【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第四章 PHANTOM OF CRY

第十話 そして運命は回り出す

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 日当たりのいい山のなだらかな丘。
 そこに大きな木が立っている。
 この山の中に、父親の工房がある。
 それもあって、男は毎日ここで昼寝をしていた。
 黒い癖の強い髪。浅黒い肌。大きな身体は逞しく、顔は精悍だ。
 右目には、包帯が巻かれている。
 ぱらり、と空からなにか降ってきて、男は目を開けた。
 落ち葉だ。木の枝を動物が揺らしたかしたんだろう。
 そのまま目を閉じようとしたが、ふとなんの動物だろうと興味を惹かれた。
 男は動物が好きだ。
 起きあがって、木の上を見上げる。
 大きななにかが降ってきた。
 男は咄嗟に手を伸ばす。受け止めようと思ったのは、猫かなにかの動物だと思ったからだ。
 なにしろこの山で見かけた動物は猫に犬に狸あたり。どれも害がなかった。
 男の腕をすり抜けるように、男の腕の間にふありと浮かんで降りてきたのは、人間だった。
 白金の透き通るような髪と、翡翠の澄んだ瞳の、とても美しい美貌の、男。
 ゆっくりと地面に着地した彼は、男を見て何度も瞬きした。
 魅入るように男を見つめ、嬉しそうにはにかんだ。
 その微笑みがあまりに愛らしくて、男は顔を赤くする。
 全く知らない男だが、こんなに美しい男は見たことがないし、こんな心を開ききった無防備な微笑みを見たら誰だって。
「吾妻」
 男は自分をそう呼んだ。
 確かに、吾妻は自分の名字だ。
 そこで、ああ、と思った。
「あんた、天使さん?」
「………は?」
 男は目をまん丸にして驚いた。
 吾妻は構わず嬉しそうに微笑む。
「こんな綺麗な人見たのはじめてだよ。それに空から降ってきたね。
 天使さん」
「…俺の、こと、しらない?」
「うん」
 男は愕然として、すぐ泣きそうに瞳を揺らした。
 ああ、泣いてしまう。
 吾妻は慌てて宥めようと肩に手を伸ばしたが、すり抜けた。
 男の肩に触れられない。
 男は透き通ってはいなかったが、実体がなかった。
「……」
 男もそれを知らなかったらしく、呆然とする。
「もしかして、記憶喪失の天使さん!?」
「は?」
 吾妻はそうだ。そうなら納得がいく、と手を打つ。
「知ってるよ!
 羽衣をなくした天女さんは天に帰れないんだよ」
「…それ、全然違う話だお前……」
 男は呆れてつっこんできたが、不意に頬を緩めて、くすくす笑い出した。
 吾妻は見惚れる。なんて、可愛く笑う人だろう。
「うん、吾妻だな。間違いない」
「……僕のこと知ってるの?」
「うん…。あ、それ…」
 男は不意に吾妻の包帯に覆われた右目を見つめて、己が痛いことのように表情を歪めた。
「あ、別に今はそんな痛くないよ」
「…怪我したばっかなのか?」
「…少し前に」
「親友が、制御できなくて?」
 男の不躾な問いも、吾妻は不愉快ではなかった。
 天使だから、なんでもわかるのだと信じてしまう程度には、ロマンチストだった。
「…うん。そう」
「…そっか」
 男は、悲しそうに目を細めて、そして微笑んだ。
「俺、帰り方わからないんだ。お前はいつもここにいる?」
 その話を聴いて、やっぱり天女みたいだと思った。
「うん、いつも来るよ。
 もしかして、また会ってくれる?」
「しばらくここにいるから、会いに来て」
「うん!」
 吾妻は嬉しそうに笑い、大きく頷いた。
「あ、ちゃんと名乗った方がいいね。
 天使さん、俺のこと知ってるけど、礼儀だ」
「いや…」
 制止しかけた男を遮って、吾妻ははっきりと言う。
「吾妻財前。高校二年生」
 ウインクして言ったら、彼は噴き出した。
 しばらく身を折って笑った後、
「見えん…ていうか、ウインクの意味しらんだろお前……」
 とおかしそうに言った。
 吾妻は嬉しそうに自分も笑う。
 こんなに楽しいのは、しばらくぶりだった。



 どうやら、一年前の吾妻の元に来てしまったらしい。
 どういう原理かわからないが、もしかしたら自分の中にある二つ目の力は、「時間」に関係するものなのかもしれない。
 そして、実体はない。

 吾妻は毎日、白倉に会いに来た。
 白倉を天使と信じて「天使さん」と呼んだ。
 結構、ぼけっとしとったんだなあ、と白倉は思う。
 そんなところも愛しくなった。
「なあ、学校は?」
 白倉が聞くと、吾妻は苦笑した。
 なにも言わず。
 不安が胸を騒がせる。
 吾妻はすぐに、ハッとした。
「そうだね、隠しててもばれるよね」
 天使だもん、と呟くように。
 騙す気分だったが、今は真実を知りたかった。吾妻の過去を。
 見ようと思ってここに来たわけではないし、帰れるかもわからない。
 ただ、吾妻を知りたかった。
 こんなにも、好きになるなんて、思わなかった。
「…親友が、藍澤って言うんだけど、同じ学校に通ってて。
 一応超能力は使えたけど、不安定だった。
 それで、…木の上に登っとった猫がいてな、助けようとした。
 降りられなくなってたから。
 僕が下で待ってて、親友が枝を切るはずだった…」
「…制御が効かなくて?」
「うん……」
 吾妻は切なそうに、目を細めた。
 あの日と同じ丘の斜面に座って。
「だけど、僕は憎んでないよ。わざとじゃない。
 それに治る見込みはある。
 なのに、あいつ、責任感じてある日、転校して行った。
 …聞いてなかった」
 だから、行きたくない。
 そう言って大きな身体を丸めるように、吾妻は膝を抱える。
 あの時、自分の隣で身体を丸めていた吾妻を思い出す。
 自分を好きだと言ってくれた。
 好きだと告げるはずのその腕の中で、意識は途切れて、どうなったんだろう。
「天使さん?」
「あ、ごめん」
 不思議そうにこちらを伺う吾妻の一つの瞳。
 綺麗な瞳だと、白倉は魅入られた。
「…場所、わからんの?」
「わからない。親は知ってるだろうけど、教えてくれないよ」
「…」
「…時間が経つと、気持ちは鈍る…」
 吾妻はそう言って、目を閉じて流れる風を受けた。
 隣に座る白倉にも、風は届く。感じるのに、存在する時間が違う。
 ふれあえない。
「…会うの、こわい?」
「…」
 白倉の問いに、吾妻は驚いて、それから頼りない子供の顔で頷いた。
「こわい」
「会いたい?」
「うん」
 でも怖い、と吾妻は言う。
 白倉は立ち上がって、吾妻の前に回り込むと、しゃがみこんだ。
 手を伸ばして、右目に触れた。実際は触れないけれど、覆うように優しく。
「…俺が引っ張ってやるから」
「…?」
「会える時にもし、お前がそいつに会いたくないって言っても、俺に会いたいって言ったら、俺が吾妻の背中蹴って、引っ張ってやる。
 だから、なんも心配すんな」
 その、眩しい笑顔。自分の喜びを、真に望んでくれる美しい微笑み。
 吾妻は見惚れた。祈るように、見つめた。
「…ずっと、傍、いてくれるの?」
 少し不安そうに、そう聞いた吾妻を見つめて、白倉は頷く。
「…ずっと、吾妻の傍、いてやる」
 柔らかい声で、勇気づけるように誓う声に、吾妻は心底惜しくなった。
 彼を抱きしめられないことが、惜しくなった。悲しくすらなった。
 抱きしめたい。
「吾妻?」
 自分をじっと見つめる吾妻に、白倉は首を傾げる。
「あんたのこと、抱きしめたい」
「…へ」
「抱きたい。ぎゅって」
 真剣そのものの顔で語る吾妻に、白倉はしばらく固まったあと、首筋からかあっと赤くなった。
「…いやじゃない?」
「…ていうか、」
 吾妻は期待に弾む胸で問うた。その反応は、自分のことを彼が好ましく思ってくれているからだと、思った。
「…俺も、吾妻に、抱かれたい…」
 赤く染まった顔で、上目遣いにそう言うから、吾妻は愛しさで堪らなくなった。
「立って」
「え? …うん」
 白倉は当惑しながら、立ち上がった。吾妻も立ち上がる。
 触れられないのにどうするんだろう。
 そう思っている白倉の身体に手を伸ばし、触れる寸前のところに手を回す。
 抱きしめるように、彼の周りを手で囲んだ。
「……吾妻」
 白倉は理解して、とても嬉しそうに、綺麗に微笑んだ。
 傍にいてほしい。
 ずっと、笑っていて欲しい。
 天になんて、帰らないで。



 ずっとずっと一緒にいた。
 毎日、吾妻はそこに来た。
 日が暮れるまで白倉とずっと一緒にいた。
 夜もそこにいたいと言ったけど、白倉が危ないから!と怒って無理矢理帰らされた。
 白倉はいつも優しくて、自分を真っ直ぐに愛してくれた。
 いつの間にか、吾妻は彼をとてもとても愛していた。


 ある日、白倉の耳に触れたのは、声だった。
 吾妻が帰ったあとの山奥。
 虫や動物の音が涼やかにする。
 眠りも必要ないから、そこにいた。


 白倉


 呼ぶ声が、聞こえた。
「吾妻…?」
 吾妻の声だ。
 まさか、戻ってきたのか?
 怒ってやろうと思った。


 白倉…


 泣きそうな声。必死に自分を呼ぶ声。悲痛な。
 不意に理解する。
 これは、自分と同じ時間の、あの吾妻の声だ。
 自分が出会って、好きになった、あの吾妻だ。


 …白倉


 涙に震えたように、自分を呼ぶ。


 頼むから…起きて…白倉。


 今にも、崩れそうに、呼ぶ。
 ああ、そうだ。
 俺は、帰らなきゃいけないんだ。
 お前のところに。
「…どうしたの?」
 不意に傍らで、この時間の吾妻の声がした。
 振り向くと、汗だくになってこっちに走ってきた。
「誰を見てるの?」
 不安そうに、泣きそうに、自分を真っ直ぐ見つめる。
 白倉は躊躇った。素直に言えない。
「…まさか、帰るの?」
 吾妻は白倉の前に立って泣き出しそうに言った。悲鳴みたいだった。
 自分の知ってる、あの吾妻の声は聞こえない。
「……ずっと、一緒にいてくれるって言ったじゃん!
 ずっと俺と一緒にいてくれるって言ったじゃん!
 どうして? 嫌だよ! 傍にいて。行かないでよ!」
 なにも答えない白倉に不安を煽られ、叫んで、吾妻は項垂れた。
 頬を涙が伝っているのに、気づいて白倉は手を伸ばすが、拭えない。
「…でも、ずっとずっと、傍にいるよ」
「嘘だ。今、どっか行って二度と帰って来ない!」
「でも待ってる!」
 俯いたまま怒鳴る吾妻に、心から願って伝えた。
 吾妻はハッとして顔を上げる。
「俺は天使じゃない。現実にいる人間だ。
 超能力が使えて、それでここにいる。
 だから、身体がある場所に帰らなきゃいけない。
 でも、俺はお前のこと待ってる」
 思い出す。
 眠る寸前、吾妻は言ってた。
 出会ったあの日、と。
 あの日からずっと。
 会いに来たんだと、探していたんだと。
 その意味を理解して、心は震えた。
 泣きだしたい。堪らない、至上の幸福だ。
 吾妻はずっと、このときからずっと、俺を捜して、見つけて、あの日あそこに来てくれたんだ。
 ずっと、愛してくれていた。
「…俺、お前のこと多分泣かすと思う。
 たくさん泣かすと思う。
 でも、俺はまたお前に会いたい。お前の傍にいたい!」
 吾妻は呼吸も忘れて、白倉を見つめる。
「だから、会いに来て。絶対会いに来て。俺を忘れないで!
 ずっとずっと、お前を想ってる。ずっと待ってるから!」
「…」
 涙を零して、吾妻は瞬きして、大きく頷いた。
「会いに行くよ。絶対、見つける。
 今度こそ、あんたのことちゃんと、抱きしめる」
 吾妻の誓いを聞いた瞬間、白倉の頬を涙が流れた。
 吾妻も同じように手を伸ばして拭おうとするが、今は触れない。
 白倉の周囲を光が舞った。


 白倉!


 呼んでいる。
「…好きだよ!」
 惹かれるように顔を空に向けた白倉を、引き留めるように吾妻は叫んだ。
「好き! 絶対、会いに行く…!」
「うん」
 自分の涙を拭って、白倉は微笑んだ。
「俺、白倉誠二。
 NOAにおるから」
「…NOA…」
「ずっとずっと、待ってる。
 …吾妻」
 真っ直ぐに吾妻を見つめて、精一杯笑いかけた。
 手を伸ばす。ふれあえない手を、掴もうと吾妻も手を伸ばした。
 決して触れない手。それでも重ねるように、吾妻の手の上に置いた。
「……」
 空に呼ばれるように、身体が浮かぶことに気づいた。
 吾妻の肩に手を置くようにして、地面を蹴り、吾妻の右目にキスを贈る。
 本当には触れてないけど、心から愛しく想って、キスをした。
「…会ったら、今度会ったら、絶対離れないから!」
 吾妻の顔を焼き付けるように見つめた。
「…それで、言うから!」
 再び出会ったら、絶対にお前に告げよう。

 誰よりも、愛している。

「……白倉!」
 手が離れる寸前、吾妻が呼ぶ声がした。
 泣きそうに、必死に手を伸ばして。
 微笑みかけた瞬間、世界が消えた。



「…くら、白倉…白倉…!!」
 自分を呼ぶ、懐かしい愛しい声。
 白倉はそっと瞼を開けて、吾妻を見上げた。
 ぼろぼろに泣いた瞳が、自分を見つめている。
 だから、安心させたくて微笑む。
「…ただいま」
「……しらくら…っ」
 また、黒い瞳から涙が溢れる。
 寝台に横たわった自分に覆い被さるように、吾妻は自分の胸に顔を埋める。
「…なあ、言いたいことあるんだ。…俺のこと見て」
 愛しくて、シーツの中から手を出して、吾妻の震える頭を撫でた。
 吾妻は濡れた顔を上げて、不安げに白倉を見下ろす。
「……吾妻」
 ありがとう。
 あの日からずっと、好きでいてくれて。
 会いに来てくれて。
 一番伝えたいのは、この一言。

「…大好き」

 とびきり微笑んで伝えたら、吾妻は顔をくしゃくしゃに歪めて、泣きながら抱きしめてきた。



「俺は別に、お前さんのこと嫌っとったわけじゃないぜ」
 白倉が目覚めて、教師や九生たちに知らせたあと。
 白倉は最終的な検査で、一度NOAと併設された病院に搬送された。
 時間は夕方。病院の待合室は若い男や女、子供などでそこそこ賑わっている。
 NOAと併設して建てられたこの病院は、この都市で一番大きい。
 多くの一般患者が訪れる。
 奥の方の椅子に座って、九生は言った。
 落ち着きなく立っている吾妻に向かってだ。
 白倉の検査の結果は、先に医師から聞いた。もう問題はない、と。
 それでも心配らしい。
「…ただ、初めの頃は、気に入らんかったけどな」
「…ああ」
 吾妻はやっと相づちを打つ。思い当たる。
 転入当初の出来事。あの九生のちょっかいは、そういう意味だったのか。
 気に入られてないとは思っていたけど。
「…」
 九生は言葉を探すように、視線を泳がせた。
 白倉が向かった廊下の向こうを見遣る。
「…まだ、気に入らない?」
 吾妻が不安げに聞くと、視線を向けてから、また視線を逸らす。
「そうやの」
 その言葉に、吾妻は少し落ち込む。
 わかっていたけど、ちょっと辛い。
「…落ち込むなよ。なにもまた邪魔するとか言っとらんじゃろ」
「え?」
 顔を上げると、自分の頭を掻く九生の嫌そうな顔と目があった。
「俺は気に入らんが、…白倉がお前さんを好いとる。
 もう問題はないしの。…無意味にあいつんこと、悲しませたくないな」
 自分が邪魔したら、またあいつが泣くかもしれない。それは本意じゃない。
 九生はそう言う。やっぱり、不満そうに。
「…九生」
 吾妻は嬉しそうに頬を緩ませて、九生の名を呼んだ。
「………そんかわり、すぐに手を出したらぶっ殺すぞ。覚えとけ」
 九生は吾妻を見上げて、親の仇を見るように睨んできた。
 不満オーラもばしばし感じる。それに、女になったときに結構キスしちゃったんだけど、それはセーフだろうかと吾妻は冷や汗を感じた。
「…がんばるよ」
 掠れた声で答えると、九生は顔を背けて腕を組んだ。
 気に入らないけど、しかたないという風に。
「俺は認めんぞ」
 九生の手前に座っていた時波が腕を組んだまま真っ直ぐに立ち上がって、吾妻の眼前に不機嫌な顔を突きだした。
「…時波」
「白倉をこんなヤツにくれてやるだと?
 弱いし、たらしの典型だし、しかも白倉は初恋だというのにお前はそうじゃないんだろ」
 間近で睨み付けられ、吾妻は後ろに下がるにさがれない。
 九生は下から見上げて、ちょっと物怖じしたように時波を呼ぶ。
「だけど、僕は本気で好きになった人は白倉がはじ」
「大抵の男は彼女の身内にそう言うものだ」
「……どこで学んだんじゃお前さん……」
 九生はびびりつつ、そうつっこむ。時波に軽く睨まれて、怯んだ。
「…だけど、白倉のこと、本気で好きだ。
 絶対悲しませない。
 一生かけて大事にする」
「それは当たり前だ」
「……お前、反対しとるんか認めとるんかわからんの」
 また九生が怖々つっこんで、睨まれた。
 時波は若干身を退いた九生を見下ろし、ため息を吐いた。
 腕を解く。
「……しかたない」
 ぽつりとそう零した。
 吾妻はホッとする。だが、いきなりぎろり、ときつい視線に射られて一歩さがる。
「白倉以外に指一本でも触れてみろ。超能力でぶった切る」
「…………どこを?」
「口で言ったら公共のマナーに引っかかるだろう」
「………つまりそういうとこをぶった切る気な………」
 腕をまた組み、堂々言い切った時波に、吾妻は怯えつつも、安堵した。
「……誓うよ。命賭けてもいいよ」
 微笑んで、はっきりと胸を張って言った。
 時波は吐息を吐く。まだ納得がいかないという風だったが、もう文句を言う気はないようだ。
「なに? この変な空気…」
 検査が終わり、戻ってきた白倉がその場の妙な空気に首を傾げた。
「白倉! ど…」
 どうだった?と聞こうと駆け寄ろうとした吾妻は、傍を勢いよく通り抜けた身体に邪魔される。
 ぎゅうう、と白倉を抱きしめて、「面白くない」と呟いた時波にだ。
「…?」
 白倉はまた首を傾げる。
「…たまに抱きしめたりしたら、吾妻の残り香がするかもしれないのか…。最悪だな」
「……なにが?」
 しみじみ嫌そうに呟いた時波の不機嫌に、白倉は圧倒されつつも聞いた。
 九生が時波をひっぺがし、なんでもない、と笑う。
 そして、白倉の頭を撫でた。
「今まですまんかったの」
 殊勝に謝られ、白倉は眉尻を下げた。
「別に、お前らだって、好きでやってたわけじゃないし…」
「でも、その分泣かせてしまったみたいじゃ」
 悪かった、と謝って、九生は白金の髪を殊更優しく撫でる。
 傍でお預けされた犬みたいな顔をしている吾妻を振り向き、笑うと、白倉の肩を掴んでその胸に突き飛ばした。
「わ!」
「…っ」
 びっくりして、吾妻の身体に手を回して掴まった白倉と反対に、吾妻は真っ赤になる。
「ごゆっくり」
 にやにや笑って言うと、九生は時波を引っ張って、病院の出口に向かった。
 その背中を見送って、吾妻は飲み干せない感覚を味わう。
 敵わない。
「あがつま?」
 腕の中で、少し不安げに見上げてくる白倉をそっと抱きしめる。
「大丈夫だった?」
「…うん。全然問題ないって」
「よかった」
 吾妻は心の底からそう呟き、白倉を離す。
「少し、遠回りして、帰ろう」
 細く白い手を繋いで、笑いかける。白倉は頬を赤く染めて、嬉しそうにはにかんだ。
「うん」



「あ」
 寮の一階ロビー。
 スマートフォンを片手に、岩永は顔を上げた。
 大きなフロア。柔らかいソファが沢山置かれている。
 その中の一つに座っていた岩永は、帰りを待っていたようだ。
「おかえり。白倉は?」
 九生と時波の姿を見つけて、立ち上がらないままそう聞いてきた。
 時波が呪いをかけそうな視線を向けたので、少し怯む。
 九生が苦笑して、時波の顔を軽く押さえて後ろに下げた。
「問題なし。大丈夫じゃ」
「よかった」
 見るからにホッとした岩永は、ゲーム機の電源を切って立ち上がる。
「おらんってことは、気ぃ利かせたんや?」
 にやりと笑って聞いてきた。
「……………まあな」
 九生は嫌そうに頷く。
 認めた。認めたが、やっぱり、面白くない。
 お前にはまだやらん、と奪い返してきたい衝動を堪える。
 岩永はそれがわかるのか、くすくすと笑った。
「出会った時は、本当にまとまると思っとらんかったもんなあ…」
 岩永は遠くを見るように、穏やかな笑みを浮かべると、そう呟く。
 出会った時、あんなに白倉に嫌悪されていた吾妻。
「俺もじゃ」
「ま、わからんもんや」
 にっこりと笑う岩永は、嬉しそうに見えるけどな、と九生は思う。
「お前も、わかってないんじゃないのか?」
 さっきから黙っていた時波が不意に言った。
 岩永は首を傾げる。
「…」
 真顔で、時波は視線を上向かせる。
 二階まで吹き抜けになっているロビーのフロア。
 二階の廊下を歩いていた大男がこっちを見ていたが、時波の視線に気づいて顔を背けた。
 そのまま何事もなかったように歩いていく。
「……それは、ないと思う」
 廊下の向こうに消えていった村崎を見送ってから、岩永は切なそうに目を細めた。
「それを言ったら、白倉が吾妻に恋する可能性も似たようなものだ」
「……」
 時波ははっきりと、強い口調で言う。岩永を見据えて、それから視線を逸らし、歩き出した。
「卒業までまだある。
 諦めるには、何事も早すぎるだろうな」
 その言葉を残して、時波はロビーの出口に向かっていった。
 ぽかんとした岩永を見遣り、九生は苦笑する。
「いつまでも、お前さんだけ止まっとるんも、おかしいしの」
「…九生まで。俺の場合は、望みがもう…」
「お前さんだけじゃないぜ」
 意味深に言った九生に、岩永は不思議そうな顔をした。
 時間を、あの日から止めているのは、本当は岩永じゃない。
 岩永は覚えていない、わからないなりに、あの日から一歩ずつ歩いてきた。
 進んできた。
 本当に、あの日から同じ場所で、時間を止めているのは――――。
「……さて、足を止めとるのも、そろそろしまいじゃの」
 それも、もう終わりみたいだ、と呟く。
 意味の通じない岩永は、九生の名前を呼んだ。疑問符付きで。



 GWに訪れた海の見える公園。
 海辺沿いを歩くと風が気持ちいい。
 目を細めて、爽やかな風を受ける白倉の髪が、太陽に輝く。
 吾妻はそれを、夢のように見つめた。
「吾妻?」
「…あ、」
 不意に見上げられ、吾妻は顔がかあっと赤くなる。
「なに?」
 何気ないふりを装って笑うと、白倉は柔らかくはにかんだ。
 胸が高鳴る。
 白倉は不意に足を止めた。吾妻を真っ直ぐ見上げる。
「意味、通じた?」
 と急に不安そうに聞くから、鸚鵡返す。
「…俺が、目覚めてすぐに言った好きの意味」
「……」
 吾妻の笑顔がそのまま固まる。
「…好きって、恋人としての意味だよね?」
 掠れた声だ。まさか、友人として?と危ぶんだ不安そうな声音。
 引きつった吾妻の顔を見上げて、白倉は微笑んだ。花が開くように。
「…その意味であってる」
 囁くような声で教えると、吾妻はしばらくの間のあと、耳まで赤くなって俯いた。
 そう、と呟く声が震えている。
「……吾妻」
 名前を呼んで、そろりとあげられた赤い吾妻の顔に、手を伸ばす。
 白倉の包帯に巻かれた手に、右目の瞼を撫でられ、動きが止まった。
「…白倉……」
 期待に怯えたように、戸惑いながら自分を見下ろす吾妻の頬に、そっとキスをした。
「……ありがと」
 そっと、耳元に小さな声で言う。
「…白倉?」
 手を離して、離れて身を翻す。
「白倉…」
 吾妻は赤い顔のまま、小走りに追ってきた。
 手を掴まれて、振り返らされる。
「…今の、どういう意味?」
「………」
「……………いままで? なんて意味?」
 そんなことを、今も不安そうに聞く吾妻。
 自信持っていいのに。俺はお前が好きなのに。
 そう思うけど、吾妻が怯えるのも無理ない気がする。
 白倉は吾妻に向き直って、微笑む。
「俺に会うために、NOAに来てくれて。
 あの日から、俺を、ずっと好きでいてくれて、ありがとう。
 …これからも、ずっと好きでいてな」
 頬を染めて、好きだと歌う瞳で見つめられた吾妻は、不意に涙を零した。
 声が震えて、言葉にならない。
 必死に、白倉を抱きしめた。
 何度も、声もなく頷く。
 ずっと、好きでいるよ、と誓ってくれる。
 手を伸ばして、大きな背中を抱いた。
「…吾妻」
 名前を呼ぶと、おずおずと顔を上げる。涙に濡れた瞳が、とても綺麗だと思う。
 白倉は唇をつんと突きだして、可愛らしく微笑んだ。
「言っただろ?」
「……?」
 戸惑う吾妻の唇を、軽く指でなぞる。
「時波に勝ったら、キス、返して」
 甘える声音で囁くと、吾妻は燃えたように真っ赤になった。
「…ば、ば、ば、ば、だけど」
 思い切りどもりながら、負けた、と訴える。
 白倉は「はやく」とせっついて、吾妻の胸元に手を突いた。

「勝っただろ?
 俺の中で」

 とびきりの笑みでそう言ったら、吾妻は目を見開いて、首筋まで赤くなって、目一杯幸せそうに微笑んで、抱きしめてくれる。
 そっと、優しいキスが、唇に落ちてきた。
 吾妻の服を掴んで、目を閉じて、胸の奥でいっぱい。


 だいすきってささやいた。
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