【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第五章 皮一重の喜劇

第四話 雷鳴轟く

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 白倉と吾妻、夕と岩永の面子は、いつも一緒に帰る。
  しかし、その日の放課後は違った。
 なにやら、岩永がひどく沈んでいて、白倉も吾妻も夕も、村崎の弟の一件だと思った。
「そんなへこむなって」
「夕」
 自分の机に座ったまま、岩永が顔を上げる。傍に立った夕を見上げた。
「蚊に刺されたようなもんと思えば――――」
 白倉は内心、「蚊」はひどいと思った。
 しかし、昨日流河から「お願い」をされてしまったため、吾妻と顔を見合わせるに留める。
 夕に悪意はないし。
「蚊? なんの話?」
 だが、岩永がきょとん顔で聞き返したので、夕も吾妻も白倉も「ん?」と疑問を抱いた。
「静流さんの弟の話だろ?」
「……ああ、そんなんあったっけ」
「おい!」
 数秒かけて理解し、そんなことを抜かした岩永に、吾妻は存外図太いという印象を抱く。
「え? 違うの? ならなんでへこんでんの?」
 夕は矢次に問う。白倉は一瞬、村崎からまさかなにか言われたのかと危惧したが、岩永は沈んだ顔で、
「お守りなくしてん」
 と答えた。
「…お守り、て、静流に昔もらったやつ?」
「うん。見つからへん」
 部屋中探したんやけど、と落ち込んだ様子で岩永は言う。
「みんなも知らへん?」
「しらん。お前がなくしたの今知ったし」
「俺も」
 岩永の問いに、夕と白倉が首を左右に振って言う。岩永が不意に吾妻を見た。
「吾妻は?」
「そもそも、岩永がお守りなんて持ってたこと今知ったよ」
「…あ、そっか」
 そうだ、吾妻は知らないんだった、と岩永も、白倉も夕も今頃気づいた様子で呟く。
「お守り? 村崎から?」
 とても意外そうに言う吾妻に、白倉が、
「俺も詳しくは知らんけど、嵐が記憶なくす前に静流がくれたものなんだって」
 と教えてくれる。
「へー。…岩永は、それを誰から聞いたの?」
 記憶をその後失ったなら、誰からのものなんてわからないはずだ。
「流河と夕から聞いたん」
 その返事に、吾妻は夕を見る。夕は真顔で「本当」と頷いた。
「で、それをなくした」
「うん」
「だけど、お守りでしょ? 盗まれるもんじゃないよ?
 落ちてたら、みんな拾って落とし物ボックスにでも入れるでしょ」
「俺もそう思う」
 吾妻と白倉の言葉にも、岩永は不安そうだ。
「でも、村崎が見つけたら、捨てると思うやんか」
「……え、や…」
 三人とも、返事に困った。だってそれは。
「村崎は、岩永が持ってること知らないんだ?」
「うん。もう捨てたと思っとるんちゃうかな」
「ふうん……」
 ため息を吐き、憂鬱な表情をした岩永は、訓練してくる、と教室を出ていった。
 残された三人は、お互いを見てなんとも言えない沈黙を作った。
 教室には、人も少ない。まだ数人残っているが、他人の話を聴くタイプの人間や、それを吹聴するタイプの人間はいない。
「嵐って、あまのじゃくなとこあるな」
「静流に関してだけだ」
 白倉と夕の会話に、吾妻は首を傾げた。
 そこに、もうとっくに帰ったはずのクラスメイトが現れて、頷く。
「流河」
 忘れ物をしたんだ、と笑って言った流河は三人の傍に立つ。
「俺もそう思うよ」
「嵐?」
「うん。吾妻クンも思い当たらない?
 こっちが『諦めたら?』系のこと言うと、意地でも諦めないとか、頑張るとか言うけど、こっちが『頑張れ。報われると思う』とか応援したり希望をちらつかせると、途端報いがないとか村崎クンが自分を好きなはずがないとかネガティブるの」
「……あ、あー……そういえば」
 流河の言葉に、吾妻は納得して頷いた。
 吾妻の記憶にもある。出会ったばかりの頃、自分が非難したときは、諦めないと、意志も強く言っていたのに、今さっきはまるでそれがなかった。
「でも無理なくない?
 村崎クンに好かれてる記憶が一個もなくてさ、村崎クンが徹底的に嫌ってたら、そうなっちゃうよ」
「……そうだな」
 白倉や夕は、正直流河や優衣ほど村崎の敵にはなれない。
 岩永も大事だが、村崎も大事だ。
 だが、今回の流河の意見に関しては、同じ事を思う。
 流河は話が一区切りしたと確認してから、自分の机の中をあさり、忘れたらしい財布を取り出すと三人を振り返って笑った。
「そういうことで、夕クンもノータッチお願いね」
「は?」
「詳しくはそこの二人か優衣クンに聞いて。じゃ」
 流河はひらひら手を振って、教室を後にした。
 夕にじっと見つめられた二人だったが、白倉が不意に立ち上がった。
「俺、用事あったんだ。ごめん。先帰って」
「えぇっ!?」
 ものすごく悲痛な声を上げたのは、夕ではなく吾妻だった。
「聞いてないよ!?」
「ごめん。なんなら、待っててくれる? 数十分で終わるから。
 スマホで連絡するな」
 あからさまに罪悪感を浮かべながら笑い、白倉は教室の扉をくぐる。
 見送った夕が、思い出したように、沈んだ吾妻の肩を叩く。
「待ってていいって言ってるんだし、どうせだから今のうちに行って来ようぜ」
「…?」
「もらったんだろ? 白倉と一緒のチームになりたいっていう挑戦状」
 真顔の夕に言われて、吾妻は手を打つ。
 忘れてたのか、あるいは今一瞬頭から消えてただけか、ちょっと気になる夕だった。



 戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉-12号室。
 照明の点いたフィールド内に、吾妻と一緒に夕も足を踏み入れた。
 白倉は、目星はついていると言っていた。
「よく来たな。でも、ちょっと遅刻だぜ?」
 よく響く声には、甘さがあった。意識して持たせたものではなく、元々そういう声質の声だった。
 適度に低く、聴き心地のよい声は不敵な色。
  場所次第では女性を酔わせるのも容易いと思う、綺麗な声。
 フィールド内にはいない。顔を上げると、正面の見物席に、赤い髪の整った容貌の男が立っている。
久遠くおん…」
 夕の呟きに、吾妻は知っているのか?と聴いた。
「おいおい、同じクラスになって何ヶ月だよ?
 まだクラスメイトの顔把握してねぇのか?」
「…ってことは」
 吾妻が、まさか、という顔をする。久遠という生徒は手すりの上に倒立すると、身体をひねって、フィールド内に飛び込んだ。
 うまく着地して、吾妻に向き直る。
「三年一組所属。Aランク最上位、久遠寒太くおんかんた
 よろしく」
「……ごめん、知らなかった」
「だろーな。今ので丸わかりだぜ」
 久遠は腕を組んで、「で?」と促す。
「勝負は受けてくれるんだろ?」
「…しかたないね。白倉のためだ。受けて立つ」
「よし。いい返事だ。
 じゃ、御園夕はどーする?」
 夕が「へ?」と間抜けな声を上げた。
 久遠は余裕たっぷりに微笑む。
「そこにいるってことは、吾妻に味方するのかぃ?
 別にいいけどよ、どっちでも」
「…剛胆だな。俺と吾妻相手でも勝てるってか?」
「それなら、こっちもチーム組むぜ、って意味だよ」
 久遠は口角を上げて笑い、手を軽く叩く。三人の横手にあたる見物席から、一人の人影が飛び降りてきた。久遠の隣に着地する。
「芥川か…」
 金髪の、久遠と似た小柄な体格の少年だ。
「同じクラス?」
「お前ほんと覚えとらんな。二組の芥川相模あくたがわさがみだ」
 小声で問うと、夕も小声で返した。
「二対二のチーム形式だ。いいか?」
「…望むとこだ」
「当然」
 吾妻と夕が指を立ててはっきり、強気に答えると、一瞬で見物席との間に防護壁が出現した。
 吾妻と夕、久遠と芥川は一定距離を取って、構える。
 久遠は悠然と笑んで、ベルトに手を伸ばす。
 手で抜き取ったのは、ベルトではなくベルトの裏側に仕込んでいた細く長い黒い鞭だ。
「…さ、…いいぜ、来いよ」
 床を叩く音が響いた。
「二人の力は?」
「言ってもわからん。見た方が早い」
「そか」
「あと、わかってるな?」
 強い力のある声だった。どきりとして吾妻が夕を見ると、彼は爛々と目を光らせて笑っていた。
「俺の力は風で、お前の力は炎だ」
「…………、…! …なるほど」
 夕の言いたいことを理解して、吾妻も笑った。
 一瞬で夕が風をまとう。
 向かってきたかまいたちを、久遠は微笑んで待つ。
「『弾け』!」
 そして叫んだ。
 聴いた瞬間、なにか「力」のある声だと思った。
 かまいたちが弾かれる。なにもないところで。
「どんどん来いよ。
 さあ、『ぶっ放せ』!」
 意志と、なにか力を持って発された声が、衝撃となって自分たちに迫ってくる気がした。
 吾妻は咄嗟に夕ごと、自分を業火で覆う。
 業火に、なにか強い衝撃がぶつかった。負荷を感じる。
「……『声』?」
「声っていうか、『音』の支配が、久遠の力。あと」
 夕の言葉が途切れる。その場に響いたのは、高く歌う声だ。
 響く超音波のような、人造ではありえない声に、吾妻と夕はその場に足をつきそうになる。
 身体を、内臓を震わせ、三半規管を狂わせる音。足がふらつく。
「…んのっ…!」
 夕は苦しげな表情を浮かべながらも地面を蹴った。
 風を纏って宙に飛ぶ。
「芥川!」
 久遠の傍に立つ、芥川を見下ろす。
 手を大きく振った。風が走る。
 しかし、久遠が発し続ける歌声に消されてしまう。
 久遠がにやりと笑って、同じように地面を蹴った。
 振るわれた鞭が、夕の腕を捉えた。
「しまっ…」
 バランスを崩す。鞭から走ったのは電撃だ。夕の身体を強く撃つ。
 鞭が手から離れる。地面に落下する。
「夕!」
 吾妻が手を伸ばし、夕の腕を掴もうとして、手を引っ込める。
 夕が薄れかけた意識を掴み直し、風を身体にまとわせたからだ。
 夕はしっかり地面に着地し、踏ん張ると、両手を振るった。
 その場に高圧の風が出現し、夕と吾妻の周りを覆う。
 夕の言いたいことはわかっている。
 久遠の歌声すら弾く風に、久遠は舌打ちして、床を蹴った。
 地面からほんの少し離れた身体を、夕の風が捕らえる。
 芥川の身体も、風が拘束した。
「『離れろ』!」
 久遠の「力」ある声が、風の檻を軋ませる。あと一撃も喰らえば、風は消え去るだろうが、待ってやる気はない。
 久遠はハッとした。目の前。吾妻が笑っている。
「知ってる?
 風に煽られて、炎は燃え上がるんだよ」
 瞬間、久遠と芥川を捕らえる風が燃え上がった。
 恐ろしい速度で火柱のように炎上する。
 数秒のことで、風と炎が弾けて散る。『声』によって無理矢理吹き飛ばされた。
 久遠と芥川の姿が向こうに見えるが、服があちこち焼けていて、攻撃による負荷も強そうだ。
「…僕らの勝ち、かな?」
「…」
 吾妻の言葉に、久遠は悔しそうに唇を噛む。
 しかし不意に吾妻は背後を素早く振り返り、構えた。
 いつの間にか間近にいた男の繰り出した蹴りを、片手でさばく。
 瞬間、床から出現した巨大な機械の腕に、下から身体を殴られて、吹っ飛ばされた。
「吾妻!?」
 遅れて男の存在に気づいた夕が焦った声で呼んだ。
 フィールド内との間には防護壁がある。
 防護壁は電子と電波の壁だ。超能力ではないから、通常超能力では消せない。
 だが、吾妻は防護壁のあるはずの場所をすり抜けて、くるりと回転して見物席に着地した。
 どこにも負傷した様子はない。
 吾妻はその男を睨み付けた。
「あんた…」
「大丈夫だよ。そんな目くじらたてなくても。
 吾妻は当たる寸前に後ろに飛んで避けてる。
 やっぱり、反射神経や感覚が鋭いね」
 眼鏡を直しながらそう言ったのは、黒髪に長身の整った顔の、理知的な雰囲気の男だ。
 私服のシャツの上に、何故か白衣を着ている。
 一人楽しそうに呟く男に怒りを覚えて夕が近寄ると、吾妻が伸ばした手を横から払って、彼の隣に立った少年がいた。
 黒髪に眼鏡の男の傍に立つのは、随分小柄な茶色の髪の少年だ。
瀬生せのう
 ちゃんと吾妻と会話してあげないと、怒られるよ」
 男としてはかなり高い声が注意するが、それは笑い混じりだった。
「ああ、ごめん。もう既に怒ってるみたいだ。
 …防護壁に当てる気はなかったよ。ほんとにね」
 瀬生と呼ばれた男は薄い笑みを浮かべる。
「俺はコンピューターを操れる超能力を持っててね、全く触れずに防護壁を消せるから。
 だから、ほんとに傷付ける気はなかった。
 ただ、今のは違うな」
 瀬生の隣の男が、フィールド内を見て声を上げた。
「ごめんー。
 もうボクたちの使う時間になったからさ、譲って?」
 その男の言葉に、久遠は時計を見遣って、やや釈然としない様子ながらフィールドの外に出る。
「…それでね、御園、吾妻。
 ボクたちと試合しない?」
 彼はフィールド内で自分を睨み付ける夕を見遣って、楽しそうに言った。
「チーム戦前だからって、それ以外の組み合わせでもいいじゃないか。
 君たちと戦いたいんだ」
 瀬生は吾妻を見つめて口の端を持ち上げる。
 瀬生は淡々とした口調で言い、見物席の手すりに手を突いて飛び越え、フィールド内に飛び降りた。
「悪い話じゃないだろ?」
 夕と向かい合って、瀬生は姿勢を伸ばす。
 夕は、自分たちを見下ろす吾妻を見上げて、唇を引き結ぶ。
「嫌なら、退いていい。
 俺ひとりでも、やる」
 夕の言葉に、瀬生ともう一人の男はうっすらと微笑んだ。
 吾妻は自分の頭を掻いてため息を吐くと、フィールドに下りて構えた。
「そんなこと出来るわけないじゃん!」
「取引成立だね。
 自己紹介するよ。
 三年一組、Aランク、瀬生桜賀せのうおうが
 瀬生の傍に降りてきた茶色の髪の男が、柔和な顔で笑う。
「同じく三年一組、Aランク、東宮遙嘉とうぐうはるか
 よろしくね」
「三年一組…?」
 二人の自己紹介に、吾妻は眉をひそめた。
「…だけど、あんたらを教室で見たことないよ」
「それは、吾妻が白倉ばっかり見てるからじゃないか?
 事実、久遠たちのことだって知らなかった」
 不審げに尋ねると、瀬生は薄く笑って言った。
 確かにそうだ。だが、ここ数週間の記憶を遡っても、瀬生や東宮を教室で見た記憶はない。
「そんな不審な格好した生徒がいたらさすがに記憶に残るよ」
 瀬生は心外そうな顔をした。
「気にしないで吾妻。
 これは瀬生の普段着だ」
 東宮が爽やかに微笑んで言う。
「心外だね。そんな人間まで気づかないと思われるのは」
「…まあ、俺達は確かにここ数カ月、授業に出ていなかったからね。
 バトル鬼ごっこや戦闘試験には出ていたんだけど、それだけじゃ接点がなかったか」
「なんで?」
「それは俺達にも事情がある」
 瀬生は有無を言わさない笑顔で吾妻の追求をはねのけた。
 これ以上聞きたいなら、勝て、と言いたげに。
「…いいよ。
 始めよう」
「了解」
 吾妻と夕が構えを取る。
 瀬生が指先を鳴らすと防護壁が出現した。
「吾妻、様子見」
「…ああ」
 傍らの夕に言われ、吾妻は思わず頷く。
 夕は彼らの超能力や戦闘パターンも知っているだろう。
 下位ランクだからと侮れない。
 瀬生が右手を軽く振ると、右手の傍にどこからともなく出現したのは、四つの丸い小型ロボットのような浮遊物体。
 瀬生の右手の人差し指に指輪のような形の機械と、そこから伸びたコードで繋がれたバイザーが眼鏡の上を覆う。
「それ、いいの?」
 ルール違反にならないのか?と吾妻が訊くと、瀬生は馬鹿にしたような視線を寄越してきた。
「心外なことばかり言うね。
 今、これらがどこから現れたか見たかい?
 俺の超能力はコンピューターと精神を同調させ、操ること。
 いわば媒体だよ」
 瀬生の言葉に吾妻は押し黙るしかない。
 確かに、なにもないところから現れたし、四つのロボットは浮遊している。
 現代の文明でもあれほど小さな浮遊コンピューターを作る力はないし、稼働させるエネルギー源はおそらく瀬生の超能力エネルギー。
 確かに媒体と呼んで良い。
「じゃ、行くよ」
 瀬生は瞳を細めて、囁くように言い、地面を蹴った。
 吾妻は思わず意識を引き締めたが、夕が真横で同じように床を蹴った。
「夕!?」
 様子見といったのに、つっこんでいった夕を吾妻は為す術もなく見送る。
 瀬生の指にはまった機械からレーザーが射出され、刃の形を取る。
 斬りかかってきた瀬生の一閃を背後に飛んで交わし、手刀をたたき込んだ。
 ただの手刀に見えるが、瀬生は素早く避ける。
 夕が更に踏み込んで、大きく足を振るった。
 蹴りを避けた瀬生の不意を突いて、下から夕が放ったのはかまいたちだった。
 顔面に直撃に見えたが、かまいたちが衝突した瀬生の身体があっという間に崩れた。
 瀬生の姿を形取っていたのは、床から伸びた機械のコードの束。
 瀬生の姿は遥か後方にある。しかし、夕の姿ももうそこにはなかった。
 吾妻がハッとして、瀬生の頭上を見遣る。
 瀬生の遥か上空に滞空していた夕が振りかぶった手から、巨大な疾風を撃ちだした。
 瀬生に衝突するのを見届けず、夕の姿はそこから消える。
 一瞬で吾妻の傍らに現れた夕に、吾妻は全くついていけなかった。
「…今の」
 呟いてすぐ、我に返って遥か向こうを見た。
 夕の攻撃が直撃したはずの瀬生の姿は、悠然とそこにあった。
 瀬生の身体の前に、四体のロボットが射出した電子の壁が張られている。
 シールドだ。
 吾妻の放った業火が瀬生と東宮にぶつかった。
 いや、さっきのように防いだだろう。
 だが、吾妻は知っている。自分の傍に夕はもういない。
 業火を防いだロボットの障壁と、瀬生の間に夕が出現した。
 瀬生が息を呑む暇もなく、至近距離で閃光を放つ。
 瀬生が背後に大きく吹っ飛ばされた。
 東宮がハッとして上空を見上げた。そこには吾妻の姿。
 頭上で構えた手から、巨大な炎が東宮に襲いかかった。
 東宮の傍にはさっきまで夕がいたが、おそらくもういない。
 大きな爆発が起こった瞬間には、吾妻と夕は遥か離れた場所に立っていた。
「やった、かな…?」
「まさか」
 粉塵の向こうを探るように呟いた吾妻の言葉に、夕は間髪入れずに返す。
 そうだよな、と吾妻も思う。
 あんなに不敵に戦いを挑んでくるなら、この程度じゃ終わらない。
 粉塵が消えていく。そこには、ぼろぼろに破れた白衣の裾を手に取っている瀬生と、多少焦げた衣服の東宮の姿。
「あーあ、一応これ新品だったのに…」
 自分の服を見ながら残念そうにぼやく東宮に、背後から声がかかった。瀬生だ。
「東宮、大変だ。
 おろしたての白衣がもう使えない」
「そんなの知ったことじゃないよ。
 マッドサイエンティストじゃあるまいし、それ脱いだら?」
「嫌だよ」
 直撃を喰らいHPが減ったとは思えない軽口を交わして、東宮と瀬生はこちらを振り向く。
「…ま、いいじゃない。
 今のは、様子見なんだから」
「まあね」
 東宮の余裕たっぷりの言葉に、瀬生も口の端を上げる。
「ここから本番だ」
 瀬生達の会話はここまで聞こえたが、強がりだと吾妻は思った。
 負けるはずがない。
 吾妻は手を振るって、業火を放つ。
 遠目に東宮が笑んだのが見えた瞬間、業火は彼の手元で白炎に変貌し、空に急上昇して、一瞬で自分たちの頭上から落ちてきた。
 夕が発生させた風がそれを防ぐ。
「時波と同じ倍返し…?」
 いや、違う。そう思った刹那、眼前に出現したのは瀬生の振り上げた足だ。
 顔を逸らして避けた瞬間、腹にレーザーの一撃を喰らって飛ばされた。
 夕が咄嗟にかまいたちを絡めた手刀を振るおうとしたが、先に瀬生に手を掴まれ、封じられる。
 自分に向かって振るわれたレーザーの刃の一閃から、風をまとって逃げ、遠い床に倒れた吾妻の手を掴んで、二人から遠い位置に一気に飛んだ。
「…痛っ」
「大丈夫か?」
 夕に乱暴に立たされて、吾妻は腹を押さえながら顔を上げる。
「今のなに…一瞬で傍に」
「一瞬じゃないぞ。俺らが把握してなかっただけ」
「…なら、あの攻撃は…?」
 瀬生の攻撃はそれで片付けられるとして、東宮のあの反撃はなんだ。
 時波の倍返しに似て非なる。
 夕は無言で宙に手を伸ばした。
 手の平の上に膨れあがるのは巨大な疾風だ。
 夕が風を放ったのと同時に、吾妻も炎を撃ちだした。
 東宮の前に瀬生が進み出て、その周囲を四体の浮遊ロボットが飛んだ。
 瀬生と東宮の正面に、障壁を出現させたロボットはその四隅に浮かぶ。
 障壁はあっさりと吾妻と夕の攻撃を受け止めた。
「無駄だよ。
 俺の障壁は、この戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉の防護壁と同レベルの強度なんだ。
 そう簡単に壊せないよ。
 そもそも防護壁と全く同じ構造だからね」
 瀬生の抑揚のない声に、息を呑む。
 防護壁と同レベルの障壁じゃあ、かなりの力じゃないと壊せない。
「吾妻」
 傍らで夕が短く名を呼び、視線で軽くなにかを示した。
 理解して頷く。
 息を吸って、再び夕と同時に炎と風を撃つ。
 瀬生の傍からロボットが離れ、遠い位置で吾妻の業火を障壁が封じる。
 夕の風の前に立ったのは東宮で、両手を円を描くように動かした。
 円の中心に向かってきた風が瞬く間に色を変え、大きな質量を持ったかまいたちに変化して、吾妻と夕の元へと戻る。
 かまいたちが衝突し、粉塵が舞い上がるが、瀬生は構わず空を見上げた。
 上空から襲いかかってくるのは夕で、片手には小さな疾風の弾。
 瀬生の足下から出現した巨大な機械の腕が夕の身体を宙で捕らえた。
「瀬生!」
 東宮の鋭い声を訊くまでもなく、頭の真後ろに感じた気配に反応する間もなく、放たれた業火の衝撃に流石に身体が飛ばされた。
 瀬生の力が一瞬弱まった隙に腕を破壊し、夕は床に降り立つ。
 東宮が撃った閃光に、夕は風をぶつけて相殺した。
 その隙に間近まで接近した吾妻が、東宮が振るった腕からしゃがみこんで避け、その姿勢から顔目掛けて蹴りをたたき込む。
 喰らうかに見えた東宮の身体は一気に背後に飛び、遠くに着地した。
 東宮の腕を掴んで引っ張ったのは、床から伸びるコードの手。
 東宮の傍には平然と立つ瀬生がいる。
「……強い」
 吾妻は小さな声で呟いた。
 夕の風の力を使ってまで急接近したのに、それを察して避ける。
 戦い慣れている。
 まさか、これほど強いとは思わなかった。
「…あいつら、Aランクだよね?」
「Aランク最上位だ。二人ともな。
 ただ、強いぜ」
「そりゃ、見たらわかった」
 夕が二人から視線を離さず言う。
「あいつらは方舟はこぶねメンバーだから、特に」
「…方舟メンバー?」
「会ったことないか? 転入前の検査で」
 首を傾げた吾妻に、夕が真顔で問いかけた。
「暴走キャリアやキャリアの対策を専門に請け負う超能力のエキスパート集団だ」
「……ああ」
 そういえばそういったスタッフとはちょっと違う面々に会ったことがある。
 自分の超能力の訓練を指南してくれた男も、能力的には自分に劣るのに、簡単に自分の攻撃をあしらった。
「暴走キャリア対策プロジェクトメンバー『方舟』。
 一年半前、とにかくキャリアの能力者たちの覚醒指南に使える超能力を持った人材に不足しててな。
 NOAは生徒からも優秀な人材を募った。
 九生や、東宮、瀬生はプロジェクト発足初期から『方舟』に身を置くエキスパートだ。
 数多の危険な能力者の相手をしてきたために、ランクが上の相手でも簡単にあしらうだけの経験と戦闘スキルがある、一流の戦闘員。
 あいつらに勝つのは、至難の業だぞ」
「まあ、勝つ必要はない。ここでおしまいだからね」
「は?」
「元々様子見は俺たちのほうってこと。
 本気の勝負をする気はないよ」
 瀬生は穏やかな顔をしてそう言った。
 気づくと、東宮も既に戦闘態勢を解いている。瀬生の言葉の通りらしい。
「ま、邪魔して悪かったね」
「…君たちは、どうする?」
 瀬生と東宮は久遠たちを見て、気を取り直して問う。
 久遠は肩をすくめた。
「どのみち、俺らの負けだ。諦めるよ」
「そっか」
「悪かったな。勝ちたかったもんで」
「別にいいよ」
 吾妻の明るい返事に笑った久遠は芥川を促して、見物席にジャンプした。飛び乗って、扉に向かう。
「そういえば、芥川ってなにしてた?」
 なにもしてなかった気もしたが。
「あいつの力は、『増幅』だ」
「…また、随分とアシスト向きな力だ…」
 じゃあ、久遠の力が自分と匹敵していた風だったのは、そういうことか。
「そういえば、君、チームはどうするの?」
「え?」
「白倉と一緒として、二人編成?
 二人~四人で申請するわけだけど」
「…あー」
 瀬生の言葉に吾妻は声を伸ばす。
 それは考えていなかった。最低、あと一人は欲しい。
 そう考えた吾妻の肩を、いつの間にかそこにいた時波が叩いた。
 不意打ちすぎて、吾妻は飛び上がる。
「俺が入っても構わないか?」
 時波は全く気にせず、そう言った。
「…………………え?」
「なんの話だ?」
 驚きすぎて、怯えた吾妻と、ようやく吾妻たちの方に来た白倉の声が重なる。
「三人までならSランクでも大丈夫だ。
 俺を、お前と白倉のチームに入れて欲しい」
 ちなみに、本気だ。と本気の声音で語る時波。
 吾妻は、気を失いたくなった。
 あの日の悪夢再び。
 傍に立った白倉を抱きしめて、現実から逃避したら時波に頭を叩かれた。

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