【完結保証】超能力者学園の転入生は生徒会長を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十章 Butterfly Effect

第九話 夜半の影法師

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 目を疑った。
 次に、耳を疑った。
 だってあり得ない。
 でも、すぐに頭の中で自分の声がした。
 ありえないなんて、言い切れない。
 だって現に、「違う世界(パラレルワールド)」は存在する。
 パラレルワールドから来た、岩永や吾妻がいる。
 じゃあ、そこに自分自身がいないなんて、言い切れない。
「…御園、優衣……?」
 かすれた声が出た。
 ほとんど響かなかった。
 けれど、岩永は妖しく微笑む。
 彼の足下から広がった彼の影が、彼の全身を包み込む。
 彼の姿が見えなくなったと思った直後、影は霧散し、彼の姿があらわになった。
 そこに佇んでいたのは、岩永嵐ではなく、自分自身とうり二つの、黒髪黒目の美形の男。
 顔に眼鏡をかけ、自分よりやや身長は高く、体格も良い。
 優衣は呼吸すら止まった。
「やから、違う、て言うたやろ?」
 唇からこぼれ落ちる声も、岩永の声ではない。
 自分の声だ。
「これは身体を乗っ取ったわけでも、操ったわけでもない」
 彼は一歩ずつ、優衣に近づいてくる。
「ありえへん、と思た?
 あいつらを見ておきながら」
 空から降る雨は、彼に触れない。
「俺は現に、ここに在る」
 優衣は一歩後ずさる。
「初めまして。
 俺の“ドッペルゲンガー”」
 そう言って微笑んだ彼の顔は、どこまでも自分にそっくりだった。
 自分より、少し大人っぽく、年上のようにも見えたが、そっくりだった。
「……どういうことや」
 声をのどの奥から絞り出したが、やはり震えた。
 ありえないと思っていた。
 違う世界の自分自身なんて。
 岩永や吾妻を見ていながら、非難しておきながら、本当は理解っていなかった。
 パラレルワールドがあるんだということを。
 違う自分自身がいるんだということ。
「どういうこともなにも。
 この身体は、俺であり、岩永でもある。
 そういうことや」
 もう一人の自分自身に対面するということを。
 自分は馬鹿だ。
 岩永の痛みを理解したふりで、吾妻の不安を思いやったふりで、本当はわかってなかった。
 全く同じ顔、同じ名前、同じ人生を生きる自分自身に会うということが、どれだけショックなことか。
「…俺、ドッペルゲンガー見た奴は一年以内に死ぬとかいう迷信笑っとったけど、笑えんわ…」
「へえ?」
 優衣は自分の胸を押さえて、苦しそうに顔を歪めた。
「…そんくらい、ショックやな。
 これ…」
 心底そう思う。
「自分がもっと、友好的なら、自分が岩永になにかせぇへんかったら、岩永の身体で時波になにかせぇへんかったら、もっと、…笑えたはずなんやけどな」
「そら、そうやろうな」
 彼は微笑む。
「“こいつ”や、そっちの吾妻かて、もっと友好的で真っ当な奴らが来とったら、ああはなってへん」
 他人事みたいな言い方だ。
 でも、一瞬違和感を感じた。
 それがなにかわからない。
「あいつらは、自分は、目的は一体なんなんや…?」
「あ、いややなあ」
 彼は大仰に肩をすくめた。
「一緒くたにせんでくれや。
 俺、あいつらの味方ちゃうし」
 さらっと言葉にされた内容に、息を飲む。
 さっきの違和感がはっきりした。
 あの言葉の響きが、あの岩永達とは違ったのだ。
 あいつらみたいに、なにもかもどうでもいい、なんていう響きじゃなかった。
 彼はあくまで柔らかい笑顔だ。
「……敵?」
「敵か味方か、やない」
 彼は指を立てて、左右に振る。
「…俺は、自分と一緒」
 そう語る表情はなぜか寂しそうだった。
「……ほな、あいつらの目的はなんなん?」
「…目的、訊いてへんの?」
「全然」
 彼は悩むように雨が落ちる空を見上げて、「んー」と声を伸ばす。
「味方やないなら」
 教えて欲しい。
 そう訴える自分の顔を見て、また笑った。
「まあ、ええかな。
 内緒やで?」
 その言葉に身を乗り出し、大きく頷いた。
 知らず唾を飲み込んだ。
「誰にも、絶対言ったらあかんで?」
 もう一度頷く。
「ええか?
 あいつらの目的は――――」
 微笑んだ彼の唇が動く。
「なんてな、言うと思ったか?」
 おどけて笑い、彼はそう言った。
 思わず前につんのめりそうになった。
「お前なあ!」
「ごめんごめん。
 せやけど、出会ったばっかで教えたるわけないやん。
 期待すんなや」
 なんだこいつ。
 怒りが沸く。
「せやったらそぶりを見せんな!
 自分自身なんやから、そら多少期待するわ!」
「ごめん」
 彼のその謝り方が殊勝に見えて白々しかったので、余計憤りが沸く。
「誰のせいでこないなことになっとると…」
「まあそれはわかってんねん。
 やけど、一概にあいつらが悪いとも言い切れんから」
「…は?」
 優衣は瞳を瞠った。
 どう見たってあいつらは悪人だろうに。
「俺はあいつらの味方やないけど」
 彼は不意に笑う。
 切なげに、寂しそうに。
「仲間ではあるから」
 声を失った。
 息を飲んで、彼の胸ぐらを掴む。
「結局、味方やないか!」
「味方やないよ。
 あいつらに知られたら困るし」
「やって、仲間って…」
 そういうことじゃないのか。
 わけがわからない。
「………大事で、仲間で、でも味方やない。
 これは、お前だけが頭にいれといたらええ」
 彼は優衣の手を払って、一歩下がった。
「…お前だけが理解しとったらええ」
 そう言って、にっこり微笑む。
「そのために、お前に姿を見せた」
「…意味が」
 わからない。
「わからんでええねん。
 まだ自分には、パラレルワールドのほんまの怖さ、知るんははやい」
 やっぱり、意味がわからない。
「…あいつらは、…」
 それ以上、聞けない。
 怖くて。
「自分は、岩永になにをした?」
 唾を飲み込んで、彼の顔を見上げてそう尋ねた。
 彼はゆったり微笑んだまま、少し先に佇む。
「…乗っ取ったとも違う。
 操ったやない。
 ほな、なんや?」
「……うーん」
 傷が跳ね返る。
 なら、彼は本当に自分自身。
 でも、姿を変える超能力なんか知らない。
 じゃあ、彼は一体。
「…姿をコピーした、とか?」
 それでも一縷の望みをかけて訊いた。
 そんな人型に出会ったことがあるからだ。
 不可能じゃない。
「…」
 彼は瞳を瞠った後、おかしそうに笑う。
「自分、超能力、いくつ?」
 そう逆に質問してきた。
「訊いとるんはこっちや」
「これを質問せな、先に進めん」
 がんとして譲らない彼に、しかたなく答えることにした。
「一つや。
 ちゅうか、自分かてそうやろ」
「へえ。
 おかしいな」
 彼はわざと大仰に首を傾げて見せた。
「俺は二つあるわ」
「…っ?」
 その言葉に息を飲む。
 嘘?
 いや、彼は悠然と微笑んでいて、嘘やはったりという雰囲気じゃない。
「正確には、岩永の中に、二つ目がある、かな?」
「…?」
 やはり意味が飲み込めず、戸惑う。
「まあ、ともかく、俺は岩永であり、御園優衣であるっちゅうこと。
 同じ身体を所有し、身体を操る」
「…意味わからんって」
 全く理解出来ない。
 頭がついていかない。
「まあ、追々理解してったらええわ。
 今日は顔見せっちゅうことで」
 彼は微笑んで背中を向け、屋上の端に近寄る。
「おい」
「君の仲間が、君を捜しとるで。
 ここから百メートル離れた交差点で。
 俺は会いたないし」
 彼は肩越しに振り返ってそう言う。
「俺のことは、くれぐれも内緒でな?
 もししゃべったら、…わかるよな?」
 彼は、岩永達の味方じゃないと言った。
 違うと言った。
 でも、信じられない。
 そうやって、岩永の身体を脅しに使うのだから。
「ほな、そういうことで。
 またな」
 彼は自分を振り返り、向き直った。
 右手を挙げてばいばいと振ってから、思い出したように「あ」と声を漏らす。
「最後に一つ。
 俺達は、自分たちより年上や」
「…は?」
「つまり、こっちとそっちは時間がずれとるから。
 俺達は自分たちの、三歳年上。
 それを踏まえた上で動け」
 彼は混迷する自分を意に介さず、言いたいだけ言って、屋上の端に立った。
「あ、おい…!」
 優衣は思わず地面を蹴り、駆け寄ったが、間に合わなかった。
 彼はそのまま、背中を向けたまま屋上の縁を蹴り、地上の遙か高見から身を躍らせた。
 屋上の端にしゃがみこみ、手を突いて落下していく彼を見つめた。
 彼は微笑んだまま立てた指を口に当てる。
 その姿が一瞬で岩永のものに変わり、また一瞬で風のようにかき消えた。
「………」
 わからない。
 彼は、なんなんだ。
 混乱したまま、身体を起こし、時波の元に向かう。
 とりあえず、岩永は安全だ、と信じて。
 意識のない時波の傍にしゃがみこんだ途端、遠くから声が響いた。
「優衣くん!」
 弾かれたように顔を上げると、向こうのビルに流河の姿がある。
「ああ、助かった。
 時波運ぶん手伝って」
 そう言うと、流河はビルを飛んで渡り、傍に駆け寄ってきた。
「どうしたの?
 時波くんは」
「わからん。
 見つけたときには倒れとって」
 とりあえず、熱もないし怪我もないし、と説明する。
 結局、流河には言えない。
 彼の笑みが頭に浮かぶ。
 基本、流河にはなんでも話してきたので、胸が痛む。
「わかった。
 まず、俺が転移で寮まで運んでくるから、君は九生くんに連絡して」
「ああ」
 頷いて笑ってみせて、内心謝る。
 ごめん以外なんて言ったらいい。
 でも、ごめんと言うことすら許されていないんだ。



 九生からの電話を切り、白倉は顔を上げる。
「時波、見つかったって。
 無事」
 そう告げると、村崎も吾妻もホッとした。
 岩永ともう一人の吾妻は無言だ。
「なんでいなくなったの?」
「それが、まだ意識ないからわからん。
 やっぱり、誰かの仕業かもなあ」
 それでも安堵して言った白倉の顔を見て、岩永が呟く。
「暢気な」
 その言葉が引っかかって、吾妻は彼を睨み付けた。
「うるさい。
 あんたたちみたいな人の血が流れとらん奴にはわからない」
「吾妻」
 白倉が思わず咎めるように名前を呼ぶ。
「ああ、上等や。
 俺らは液体窒素か硫酸あたりが流れてんねん」
「……液体窒素はおかしいよ?」
 岩永の傍にいた吾妻が苦笑しながらつっこんだ。
「冷たいねん。
 わかっとるわそんなん」
 あくまで険悪な岩永の態度に、村崎は眉根を寄せる。
 岩永の傍らにいた彼が立ち上がり、苦笑を浮かべたまま岩永の肩を叩く。
 落ち着かせるように。
「病み上がりだ。
 あと、こいつの気が立ってるのはいつものこと」
「……ま、そうみたいやな」
 村崎がそれもそうや、と言いたげに呟く。
「お前も暢気や」
 そんな彼のフォローなど構わず、彼に向かってそう言い、岩永は立ち上がった。
「お前たちのそのふやけたきれい事はうんざりやねん。
 そんなもん、この世にあるもんか」
 吐き捨てるような言葉だった。
「そうやって笑ってられるのは、今のうちや」
 言うだけ言って寝台に腰を下ろし、寝そべってしまった岩永に、彼は困惑した。
 困った様子で白倉達を見て、そのまま椅子に腰を下ろす。
「……ちょっと」
 白倉は断って、部屋の外に出た。
 吾妻が追ってくる。
「…ごめん」
「いや、いいけど…」
 心配そうな吾妻の顔に、ホッとした。
「嵐の顔で、声で、ああいうきっついこと言われると、堪えるなあ…」
 白倉は心底参った声で呟き、切なげに微笑む。
「…あいつが、なんであんな思い詰めてたのかも、わからんままだし」
「…白倉」
 吾妻は白倉の頬に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。
「…白倉。
 …泣かないで」
 そっと白倉の背中を撫でる大きな手を見下ろす。
 自分の手だけど、違う。
 白倉を抱きしめているのが、自分じゃない錯覚を起こす。
「…吾妻?」
 白倉が吾妻の心情を感じ取ってか、顔を上げた。
「…僕、心狭い」
「…?」
「岩永や、時波がなんか大変な時に」
 吾妻は苦しそうに顔を歪めていた。
「…白倉。
 どうして、あいつとキスしたの?」
 その言葉に、白倉が息を飲む。
「わかってたなら…僕じゃないって、わかってたなら、どうして……。
 抱かれようとした…?」
 吾妻の表情は気づけば迷子の子どものように不安げに揺らいでいた。
「……白倉は、僕が好き?」
 吾妻の顔に手を伸ばす。
 嫌がるように首を左右に振るその顔は、泣きそうだ。
「…前、言った。
 いつもの僕が好きって。
 …あいつも、好き?」

『間抜けでアホで、いつも笑ってる、いつものお前が、一番好き』

 どう答えたらいいかわからない。
 吾妻が優しいから、許してくれるから、甘えていたんだ。
 彼の愛情にあぐらを掻いていた自分に気づいた。
「…吾妻が、」
 つま先を立てて、頬に手を当て、顔を寄せたが、吾妻は素早く背後によけた。
「…白倉、わかってる?」
 今にも涙が溢れそうな瞳がこっちを見ていた。
「この身体は、俺じゃない」
 その言葉に、今頃気づいた。
 自分はどこまでも馬鹿だ。
「…白倉、僕を好き?」
 その言葉に、真っ直ぐ応えられない自分がいた。
「僕が、好き?」
 不安そうに、迷子のように訴える吾妻に、愛していると告げることが、こんなに難しい。

『お前たちのそのふやけたきれい事はうんざりやねん。
 そんなもん、この世にあるもんか』

 違う。
 自分はこんなに馬鹿で、どうしようもなくて。
 お前が言うような、きれい事は、本当はどこにもないんだ。
 ただ、俺が綺麗で、正しく真っ直ぐでありたいだけなんだ。
 きっと、お前の世界の俺も、そうなんだ。



 三人が残された室内は静かだ。
 村崎が不意に壁に預けていた背を離し、寝台に横たわる岩永の傍に立った。
 岩永が思わず飛び起きる。
「訊きたいことがある」
 単刀直入な村崎の言葉に、吾妻が息を飲んだ。
 きっとあのことだ。
「なん?」
 岩永はやっぱり、村崎には優しい顔を向けた。
 彼の中の愛情は、変わらない。
「お前とあいつが死んだ日、ほんまはなにがあったんか。
 なにをお前に言ったんか、…教えろ」
 吾妻は内心、「怖いなあ」と思った。
 もはや「教えてくれ」や「教えて欲しい」という頼む形じゃなく「教えろ」という命令形だ。
「……」
 岩永には意外な質問だったのか、目を瞠って黙っていたが、不意に寝台から降りた。
「おかしいなあ。
 それ、命令に聞こえる」
「ああ。命令やなく、要求や」
 村崎は悪びれもしない。
「儂はお前に頼む義理も道理もない」
「……冷たい」
 拗ねたようなことを言う岩永の口調は、笑っている。
「…ええんかなあ?
 そんな聴き方やと、教えられるもんも教えられへん」
 わざとらしい台詞に、村崎の眉が寄る。
「教えて欲しいなら、お願いせな」
 寝台に腰掛け、悠然と微笑む岩永に、珍しいと吾妻は思った。
 村崎に対して、こんな言い方をするなんて。
「…なにをや」
 村崎は不愉快そうに顔を歪めるが、突っぱねようとはしない。
 どうしても知りたいからだろう。
「明日一日、俺とデートして」
 しかし、岩永の笑顔の要求には、自分も村崎も息を飲んだ。
「一日、俺に尽くして。
 そしたら、教えたげる」
「……それで、お前が守る保証はあるんか…?」
 そう尋ねた村崎に、岩永の笑みが深まる。
 そう訊いた時点で、村崎の心は揺れている。
「もちろん」
 岩永は村崎の手を取り、そっと手の甲にくちづけた。
「俺は、静流を愛しとる」
 幸せそうに微笑んだ岩永に、村崎は茫然とした。
「…静流に、嘘は吐かへん。
 …俺が望むのは、…静流だけ」
 村崎だけを見つめて、綺麗に笑い、岩永は甘く囁く。
「…一日だけでええ。
 俺を、愛して」
 村崎にはわからない。
 憎んでいた。
 もう、心が揺らぎようがないほど、憎んだ。
 なのに、わからない。
 彼がわからない。

『傷が跳ね返らんなら、…儂が殺した』
『……ああ。
 ……それ、ええな』
 どこか嬉しそうに、それでいて泣き出しそうに笑って。
『…そうしてくれたら、うれしい』

 彼が、そんなことを言ったから。
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