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閑話休題 合縁奇縁
第二話 様々な関係と恋模様
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「行きたい店はあるか?」
時波がそう言ったのは、正午を過ぎた頃だった。
藍澤に街の案内を始めて、一時間が経過していた。
夏場の水分補給は大事だし、特に今日は猛暑日だ。
だからペットボトルは各人寮の売店で用意していたが、昼を過ぎればお腹も空く。
お昼をどこで食べたいか、好みはあるか?と時波は、主に藍澤に対して尋ねた。
今日の主役は藍澤だからだ。
「よく行くのはファーストフード関係なんだが…」
藍澤は腕を組んで悩んだ。
この場の全員がSランクだから、財布に余裕はあると考えていい。
予算的に少しは贅沢ができるが、レストランだと時間を食う。
しかし、ファーストフードだと、時波と白倉を連れていく場合、妙な抵抗感があった。
特に時波。絶対にファーストフード店なんて入ったことないタイプだ。
「別に俺達に気を使わなくてもいいが?」
「いや、そういうわけじゃないが…」
腕を組んで考え込む藍澤に、吾妻がのんびりと、
「別にファーストフードでいいだろ?
時波だって頼み方くらい知ってるだろ。仮にも高校生だし」
と、藍澤の悩む部分をピンポイントで、しれっと言ってしまった。
「藍澤。心配はするな。注文の仕方も知っているし、入ったことは何度もある」
藍澤は時波が怒っていないか冷や冷やしたが、時波は穏やかな雰囲気のまま答える。
「あー、そうか?
白倉は?」
「俺は夕や嵐とよく一緒に行くし」
「…そうか」
じゃあ、ファーストフードにするか、と藍澤は頷く。
時波も怒っていないようで安心した。
「この近くに一軒あったはずだ。行こう」
時波の言葉に白倉と藍澤は頷いて、歩きだす。
時波は二人を追うように歩きだして、たまたま隣に立った吾妻の横顔を軽く見上げる。
一瞬だけだったが、吾妻は気づいて、もう前を向いている時波の横顔を見た。
怪訝な顔をする。
時波は不意に薄く笑みを浮かべて、
「吾妻」
と名前を呼んだ。
吾妻が不思議そうに首を傾げるのを見て、
「クモが」
と本当に軽い口調で言った。
吾妻は一瞬で理解して、青ざめて前を歩く白倉の背中に突進した。
白倉が危うくつんのめりそうになって踏ん張り、吾妻を「一体なんや!」と叱る。
吾妻はパニック状態で「クモが!」と叫んだ。
「蜘蛛? どこに?」
白倉が抱きついてくる吾妻の身体を抱きしめながら、首を動かした。
「て、時波! 蜘蛛は!? どこ!?」
吾妻は半泣きで白倉に抱きついたまま尋ねる。
時波はのんびりとした口調で、
「空に雲が出てきたから、雨が降るかも知れない、と思ったんだが」
と言った。
吾妻の身体の震えがぴた、と止まる。
白倉と藍澤は「確信犯だ」と思った。
吾妻は白倉から離れ、目をつり上げて時波を振り返る。
「時波…」
「お前が俺の言葉を最後まで聴かずに勝手に誤解したんだろう?」
「だけど、俺が誤解すること見越してたでしょ!?
わざと!」
「言質は?」
時波は腕を組んだまま、やましさなど皆無な顔で訊く。
「俺がそう謀った、という証拠は?」
「…………」
「疑わしい、と思えるだけだろう?
大体、そんなに苦手ならせめてどこにいるか最後まで聴け。
あと、こんな都会の街中に普通蜘蛛は出てこない」
時波ははっきり言い切って、茫然とする吾妻の身体の脇を通り過ぎた。
藍澤は「時波がわざとにしろ天然にしろ、速攻勘違いした吾妻の負けだな」と呟く。
白倉は苦笑した。
吾妻は納得がいかず、なにか言い返さなければと言葉を探す。そこに、
「なんじゃ。お前らも練習しとったんか?」
と、横から声がかかった。
吾妻は反射的にそちらを振り向く。白倉達もそちらを見て、口元を緩ませた。
コンビニがそこにある。
店の前でコンビニの袋を覗き込んでいたのは、久遠と赤目。
コンビニの袋を持っていたのが山居。
九生はその傍でペットボトルの蓋を開けていた。
この暑い日に、黒いパーカーに黒いズボンだ。
「自分ら、出かけとったんか」
「アイス買いにな」
白倉が駆け寄ると、九生は笑顔で迎える。
九生が手を挙げると、白倉はそれに手を打ち合わせた。
「アイス? 売店になかったか?」
時波も近寄って、そう尋ねた。
「出かける口実が欲しかったんじゃ」
「…」
時波は九生の返答に一瞬だけ考える間を作り、すぐに口を開いた。
「化野が来たのか。練習しよう、と」
「ビンゴ」
時波は、九生が逃げる場合、原因は自分か白倉か化野だとわかっている。
自分と白倉はここにいる。なら化野だ。
「いや、一瞬マジ“死!”って頭に浮かんだもん」
久遠がアイスを手に持って言う。
「いざ当たったらきちんと全力でお相手いたしますが、年中は、遠慮したいですからね…」
「同感です」
山居は苦笑して言い、赤目がそれにうんうん頷く。
「災難やな。でも、よう無事やったなあ」
「隣の戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉で瀬生チームが練習しとったからの」
「…ああ」
九生のそれだけ言えばわかるだろう、という調子の声に、白倉は理解して引きつった笑みを浮かべた。
そこで、話に入れないでいる藍澤に気づいて、九生は屈託なく笑った。
「話すんははじめてじゃな。
三年一組所属。Sランク。
九生柳。よろしくな」
「藍澤だ。よろしく」
九生に差し出された手を握って、藍澤は微笑む。
「藍澤くんに言うとくと、俺と九生と時波はすごく仲良しなんだ」
「ああ、それは時波から訊いてる。
白倉が二人の妹みたいなもんなんだろう?」
白倉が時波と九生を見ながら言うと、藍澤は知っている、と答えた。
白倉が照れくさそうに頭に手をやった。
吾妻がそれに、独占欲を発揮して白倉を抱きしめに足を踏み出した瞬間、藍澤が素早く持ち上げた手で吾妻の顔面を押さえた。
藍澤自身は、九生達の方を向いて穏やかに笑ったままだ。
「二人には吾妻が世話になったそうだし、こんなんで苦労かけるな」
「いやいや、俺等はまともに相手しとらんし」
「…馴れてるな」
藍澤はぐぎぎ、と力を込めて手を退かそうとする吾妻と片手で攻防したまま、九生たちと会話を進める。
時波がそれを見て、暢気な感想を口にした。
「あ、俺、同じ三年一組の久遠寒太。
こっちが二年一組の赤目土岐也。
Aランク最上位。
九生と同じチームな」
「ああ、よろしく」
「どもっす」
久遠や赤目とも挨拶を交わした藍澤は、途中で面倒そうに吾妻の顔を思いきり後ろに押しやった。
吾妻が軽くよろける。
藍澤は手を降ろし、三人の背後にいた山居に視線を向ける。
フードのついた濃い色のパーカーを着た、いかにも理知的な美形だ。
穏やかな笑みを浮かべた顔には眼鏡。
「同じくAランク最上位、三年一組の山居伊砂です。
吾妻くんとも、きちんとお話したことはなかったでしょう?
よろしくお願いいたします」
文句を言う前に、山居に穏やかに話しかけられて、吾妻は戸惑いながら、「あ、うん」と答えた。
「全員イケメンだなあ」
「お前らもじゃろ」
藍澤がしみじみ言うと、九生にそのまま返された。
「もしかして藍澤に街を案内しとるんか?」
「ああ。そうだ。
岩永達も誘ったんだが、男が団体で歩くのは迷惑だろうから、と」
「ああ、確かに。
これがかわいい女子学生なら目の保養じゃが、野郎じゃな」
九生は笑って言う。嫌味の全くない口調だから、白倉たちは軽く笑い返した。
「でも、九生は女子学生よか年上のお姉さまに好かれるよなあ」
「俺だけか?
御園優衣もそうじゃろ」
背後の久遠の言葉に、九生はそう返す。久遠は「まあそうだけど」と呟いた。
「ふうん。よくナンパされるの?」
「まあ」
「好みのタイプとか」
吾妻が興味を持って尋ねると、九生は素っ気なく答える。
「タイプとかじゃないぜ。
単純にビジュアル的に年上に好かれやすいってだけで、俺が年上好きなわけじゃない。
大体、お前の方が年上に好かれそうじゃろ」
自分に矛先を向けられ、吾妻は一瞬言葉に詰まった。
「だけど、白倉以外は眼中にない」
「じゃろ? 俺も一緒」
キッときつく九生を睨んで言い切ると、九生は無邪気とすら思える笑みを浮かべた。
その返答に、吾妻は驚いて、なにも言葉が浮かばなかった。
九生達は「これから本屋とか行くけん」と言って白倉たちと別れた。
吾妻は時波にした注意をし忘れたことを思い出しながら、考えた。
もしかして、九生って、白倉以外の本命がいるんじゃないか?
「あー、あいつらどこ行きおった」
白倉達と別れてしばらくあと。
九生と山居は街中でうろうろと周囲を見渡していた。
赤目と久遠がいない。
「ゲームセンターに行く、と言ってましたよね」
「この辺にゲーセンなんてあったか…?」
九生達と一緒に本屋に入った久遠と赤目は早々に「ゲーセンに行って時間潰してるから」と言い置いていなくなった。
山居はともかく、ゲームセンターにも行くことはある九生は、この辺に確かゲームセンターはなかったはず、と思う。
「まあ、そのうち電話があるでしょうし」
「そうじゃの」
山居の言葉に、九生はしかたない、とため息を吐く。
気持ちを切り替えて、山居を振り返って笑った。
屈託のない、子供そのものの笑み。
大人びているし、ずる賢く、なにを考えているのかわからない九生だが、実際は普通の子供だと思う。
お互いがお互いを好いているのはわかっている。
それが友情ではないことも、互いに知っている。
だが、九生はそれ以上に踏み込まない。
今の状態に満足しているというか、それ以上の欲求がまだないというか。
山居としては、きちんと付き合いたいし、そういう傍にいる権利もはっきりした形で欲しいし、できれば白倉のところに行かずに傍に居て欲しい。
だが、九生は猫みたいで、気まぐれだ。そして子供。
無邪気に自分をへこませたかと思えば、無意識に天然にフォローして、すぐに喜ばせる。
だから憎めない。
「確かに、年上に好かれますよね」
そういう男は、年上の女性の好みだ。母性本能をくすぐるタイプ。
今頃そう思った。
「ん?」
「九生くんは」
九生の三歩後ろを歩きながら、山居は呟く。
「まあこんなナリやし」
「そうですね」
「山居もモテるじゃろ」
「まあ」
こんなとき、もどかしい。
恋人なら、「余所見するな」とか言えるだろうか。
思案に沈みそうになったとき、後ろから声をかけられて山居は振り向く。
化粧をばっちりした女子大生くらいの年の女性が二人。
「あのー、今、暇ですか?」
媚びた口調からして、ナンパだ。
「いえ、友人を探してますし、私たち高校生なので」
できるだけうまく断ろうと思った山居だったが、高校生だと訊いて、彼女たちは驚いてから、かわいい、と九生と山居を見て笑った。
逆効果っぽかった。
「なら、お姉さんたちがおごってあげるから、カラオケ行かない?」
年下向けを意識した優しい声音に、山居は軽く身を引く。
困った。
女性の片方が軽く身を乗り出して山居の顔を覗き込んだ瞬間、山居の身体を伸ばした手で背後に庇って、九生が二人の前に進み出た。
「ごめん。こいつは勘弁して」
無邪気な子供の笑みを浮かべた九生だが、声音に「年上に対する意識した媚び」がある、と山居にはわかった。
「俺らNOAん生徒やけん門限あるし、今度機会があったら付き合うけん、ごめんなさい」
九生はにっこり微笑んで、ぺこり、と軽く頭を下げてから山居の手を掴んで歩きだした。
その場を早足で離れる。
幸い、彼女たちは追ってこない。
が、九生の手首を掴む手が強い。痛い。
「九生くん? 怒ってるんですか?」
されるがままついていきながら、山居は若干不安で尋ねた。
「怒っとらん。……かもしれん」
九生は怒っている口調で答えてから、小さな声で付け足した。
「…自分に怒っとるかも」
「…なんでです」
「俺だけなら別にどーとも思わんけん、嫌じゃの。ああいうの」
九生は振り返らないまま、山居の手を離して、自嘲の滲んだ声で言う。
「…ぶっちゃけ、山居に俺以外が触んな。って言いそうやった」
少しだけ、顔をこちらに向けて苦笑する。
「かっこわる」
そう呟いた九生に、山居は首を左右に振った。
「私も一緒ですから」
かっこわるくなんてない、と教えたくて、はっきりと言った。
九生が目を瞑る。
「あなたがああやってナンパされたり値踏みされたりするのは、嫌です。
あなたをなにも知らない癖に、あなたの前に立って。
気持ちが悪い」
「…」
山居は微笑みかけた。
「九生くん風に言うなら、“それは俺のものだから、触るな”ってとこでしょうか」
九生の本音が望外に聞けて嬉しかったからだ。
山居に見つめられた九生は、ぽかんとしていたが、徐々に首筋から真っ赤になった。
「………お、ま……え…ば…っ」
「はい?」
「…っ」
耳まで赤くして、言葉が見つからないのか唇をわななかせた九生は、山居に大股で近寄って、山居が着ていたパーカーのフードを掴んで山居の頭にいきなり被せた。
すごく震えた声で、
「それは反則じゃ。アホ!」
と喧嘩腰に言って、顔をぷいっと背けて早足に歩きだしてしまう。
結った髪が尻尾のように揺れた。
その耳も、首も未だひどく赤い。
「九生くんが言うのはいいんですか?」
山居はおかしくなって、くすくす笑いながら、九生の後を追う。
「俺はええん」
「不公平です。
私だって、あなたを独占したいし、正直な話、触るのだって」
「あ~~~~~~~っ!
聞こえん! なんっも聞こえん!」
「私たちの距離って一メートルもないんですが」
「だっけん、反則っちゅうたじゃろ!
レッドカード出すぞ!」
「…持ってるんですか。今」
山居が思わず素で感心してしまったら、九生はそれこそ赤い顔で一度振り返って、泣きそうな顔をして、走り出してしまった。
「そういえば、白倉先輩たち、出かけてるらしいですよ」
「そうなん?」
NOAの施設が大半を占める都市だが、街が破格に広いのもあって、いろいろな店や施設がある。
大型のショッピングモールやカラオケ街、大型の書店や衣料品店や電気屋。
この街をぐるっと回るだけで大概の買い物は済む、という店舗の多さと品揃えの良さだ。
休日は街は人混みだらけで、夏休みにもなれば更に活気は増す。
夕と明里は昼前にチーム戦の練習があったが、午後はフリーだったので、二人で買い物に出かけた。
「ほら、藍澤さんの街案内とかで」
「ああ、そっか。藍澤は街よくしらんもんなあ」
夕は前を見たまま、後ろの明里の言葉に納得する。
風が頬を撫でる。
夕が軽快に漕ぐ自転車のペダルをなんとなく見ながら、明里は「吾妻さんもですけど…」と呟いた。
夕の漕ぐ自転車の後ろの荷台にまたがった明里は、荷台を掴んで安定をとり、髪を撫でる風に心地よさそうに目を細める。
「吾妻?」
「あの人、街のことろくに知らなそうでしょ」
「ああ、確かに」
この街に来て半年は経つが、吾妻はあまり街に詳しくない。
店の名前を言ってもあまり通じない。
もしかしたら、店自体は知っているかもしれない。店の名前を覚えるほど興味がなさそうだ。
「にしても、よく知ってんなあ。藍澤の案内してるって」
「高尾からメールが来たんですわ」
「あ、そっか。
高尾も一緒なんだ」
「いえ、高尾は村崎………先輩と村崎弟と一緒らしいです」
明里は言葉を途中で彷徨わせて、どうにかそう説明した。
今まで村崎といったら先輩にあたる村崎静流だけだったが、今は弟の志津樹もいるし、そこそこ話す。
明里は志津樹を「村崎」と呼んでいるから、若干ややこしい。
「静流さん? もしかして、嵐も一緒でそっちも街案内?」
「はい」
聡く察した夕に、明里はホッとしながら頷いた。
「ああ、まあ、一緒に出歩いたら通行人の邪魔っぽいか…」
二組が別れて行動している理由まで察して、夕は呟く。
「でも、高尾と仲いいんだ?」
「そこそこは話しますよ」
「あ、そっか。俺と似てるって言ってたもんな。そいつ」
「…はあ?」
自転車を漕ぐ夕の顔は見えないが、にやけている気がした。
「なんでそうなるんですか」
「だって、俺に似てるから仲良くしてるんだろ?
光、俺大っ好きだなー」
「アホか! たまたま高尾が付き合いやすい性格やったってだけや!」
「だけで付き合うヤツじゃないだろお前」
自分の都合のいい解釈をしたまま、夕は笑みを滲ませた声で明里をいじる。
夕だって本気ではないだろう。
ただのからかいだ。
だから、いくら自分が躍起に否定しても無駄だと知っている。
明里は唇を一度結んでから、
「……はい」
と、意識して甘く発した声で頷いた。
「…は?」
今度は夕が間抜けな声を出す。
明里はにやりとした。夕には見えないからだ。
「実は、俺、離れとる間、毎時間夕さんが恋しくなってもうて。
そんな頻繁に三年の教室行けませんし。
そしたら、高尾を見て、夕さんもこないなこと言うてるかなーって…。
あ、もちろん高尾に他意あらへんし!
…夕さんにしか興味あらへんし」
もちろん演技で恥じらった声を出して、夕が喜びそうな台詞をチョイスして言う。
どうだ。少しは困って見せろ。
と思った瞬間、自転車が大きく揺れて、危うく明里は荷台から落ちるところだった。
「夕さん!?」
自転車は止まっている。道の途中だ。
びっくりして自転車から降りると、自転車は電柱にぶつかっていた。
夕はカゴにいれていた鞄に顔を埋めている。
「夕さ…」
心配になって呼びかけて、明里は吹き出した。
夕の耳や首筋が真っ赤だ。
「夕さん、そこまで照れんでも…」
「…うっさい。卑怯だぞ自分。ここ街中。俺運転中。自転車の後ろにファイナルウェポン搭載かって話だ」
「…その発言が恥ずいです」
明里はうっすら頬を染めてしまい、迂闊、と思いながら視線を動かして、真っ赤になった。
夕は明里の方を見て、その異常な赤みにきょとんとして、明里の視線を追って、また赤くなった。
電柱の傍らは歩道だ。歩道の向こうはファーストフード店で、ガラス張りで店内が見える。
窓際の席で食事中だった岩永と村崎、志津樹に高尾に伊武が、食事の手を止めてじーっと自分たちを見ていた。
夕は思った。きっと明里も同じこと思ってる。
穴があったら入りたい。
「いやー、なにしとるんかと思ったわ」
店から出てきた岩永が愉快そうに言う。
夕は小声で「うっさい」と返した。
志津樹が笑顔で明里に「なに言ったの? 御園先輩真っ赤だったじゃん」と言って、明里はやっぱり小声で「うっさい」と返す。
街の案内は大体終わったところで、遅めの昼食の最中だったそうだ。
時刻は三時を過ぎている。
街の歩道を歩きながら、夕と明里はやっぱり恥ずかしい。
「でも、チーム練習しとったんやろ? 昼前」
「ああ、うん」
「ならチームメンバーで出かけたらよかったんに」
岩永の何気ない台詞に、夕と明里は青ざめて首をふるふる左右に振った。
「俺、あいつらと一緒に出かけたくない…」
「俺もです」
「なんで? ええヤツやん。白野と哲也」
「お前らみたくさばけないし、お前らみたくいじられないわけじゃないからな!」
「逆にものっそういじられますからね。俺や夕さんって」
夕と明里は遠い目になって、あさっての方向を見て呟く。
岩永はそうやった?と暢気だ。
「岩永先輩や村崎先輩は、あんまりいじられへんタイプですからね…。
具体的に言うと、なにされても言われても動じひんで、けろっとしとる人やからですけど」
「…ああ」
明里の言葉に岩永はやっと納得した。
岩永と村崎はいい意味でおおらかだから、彼らのターゲットにあまりならないのだ。
「でもうまくやっとるんやろ?
勝ち進めそうか?」
「当たり前!
打倒嵐チーム!」
「…相変わらず俺が敵か」
夕がビシ、と岩永を指さして言う。
岩永の呟きを拾って、村崎が、
「それもあるやろうけど、同じチームに御園がおるしな」
と言った。岩永が「ああ、それもそうやった」と納得する。
「去年は同じチームで世話になりましたけど、今年は敵同士ですから、全力でお相手しますよ」
「ああ、俺らもそのつもり」
明里と岩永の後ろで、志津樹と高尾が「同じチームだったんだ」と初めて知る事実に関心を示す。
去年は白倉と岩永、夕と明里は同じチームで戦った。
結構上位に食い込んだのだ。
「流河さんと先輩、前衛でしょ?
手強そうですね」
「まあな。流河とは相性ええし。
去年みたく足引っ張る心配はなさそうで安心しとるけど」
「…え?」
「うん?」
岩永の何気ない台詞に、明里と夕は目を瞑る。
岩永はそんな注目されることを言ったつもりはないらしく、首を傾げた。
「あ、ここ」
不意に志津樹が傍の店を示して足を止めた。
岩永も思わず足を止めて、そちらを見る。
「知ってます?
結構うまかったんですけど」
「あ、ここは入ったことない」
小さなカフェだ。
志津樹はこの街に来たばかりのころに入ったことがある、と語った。
前の方を歩く村崎たちに呼ばれて、二人は歩みを再開した。
志津樹の方はわざとだったので、岩永が疑問に思っていない様子で安堵する。
詳しい事情は全く知らないが、今の会話の流れはなんか、ぶった切らないとまずい気がした。
後を追ってきた岩永と志津樹にホッとしながら、村崎は前を向いた。
疑問が腹に残っている。
「夕はん」
今度は自分の隣を歩いている夕の顔を見る。
「去年、あいつ、戦闘中ミスしたりしたんか?
儂が見た限りなかったと思うんやが」
「え、そりゃ…」
夕も気になっていたらしく、すぐに話に乗ってきたが、唐突ににやりと笑った。
村崎は意味がわからないまま身を軽く引く。
「静流さん、それ惚気?」
「は?」
「だって、去年のチーム戦の時期は、静流さんは嵐をシカトしてたし、会話もしなかったのに、『ミスはしとらんかった』って言い切れるくらい、ずっと嵐ばっか見てたんだ」
夕はにやにや笑って尋ねる。
村崎は今頃、自分のミスに気づいて、赤くなった。
「……………………………しゃあないやろ、好きなんやから」
視線を進行方向に戻して、小さな声で答えた村崎に、今度は夕と明里が照れる。
「うっわあ純情。純愛ってこんなん?」
「まあ、元からお互い余所見もせぇへん一途っぷりではありましたけどね」
夕と明里は村崎に聞こえないように小声で会話する。
「その嵐の、『足引っ張った』って記憶がないからか?」
村崎は夕の顔をまた見て、訊いた。
夕は迷ったが、頷く。
「記憶が丸ごとリセットされたようなもんだから、今まで積んだ戦闘経験もゼロ。
だから、以前ならうまく対処できたことができなかったんじゃないか、って本人は思うんだろ」
「『本人は』?」
「実際は嵐はうまく対処してたし、身体はしっかり敵チームの攻撃についてきてたぞ。
頭に記憶がなくても、身体に染みついとったから。
元々、戦闘反射は頭より身体で覚えるもんだしなあ」
それを本人がわかってない、と夕。
村崎は、ああ、と呟く。
「やっぱり。あいつ強かったし、チーム自体がベスト8に入っとったもんな」
「うん」
村崎は心なしか安心した風だった。
「あれ?」
最後尾だった高尾が不意に声を挙げる。
夕達が振り返ると、高尾は今通ったばかりの横断歩道の向こうを指さす。
歩道の信号は赤だ。
遅れて歩いていたから、渡れなかったのだろう。
横断歩道の向こうに岩永と志津樹の姿。
岩永がすぐ行くから、と手を振った。
横断歩道の向こうに村崎たちがいるとはいえ、気まずい。
岩永はそう思う。
志津樹はのんびりと、岩永を見下ろす。
「別に、なにもしませんて」
「…や。それはわかっとんねん。今なんかしたら変態や」
と言いつつ、少し身体を離す岩永に、志津樹は苦笑した。
「ほんとしませんって。
あの時は、兄さんが反抗期だったからです」
「反抗期?」
「あなたから逃げてたでしょう」
志津樹は真顔で言い切る。
「ぶっちゃけね、あの時、あんな人目のある場所で告白して抱きしめたのは、わざとです。
あなたに悪いんですが、俺はそこまでの気持ちはなかったし、確認したかったから、ああしたんです」
「……?」
「人目のある場所なら、兄さんが見てる可能性がある。
だから、兄さんなら割って入るだろう。あるいは俺に問いつめに来るだろうって」
兄さんの気持ちを確かめたくて、やったんです、と志津樹は言う。
悪びれない態度に傷付いたわけではない。
少し気分が暗くなったのは、違う。
「…村崎、なんも気にせぇへんかったんか。やっぱ」
「…え、あ、違いますよ?」
もう岩永に他意はない、と誤解を解くつもりだったので、岩永が別の理由からへこんでしまったことに、志津樹は焦った。
「兄さんだって実際すっごい気にしてたはずですよ!?
ただ、あの人頑固ですし、」
言葉を探しながら、志津樹は自分の迂闊さを恨んだ。あと兄を。
考えろ。どうやったらフォローできるか。
できなかったら信号が青になった瞬間、兄になんかされる。
「それに、あいつ自身が誤解しとったからな」
「そうそう! 誤解を………なんの?」
横手から割って入った声に、志津樹は乗っかってから、疑問に思って尋ねた。
二人の背後にいた男が吹き出す。ナイスボケや、と。
「うわっ!?」
二人は揃って驚いた。身を引く。
そこには、優衣がいつの間にか立っていた。
「びっ………くりした。優衣、なにしとんねん」
「いや、買い物に来ててん。流河も一緒やけど、あいつは向こうの店に行くゆうてたから」
そこ行くとこや、と優衣は横断歩道の向こうを指さす。
まだ赤の信号。
村崎が不安げにこちらを見ている。夕が「げ」という表情をしているのを優衣は笑った。
「で、話の続き。
村崎は誤解しとったからや。岩永が別人になっとるんと違うかって」
「…別人?」
志津樹が鸚鵡返した。
「記憶がゼロになったからな。
もう自分の好きな岩永はおらん。戻らん。
今のあいつは、行動も好みも性格も違う、別人や、て誤解。
やから、村崎が言うとった。同じチームに入って数日経って」
優衣はポケットに手を突っ込んで話す。
自分に寄越された視線に、岩永はどきりとした。
「なにを思い違っとったんやろうって。
あいつはなんも変わってへんのに。あいつのままやったのに。
もっと早くに傍におったら。逃げずにおったら…って」
優衣から初めて聴いた村崎の話に、岩永は思わず泣きそうになって、堪えた。
悲しくない。逆だ。
流河にも、同じことを言われた。嬉しかった。
昔と変わっていないということが。
それを、村崎も思っていてくれたことが、こんなに。
「やから、それに気づく前は、割って入ったりできひんかったんやろ。
思いこんで。
それに、思いこんどった時の村崎すら、密かにキレて壁破壊しとったしな?」
唐突に優衣は志津樹の顔を見て言った。
志津樹がぎょっとする。
「お前らはしらんやろうけど、寮の壁をがーんって殴って壊しとったから。
俺が迂闊に刺激したら鬼みたいな面して攻撃してきよったし!」
「…話しながら笑ってるってことは、わざとでしょう」
げらげら笑う優衣を見て、志津樹はのんびりつっこんだ。
信号が青になる。
村崎がこちらに、わざわざ横断歩道をまた渡って駆け寄ってきた。
岩永はなんだか顔が見れなくて、あさっての方を向く。
恥ずかしい。でも嬉しい。
村崎には悪いけど、嬉しい。
ホッとした。
嫉妬、してくれてた。
あのあと流河とも合流して、一休みに近くの公園に訪れた。
「なに話しとったんや?」
ボートがある、と流河が言ったので、見に行ってみよう、と高尾たちは池の方に向かってしまった。志津樹も優衣もいない。
天気がよく、明るい日差しの下とはいえ、村崎と二人なことに気づいて、岩永は若干赤くなった。
「なんかあったんか?」
「や、ないない」
それを誤解した村崎に、慌てて首を左右に振る。
「た、ただ、村崎が嫉妬してくれてたって訊いたから」
「…………志津樹の話か?」
「うん…」
村崎はそれが、志津樹が転校してきたばかりの頃の話だと気づいて、問う。
岩永は頷いたが、視線を逸らした。恥ずかしかったからだ。
「…そら、するやろう」
村崎も恥ずかしくなったのか、若干ぶっきらぼうな声が返った。
顔が熱くなる。
「ぶっちゃけ、お前が白倉はんらと一緒に風呂入ったりするんかて、面白くないわ」
「え」
「正直な話、同室の流河には、嫉妬なんて数え切れんくらいしとる」
思わず村崎の顔を見上げてしまって、岩永は固まった。
今、顔がすごく真っ赤だ。
だって、それは卑怯じゃないか。
嫌じゃない。嬉しいから卑怯。
村崎は岩永の顔を見て、自分を見上げたまま、泣きそうなくらい赤面して硬直している岩永の表情に、堪らなくなって、岩永の頬に手を添えた。
岩永がびくりと身体を震わせた。
構わず顔を近づけて、傾ける。
あと一㎝、という距離まで近づいた唇。
その瞬間、その場に吹き荒れた風に、村崎は吹っ飛ばされて、地面に倒れた。
真っ赤なまま、岩永はぽかん、としている。
「…うあ」
と、本人自身、動揺しきった声が漏れた。
あれ、どうしよう。
びっくりした。びっくりしただけで、嫌じゃない。これっぽっちも。
なのに、まさか。無意識に、反射で。
超能力を発動してしまうなんて。
「…え、なに、どうしたの!?」
たまたまそのタイミングでこちらに駆け寄ってきた流河がびっくりして、村崎の傍にしゃがみ込んだ。
「…目が回ってるだけっぽいけど。
え? これ…」
まさか岩永クンが?という信じられない流河の問いかけに、岩永は青ざめて、こっくりと頷いた。
最初から、仲が良かったわけではない。
出会った当時は、あまり話すこともなかった。
中学からNOAに入った自分と違って、初等部からの持ち上がりで、彼は常に白倉や夕と一緒にいた。
寡黙で、人の中心で話すのが苦手な自分と違い、いつでも人の輪の中心にいて、明るくて人懐っこい同級生。
当時はやたら小さかった。
その小さく華奢で弱そうな外見に似合わず、恐ろしく強かった。
そんな彼と、戦闘試験で対戦したのは、一年生の時の五月の末。
当時彼はAランク二位。自分はBランク。
勝ち目もなさそうだったが、最初から負ける気だけはなかった。
温度操作の力のことは訊いていた。
出現したかまいたちから自分を庇うために、眼前に岩盤を生み出す。
衝撃が岩にぶつかって、一瞬で砂と崩れる。
岩で塞ぐ結果になっていた視界の先に岩永がいないことに気づいた時、頭上で空気が動くのを感じた。
頭上を見上げると、岩永の姿。
右手を大きく振るった。手から、吹雪が舞って自分に襲いかかる。
風を操って宙を飛ぶくらいの芸当はお手の物の彼だ。
身体に直に攻撃を喰らったが、フィールドを散る吹雪の所為で岩永からも自分の姿が見えなくなる。
身体の痛みを無視して、生みだした岩を足場に、彼の背後に飛んだ。
彼の細い右手を掴むと、岩永は特に驚いてもいない顔で自分を振り返って、にっこり無邪気に笑った。
しまった、と思う暇なく、捉えた右手の方で逆に腕を掴まれ、軽々投げ飛ばされて、壁に衝突する。
その衝撃で意識を失って、負ける結果になった。
最後のそれは風をまとわせた攻撃だった、と理解するのは意識が戻ったあと。
どちらにせよ、その戦闘試験がなければ岩永の近くには行かなかった。
夕も白倉もいたし、親しくなる機会は沢山あっただろう。
だが、試合をした、と、しない、では大きく違う。
これは、岩永には言っていない。
記憶を失う前の岩永にすら言っていない。
その対戦で、自分の倍小さい岩永にあっさり負かされたのは、衝撃で。
その時に、自分は岩永に一目惚れをしたんだ、という話は、誰にもしていない。
だが、本当の話だ。
見かけと裏腹の強さに、惹かれた。
「軽い脳震盪みたいやな」
気を失った村崎を、志津樹が公園内の茶屋の店内まで運んで、十数分経った。
村崎の身体は茶屋の座敷に、許可を貰って寝かせてある。
「で、その村崎を吹っ飛ばしたらしい岩永は?」
優衣は周囲を見渡して、夕に尋ねた。
「多分、顔を会わせられなくて、どっか行った…かも」
「……無理ない気はするが、え、でも、キスされそうになっただけなんやろ?」
「…だけど、今のあいつって免疫皆無だしなあ」
「…うん」
優衣と夕は顔を見合わせて、ため息を吐いた。
同じ公園の木が生い茂った場所はちょっとした森だ。
その木陰に、岩永は座り込んでいた。
膝を抱えて、傍目にも沈んでいるのがわかる。
そんなつもりなかった。攻撃する気はなかった。
びっくりしただけなのに。
どうしよう。
「今度こそほんま嫌われる………」
泣きたい。いっそ逃げたい。
「…ちゅうか、現実あの場から逃げてる時点で俺ヘタレ……」
自分で自分の傷を抉りながらへこんでいると、下生えを踏む音がして、頭上に影が差した。
大きな身体に、丸い頭。日光の影で顔は見えない。
「――――っ…」
村崎だ。
「ごめんなさい! ほんまわざとやないですびっくりしただけなん!
やから嫌わんとい」
「岩永さん。俺ですから」
そのままの勢いで土下座しようとした岩永の額を手で押さえて止めて、志津樹は苦笑した。
自分の前にしゃがみこんでいるのは、志津樹だった。
普段なら間違えない。相当自分はパニック状態らしかった。
「てゆーか、なんで兄さん相手に敬語なんですか」
「…や、動転した結果…?」
「疑問符?」
岩永は青い顔のまま軽く首を傾げる。
「でも『嫌われ』たりはしませんから。逆にそんな風に謝ったら兄さん傷心しますよ?」
「…でも」
「ほんとだから」
へにょり、と眉尻を下げて泣きそうな顔をした岩永の傍に、もう一人、男がしゃがみこんだ。
流河だ。
「キミの純情っぷりは村崎クンが一番よーっくわかってるから。
びっくりして無意識に超能力出しちゃったって言ったら信じてくれるって」
「…」
流河は優しく微笑む。
「それに、村崎クンはキミに許可をとってキスしようとしたの?」
流河の問いかけに、岩永は少しだけ頬を染めて、首を横に振った。
「いきなり…」
「なら、村崎クンだって悪いんだから」
流河は「だから大丈夫」と言葉を重ねる。
一方、事情を把握した志津樹は微かに呆れた様子だった。
「志津樹クン?」
「あー、あはは…。
それは、どっからどー見ても兄さんが悪いですねー」
「…?」
から笑いを浮かべる志津樹に、流河も首を傾げる。
「俺、二年近く前に兄さんから聴いたことあるんですよ。
嵐っていう恋人がいて、初めてキスしようとした時にびっくりしたそいつに超能力で吹っ飛ばされたことがある――って惚気。
無駄に幸せそうに」
「「……ええっ!!!?」」
驚きの声は二人分。
岩永と流河だ。
「なにそれ。そんなことあったの!?」
俺知らない、と流河はびっくり顔で志津樹を見る。
志津樹は本当です、と苦笑する。
「記憶があった岩永さんですら、同じことしたんだから、記憶のない岩永さんは余計だって学習しなかった兄さんが悪いですってそれ」
岩永さん悪くない、と志津樹は言い切る。
「……ちゅうか、待って?
惚気たん? それは惚気なん? 幸せそうに?」
志津樹に真剣に確認する岩永に、志津樹は真顔で頷いた。
「ええ。惚気でした完全に。幸せそうでしたよ。
それがその時の岩永さんが可愛く思えたからなのか、あるいはその後にいいことがあったのかは知りませんが」
その話でそんな顔するなら、それ絡みでしょう、と志津樹。
岩永はひたすらびっくりだ。
「……あー、つまり、村崎くんは全然許してくれるってことだよ岩永クン。
よかったね。
なんならごめんって謝って頬にでもキスしたげたらそれで充分」
流河は話をまとめるように、岩永の肩を叩いて言う。
岩永は瞳を潤ませて恥ずかしそうに、
「……ごめん。それハードル高い」
と言った。
「頬ちゅーがハードル高い子になにしてんだろうね。あの海坊主」
流河は完全に投げやりになって、そう呟いた。
遠くで高尾の声がして、志津樹が立ち上がる。
赤くなった岩永を立たせて、流河も後を追った。
「村崎の兄貴起きたぜ」
「そう? よかった」
駆け寄ってきた高尾の言葉に、志津樹はホッとする。
公園の茶屋の方角から、優衣たちが歩いてくる。
一番後ろでも目立つ村崎の姿がある。
普通に歩いていたので、岩永は安心した。
だが、村崎と視線があってしまい、思わず俯いて逸らす。
流河と志津樹はああ言ってくれたが、いざとなったら怖い。
村崎の視線を感じる。ずっと見てるのがわかる。
「とりあえず、寮に帰るか?」
このままここにいても解決しないと踏んだのか、優衣がそう発案した。
流河が「そうだね」と同意する。
「…嵐」
村崎の名前を呼ぶ声に、肩が揺れそうになった。
顔を上げられない。
気まずい空気に、優衣たちもどうしよう、という心境になる。
その時、公園の奥から女性の悲鳴が聞こえた。
優衣と流河、夕が思わず視線をそちらに向ける。
「ひったくり?」
そう聞こえる、と高尾が志津樹に言う。志津樹も頷いた。
「夕!」
「おう!」
自分たちの頭上を勢いよく通過していく男の姿に、優衣が咄嗟に夕の名前を呼んだ。
夕が頷く。
飛行能力を持った能力者に一番有効なのは、夕だ。
だが公園の、一定距離で並ぶ外灯の上を跳んで渡り、後を追ってきた少女が、一際大きくジャンプして、男目掛けて指を振るう。
指先から放たれた炎の矢が、男の持っていた鞄をはじき飛ばし、それに男が一瞬動きを止める。
「喰らえッ!」
「あ、」
その瞬間を狙って、少女は思いきり、宙の男に飛びかかり、男の背中に飛び蹴りをたたき込んだ。
男が呻いて地面に落ちる。
少女も一緒に地面に落下したが、彼女はうまく着地した。
高尾と志津樹と伊武が、驚いている。
肩の上の長さの髪に、活発な雰囲気の、可愛らしい少女。
「綾ちゃん!」
「あら、高尾くんたちじゃない」
ワンピースを着た少女に駆け寄った高尾たちに、少女は振り返って目を瞑る。
「え? 知りあい?」
「NOAの二年一組の生徒ですよ。同級生」
流河がびっくりして尋ねる。志津樹が説明した。
夕が地面に倒れている男を覗き込んだ。完全に気を失っている。
「…しかも、今足下見たらピンヒールだよ。
ピンヒールで外灯の上渡ってきたんだ…」
「別におかしくないと思うけど。
これくらい、NOAの女生徒にはよくいるわよ」
「まあそうだけど」
志津樹の言葉に、綾という少女はけろっと答える。
「吾妻クンの知りあい?」
綾の口調は、親しげな口調だった。
流河の問いに、伊武はやはり冷静に、
「藍澤綾。藍澤さんの妹ですから」
と紹介した。
それには高尾たち以外の全員がびっくりする。
「綾ちゃん! でも一人で追っかけたら危ないよ!」
「私強いのよ?」
「いや、それは知ってる。でも、女の子だし、あんなところ跳んできたら、その、」
「ああ、スパッツ履いてるよ?」
「…っ、や…そうじゃなく」
高尾は真っ赤になって言葉に詰まった。頭を抱える。
近くの交番の警察官が、他の公園にいた人から事情を聞いて駆け寄ってくる。
綾が倒したと訊くと、事情を軽く聞かせてもらってもいいか、という話になった。
「あ、じゃあ、私、失礼しますね。
今度、ちゃんとご挨拶させてください!」
綾は綺麗な会釈をして、警官の方に向かう。
「あ、俺も一緒に行くよ!」
それを高尾が素早く追いかけた。
「…あ、見ての通りなんで、俺も行きます。同じチームだし。
じゃあ、案内ありがとうございました」
志津樹はそう言って軽く頭を下げ、二人を追った。
「……つまり、あの三人は同じチームで、高尾くんは綾ちゃんが好きってことかな?
まあわからなくはないけど。あの子かわいいし強いみたいだし」
四人の姿が見えなくなってから、流河が沈黙を破るように言った。
「…藍澤は知ってるんかな?」
夕が呟いた。全員、知らない、と首を横に振る。
とりあえず、公園を出ようと歩きだしたところで、また別の人物に出くわした。
「あれ、随分大所帯だね」
先頭を歩いていた優衣とぶつかりそうになったのは化野だ。
背後に雪代がいる。
自分たちの人数を見てそう言ったのは化野。
戦闘を挑まれなければ、そんな怖いというほどでもない。
優衣は穏やかに、
「街案内でな」
と答えた。
「化野たちこそ、外出か?
にしちゃ、若松がおらんな?」
普通、三人でワンセットなのに、と言うと、雪代がげんなりした。
「やめてくれ。一緒にまとめるのは。
特に朔螺を俺たちと一緒くたにしないでくれ」
「ちょっと鷹明ー? ひどくなーい?」
「真実を言ったまでだ」
化野が可愛く拗ねて見せても、雪代は嫌そうに首を振る。
「征一郎がいないのだって、お前の所為だろう」
雪代は疲れたように言う。
化野はむすっとして、「若松がやわなんだよ」の一言。
「チーム戦の練習をしていたんだが、途中で朔螺と征一郎が組み手をやることになってな」
事情を説明して欲しそうな優衣たちの表情に、雪代は化野の頭を軽く手で押さえながら話し出した。
「朔螺が思いっきりやった背面投げがきれいに決まって、征一郎は気絶したから、置いて行こう、と朔螺が」
「それ、俺が悪いみたいなんだけど」
「…お前が悪いんだろう………」
化野の頭を軽く撫でながら、雪代は呆れた様子だ。
「若松が手加減しないって言ったから、俺もしなかっただけだもん」
化野は腕を組んで、ぷいっと顔を背ける。
「……朔螺。俺たちと、お前を同レベルの生物と扱うな。
進化の過程が10は違う生物なんだ」
「…鷹明……」
真顔で言う雪代に、化野は半眼になって彼を見上げた。
無茶苦茶な言い方だが、雪代の言いたいことはわかる。
流河や優衣たちはそう思う。
「そういえば、お前たちはこれから帰るのか?」
雪代は化野の視線を交わして、そう訊いてきた。
「…あ、ああ」
「なら、少し付き合わないか?
興味深い話を聴いてな。それで行くところなんだ」
雪代はまだなにか言いたげな化野の細身を抱き寄せて、道の向こうを示した。
「…興味深い話?」
「隣街なんだが、そう遠い距離じゃない。
なんでも、有名な心霊スポットがあるそうでな」
その言葉を聴いて、岩永が青ざめた。
「それが胡散臭いんだ。
少なくとも、岩永が嫌いな結果にはならないと思う」
雪代はやけに自信たっぷりに言った。
時波がそう言ったのは、正午を過ぎた頃だった。
藍澤に街の案内を始めて、一時間が経過していた。
夏場の水分補給は大事だし、特に今日は猛暑日だ。
だからペットボトルは各人寮の売店で用意していたが、昼を過ぎればお腹も空く。
お昼をどこで食べたいか、好みはあるか?と時波は、主に藍澤に対して尋ねた。
今日の主役は藍澤だからだ。
「よく行くのはファーストフード関係なんだが…」
藍澤は腕を組んで悩んだ。
この場の全員がSランクだから、財布に余裕はあると考えていい。
予算的に少しは贅沢ができるが、レストランだと時間を食う。
しかし、ファーストフードだと、時波と白倉を連れていく場合、妙な抵抗感があった。
特に時波。絶対にファーストフード店なんて入ったことないタイプだ。
「別に俺達に気を使わなくてもいいが?」
「いや、そういうわけじゃないが…」
腕を組んで考え込む藍澤に、吾妻がのんびりと、
「別にファーストフードでいいだろ?
時波だって頼み方くらい知ってるだろ。仮にも高校生だし」
と、藍澤の悩む部分をピンポイントで、しれっと言ってしまった。
「藍澤。心配はするな。注文の仕方も知っているし、入ったことは何度もある」
藍澤は時波が怒っていないか冷や冷やしたが、時波は穏やかな雰囲気のまま答える。
「あー、そうか?
白倉は?」
「俺は夕や嵐とよく一緒に行くし」
「…そうか」
じゃあ、ファーストフードにするか、と藍澤は頷く。
時波も怒っていないようで安心した。
「この近くに一軒あったはずだ。行こう」
時波の言葉に白倉と藍澤は頷いて、歩きだす。
時波は二人を追うように歩きだして、たまたま隣に立った吾妻の横顔を軽く見上げる。
一瞬だけだったが、吾妻は気づいて、もう前を向いている時波の横顔を見た。
怪訝な顔をする。
時波は不意に薄く笑みを浮かべて、
「吾妻」
と名前を呼んだ。
吾妻が不思議そうに首を傾げるのを見て、
「クモが」
と本当に軽い口調で言った。
吾妻は一瞬で理解して、青ざめて前を歩く白倉の背中に突進した。
白倉が危うくつんのめりそうになって踏ん張り、吾妻を「一体なんや!」と叱る。
吾妻はパニック状態で「クモが!」と叫んだ。
「蜘蛛? どこに?」
白倉が抱きついてくる吾妻の身体を抱きしめながら、首を動かした。
「て、時波! 蜘蛛は!? どこ!?」
吾妻は半泣きで白倉に抱きついたまま尋ねる。
時波はのんびりとした口調で、
「空に雲が出てきたから、雨が降るかも知れない、と思ったんだが」
と言った。
吾妻の身体の震えがぴた、と止まる。
白倉と藍澤は「確信犯だ」と思った。
吾妻は白倉から離れ、目をつり上げて時波を振り返る。
「時波…」
「お前が俺の言葉を最後まで聴かずに勝手に誤解したんだろう?」
「だけど、俺が誤解すること見越してたでしょ!?
わざと!」
「言質は?」
時波は腕を組んだまま、やましさなど皆無な顔で訊く。
「俺がそう謀った、という証拠は?」
「…………」
「疑わしい、と思えるだけだろう?
大体、そんなに苦手ならせめてどこにいるか最後まで聴け。
あと、こんな都会の街中に普通蜘蛛は出てこない」
時波ははっきり言い切って、茫然とする吾妻の身体の脇を通り過ぎた。
藍澤は「時波がわざとにしろ天然にしろ、速攻勘違いした吾妻の負けだな」と呟く。
白倉は苦笑した。
吾妻は納得がいかず、なにか言い返さなければと言葉を探す。そこに、
「なんじゃ。お前らも練習しとったんか?」
と、横から声がかかった。
吾妻は反射的にそちらを振り向く。白倉達もそちらを見て、口元を緩ませた。
コンビニがそこにある。
店の前でコンビニの袋を覗き込んでいたのは、久遠と赤目。
コンビニの袋を持っていたのが山居。
九生はその傍でペットボトルの蓋を開けていた。
この暑い日に、黒いパーカーに黒いズボンだ。
「自分ら、出かけとったんか」
「アイス買いにな」
白倉が駆け寄ると、九生は笑顔で迎える。
九生が手を挙げると、白倉はそれに手を打ち合わせた。
「アイス? 売店になかったか?」
時波も近寄って、そう尋ねた。
「出かける口実が欲しかったんじゃ」
「…」
時波は九生の返答に一瞬だけ考える間を作り、すぐに口を開いた。
「化野が来たのか。練習しよう、と」
「ビンゴ」
時波は、九生が逃げる場合、原因は自分か白倉か化野だとわかっている。
自分と白倉はここにいる。なら化野だ。
「いや、一瞬マジ“死!”って頭に浮かんだもん」
久遠がアイスを手に持って言う。
「いざ当たったらきちんと全力でお相手いたしますが、年中は、遠慮したいですからね…」
「同感です」
山居は苦笑して言い、赤目がそれにうんうん頷く。
「災難やな。でも、よう無事やったなあ」
「隣の戦闘鳥籠〈バトルケイジ〉で瀬生チームが練習しとったからの」
「…ああ」
九生のそれだけ言えばわかるだろう、という調子の声に、白倉は理解して引きつった笑みを浮かべた。
そこで、話に入れないでいる藍澤に気づいて、九生は屈託なく笑った。
「話すんははじめてじゃな。
三年一組所属。Sランク。
九生柳。よろしくな」
「藍澤だ。よろしく」
九生に差し出された手を握って、藍澤は微笑む。
「藍澤くんに言うとくと、俺と九生と時波はすごく仲良しなんだ」
「ああ、それは時波から訊いてる。
白倉が二人の妹みたいなもんなんだろう?」
白倉が時波と九生を見ながら言うと、藍澤は知っている、と答えた。
白倉が照れくさそうに頭に手をやった。
吾妻がそれに、独占欲を発揮して白倉を抱きしめに足を踏み出した瞬間、藍澤が素早く持ち上げた手で吾妻の顔面を押さえた。
藍澤自身は、九生達の方を向いて穏やかに笑ったままだ。
「二人には吾妻が世話になったそうだし、こんなんで苦労かけるな」
「いやいや、俺等はまともに相手しとらんし」
「…馴れてるな」
藍澤はぐぎぎ、と力を込めて手を退かそうとする吾妻と片手で攻防したまま、九生たちと会話を進める。
時波がそれを見て、暢気な感想を口にした。
「あ、俺、同じ三年一組の久遠寒太。
こっちが二年一組の赤目土岐也。
Aランク最上位。
九生と同じチームな」
「ああ、よろしく」
「どもっす」
久遠や赤目とも挨拶を交わした藍澤は、途中で面倒そうに吾妻の顔を思いきり後ろに押しやった。
吾妻が軽くよろける。
藍澤は手を降ろし、三人の背後にいた山居に視線を向ける。
フードのついた濃い色のパーカーを着た、いかにも理知的な美形だ。
穏やかな笑みを浮かべた顔には眼鏡。
「同じくAランク最上位、三年一組の山居伊砂です。
吾妻くんとも、きちんとお話したことはなかったでしょう?
よろしくお願いいたします」
文句を言う前に、山居に穏やかに話しかけられて、吾妻は戸惑いながら、「あ、うん」と答えた。
「全員イケメンだなあ」
「お前らもじゃろ」
藍澤がしみじみ言うと、九生にそのまま返された。
「もしかして藍澤に街を案内しとるんか?」
「ああ。そうだ。
岩永達も誘ったんだが、男が団体で歩くのは迷惑だろうから、と」
「ああ、確かに。
これがかわいい女子学生なら目の保養じゃが、野郎じゃな」
九生は笑って言う。嫌味の全くない口調だから、白倉たちは軽く笑い返した。
「でも、九生は女子学生よか年上のお姉さまに好かれるよなあ」
「俺だけか?
御園優衣もそうじゃろ」
背後の久遠の言葉に、九生はそう返す。久遠は「まあそうだけど」と呟いた。
「ふうん。よくナンパされるの?」
「まあ」
「好みのタイプとか」
吾妻が興味を持って尋ねると、九生は素っ気なく答える。
「タイプとかじゃないぜ。
単純にビジュアル的に年上に好かれやすいってだけで、俺が年上好きなわけじゃない。
大体、お前の方が年上に好かれそうじゃろ」
自分に矛先を向けられ、吾妻は一瞬言葉に詰まった。
「だけど、白倉以外は眼中にない」
「じゃろ? 俺も一緒」
キッときつく九生を睨んで言い切ると、九生は無邪気とすら思える笑みを浮かべた。
その返答に、吾妻は驚いて、なにも言葉が浮かばなかった。
九生達は「これから本屋とか行くけん」と言って白倉たちと別れた。
吾妻は時波にした注意をし忘れたことを思い出しながら、考えた。
もしかして、九生って、白倉以外の本命がいるんじゃないか?
「あー、あいつらどこ行きおった」
白倉達と別れてしばらくあと。
九生と山居は街中でうろうろと周囲を見渡していた。
赤目と久遠がいない。
「ゲームセンターに行く、と言ってましたよね」
「この辺にゲーセンなんてあったか…?」
九生達と一緒に本屋に入った久遠と赤目は早々に「ゲーセンに行って時間潰してるから」と言い置いていなくなった。
山居はともかく、ゲームセンターにも行くことはある九生は、この辺に確かゲームセンターはなかったはず、と思う。
「まあ、そのうち電話があるでしょうし」
「そうじゃの」
山居の言葉に、九生はしかたない、とため息を吐く。
気持ちを切り替えて、山居を振り返って笑った。
屈託のない、子供そのものの笑み。
大人びているし、ずる賢く、なにを考えているのかわからない九生だが、実際は普通の子供だと思う。
お互いがお互いを好いているのはわかっている。
それが友情ではないことも、互いに知っている。
だが、九生はそれ以上に踏み込まない。
今の状態に満足しているというか、それ以上の欲求がまだないというか。
山居としては、きちんと付き合いたいし、そういう傍にいる権利もはっきりした形で欲しいし、できれば白倉のところに行かずに傍に居て欲しい。
だが、九生は猫みたいで、気まぐれだ。そして子供。
無邪気に自分をへこませたかと思えば、無意識に天然にフォローして、すぐに喜ばせる。
だから憎めない。
「確かに、年上に好かれますよね」
そういう男は、年上の女性の好みだ。母性本能をくすぐるタイプ。
今頃そう思った。
「ん?」
「九生くんは」
九生の三歩後ろを歩きながら、山居は呟く。
「まあこんなナリやし」
「そうですね」
「山居もモテるじゃろ」
「まあ」
こんなとき、もどかしい。
恋人なら、「余所見するな」とか言えるだろうか。
思案に沈みそうになったとき、後ろから声をかけられて山居は振り向く。
化粧をばっちりした女子大生くらいの年の女性が二人。
「あのー、今、暇ですか?」
媚びた口調からして、ナンパだ。
「いえ、友人を探してますし、私たち高校生なので」
できるだけうまく断ろうと思った山居だったが、高校生だと訊いて、彼女たちは驚いてから、かわいい、と九生と山居を見て笑った。
逆効果っぽかった。
「なら、お姉さんたちがおごってあげるから、カラオケ行かない?」
年下向けを意識した優しい声音に、山居は軽く身を引く。
困った。
女性の片方が軽く身を乗り出して山居の顔を覗き込んだ瞬間、山居の身体を伸ばした手で背後に庇って、九生が二人の前に進み出た。
「ごめん。こいつは勘弁して」
無邪気な子供の笑みを浮かべた九生だが、声音に「年上に対する意識した媚び」がある、と山居にはわかった。
「俺らNOAん生徒やけん門限あるし、今度機会があったら付き合うけん、ごめんなさい」
九生はにっこり微笑んで、ぺこり、と軽く頭を下げてから山居の手を掴んで歩きだした。
その場を早足で離れる。
幸い、彼女たちは追ってこない。
が、九生の手首を掴む手が強い。痛い。
「九生くん? 怒ってるんですか?」
されるがままついていきながら、山居は若干不安で尋ねた。
「怒っとらん。……かもしれん」
九生は怒っている口調で答えてから、小さな声で付け足した。
「…自分に怒っとるかも」
「…なんでです」
「俺だけなら別にどーとも思わんけん、嫌じゃの。ああいうの」
九生は振り返らないまま、山居の手を離して、自嘲の滲んだ声で言う。
「…ぶっちゃけ、山居に俺以外が触んな。って言いそうやった」
少しだけ、顔をこちらに向けて苦笑する。
「かっこわる」
そう呟いた九生に、山居は首を左右に振った。
「私も一緒ですから」
かっこわるくなんてない、と教えたくて、はっきりと言った。
九生が目を瞑る。
「あなたがああやってナンパされたり値踏みされたりするのは、嫌です。
あなたをなにも知らない癖に、あなたの前に立って。
気持ちが悪い」
「…」
山居は微笑みかけた。
「九生くん風に言うなら、“それは俺のものだから、触るな”ってとこでしょうか」
九生の本音が望外に聞けて嬉しかったからだ。
山居に見つめられた九生は、ぽかんとしていたが、徐々に首筋から真っ赤になった。
「………お、ま……え…ば…っ」
「はい?」
「…っ」
耳まで赤くして、言葉が見つからないのか唇をわななかせた九生は、山居に大股で近寄って、山居が着ていたパーカーのフードを掴んで山居の頭にいきなり被せた。
すごく震えた声で、
「それは反則じゃ。アホ!」
と喧嘩腰に言って、顔をぷいっと背けて早足に歩きだしてしまう。
結った髪が尻尾のように揺れた。
その耳も、首も未だひどく赤い。
「九生くんが言うのはいいんですか?」
山居はおかしくなって、くすくす笑いながら、九生の後を追う。
「俺はええん」
「不公平です。
私だって、あなたを独占したいし、正直な話、触るのだって」
「あ~~~~~~~っ!
聞こえん! なんっも聞こえん!」
「私たちの距離って一メートルもないんですが」
「だっけん、反則っちゅうたじゃろ!
レッドカード出すぞ!」
「…持ってるんですか。今」
山居が思わず素で感心してしまったら、九生はそれこそ赤い顔で一度振り返って、泣きそうな顔をして、走り出してしまった。
「そういえば、白倉先輩たち、出かけてるらしいですよ」
「そうなん?」
NOAの施設が大半を占める都市だが、街が破格に広いのもあって、いろいろな店や施設がある。
大型のショッピングモールやカラオケ街、大型の書店や衣料品店や電気屋。
この街をぐるっと回るだけで大概の買い物は済む、という店舗の多さと品揃えの良さだ。
休日は街は人混みだらけで、夏休みにもなれば更に活気は増す。
夕と明里は昼前にチーム戦の練習があったが、午後はフリーだったので、二人で買い物に出かけた。
「ほら、藍澤さんの街案内とかで」
「ああ、そっか。藍澤は街よくしらんもんなあ」
夕は前を見たまま、後ろの明里の言葉に納得する。
風が頬を撫でる。
夕が軽快に漕ぐ自転車のペダルをなんとなく見ながら、明里は「吾妻さんもですけど…」と呟いた。
夕の漕ぐ自転車の後ろの荷台にまたがった明里は、荷台を掴んで安定をとり、髪を撫でる風に心地よさそうに目を細める。
「吾妻?」
「あの人、街のことろくに知らなそうでしょ」
「ああ、確かに」
この街に来て半年は経つが、吾妻はあまり街に詳しくない。
店の名前を言ってもあまり通じない。
もしかしたら、店自体は知っているかもしれない。店の名前を覚えるほど興味がなさそうだ。
「にしても、よく知ってんなあ。藍澤の案内してるって」
「高尾からメールが来たんですわ」
「あ、そっか。
高尾も一緒なんだ」
「いえ、高尾は村崎………先輩と村崎弟と一緒らしいです」
明里は言葉を途中で彷徨わせて、どうにかそう説明した。
今まで村崎といったら先輩にあたる村崎静流だけだったが、今は弟の志津樹もいるし、そこそこ話す。
明里は志津樹を「村崎」と呼んでいるから、若干ややこしい。
「静流さん? もしかして、嵐も一緒でそっちも街案内?」
「はい」
聡く察した夕に、明里はホッとしながら頷いた。
「ああ、まあ、一緒に出歩いたら通行人の邪魔っぽいか…」
二組が別れて行動している理由まで察して、夕は呟く。
「でも、高尾と仲いいんだ?」
「そこそこは話しますよ」
「あ、そっか。俺と似てるって言ってたもんな。そいつ」
「…はあ?」
自転車を漕ぐ夕の顔は見えないが、にやけている気がした。
「なんでそうなるんですか」
「だって、俺に似てるから仲良くしてるんだろ?
光、俺大っ好きだなー」
「アホか! たまたま高尾が付き合いやすい性格やったってだけや!」
「だけで付き合うヤツじゃないだろお前」
自分の都合のいい解釈をしたまま、夕は笑みを滲ませた声で明里をいじる。
夕だって本気ではないだろう。
ただのからかいだ。
だから、いくら自分が躍起に否定しても無駄だと知っている。
明里は唇を一度結んでから、
「……はい」
と、意識して甘く発した声で頷いた。
「…は?」
今度は夕が間抜けな声を出す。
明里はにやりとした。夕には見えないからだ。
「実は、俺、離れとる間、毎時間夕さんが恋しくなってもうて。
そんな頻繁に三年の教室行けませんし。
そしたら、高尾を見て、夕さんもこないなこと言うてるかなーって…。
あ、もちろん高尾に他意あらへんし!
…夕さんにしか興味あらへんし」
もちろん演技で恥じらった声を出して、夕が喜びそうな台詞をチョイスして言う。
どうだ。少しは困って見せろ。
と思った瞬間、自転車が大きく揺れて、危うく明里は荷台から落ちるところだった。
「夕さん!?」
自転車は止まっている。道の途中だ。
びっくりして自転車から降りると、自転車は電柱にぶつかっていた。
夕はカゴにいれていた鞄に顔を埋めている。
「夕さ…」
心配になって呼びかけて、明里は吹き出した。
夕の耳や首筋が真っ赤だ。
「夕さん、そこまで照れんでも…」
「…うっさい。卑怯だぞ自分。ここ街中。俺運転中。自転車の後ろにファイナルウェポン搭載かって話だ」
「…その発言が恥ずいです」
明里はうっすら頬を染めてしまい、迂闊、と思いながら視線を動かして、真っ赤になった。
夕は明里の方を見て、その異常な赤みにきょとんとして、明里の視線を追って、また赤くなった。
電柱の傍らは歩道だ。歩道の向こうはファーストフード店で、ガラス張りで店内が見える。
窓際の席で食事中だった岩永と村崎、志津樹に高尾に伊武が、食事の手を止めてじーっと自分たちを見ていた。
夕は思った。きっと明里も同じこと思ってる。
穴があったら入りたい。
「いやー、なにしとるんかと思ったわ」
店から出てきた岩永が愉快そうに言う。
夕は小声で「うっさい」と返した。
志津樹が笑顔で明里に「なに言ったの? 御園先輩真っ赤だったじゃん」と言って、明里はやっぱり小声で「うっさい」と返す。
街の案内は大体終わったところで、遅めの昼食の最中だったそうだ。
時刻は三時を過ぎている。
街の歩道を歩きながら、夕と明里はやっぱり恥ずかしい。
「でも、チーム練習しとったんやろ? 昼前」
「ああ、うん」
「ならチームメンバーで出かけたらよかったんに」
岩永の何気ない台詞に、夕と明里は青ざめて首をふるふる左右に振った。
「俺、あいつらと一緒に出かけたくない…」
「俺もです」
「なんで? ええヤツやん。白野と哲也」
「お前らみたくさばけないし、お前らみたくいじられないわけじゃないからな!」
「逆にものっそういじられますからね。俺や夕さんって」
夕と明里は遠い目になって、あさっての方向を見て呟く。
岩永はそうやった?と暢気だ。
「岩永先輩や村崎先輩は、あんまりいじられへんタイプですからね…。
具体的に言うと、なにされても言われても動じひんで、けろっとしとる人やからですけど」
「…ああ」
明里の言葉に岩永はやっと納得した。
岩永と村崎はいい意味でおおらかだから、彼らのターゲットにあまりならないのだ。
「でもうまくやっとるんやろ?
勝ち進めそうか?」
「当たり前!
打倒嵐チーム!」
「…相変わらず俺が敵か」
夕がビシ、と岩永を指さして言う。
岩永の呟きを拾って、村崎が、
「それもあるやろうけど、同じチームに御園がおるしな」
と言った。岩永が「ああ、それもそうやった」と納得する。
「去年は同じチームで世話になりましたけど、今年は敵同士ですから、全力でお相手しますよ」
「ああ、俺らもそのつもり」
明里と岩永の後ろで、志津樹と高尾が「同じチームだったんだ」と初めて知る事実に関心を示す。
去年は白倉と岩永、夕と明里は同じチームで戦った。
結構上位に食い込んだのだ。
「流河さんと先輩、前衛でしょ?
手強そうですね」
「まあな。流河とは相性ええし。
去年みたく足引っ張る心配はなさそうで安心しとるけど」
「…え?」
「うん?」
岩永の何気ない台詞に、明里と夕は目を瞑る。
岩永はそんな注目されることを言ったつもりはないらしく、首を傾げた。
「あ、ここ」
不意に志津樹が傍の店を示して足を止めた。
岩永も思わず足を止めて、そちらを見る。
「知ってます?
結構うまかったんですけど」
「あ、ここは入ったことない」
小さなカフェだ。
志津樹はこの街に来たばかりのころに入ったことがある、と語った。
前の方を歩く村崎たちに呼ばれて、二人は歩みを再開した。
志津樹の方はわざとだったので、岩永が疑問に思っていない様子で安堵する。
詳しい事情は全く知らないが、今の会話の流れはなんか、ぶった切らないとまずい気がした。
後を追ってきた岩永と志津樹にホッとしながら、村崎は前を向いた。
疑問が腹に残っている。
「夕はん」
今度は自分の隣を歩いている夕の顔を見る。
「去年、あいつ、戦闘中ミスしたりしたんか?
儂が見た限りなかったと思うんやが」
「え、そりゃ…」
夕も気になっていたらしく、すぐに話に乗ってきたが、唐突ににやりと笑った。
村崎は意味がわからないまま身を軽く引く。
「静流さん、それ惚気?」
「は?」
「だって、去年のチーム戦の時期は、静流さんは嵐をシカトしてたし、会話もしなかったのに、『ミスはしとらんかった』って言い切れるくらい、ずっと嵐ばっか見てたんだ」
夕はにやにや笑って尋ねる。
村崎は今頃、自分のミスに気づいて、赤くなった。
「……………………………しゃあないやろ、好きなんやから」
視線を進行方向に戻して、小さな声で答えた村崎に、今度は夕と明里が照れる。
「うっわあ純情。純愛ってこんなん?」
「まあ、元からお互い余所見もせぇへん一途っぷりではありましたけどね」
夕と明里は村崎に聞こえないように小声で会話する。
「その嵐の、『足引っ張った』って記憶がないからか?」
村崎は夕の顔をまた見て、訊いた。
夕は迷ったが、頷く。
「記憶が丸ごとリセットされたようなもんだから、今まで積んだ戦闘経験もゼロ。
だから、以前ならうまく対処できたことができなかったんじゃないか、って本人は思うんだろ」
「『本人は』?」
「実際は嵐はうまく対処してたし、身体はしっかり敵チームの攻撃についてきてたぞ。
頭に記憶がなくても、身体に染みついとったから。
元々、戦闘反射は頭より身体で覚えるもんだしなあ」
それを本人がわかってない、と夕。
村崎は、ああ、と呟く。
「やっぱり。あいつ強かったし、チーム自体がベスト8に入っとったもんな」
「うん」
村崎は心なしか安心した風だった。
「あれ?」
最後尾だった高尾が不意に声を挙げる。
夕達が振り返ると、高尾は今通ったばかりの横断歩道の向こうを指さす。
歩道の信号は赤だ。
遅れて歩いていたから、渡れなかったのだろう。
横断歩道の向こうに岩永と志津樹の姿。
岩永がすぐ行くから、と手を振った。
横断歩道の向こうに村崎たちがいるとはいえ、気まずい。
岩永はそう思う。
志津樹はのんびりと、岩永を見下ろす。
「別に、なにもしませんて」
「…や。それはわかっとんねん。今なんかしたら変態や」
と言いつつ、少し身体を離す岩永に、志津樹は苦笑した。
「ほんとしませんって。
あの時は、兄さんが反抗期だったからです」
「反抗期?」
「あなたから逃げてたでしょう」
志津樹は真顔で言い切る。
「ぶっちゃけね、あの時、あんな人目のある場所で告白して抱きしめたのは、わざとです。
あなたに悪いんですが、俺はそこまでの気持ちはなかったし、確認したかったから、ああしたんです」
「……?」
「人目のある場所なら、兄さんが見てる可能性がある。
だから、兄さんなら割って入るだろう。あるいは俺に問いつめに来るだろうって」
兄さんの気持ちを確かめたくて、やったんです、と志津樹は言う。
悪びれない態度に傷付いたわけではない。
少し気分が暗くなったのは、違う。
「…村崎、なんも気にせぇへんかったんか。やっぱ」
「…え、あ、違いますよ?」
もう岩永に他意はない、と誤解を解くつもりだったので、岩永が別の理由からへこんでしまったことに、志津樹は焦った。
「兄さんだって実際すっごい気にしてたはずですよ!?
ただ、あの人頑固ですし、」
言葉を探しながら、志津樹は自分の迂闊さを恨んだ。あと兄を。
考えろ。どうやったらフォローできるか。
できなかったら信号が青になった瞬間、兄になんかされる。
「それに、あいつ自身が誤解しとったからな」
「そうそう! 誤解を………なんの?」
横手から割って入った声に、志津樹は乗っかってから、疑問に思って尋ねた。
二人の背後にいた男が吹き出す。ナイスボケや、と。
「うわっ!?」
二人は揃って驚いた。身を引く。
そこには、優衣がいつの間にか立っていた。
「びっ………くりした。優衣、なにしとんねん」
「いや、買い物に来ててん。流河も一緒やけど、あいつは向こうの店に行くゆうてたから」
そこ行くとこや、と優衣は横断歩道の向こうを指さす。
まだ赤の信号。
村崎が不安げにこちらを見ている。夕が「げ」という表情をしているのを優衣は笑った。
「で、話の続き。
村崎は誤解しとったからや。岩永が別人になっとるんと違うかって」
「…別人?」
志津樹が鸚鵡返した。
「記憶がゼロになったからな。
もう自分の好きな岩永はおらん。戻らん。
今のあいつは、行動も好みも性格も違う、別人や、て誤解。
やから、村崎が言うとった。同じチームに入って数日経って」
優衣はポケットに手を突っ込んで話す。
自分に寄越された視線に、岩永はどきりとした。
「なにを思い違っとったんやろうって。
あいつはなんも変わってへんのに。あいつのままやったのに。
もっと早くに傍におったら。逃げずにおったら…って」
優衣から初めて聴いた村崎の話に、岩永は思わず泣きそうになって、堪えた。
悲しくない。逆だ。
流河にも、同じことを言われた。嬉しかった。
昔と変わっていないということが。
それを、村崎も思っていてくれたことが、こんなに。
「やから、それに気づく前は、割って入ったりできひんかったんやろ。
思いこんで。
それに、思いこんどった時の村崎すら、密かにキレて壁破壊しとったしな?」
唐突に優衣は志津樹の顔を見て言った。
志津樹がぎょっとする。
「お前らはしらんやろうけど、寮の壁をがーんって殴って壊しとったから。
俺が迂闊に刺激したら鬼みたいな面して攻撃してきよったし!」
「…話しながら笑ってるってことは、わざとでしょう」
げらげら笑う優衣を見て、志津樹はのんびりつっこんだ。
信号が青になる。
村崎がこちらに、わざわざ横断歩道をまた渡って駆け寄ってきた。
岩永はなんだか顔が見れなくて、あさっての方を向く。
恥ずかしい。でも嬉しい。
村崎には悪いけど、嬉しい。
ホッとした。
嫉妬、してくれてた。
あのあと流河とも合流して、一休みに近くの公園に訪れた。
「なに話しとったんや?」
ボートがある、と流河が言ったので、見に行ってみよう、と高尾たちは池の方に向かってしまった。志津樹も優衣もいない。
天気がよく、明るい日差しの下とはいえ、村崎と二人なことに気づいて、岩永は若干赤くなった。
「なんかあったんか?」
「や、ないない」
それを誤解した村崎に、慌てて首を左右に振る。
「た、ただ、村崎が嫉妬してくれてたって訊いたから」
「…………志津樹の話か?」
「うん…」
村崎はそれが、志津樹が転校してきたばかりの頃の話だと気づいて、問う。
岩永は頷いたが、視線を逸らした。恥ずかしかったからだ。
「…そら、するやろう」
村崎も恥ずかしくなったのか、若干ぶっきらぼうな声が返った。
顔が熱くなる。
「ぶっちゃけ、お前が白倉はんらと一緒に風呂入ったりするんかて、面白くないわ」
「え」
「正直な話、同室の流河には、嫉妬なんて数え切れんくらいしとる」
思わず村崎の顔を見上げてしまって、岩永は固まった。
今、顔がすごく真っ赤だ。
だって、それは卑怯じゃないか。
嫌じゃない。嬉しいから卑怯。
村崎は岩永の顔を見て、自分を見上げたまま、泣きそうなくらい赤面して硬直している岩永の表情に、堪らなくなって、岩永の頬に手を添えた。
岩永がびくりと身体を震わせた。
構わず顔を近づけて、傾ける。
あと一㎝、という距離まで近づいた唇。
その瞬間、その場に吹き荒れた風に、村崎は吹っ飛ばされて、地面に倒れた。
真っ赤なまま、岩永はぽかん、としている。
「…うあ」
と、本人自身、動揺しきった声が漏れた。
あれ、どうしよう。
びっくりした。びっくりしただけで、嫌じゃない。これっぽっちも。
なのに、まさか。無意識に、反射で。
超能力を発動してしまうなんて。
「…え、なに、どうしたの!?」
たまたまそのタイミングでこちらに駆け寄ってきた流河がびっくりして、村崎の傍にしゃがみ込んだ。
「…目が回ってるだけっぽいけど。
え? これ…」
まさか岩永クンが?という信じられない流河の問いかけに、岩永は青ざめて、こっくりと頷いた。
最初から、仲が良かったわけではない。
出会った当時は、あまり話すこともなかった。
中学からNOAに入った自分と違って、初等部からの持ち上がりで、彼は常に白倉や夕と一緒にいた。
寡黙で、人の中心で話すのが苦手な自分と違い、いつでも人の輪の中心にいて、明るくて人懐っこい同級生。
当時はやたら小さかった。
その小さく華奢で弱そうな外見に似合わず、恐ろしく強かった。
そんな彼と、戦闘試験で対戦したのは、一年生の時の五月の末。
当時彼はAランク二位。自分はBランク。
勝ち目もなさそうだったが、最初から負ける気だけはなかった。
温度操作の力のことは訊いていた。
出現したかまいたちから自分を庇うために、眼前に岩盤を生み出す。
衝撃が岩にぶつかって、一瞬で砂と崩れる。
岩で塞ぐ結果になっていた視界の先に岩永がいないことに気づいた時、頭上で空気が動くのを感じた。
頭上を見上げると、岩永の姿。
右手を大きく振るった。手から、吹雪が舞って自分に襲いかかる。
風を操って宙を飛ぶくらいの芸当はお手の物の彼だ。
身体に直に攻撃を喰らったが、フィールドを散る吹雪の所為で岩永からも自分の姿が見えなくなる。
身体の痛みを無視して、生みだした岩を足場に、彼の背後に飛んだ。
彼の細い右手を掴むと、岩永は特に驚いてもいない顔で自分を振り返って、にっこり無邪気に笑った。
しまった、と思う暇なく、捉えた右手の方で逆に腕を掴まれ、軽々投げ飛ばされて、壁に衝突する。
その衝撃で意識を失って、負ける結果になった。
最後のそれは風をまとわせた攻撃だった、と理解するのは意識が戻ったあと。
どちらにせよ、その戦闘試験がなければ岩永の近くには行かなかった。
夕も白倉もいたし、親しくなる機会は沢山あっただろう。
だが、試合をした、と、しない、では大きく違う。
これは、岩永には言っていない。
記憶を失う前の岩永にすら言っていない。
その対戦で、自分の倍小さい岩永にあっさり負かされたのは、衝撃で。
その時に、自分は岩永に一目惚れをしたんだ、という話は、誰にもしていない。
だが、本当の話だ。
見かけと裏腹の強さに、惹かれた。
「軽い脳震盪みたいやな」
気を失った村崎を、志津樹が公園内の茶屋の店内まで運んで、十数分経った。
村崎の身体は茶屋の座敷に、許可を貰って寝かせてある。
「で、その村崎を吹っ飛ばしたらしい岩永は?」
優衣は周囲を見渡して、夕に尋ねた。
「多分、顔を会わせられなくて、どっか行った…かも」
「……無理ない気はするが、え、でも、キスされそうになっただけなんやろ?」
「…だけど、今のあいつって免疫皆無だしなあ」
「…うん」
優衣と夕は顔を見合わせて、ため息を吐いた。
同じ公園の木が生い茂った場所はちょっとした森だ。
その木陰に、岩永は座り込んでいた。
膝を抱えて、傍目にも沈んでいるのがわかる。
そんなつもりなかった。攻撃する気はなかった。
びっくりしただけなのに。
どうしよう。
「今度こそほんま嫌われる………」
泣きたい。いっそ逃げたい。
「…ちゅうか、現実あの場から逃げてる時点で俺ヘタレ……」
自分で自分の傷を抉りながらへこんでいると、下生えを踏む音がして、頭上に影が差した。
大きな身体に、丸い頭。日光の影で顔は見えない。
「――――っ…」
村崎だ。
「ごめんなさい! ほんまわざとやないですびっくりしただけなん!
やから嫌わんとい」
「岩永さん。俺ですから」
そのままの勢いで土下座しようとした岩永の額を手で押さえて止めて、志津樹は苦笑した。
自分の前にしゃがみこんでいるのは、志津樹だった。
普段なら間違えない。相当自分はパニック状態らしかった。
「てゆーか、なんで兄さん相手に敬語なんですか」
「…や、動転した結果…?」
「疑問符?」
岩永は青い顔のまま軽く首を傾げる。
「でも『嫌われ』たりはしませんから。逆にそんな風に謝ったら兄さん傷心しますよ?」
「…でも」
「ほんとだから」
へにょり、と眉尻を下げて泣きそうな顔をした岩永の傍に、もう一人、男がしゃがみこんだ。
流河だ。
「キミの純情っぷりは村崎クンが一番よーっくわかってるから。
びっくりして無意識に超能力出しちゃったって言ったら信じてくれるって」
「…」
流河は優しく微笑む。
「それに、村崎クンはキミに許可をとってキスしようとしたの?」
流河の問いかけに、岩永は少しだけ頬を染めて、首を横に振った。
「いきなり…」
「なら、村崎クンだって悪いんだから」
流河は「だから大丈夫」と言葉を重ねる。
一方、事情を把握した志津樹は微かに呆れた様子だった。
「志津樹クン?」
「あー、あはは…。
それは、どっからどー見ても兄さんが悪いですねー」
「…?」
から笑いを浮かべる志津樹に、流河も首を傾げる。
「俺、二年近く前に兄さんから聴いたことあるんですよ。
嵐っていう恋人がいて、初めてキスしようとした時にびっくりしたそいつに超能力で吹っ飛ばされたことがある――って惚気。
無駄に幸せそうに」
「「……ええっ!!!?」」
驚きの声は二人分。
岩永と流河だ。
「なにそれ。そんなことあったの!?」
俺知らない、と流河はびっくり顔で志津樹を見る。
志津樹は本当です、と苦笑する。
「記憶があった岩永さんですら、同じことしたんだから、記憶のない岩永さんは余計だって学習しなかった兄さんが悪いですってそれ」
岩永さん悪くない、と志津樹は言い切る。
「……ちゅうか、待って?
惚気たん? それは惚気なん? 幸せそうに?」
志津樹に真剣に確認する岩永に、志津樹は真顔で頷いた。
「ええ。惚気でした完全に。幸せそうでしたよ。
それがその時の岩永さんが可愛く思えたからなのか、あるいはその後にいいことがあったのかは知りませんが」
その話でそんな顔するなら、それ絡みでしょう、と志津樹。
岩永はひたすらびっくりだ。
「……あー、つまり、村崎くんは全然許してくれるってことだよ岩永クン。
よかったね。
なんならごめんって謝って頬にでもキスしたげたらそれで充分」
流河は話をまとめるように、岩永の肩を叩いて言う。
岩永は瞳を潤ませて恥ずかしそうに、
「……ごめん。それハードル高い」
と言った。
「頬ちゅーがハードル高い子になにしてんだろうね。あの海坊主」
流河は完全に投げやりになって、そう呟いた。
遠くで高尾の声がして、志津樹が立ち上がる。
赤くなった岩永を立たせて、流河も後を追った。
「村崎の兄貴起きたぜ」
「そう? よかった」
駆け寄ってきた高尾の言葉に、志津樹はホッとする。
公園の茶屋の方角から、優衣たちが歩いてくる。
一番後ろでも目立つ村崎の姿がある。
普通に歩いていたので、岩永は安心した。
だが、村崎と視線があってしまい、思わず俯いて逸らす。
流河と志津樹はああ言ってくれたが、いざとなったら怖い。
村崎の視線を感じる。ずっと見てるのがわかる。
「とりあえず、寮に帰るか?」
このままここにいても解決しないと踏んだのか、優衣がそう発案した。
流河が「そうだね」と同意する。
「…嵐」
村崎の名前を呼ぶ声に、肩が揺れそうになった。
顔を上げられない。
気まずい空気に、優衣たちもどうしよう、という心境になる。
その時、公園の奥から女性の悲鳴が聞こえた。
優衣と流河、夕が思わず視線をそちらに向ける。
「ひったくり?」
そう聞こえる、と高尾が志津樹に言う。志津樹も頷いた。
「夕!」
「おう!」
自分たちの頭上を勢いよく通過していく男の姿に、優衣が咄嗟に夕の名前を呼んだ。
夕が頷く。
飛行能力を持った能力者に一番有効なのは、夕だ。
だが公園の、一定距離で並ぶ外灯の上を跳んで渡り、後を追ってきた少女が、一際大きくジャンプして、男目掛けて指を振るう。
指先から放たれた炎の矢が、男の持っていた鞄をはじき飛ばし、それに男が一瞬動きを止める。
「喰らえッ!」
「あ、」
その瞬間を狙って、少女は思いきり、宙の男に飛びかかり、男の背中に飛び蹴りをたたき込んだ。
男が呻いて地面に落ちる。
少女も一緒に地面に落下したが、彼女はうまく着地した。
高尾と志津樹と伊武が、驚いている。
肩の上の長さの髪に、活発な雰囲気の、可愛らしい少女。
「綾ちゃん!」
「あら、高尾くんたちじゃない」
ワンピースを着た少女に駆け寄った高尾たちに、少女は振り返って目を瞑る。
「え? 知りあい?」
「NOAの二年一組の生徒ですよ。同級生」
流河がびっくりして尋ねる。志津樹が説明した。
夕が地面に倒れている男を覗き込んだ。完全に気を失っている。
「…しかも、今足下見たらピンヒールだよ。
ピンヒールで外灯の上渡ってきたんだ…」
「別におかしくないと思うけど。
これくらい、NOAの女生徒にはよくいるわよ」
「まあそうだけど」
志津樹の言葉に、綾という少女はけろっと答える。
「吾妻クンの知りあい?」
綾の口調は、親しげな口調だった。
流河の問いに、伊武はやはり冷静に、
「藍澤綾。藍澤さんの妹ですから」
と紹介した。
それには高尾たち以外の全員がびっくりする。
「綾ちゃん! でも一人で追っかけたら危ないよ!」
「私強いのよ?」
「いや、それは知ってる。でも、女の子だし、あんなところ跳んできたら、その、」
「ああ、スパッツ履いてるよ?」
「…っ、や…そうじゃなく」
高尾は真っ赤になって言葉に詰まった。頭を抱える。
近くの交番の警察官が、他の公園にいた人から事情を聞いて駆け寄ってくる。
綾が倒したと訊くと、事情を軽く聞かせてもらってもいいか、という話になった。
「あ、じゃあ、私、失礼しますね。
今度、ちゃんとご挨拶させてください!」
綾は綺麗な会釈をして、警官の方に向かう。
「あ、俺も一緒に行くよ!」
それを高尾が素早く追いかけた。
「…あ、見ての通りなんで、俺も行きます。同じチームだし。
じゃあ、案内ありがとうございました」
志津樹はそう言って軽く頭を下げ、二人を追った。
「……つまり、あの三人は同じチームで、高尾くんは綾ちゃんが好きってことかな?
まあわからなくはないけど。あの子かわいいし強いみたいだし」
四人の姿が見えなくなってから、流河が沈黙を破るように言った。
「…藍澤は知ってるんかな?」
夕が呟いた。全員、知らない、と首を横に振る。
とりあえず、公園を出ようと歩きだしたところで、また別の人物に出くわした。
「あれ、随分大所帯だね」
先頭を歩いていた優衣とぶつかりそうになったのは化野だ。
背後に雪代がいる。
自分たちの人数を見てそう言ったのは化野。
戦闘を挑まれなければ、そんな怖いというほどでもない。
優衣は穏やかに、
「街案内でな」
と答えた。
「化野たちこそ、外出か?
にしちゃ、若松がおらんな?」
普通、三人でワンセットなのに、と言うと、雪代がげんなりした。
「やめてくれ。一緒にまとめるのは。
特に朔螺を俺たちと一緒くたにしないでくれ」
「ちょっと鷹明ー? ひどくなーい?」
「真実を言ったまでだ」
化野が可愛く拗ねて見せても、雪代は嫌そうに首を振る。
「征一郎がいないのだって、お前の所為だろう」
雪代は疲れたように言う。
化野はむすっとして、「若松がやわなんだよ」の一言。
「チーム戦の練習をしていたんだが、途中で朔螺と征一郎が組み手をやることになってな」
事情を説明して欲しそうな優衣たちの表情に、雪代は化野の頭を軽く手で押さえながら話し出した。
「朔螺が思いっきりやった背面投げがきれいに決まって、征一郎は気絶したから、置いて行こう、と朔螺が」
「それ、俺が悪いみたいなんだけど」
「…お前が悪いんだろう………」
化野の頭を軽く撫でながら、雪代は呆れた様子だ。
「若松が手加減しないって言ったから、俺もしなかっただけだもん」
化野は腕を組んで、ぷいっと顔を背ける。
「……朔螺。俺たちと、お前を同レベルの生物と扱うな。
進化の過程が10は違う生物なんだ」
「…鷹明……」
真顔で言う雪代に、化野は半眼になって彼を見上げた。
無茶苦茶な言い方だが、雪代の言いたいことはわかる。
流河や優衣たちはそう思う。
「そういえば、お前たちはこれから帰るのか?」
雪代は化野の視線を交わして、そう訊いてきた。
「…あ、ああ」
「なら、少し付き合わないか?
興味深い話を聴いてな。それで行くところなんだ」
雪代はまだなにか言いたげな化野の細身を抱き寄せて、道の向こうを示した。
「…興味深い話?」
「隣街なんだが、そう遠い距離じゃない。
なんでも、有名な心霊スポットがあるそうでな」
その言葉を聴いて、岩永が青ざめた。
「それが胡散臭いんだ。
少なくとも、岩永が嫌いな結果にはならないと思う」
雪代はやけに自信たっぷりに言った。
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