【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第九章 胡蝶の夢

第五話 きみの覚悟/冬のような寂しさ

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「あ」
 そう一声漏らすと、向かいに座っていた岩永が顔を上げた。
「なん?」
 いつも通りの声のトーンで尋ねてくるのを、流河は笑って、
「今月は運勢よかったーと思って」
 と答えた。
 202号室のリビングのテーブル。
 流河の手元にはよく買っている雑誌があった。
「ちゅうか、お前は年中ええんやない?」
 岩永がくす、と笑いながら言うと、流河は首を横に振る。
「このあいだ引いたおみくじ、大凶だったしねぇ」
「お前が?」
 岩永は「珍しい」と目を瞠る。
 あのおみくじは、村崎と優衣のものだけ岩永の手に渡された。
 村崎と優衣は、「お前の気持ちが入ってるんやから大丈夫やろう」と言ったが、いつもと違う様子の岩永に渡すのはやはりはばかられた。
「岩永くんに渡そうと思って引いたんだけど、大凶だったからやめたんだ」
「え?
 別にええのにそんなん。
 むしろお前が引いた大凶なら下手な大吉より御利益ありそう」
 その言葉に流河は軽く吹き出す。
「それ、村崎くんと優衣くんも言ったなあ」
「やろ?
 お前はそういうイメージやん」
「…だいたいわかるけどどんなイメージなのか参考までに」
 岩永はテーブルの上に両腕をついて、「みんなそうやと思うけど」と前置きした。
「くじ引いたら絶対当たりの、自販機は120円で二本買える、強運の持ち主?
 やからラッキー流河って呼ばれとるんやん」
「まあそうだけど、毎回ではないんだよ?」
 いくらなんでも毎回当たらないよ、と流河が言うと、岩永は頷いた。
「それはわかっとる。イメージや」
「イメージね」
「軽そうに見えて努力家とかな」
「うわ、それはやめて」
 嫌がると岩永は楽しそうに笑った。
「褒められるん苦手やなあ」
「褒められるのがというより、努力を知られるのが、かな」
 難儀な性格、と言い、岩永は不意に手を伸ばしてきた。
「それ見して」
「ああ、はいどうぞ」
 占いのページを開いたままだったから、そのまま手渡した。
「でも、俺の知り合いで運勢悪かった人はいないよ?」
「そう?
 あ、ほんまや」
 自分の星座のところを見て、岩永は呟くように言う。
「やっぱ流河の運勢はええなあ」
「今月はね」
「ずっとやろ。
 そのおみくじがまぐれなんやない?」
 岩永は誌面に目を落としたまま言う。
 流河はなんとも返しにくかった。
 去年おみくじを引いた時もあまりよくはなかったからだ。
「今回と前のは、単純に俺の運勢ってことやないの?」
「……え?」
 間抜けな声が漏れた。
 岩永は顔を上げて、
「今回のおみくじと、前の小吉。
 俺の運勢ってやつやない?」
 と邪気のない表情で言った。
「……………前の、知ってたんだっけ?」
 ぎこちない聞き方をしてしまった。
 あれはあくまで仮説だ。
 まだ村崎に確認していない。
 三度目、という意味を。
「なに言うとんの?
 流河がくれたんやろ?
 お守りに一緒に入っとったんやけど、『何度もチャレンジしたけど小吉しか引けなかった』って訊いたで?」
「……あ、ああ、うん、そう」
 なんだろう。
 肩すかしを食らったような気分だ。
 岩永は誰かから訊いただけらしい。
 いや、仮説が当たっていてもいなくても、岩永があのおみくじの存在を知っていたなら人づてしかない。

(一瞬混乱しちゃった…)

 自分たちが記憶している「一度目」が「二度目」だとしても、それならやはりそれ以前の記憶は岩永にはないのだ。
 なんで二度目以前の記憶を岩永が持ってるなんて混乱したんだろう。
 やっぱり聞けない。
 村崎には。
「……?」
 そこで流河は引っかかった。
「あれ、ねえ岩永くん」
 呼びかけたタイミングで玄関から扉の開く音がしたので、岩永の意識はそちらに向いてしまう。
 流河の言葉は宙に浮かんでしまった。
「村崎?」
 姿を見せたのは村崎だった。
 流河は気まずく感じてしまう。
 もし、仮説が当たっていたら、と思うとどうしても後ろめたかった。
「どないしたん?」
 岩永が椅子から立ち上がって尋ねる。
「いや、…………」
 村崎は言いづらそうに一度言葉を切ったが、岩永を見下ろして、もう一度口を開く。
「儂の部屋来んか?」
「…俺が?」
 岩永は自分自身を指さして訊く。
 視線で流河の方を見やったので、流河は咄嗟に笑顔を浮かべて首を横に振った。
 邪魔は出来ない。
「できればお前だけ」
 こんな誘い、普段の岩永なら真っ赤になって拒否する。
 けれど、岩永は村崎の顔をじっと見つめたあと、柔らかく微笑んだ。
「ほな、行くわ。
 泊まり?」
「…ああ」
 村崎はある程度この返答を予測していたらしいが、それでも戸惑う間があった。
「ほな、準備してくる」
 岩永はそう言って、寝室に向かった。
 その背中が扉の向こうに消えるのを待って、流河は村崎を見上げた。
「…あのさ」
「…なんや?」
 村崎は岩永のことだと思うのか、重苦しい表情で待つ。
 あながち外れてはいないけど、少し違う。
「…あのさ」
 でも、どうしても口から出せなかった。
 喉まで出ているのに。
「…村崎くんは」
 傍の部屋に岩永がいるから?
 訊かれるかもしれないから?
 それも理由の一つだろう。
 でも、一番の理由は。
「………村崎くんは、俺達に、」
 隠していたのか。
 二度目があったことを、言わなかったのか。
 本当は、すぐに手を離したのではなかったことを、言ってくれなかったのか。
「……」
 言えない。
 口が重くて、開かない。
 だって、今更尋ねてどうしようって言うんだ。
 時間は戻らない。
 今更言って、謝ったって、自分の自己満足だ。
 それに村崎をつき合わせてしまうなら、申し訳なくて。
「…ごめん、なんでもない」
 結局、笑ってごまかす。
 村崎はなにか言いたそうだったが、「そうか」と納得してくれた。



 NOA男子寮の売店は広い。
 スーパー並の広さで品揃えもよく、寮生は日用品くらいなら全てここでそろえられるだろう。
 おかげで探すのに苦労した。
 吾妻は自分の世界でも、そんな売店に足を運んだことがない。
「吾妻やん」
 珍しい、と言う声は低い。
 吾妻は何となく身構えてしまってから、振り向いた。
 かごを持った岩永が立っていた。
「珍しいかな?」
 なんでもないように笑って尋ねる。
「うん。
 まあ、売店自体には来なくはないけど…」
 岩永は言いかけて、吾妻の手元を見やった。
 吾妻の手には、手軽に栄養をとれるゼリーの栄養調整食品。
 かごの中にも、スポーツドリンクなどが入っている。
「白倉?
 あいつ、体調悪いん?」
 白倉のためか、と予想した岩永に、否定は出来ずに苦笑する。
「いや、体調が悪いわけじゃないよ。
 ただちょっと食欲落ちとったから」
「あいつ、夏には強いんやけどなあ」
 岩永は「夏バテ」と取ったらしい。
 お前が原因なんだけどな、と思う。
 が、大元の原因はおそらく自分たちだから、言えない。
「…岩永は?」
「俺は、村崎の部屋行くから、飲み物」
 岩永はさらっと答える。
 照れもなにもない。
 やっぱり、変。
「…あんた、なんか変わったよ」
「みんなそう言うわ。
 そろそろ自覚せなあかんかな」
 岩永は全く動じない。
 開き直ってみせた。
 これはタチが悪いかもしれない。
「そない変?」
「…まあ」
「そう言うたかて、もう一人の俺みたいってわけでもないやろが」
 その口から普通に出てきた名称に、吾妻は一瞬ぎくりと動きを止めた。
「吾妻も記憶隠蔽とけとるんやろ?
 似とる?」
 自分たちがいる売店の一角には、他には誰もいない。
 にしたって、世間話のように言ってくるとは思わなかった。
「…いや、似てないよ」
「ならええわ」
 岩永は明るく微笑む。
 そういう顔をする話題じゃないと思う。
 自分が思うのもなんだが。
「あいつら強いよなあ。
 どう鍛えたらあない強うなれるんか」
「……さあ、それはわからんよ」
 本当は知っているけど。
 だって、生きてきた年月が違うんだから。
「…吾妻、もっと焦っとるんかと思ったわ。
 意外」
 岩永は意外そうでもなく言って、吾妻を見上げた。
「強うならな、って焦っとると思った」
「……あんたもそうは見えないよ?」
「俺は……」
 岩永は言いかけて、口を閉じた。
「…俺は、あいつみたいにはなりたないし」
 ぽつぽつと小さな声で言う。
「…そうだね」
 なんとも言いにくい。
 ならないほうが助かるけど。
 ああなったら、相手にするのは大変だ。
「……吾妻は悔しない?
 勝てへんの」
「…悔しいよ。
 だけど、焦ったら白倉を不安にさせる」
「…それはそうやけど」
 なんだろう。
 無性にこの会話を終了させたかった。
 このまま続けていたくなかった。
 岩永はどう思ったのか、視線をよこさない吾妻の横顔を見上げ、それから正面を向く。
「…吾妻は、白倉になにかあったら、嫌やろう」
 一瞬、心臓がひどく高鳴った。
「俺も、白倉でも、村崎でもいや」
 その気なく、核心に触れた話題に、心臓が冷えた。
「……吾妻。
 お前は、その手を離さんって決めとる?」
 岩永はそう尋ねたくせに、さっさと背中を向けて歩き出してしまった。
 会話を終了させたかったくせに、吾妻は咄嗟に追いかけてしまう。
「決めてるよ」
 多分、この身体の持ち主はそう決めてる。
 だからそう答えた。
 岩永はなにも言わない。
「……まさか、あんた、決めてないとか…」
 振り返らない背中が、その問いに立ち止まる。
 振り返った岩永は微笑んでいた。
「ゼロか全部か、や。
 覚悟ならある」
 不敵。な微笑みのはずなのに、どこか不安にさせるような、影があった。
「お前は、自分と白倉、どっちが重い?」
 彼はそう尋ねた。
 白倉だ。
 だから、ここまでのことをしてる。
 でもそんなことは言えない。
 なにより、岩永はどうなんだ。
 自分の知っている岩永には似ていないのに。
 どこか、同じ感じがした。
 どこかが、似ていた。



「ごめん、待たせた」
 201号室に戻ると、白倉は寝室にいた。
 吾妻の方を見て、安堵したように笑う。
「なに買ってきた?」
 白倉の隣に腰掛けて、ビニール袋の中身を見せる。
「…風邪?」
「最近食欲落ちてるだろ」
 白倉を指さすと、目を瞠った。
 それから、苦笑する。
「…ごめん。結局心配かけたな」
 自覚はあったらしい。
 白倉は素直にビニール袋を受け取る。
「岩永のことも心配だから、白倉も身体大事にして」
「わかった。ありがと」
 微笑んで礼を言った白倉に、吾妻も笑い返す。
「俺がやせるん嫌?」
「抱き心地がよくなくなる」
「…今のが好みなんだ」
 白倉は少し頬を染めて、また笑った。
「それに…」
 言いかけて、吾妻は白倉の顔を見下ろした。
 白倉も自分を見上げてくる。
 目的に変わりはない。
 自分が一番大事なのは、自分を救った白倉だ。
 彼は代わりにならない。
 俺は岩永じゃない。
 手を伸ばして、その身体を抱き寄せる。
 白倉は素直に抱きついてきた。
 そのまま、寝台の上に押し倒すと、びっくりしたように目を瞠る。
 でも、抵抗はしない。
 手首を掴んでシーツに縫い止めて、その瞳を見つめた。
 それが目的だ。
 彼は、俺の白倉じゃない。
 本気で大事にする必要なんかない。
 身をかがめて、白倉の首元に顔を埋めた。
 白い首筋が鼻先にある。
「…吾妻」
 その名前は、俺の名前であって、違う。
 その声は俺を呼んでいない。
 そう割り切って、触れようとしたのに、吸い込んだ香りに、身を起こしていた。
「吾妻?」
 身体を離して、寝台から降りる。
 白倉の香りがした。
「万全の体調になるまでは抱かないよ」
 そう言って振り返って、笑った。
「抱き壊しそうで怖いもん。
 だから、きちんと食べて」
「…ひどい」
 本気でどきどきしたのに、と白倉は拗ねたように文句を言う。
「じゃあ、体重が落ちてないか、計ろうかな」
「…う」
 若干やせた自覚があるらしく、白倉は言葉に詰まった。
「ほら」
 だから、お預け。
 その言葉に白倉が不満そうにする。
 でも、反論はしなかった。
 それに、安堵した。
 自分は結局、彼を抱かずに済む建て前が欲しいんだ。
 抱くのがきっと怖い。
 今、その香りを知って気づいた。
 僕は、白倉の香りを、知らない。
 岩永。やはりお前の方が向いていた。
 お前は僕とは違うから。
「白倉」
 彼の前に立って、微笑んで、告げた。
「愛してるよ」
「…知ってる」
「うん」
 それでもいいから言わせて。
 だってまだ、なにも見えない。
 空は遠くて、暗くて。
「白倉」
 名前を呼んで、そっと抱きしめた。
「……愛してる」
 そこにいて。
 傍にいて。
 俺に笑って。
 俺の声を聞いて。
 俺の名前を呼んで。
 話しかけて。
 白倉。
 ここは、寂しいよ。
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