、立ち上がった。
 岩永の傍を通り過ぎる。
「吾妻」
「帰る」
 驚いて自分を追ってきた岩永に笑いかけた。
 まだ少し泣きそうにして。
「白倉のとこ、帰るよ」
 それでも、心から願って言った。
 岩永は、瞳を揺らして、安堵に頬を緩ませる。
「白倉の傍で、待ってる。傍にいる。諦めない。
 そう、誓った。
 ……守る」
 目覚めたキミが、もし僕を知らなくても。
 また、僕を知らなくても。
 あの日のように、僕を「初めて見る」顔で見ても。
 待っている。
 何度でも。
 手を伸ばす。
 隣に、いるから。

 また、笑ってくれるなら。



 吾妻が泣いてる気がする。
 瞼が重くて、開かない。
 四肢に力が入らない。
 だって、俺の意志を無視して、我慢するって、離れるってわけわからない。
 傍にいて。
 俺がいやだ。堪えられない。
 知らないなら、教えて。
 あの日からってお前が言った。
 俺は、知らないうちにお前と出会っていた?
 俺が覚えていないだけ?
 なら覚えるから。


 視界が開ける。
 茜に染まる空。
 高い空の上。浮かんでいる身体。
 下に山がある。
 そこで眠る、吾妻の姿を見つけた。
 そこに行きたくて、手を伸ばした。
 吾妻が目を覚まして、こちらを見上げてきた。立ち上がる姿。
 急に身体が落下する。
 落下する感覚に、悲鳴を上げそうになって堪える。
 地面に落ちる寸前、ふありと浮かんで、受け止めようとした吾妻の腕の中にゆっくりと降りた。
 自分を見つめる吾妻がいる。
 ホッとした。嬉しくなった。
「吾妻」
 笑ってそう呼んだら、吾妻は目をまん丸にした。
 やがて、ああ、と納得したように手を打つ。
「あんた、天使さん?」
「………は?」
 今度は白倉が目をまん丸にする番だ。
 吾妻は構わず嬉しそうに微笑んだ。
「こんな綺麗な人見たんはじめて。それに空から降ってきたね。
 天使さん」
 そう言って、子供みたいに無邪気に微笑んだ。
 その右目には、包帯が巻かれていた。

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