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第九章 胡蝶の夢
第十一話 リバース
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なにが起こったのか、しばらく経っても理解出来なかった。
転移の力で移動出来ても、岩永くんの居場所がわからない。
でも、すっかり暗くなった街中。
唐突に村崎くんが走り出したから、びっくりして追いかけた。
遅れて、時々空気を震わせるような音に気づいた。
聞き慣れている人間でなければわからないが、超能力同士がぶつかる音だ。
そう理解して、すぐに村崎くんを追った。
たどり着いたのは森林公園で、先を走る村崎くんを追いかけて、奥に進んだ。
でも、途中で足が止まってしまった。
公園の奥の方。
木々がいくつか倒れたりしていて、戦いがあったのは明らかだ。
ただ、理解出来なかったのは、地面に倒れていた彼の姿だった。
遠くに倒れたまま、動かないのは、多分向こうの岩永くんだろう。
視線を動かす。
茫然自失のまま、宙を見ている村崎くんの腕の中に、彼がいた。
首筋からの大量の出血は、村崎くんの服も汚していた。
口からもおびただしい量の血が流れていた。
瞳はうつろで、息をしていないのは明らかだった。
理解したくなかった。
なんで?
なんでこうなったのかはわからない。
でも、どうして彼が死んでるんだ?
生きていて欲しかった。
当たり前の願いだった。
大事だったのに、どうして、君はそこで死んでるんだ。
一歩も動けなかった。
近寄れなかった。
確かめたくなかった。
君がもういないんだって。
死んでしまったんだって、確かめたくなかった。
この現実から、逃げてしまいたかったんだ。
隣にいた優衣くんが、唐突にその場に崩れ落ちた。
地面にしゃがみ込んでしまったまま、蒼白な顔で、彼らの方を見つめている。
彼も、同じ気持ちだろう。
村崎くんに、本当は聞きたかった。
二度目があったことを黙っていたのかって。
隠していたのかって。
でも、それは君が生きていてこそだ。
君が生きてなきゃ、なにもかも終わる。
まるで世界の終わりみたいに、静かだった。
冒しがたい、恐ろしいほどの静寂。
絶望そのもの。
それが破られたのは、その場に到着してどのくらいだったか。
時間にすれば数分かもしれない。
でも、随分後のことに思えた。
最初は風が吹いたのだと思った。
でも、すぐに違うと思った。
地面に落ちていた葉が、空に上っていく。
木々の葉が枯れて落ちて、また葉が茂る。
全ての木ではない。
公園の周囲をぐるっと円形に覆うのは桜の木だ。
青い葉の間から、驚くスピードで芽吹いた蕾。
一気に花開いた桜が、夜の中に咲く。
今は夏なのに。
桜の花びらが、上から下にではなく、下から上に散っていく。
地面から、桜の木の枝に戻るように。
流河は傍の、公園の時計を見やった。
時計の針が、高速で逆回りに回っている。
「……時間が」
流河の茫然とした呟きに、優衣がしゃがみ込んだまま、視線を向けた。
「時間が、…戻ってる…?」
「…え?」
優衣は思わず聞き返してしまった。
流河は答えず、村崎の腕の中の岩永を見やった。
さっきまでうつろで、瞳孔の開いていた瞳は、景色をきちんと映していた。
当惑したように、その茶色の瞳が瞬いて、自分を抱きしめる村崎の顔を見上げた。
その首筋には、傷跡がない。
全身を汚していた真っ赤な血も、ない。
自分の腕の中、さっきまで止まっていた心臓の鼓動が鳴っていることに、村崎は気づく。
勢いよく腕の中を見下ろすと、ちょうど自分を見上げた岩永と視線があった。
「……え、……なん?」
この体勢にびっくりしているように、戸惑った様子で、岩永はそう言った。
村崎は思わずその頬に手を伸ばす。
暖かい。
呼吸をしている。
自分を見ている。
しゃべってる。
「……生きとる」
「…え? なにが?」
「…生きて」
夢を見るように呟いた村崎の言葉に、岩永は首を傾げた。
「生きとる…」
さっきまで、身体は冷たくなっていく一方で。
心臓の音は鳴らなくて。
息は止まっていて。
確かに死んでいたのに。
「…いや、そんなん、どうでもええ…」
そう呟いていた。
訳が分からないらしい。
岩永は本気で困惑している。
「…生きて…っ」
ただ自分を見上げて、どうしたらいいかわからないでいる岩永の腕を掴んだ。
「わ!」と声をあげた岩永にかまわず、腕の中に抱き込んだ。
「こんアホ!」
「…え?」
「…なんであんな…死んだかと思った。
なくしたかと思った。
もう二度とあんな思いさせんな。
この馬鹿!」
きつく抱いて、思うがまま叫んだ。
悲痛な声に、岩永はなにも返せずに村崎の肩越しの空を見上げる。
が、あまりに遠慮なく抱きしめるので、身体を襲った痛みに顔を歪めた。
「ちょ、…痛い! 腕、痛いって!」
「…嵐」
「…ちょお、痛いって! ゆるめてや!」
村崎は全く聞いていない。
今はただ、途方もない安堵をかみしめることで精一杯だ。
吾妻が我に返ったように駆けだした。
自らの仲間である、岩永の元に走り寄る。
どうにか身体を起こした彼もまた、生きていた。
相変わらず身体がシャッフルしたままの吾妻を見上げて、差し出された手を振り払うと、その顔を睨みあげてから公園の出口に向かって歩き出した。
吾妻は思わず追いかける。
優衣も流河も、それどころではなくて、気づかない。
「……よかった」
流河は長い息を吐いて、気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
優衣もしゃがみ込んだままだが、その顔には安堵の色が濃い。
「…やけど、今のこれは一体…」
優衣は周囲を覆う桜の木を見回した。
今は夏なのに、桜の木が満開だ。
さっき、下から上へと、まるで逆再生の映像のように散っていた桜の花びらは、今は正常に、上から下へと散っている。
「…時間が戻っとるって、今、お前言うてたよな?」
「…あ、ああ。
ただ、時計が逆さまに動いていたから」
急に問われて、流河は慌てて答える。
「…でも、時間が戻るなんて」
そこまで呟いてハッとした。
「…白倉」
自分たちのよく知る吾妻の声がした。
咄嗟に背後を振り返る。
いつもの彼より身長の高い大男は、彼を見つめて、不安そうな表情をしていた。
吾妻の隣に立つ白倉は、顔を上げる力もないように俯いて、荒い呼吸を吐いていた。
汗がその白い頬を流れていく。肩が大きく上下した。
「まさか、時間を巻き戻したのか…!?」
こんなことが出来るなら、白倉しかいない。
なぜすぐ気づかなかったんだ。
流河の言葉に頷く余裕なく、白倉は意識を手放した。
身体が背後に傾いたのを、吾妻が素早く抱き留める。
「白倉!」
心配そうに名前を呼んで、力の入らない身体を自分の胸元に抱き寄せた吾妻が、意識のない白倉の手や首筋に触れて、ホッと息を吐く。
「…大丈夫?」
「…多分。気を失ってるだけ」
流河が尋ねると、吾妻は笑ってそう返してくれた。
「…無茶するな。
やけど、助かった」
「…うん。
時間を巻き戻さなかったら、岩永くんは…」
優衣と流河はそう呟いて、もう一度村崎と岩永の方を向く。
どうやらやっと解放してもらえたらしい岩永は、村崎と向き合って地面に座ったまま、腕を痛そうにさすっている。
流河と優衣は顔を見合わせて笑うと、立ち上がって、彼らに駆け寄った。
岩永の頭を流河がこづいた。
「こら! 君は本当に心配かけすぎ!
心臓に悪いよ」
「ほんまやで」
今回ばかりは本気で怒ろうと構えた流河と優衣を見上げて、岩永は状況が把握出来ていないように目を瞠った。
子どもみたいな間の抜けた顔だ。
自分のしたことがわかっていないのだろうか。
「…………あの、ちょお待って。
この状況なに?」
本気でわかっていないらしい。
岩永の言葉に、流河も優衣も、村崎も眉を寄せた。
「君がもう一人の自分と無理心中なんかするからだろ!
ほんとに馬鹿だな!」
「……え?」
流河に怒鳴られて、岩永はぽかんとした。
ずっと開いたままだった瞳を何度も瞬きさせて、混乱したような顔で三人の顔を交互に見た。
「…あの、もう一人の…ってなに?」
「だから、もう一人の、違う世界の君…」
「…違う世界の?」
言いかけて、流河はおかしさに気づいた。
とぼけている風じゃない。
「……なに言うとんの?
静流…?」
村崎に対する呼び名に、三人とも目を瞠った。
彼は、もう一人の岩永ではない。
村崎に対する呼称はずっと「村崎」だった。
「……それに、あいつ、誰?」
岩永は、向こうで白倉を抱きかかえて、こちらを見ている吾妻を示した。
「……ちょお待て。
白倉は一体、どのくらいの時間を巻き戻したんや?」
優衣が今更気づいたように、確認してきた。
「……そういや。
桜が咲く頃まで戻したってことなのかな…この風景は」
桜が咲いているということは春の季節まで時間を戻したのか?
「……嵐。
今、西暦何年や?」
村崎が岩永の顔を見て、そう尋ねた。
村崎の質問に、岩永は首を傾げながら答えた。
彼の答えに、三人とも息を飲んだ。
「…」
一年前の年数だ。
「今日は、何月何日…?」
流河がおそるおそるそう聞いた。
もしかしてもしかしなくても、今目の前にいる岩永は。
「……四月一日?」
当惑しながら岩永が答えた日付に、仮説が確定した。
「……じゃあ、ここにいるのは、去年の、暴走を起こす前の…」
「記憶のある、岩永…?」
優衣と流河の言葉を、村崎も否定出来ない。
去年の四月一日より、前の日付の記憶しかない。
それに、彼の身体にぴったり合っていたはずのシャツが、ぶかぶかに見える。
ということは、
「……約一年以上、巻き戻してしまった、ってことかな……」
流河がおそるおそる呟いた。
どうも、自分たちには異変はないみたいだし、桜が満開になっているのもほんの一角だ。
なら時間を巻き戻した範囲は、岩永周辺だけ。
村崎が無事なのが謎だが。
「……静流?
なにがどないなっとんの?」
そう訊いてくる、一年以上昔の記憶しかない岩永にはなにも言えなかった。
岩永は生きている。
それに勝るものはない。
ないが、この状況は、一体どうしたらいいんだ。
転移の力で移動出来ても、岩永くんの居場所がわからない。
でも、すっかり暗くなった街中。
唐突に村崎くんが走り出したから、びっくりして追いかけた。
遅れて、時々空気を震わせるような音に気づいた。
聞き慣れている人間でなければわからないが、超能力同士がぶつかる音だ。
そう理解して、すぐに村崎くんを追った。
たどり着いたのは森林公園で、先を走る村崎くんを追いかけて、奥に進んだ。
でも、途中で足が止まってしまった。
公園の奥の方。
木々がいくつか倒れたりしていて、戦いがあったのは明らかだ。
ただ、理解出来なかったのは、地面に倒れていた彼の姿だった。
遠くに倒れたまま、動かないのは、多分向こうの岩永くんだろう。
視線を動かす。
茫然自失のまま、宙を見ている村崎くんの腕の中に、彼がいた。
首筋からの大量の出血は、村崎くんの服も汚していた。
口からもおびただしい量の血が流れていた。
瞳はうつろで、息をしていないのは明らかだった。
理解したくなかった。
なんで?
なんでこうなったのかはわからない。
でも、どうして彼が死んでるんだ?
生きていて欲しかった。
当たり前の願いだった。
大事だったのに、どうして、君はそこで死んでるんだ。
一歩も動けなかった。
近寄れなかった。
確かめたくなかった。
君がもういないんだって。
死んでしまったんだって、確かめたくなかった。
この現実から、逃げてしまいたかったんだ。
隣にいた優衣くんが、唐突にその場に崩れ落ちた。
地面にしゃがみ込んでしまったまま、蒼白な顔で、彼らの方を見つめている。
彼も、同じ気持ちだろう。
村崎くんに、本当は聞きたかった。
二度目があったことを黙っていたのかって。
隠していたのかって。
でも、それは君が生きていてこそだ。
君が生きてなきゃ、なにもかも終わる。
まるで世界の終わりみたいに、静かだった。
冒しがたい、恐ろしいほどの静寂。
絶望そのもの。
それが破られたのは、その場に到着してどのくらいだったか。
時間にすれば数分かもしれない。
でも、随分後のことに思えた。
最初は風が吹いたのだと思った。
でも、すぐに違うと思った。
地面に落ちていた葉が、空に上っていく。
木々の葉が枯れて落ちて、また葉が茂る。
全ての木ではない。
公園の周囲をぐるっと円形に覆うのは桜の木だ。
青い葉の間から、驚くスピードで芽吹いた蕾。
一気に花開いた桜が、夜の中に咲く。
今は夏なのに。
桜の花びらが、上から下にではなく、下から上に散っていく。
地面から、桜の木の枝に戻るように。
流河は傍の、公園の時計を見やった。
時計の針が、高速で逆回りに回っている。
「……時間が」
流河の茫然とした呟きに、優衣がしゃがみ込んだまま、視線を向けた。
「時間が、…戻ってる…?」
「…え?」
優衣は思わず聞き返してしまった。
流河は答えず、村崎の腕の中の岩永を見やった。
さっきまでうつろで、瞳孔の開いていた瞳は、景色をきちんと映していた。
当惑したように、その茶色の瞳が瞬いて、自分を抱きしめる村崎の顔を見上げた。
その首筋には、傷跡がない。
全身を汚していた真っ赤な血も、ない。
自分の腕の中、さっきまで止まっていた心臓の鼓動が鳴っていることに、村崎は気づく。
勢いよく腕の中を見下ろすと、ちょうど自分を見上げた岩永と視線があった。
「……え、……なん?」
この体勢にびっくりしているように、戸惑った様子で、岩永はそう言った。
村崎は思わずその頬に手を伸ばす。
暖かい。
呼吸をしている。
自分を見ている。
しゃべってる。
「……生きとる」
「…え? なにが?」
「…生きて」
夢を見るように呟いた村崎の言葉に、岩永は首を傾げた。
「生きとる…」
さっきまで、身体は冷たくなっていく一方で。
心臓の音は鳴らなくて。
息は止まっていて。
確かに死んでいたのに。
「…いや、そんなん、どうでもええ…」
そう呟いていた。
訳が分からないらしい。
岩永は本気で困惑している。
「…生きて…っ」
ただ自分を見上げて、どうしたらいいかわからないでいる岩永の腕を掴んだ。
「わ!」と声をあげた岩永にかまわず、腕の中に抱き込んだ。
「こんアホ!」
「…え?」
「…なんであんな…死んだかと思った。
なくしたかと思った。
もう二度とあんな思いさせんな。
この馬鹿!」
きつく抱いて、思うがまま叫んだ。
悲痛な声に、岩永はなにも返せずに村崎の肩越しの空を見上げる。
が、あまりに遠慮なく抱きしめるので、身体を襲った痛みに顔を歪めた。
「ちょ、…痛い! 腕、痛いって!」
「…嵐」
「…ちょお、痛いって! ゆるめてや!」
村崎は全く聞いていない。
今はただ、途方もない安堵をかみしめることで精一杯だ。
吾妻が我に返ったように駆けだした。
自らの仲間である、岩永の元に走り寄る。
どうにか身体を起こした彼もまた、生きていた。
相変わらず身体がシャッフルしたままの吾妻を見上げて、差し出された手を振り払うと、その顔を睨みあげてから公園の出口に向かって歩き出した。
吾妻は思わず追いかける。
優衣も流河も、それどころではなくて、気づかない。
「……よかった」
流河は長い息を吐いて、気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
優衣もしゃがみ込んだままだが、その顔には安堵の色が濃い。
「…やけど、今のこれは一体…」
優衣は周囲を覆う桜の木を見回した。
今は夏なのに、桜の木が満開だ。
さっき、下から上へと、まるで逆再生の映像のように散っていた桜の花びらは、今は正常に、上から下へと散っている。
「…時間が戻っとるって、今、お前言うてたよな?」
「…あ、ああ。
ただ、時計が逆さまに動いていたから」
急に問われて、流河は慌てて答える。
「…でも、時間が戻るなんて」
そこまで呟いてハッとした。
「…白倉」
自分たちのよく知る吾妻の声がした。
咄嗟に背後を振り返る。
いつもの彼より身長の高い大男は、彼を見つめて、不安そうな表情をしていた。
吾妻の隣に立つ白倉は、顔を上げる力もないように俯いて、荒い呼吸を吐いていた。
汗がその白い頬を流れていく。肩が大きく上下した。
「まさか、時間を巻き戻したのか…!?」
こんなことが出来るなら、白倉しかいない。
なぜすぐ気づかなかったんだ。
流河の言葉に頷く余裕なく、白倉は意識を手放した。
身体が背後に傾いたのを、吾妻が素早く抱き留める。
「白倉!」
心配そうに名前を呼んで、力の入らない身体を自分の胸元に抱き寄せた吾妻が、意識のない白倉の手や首筋に触れて、ホッと息を吐く。
「…大丈夫?」
「…多分。気を失ってるだけ」
流河が尋ねると、吾妻は笑ってそう返してくれた。
「…無茶するな。
やけど、助かった」
「…うん。
時間を巻き戻さなかったら、岩永くんは…」
優衣と流河はそう呟いて、もう一度村崎と岩永の方を向く。
どうやらやっと解放してもらえたらしい岩永は、村崎と向き合って地面に座ったまま、腕を痛そうにさすっている。
流河と優衣は顔を見合わせて笑うと、立ち上がって、彼らに駆け寄った。
岩永の頭を流河がこづいた。
「こら! 君は本当に心配かけすぎ!
心臓に悪いよ」
「ほんまやで」
今回ばかりは本気で怒ろうと構えた流河と優衣を見上げて、岩永は状況が把握出来ていないように目を瞠った。
子どもみたいな間の抜けた顔だ。
自分のしたことがわかっていないのだろうか。
「…………あの、ちょお待って。
この状況なに?」
本気でわかっていないらしい。
岩永の言葉に、流河も優衣も、村崎も眉を寄せた。
「君がもう一人の自分と無理心中なんかするからだろ!
ほんとに馬鹿だな!」
「……え?」
流河に怒鳴られて、岩永はぽかんとした。
ずっと開いたままだった瞳を何度も瞬きさせて、混乱したような顔で三人の顔を交互に見た。
「…あの、もう一人の…ってなに?」
「だから、もう一人の、違う世界の君…」
「…違う世界の?」
言いかけて、流河はおかしさに気づいた。
とぼけている風じゃない。
「……なに言うとんの?
静流…?」
村崎に対する呼び名に、三人とも目を瞠った。
彼は、もう一人の岩永ではない。
村崎に対する呼称はずっと「村崎」だった。
「……それに、あいつ、誰?」
岩永は、向こうで白倉を抱きかかえて、こちらを見ている吾妻を示した。
「……ちょお待て。
白倉は一体、どのくらいの時間を巻き戻したんや?」
優衣が今更気づいたように、確認してきた。
「……そういや。
桜が咲く頃まで戻したってことなのかな…この風景は」
桜が咲いているということは春の季節まで時間を戻したのか?
「……嵐。
今、西暦何年や?」
村崎が岩永の顔を見て、そう尋ねた。
村崎の質問に、岩永は首を傾げながら答えた。
彼の答えに、三人とも息を飲んだ。
「…」
一年前の年数だ。
「今日は、何月何日…?」
流河がおそるおそるそう聞いた。
もしかしてもしかしなくても、今目の前にいる岩永は。
「……四月一日?」
当惑しながら岩永が答えた日付に、仮説が確定した。
「……じゃあ、ここにいるのは、去年の、暴走を起こす前の…」
「記憶のある、岩永…?」
優衣と流河の言葉を、村崎も否定出来ない。
去年の四月一日より、前の日付の記憶しかない。
それに、彼の身体にぴったり合っていたはずのシャツが、ぶかぶかに見える。
ということは、
「……約一年以上、巻き戻してしまった、ってことかな……」
流河がおそるおそる呟いた。
どうも、自分たちには異変はないみたいだし、桜が満開になっているのもほんの一角だ。
なら時間を巻き戻した範囲は、岩永周辺だけ。
村崎が無事なのが謎だが。
「……静流?
なにがどないなっとんの?」
そう訊いてくる、一年以上昔の記憶しかない岩永にはなにも言えなかった。
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それに勝るものはない。
ないが、この状況は、一体どうしたらいいんだ。
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