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第十章 Butterfly Effect
第八話 Shadow the Dance
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流河と優衣は駆け足で、傘を差して学園敷地内から出る門に向かっていた。
「ほんまに会えると思うか…?」
優衣が足をゆるめないまま、流河に問いかけた。
流河はから笑いを浮かべる。
「…会えるんじゃない?
化野くんだもの」
かすかに怯えたような顔だ。
「同感や」
優衣もそう思う。
全知全能ではないが、全を十としたら九くらいのことは自由になるんじゃないか?
門を抜けたところで、傘を差しながら走ってきた男とぶつかりそうになって慌ててさがる。
「お前ら」
びっくりしたようにこちらを見たのは、九生。
方舟メンバーで、今現在もう一人の岩永達のもとにいるはずの。
流河と優衣は引きつった笑みを浮かべるしかない。
「うわあ。
ほんとにだよ。
あの人すっごいね」
九生なら確実に村崎の居場所を知っているし、化野がああ言うなら、村崎のところに向かったのだ。
「ほんまやな。
予知能力あるんとちゃうか…?」
全く空恐ろしい。
「なんじゃ?
なんの話じゃ?
岩永がおらんって訊いたが」
九生は二人の台詞の意味がわからず戸惑う。
「化野くんにね、今すぐ寮から出たら岩永くんのとこに案内してくれる道案内に会えるよーって言われて」
「急いで出たらお前に会ったんや」
二人のわかりやすい説明に、九生も引きつった。
「…なるほど」
としか言えない。
「…じゃあ、あいつ、あのホテルに来るってことか?」
「化野くんが言うならそうなんじゃない?」
全くわからないけど、化野が言うならそういうことだと流河は思う。
九生は傘を持ったまま考え込む。
「どうするんだ?」
九生の背後から姿を見せたのは、同じく傘を差した藍澤だ。
「…どうしようかの?
岩永も心配じゃが、暴走キャリアを調べんわけにいかん」
流河達の道案内をするべきか、藍澤に任せて調べに地下都市に行くべきか。
「……俺は服を取ってくるのも頼まれているからな」
藍澤はそう呟き、一旦口を閉じる。
「瀬生や東宮に頼もうか?
調べてもらうよう。
なんとなくだが、お前が岩永を探しに行ったほうがいい気がする」
「……藍澤」
「心配なんだろう。
白倉も」
九生の胸中を鋭く見抜いた藍澤の笑みに、九生はホッと息を吐く。
本当は心配だった心中をはっきり察せる藍澤の懐のでかさに感謝する。
「悪い。
任せるぜよ」
「ああ、任された」
あげた九生の手のひらに、藍澤は手をうち合わせ、門をくぐって寮に向かって走る。
「じゃ、戻るぜ。
急ぐからな」
「了解」
九生の言葉に、流河と優衣は大きく頷いた。
「……」
その場には沈黙が落ちている。
おかしがたい沈黙だ。
だが、時波の声がとぎれたので、白倉は顔を上げて、言葉を失った。
時波がいない。
部屋のどこにも。
「…?」
吾妻も気づいて、立ち上がる。
村崎も気づいて、眉根を寄せた。
「時波……?」
一体、どこに行ったのだ。
いや、そもそもついさっきまですぐ近くにいたのだ。
流河じゃあるまいし、一瞬で部屋の外に出られるはずがない。
「時波が…」
白倉が青ざめる。
と、いきなり寝台の上の岩永が飛び起きた。
びっくりしてその顔を見ると、さっきまでの顔色のひどさが嘘のようだ。
彼は自分の胸元に触れて、驚愕したように言葉を失っている。
「…おい、時波は?」
それから、不意にそう尋ねた。
「わからない。
気づいたらいなかった」
「………」
白倉が混迷しながら答えると、岩永の眉が寄った。
「時間凍結」
その低い声が紡いだ短い言葉に、その部屋にいた全員の表情が固まる。
「多分、時間凍結されとった。
その間に出てったな」
確信したような岩永の口調に、村崎が壁から背を離し、異論を唱えた。
「やけど、白倉はんも凍結されとったんやろ?
お前に意識はなかったし、一体誰が」
「知らん」
岩永は珍しく苛立った声で言い返す。
村崎にはいつも穏やかで優しいのに。
「やけど、時間凍結はあった」
「なにを証拠に」
村崎の言葉に、岩永は寝台から降りて、ふらつきもせずに自分を指さす。
「俺の容態の回復。
もう熱もないし、苦しくもない。
暴走キャリアが落ち着いとる。
一晩で、自然にこうなるはずがない。それくらい悪かった。
誰かがなにかしよった」
岩永の傍らにいた彼が、その額に手を伸ばした。
証拠だからなのか、吾妻だからなのか、岩永は特に嫌がらない。
「ほんとに、熱ない…」
彼の言葉に、白倉と吾妻は息を飲む。
「ほんとにどこも痛くない?」
「全く。
…時間凍結が出来、暴走キャリアも沈静させられるような誰かが、時波を連れてった」
「そないなむちゃくちゃな奴…いな」
白倉が言いかけ、言葉を切った。
「白倉?
思い当たるの?」
吾妻に尋ねられ、白倉は顔を引きつらせながら、
「化野くん…?」
と疑問符付きで言った。
ただの戯言であって欲しいという感じの言い方だ。
チーム対抗トーナメント予選で化野の恐ろしさを身を以て体感した吾妻が青ざめる。
「確かに、あいつならそのくらい…」
簡単に思える。
「それは逆におかしい」
しかし、岩永は否定する。
「あいつが出てくるくらいなら、とっくに俺のことNOAに連れてくわ」
「……せやかて」
他に思い当たる人物はいない。
村崎が不意に口を開く。
「白倉誠二は?」
村崎以外の全員が、言葉を失った。
吾妻と白倉はぽかんとして、村崎を見る。
「静流?
俺も凍結されとったっぽいんだぞ?」
「そうだよ。
白倉にそんな真似出来ない」
白倉と吾妻の反論にも、村崎は動じず、真顔でこう返した。
「ここにおる白倉はんにはな。
やけど、こいつらの世界の白倉はんならどうや?」
その言葉に、全員が息を飲んだが、表情は異なった。
吾妻と白倉は「まさか」と顔を見合わせたが、岩永達は顔を歪める。
「それはない」
「なんでや?
自分らがこの世界に来れとるんや。
ありえん話やない」
岩永の反論に、村崎は強気にそう返す。
「やから、ありえん」
「その理由は?」
間髪入れずそう尋ねると、岩永は視線を迷わせ、黙り込んだ。
「ありえんわけない」
村崎は決まりや、と言い切る。
「ほな、時波を傷付けることはないかもな」
「…だけど」
白倉は迷う。
岩永達がこうなら、向こうの世界の自分といえど、油断の出来ない人物ではないか?
「……いや、それはない」
吾妻が白倉の不安を拭うようにそう言う。
「さっき、そいつが言った。
向こうの白倉は、お前と同じで優しすぎてお人好しって。
時波を傷付けるはずはない」
「…あ」
確かにそう言っていた。
なら、もし本当にそうなら、安心、か?
「やから」
岩永が苛立ったように壁を叩いたが、勢いはない。
「……まあええわ。
あとで、その勘違いが取り返しのつかん事態を生んでも俺は知らん」
白倉の胸がまた揺れる。
岩永の言葉はいつもの惑わしに思えたが、声の響きが本音に聞こえて。
どうなんだ?
どういう意味なんだ?
わからない。
心が迷路になる。
時間凍結は既に解けている。
恐ろしいことに彼は、かなりの広範囲に時間凍結をかけていたらしい。
ホテルから充分離れたところで解除され、身体が雨に濡れ出す。
険しい顔で自分を見つめる時波を、岩永が振り返ったのは、ある高層ビルの屋上だった。
人気は二人以外ない。
「ほな、やるか」
岩永は笑って近づいてきた。
「一つ訊かせてくれ」
時波は唾を飲み込んで、意を決した。
「なん?」
「お前は」
ゆったりと、悠然と微笑んでいる岩永は、岩永なのに、違う誰かに見える。
だが、誰かわからない。
「お前は、…誰だ?」
不安のあまり声がかすれた。
岩永は瞳を瞠ったあと、にっこり笑う。
「当てに来うへん奴に教えたるほど、俺は善人やない」
その言葉に確信した。
目の前の男は、岩永じゃない。
岩永の指先が時波の額に当たる。
その指先から、その場を埋め尽くすほどの眩しい閃光があふれ出し、つかの間世界を満たす。
光が徐々に収まっていくと、屋上には岩永の姿しかなかった。
正確には時波の姿は地面に倒れている。
目は閉じられ、意識がない。
「ごめんな」
岩永はぽつり、と謝った。
「岩永!」
だが、岩永は素早く振り返り、顔の前で腕を構える。
クロスさせた腕に飛びかかってきた男の拳がぶつかって、岩永は数メートル背後に後退した。
時波を庇うようにそこに立ったのは、優衣だ。
「時波になにしおった…?」
信じられないと言いたげな優衣の、すがるような視線を見て、岩永は微笑む。
「俺に都合のイイこと」
おどけて答えると、優衣が表情を歪める。
「…お前、ほんまに岩永か…?」
「ああ、やっぱり?」
やっぱりそういう質問になるのか、と岩永は肩をすくめた。
そして、自分の口元に立てた指を当てて、無邪気に首を傾げた。
「やっぱり、別人?」
「……確信したわ。
お前、岩永やない」
優衣はきつく岩永を睨み、構えた。
「誰かが、乗っ取っとる。
誰や?
岩永になにさせとんねん!」
怒りをあらわにした優衣に、岩永はおかしそうだ。
「えー?
誰って。
…しかも微妙に違うし」
妖艶に微笑み、そう零した言葉は雨に消されそうだった。
「違うならなんやって?」
「…やーかーらー」
岩永はわざと語尾を伸ばし、立てた人差し指を左右に振る。
「当てに来うへん奴に教えたるほど善人やない」
そう言って、岩永はかまいたちを放つ。
驚くほどのスピードで発動させた風から、優衣は間一髪逃げた。
岩永に向かって、濡れた地面を蹴る。
一気に接近しようとした優衣の視界を、見慣れた黒がよぎった。
「!」
息を飲んで背後に飛ぶ。
自分の足下から出現し、襲いかかってきたのは、影。
自分が操る超能力。
生き物のように伸びてくる影から素早く飛び退いて避け、離れた位置に着地する。
顔を伝う雨を手で拭った。
「さすが。
慌てんし、動揺せぇへんな」
岩永は感心したように手を叩きながら言う。
「当たり前や」
岩永には、超能力を吸収する力がある。
自分の影の能力を使えても不思議はない。
優衣は再び地面を蹴り、接近を試みる。
岩永が操る影を巧みに躱し、懐まで飛び込んだ。
岩永が振り上げた拳から避け、彼の手を掴む。
岩永は微笑んで、優衣の足下から出現させた影でその身体を拘束した。
「やけど、その確信は命取り」
悠然と佇み、岩永は腕を組む。
影に縛り上げられ、宙に浮かんだ優衣を見上げて笑う。
苦悶に顔を歪めていた優衣が、不意に口の端をあげた。
「っ!」
優衣を拘束しているはずの影が動き、岩永の両手首を捕らえた。
優衣の拘束はあっさりと解け、彼はその場に着地する。
「なにが命取り、やて?」
優衣は不敵に笑った。
「お前の方がランクは上でも、影を本来の能力とする俺と、回数券しか使えへんお前じゃ、レベルが違うわ」
両手首を捕まえる影は強固で、ほどけない。
だが、岩永は慌てず、表情に揺らぎはない。
それを、不気味に感じた。
「…まあ、それは一理ある」
笑った唇がそう言った。
岩永の手が強引に影をふりほどき、霧散させた。
そのときに右手の皮膚が裂け、血がこぼれ落ちる。
瞬間、優衣の右手の同じ箇所も、血を吹いた。
「……え」
一瞬、理解できなかった。
神業的な速度で攻撃を放ったのか?
「…もう一回言うけど、その確信は命取りや」
右手から流れる血を舐めながら、岩永は言う。
「乗っ取ったとか、操ったとか、そういうんやないし」
余裕たっぷりに、妖しく微笑んで。
「『自分』が負った傷は“自分”に跳ね返る。
それがパラレルワールドの同じ存在同士のルール」
岩永は茫然とする優衣に平然と背中を向け、屋上の端に近づいた。
「やから、これは岩永嵐に跳ね返る」
端まで行くと、足を止め振り返った。
「やけど、御園優衣。
お前にも跳ね返る」
右手をひらひらさせ、降ってくる雨をものともせず、佇んでいる。
「この場合、“俺”は一体なんなのか」
優衣は、なにも言えなかった。
まさか、そんなはず。
信じられなくて。
「俺は岩永であり、お前でもある」
呼吸すら止まる。
「答えられるか?」
岩永の笑みは消えない。
「お前の正面は、誰や?」
雨は止まない。
雲は晴れない。
「ほんまに会えると思うか…?」
優衣が足をゆるめないまま、流河に問いかけた。
流河はから笑いを浮かべる。
「…会えるんじゃない?
化野くんだもの」
かすかに怯えたような顔だ。
「同感や」
優衣もそう思う。
全知全能ではないが、全を十としたら九くらいのことは自由になるんじゃないか?
門を抜けたところで、傘を差しながら走ってきた男とぶつかりそうになって慌ててさがる。
「お前ら」
びっくりしたようにこちらを見たのは、九生。
方舟メンバーで、今現在もう一人の岩永達のもとにいるはずの。
流河と優衣は引きつった笑みを浮かべるしかない。
「うわあ。
ほんとにだよ。
あの人すっごいね」
九生なら確実に村崎の居場所を知っているし、化野がああ言うなら、村崎のところに向かったのだ。
「ほんまやな。
予知能力あるんとちゃうか…?」
全く空恐ろしい。
「なんじゃ?
なんの話じゃ?
岩永がおらんって訊いたが」
九生は二人の台詞の意味がわからず戸惑う。
「化野くんにね、今すぐ寮から出たら岩永くんのとこに案内してくれる道案内に会えるよーって言われて」
「急いで出たらお前に会ったんや」
二人のわかりやすい説明に、九生も引きつった。
「…なるほど」
としか言えない。
「…じゃあ、あいつ、あのホテルに来るってことか?」
「化野くんが言うならそうなんじゃない?」
全くわからないけど、化野が言うならそういうことだと流河は思う。
九生は傘を持ったまま考え込む。
「どうするんだ?」
九生の背後から姿を見せたのは、同じく傘を差した藍澤だ。
「…どうしようかの?
岩永も心配じゃが、暴走キャリアを調べんわけにいかん」
流河達の道案内をするべきか、藍澤に任せて調べに地下都市に行くべきか。
「……俺は服を取ってくるのも頼まれているからな」
藍澤はそう呟き、一旦口を閉じる。
「瀬生や東宮に頼もうか?
調べてもらうよう。
なんとなくだが、お前が岩永を探しに行ったほうがいい気がする」
「……藍澤」
「心配なんだろう。
白倉も」
九生の胸中を鋭く見抜いた藍澤の笑みに、九生はホッと息を吐く。
本当は心配だった心中をはっきり察せる藍澤の懐のでかさに感謝する。
「悪い。
任せるぜよ」
「ああ、任された」
あげた九生の手のひらに、藍澤は手をうち合わせ、門をくぐって寮に向かって走る。
「じゃ、戻るぜ。
急ぐからな」
「了解」
九生の言葉に、流河と優衣は大きく頷いた。
「……」
その場には沈黙が落ちている。
おかしがたい沈黙だ。
だが、時波の声がとぎれたので、白倉は顔を上げて、言葉を失った。
時波がいない。
部屋のどこにも。
「…?」
吾妻も気づいて、立ち上がる。
村崎も気づいて、眉根を寄せた。
「時波……?」
一体、どこに行ったのだ。
いや、そもそもついさっきまですぐ近くにいたのだ。
流河じゃあるまいし、一瞬で部屋の外に出られるはずがない。
「時波が…」
白倉が青ざめる。
と、いきなり寝台の上の岩永が飛び起きた。
びっくりしてその顔を見ると、さっきまでの顔色のひどさが嘘のようだ。
彼は自分の胸元に触れて、驚愕したように言葉を失っている。
「…おい、時波は?」
それから、不意にそう尋ねた。
「わからない。
気づいたらいなかった」
「………」
白倉が混迷しながら答えると、岩永の眉が寄った。
「時間凍結」
その低い声が紡いだ短い言葉に、その部屋にいた全員の表情が固まる。
「多分、時間凍結されとった。
その間に出てったな」
確信したような岩永の口調に、村崎が壁から背を離し、異論を唱えた。
「やけど、白倉はんも凍結されとったんやろ?
お前に意識はなかったし、一体誰が」
「知らん」
岩永は珍しく苛立った声で言い返す。
村崎にはいつも穏やかで優しいのに。
「やけど、時間凍結はあった」
「なにを証拠に」
村崎の言葉に、岩永は寝台から降りて、ふらつきもせずに自分を指さす。
「俺の容態の回復。
もう熱もないし、苦しくもない。
暴走キャリアが落ち着いとる。
一晩で、自然にこうなるはずがない。それくらい悪かった。
誰かがなにかしよった」
岩永の傍らにいた彼が、その額に手を伸ばした。
証拠だからなのか、吾妻だからなのか、岩永は特に嫌がらない。
「ほんとに、熱ない…」
彼の言葉に、白倉と吾妻は息を飲む。
「ほんとにどこも痛くない?」
「全く。
…時間凍結が出来、暴走キャリアも沈静させられるような誰かが、時波を連れてった」
「そないなむちゃくちゃな奴…いな」
白倉が言いかけ、言葉を切った。
「白倉?
思い当たるの?」
吾妻に尋ねられ、白倉は顔を引きつらせながら、
「化野くん…?」
と疑問符付きで言った。
ただの戯言であって欲しいという感じの言い方だ。
チーム対抗トーナメント予選で化野の恐ろしさを身を以て体感した吾妻が青ざめる。
「確かに、あいつならそのくらい…」
簡単に思える。
「それは逆におかしい」
しかし、岩永は否定する。
「あいつが出てくるくらいなら、とっくに俺のことNOAに連れてくわ」
「……せやかて」
他に思い当たる人物はいない。
村崎が不意に口を開く。
「白倉誠二は?」
村崎以外の全員が、言葉を失った。
吾妻と白倉はぽかんとして、村崎を見る。
「静流?
俺も凍結されとったっぽいんだぞ?」
「そうだよ。
白倉にそんな真似出来ない」
白倉と吾妻の反論にも、村崎は動じず、真顔でこう返した。
「ここにおる白倉はんにはな。
やけど、こいつらの世界の白倉はんならどうや?」
その言葉に、全員が息を飲んだが、表情は異なった。
吾妻と白倉は「まさか」と顔を見合わせたが、岩永達は顔を歪める。
「それはない」
「なんでや?
自分らがこの世界に来れとるんや。
ありえん話やない」
岩永の反論に、村崎は強気にそう返す。
「やから、ありえん」
「その理由は?」
間髪入れずそう尋ねると、岩永は視線を迷わせ、黙り込んだ。
「ありえんわけない」
村崎は決まりや、と言い切る。
「ほな、時波を傷付けることはないかもな」
「…だけど」
白倉は迷う。
岩永達がこうなら、向こうの世界の自分といえど、油断の出来ない人物ではないか?
「……いや、それはない」
吾妻が白倉の不安を拭うようにそう言う。
「さっき、そいつが言った。
向こうの白倉は、お前と同じで優しすぎてお人好しって。
時波を傷付けるはずはない」
「…あ」
確かにそう言っていた。
なら、もし本当にそうなら、安心、か?
「やから」
岩永が苛立ったように壁を叩いたが、勢いはない。
「……まあええわ。
あとで、その勘違いが取り返しのつかん事態を生んでも俺は知らん」
白倉の胸がまた揺れる。
岩永の言葉はいつもの惑わしに思えたが、声の響きが本音に聞こえて。
どうなんだ?
どういう意味なんだ?
わからない。
心が迷路になる。
時間凍結は既に解けている。
恐ろしいことに彼は、かなりの広範囲に時間凍結をかけていたらしい。
ホテルから充分離れたところで解除され、身体が雨に濡れ出す。
険しい顔で自分を見つめる時波を、岩永が振り返ったのは、ある高層ビルの屋上だった。
人気は二人以外ない。
「ほな、やるか」
岩永は笑って近づいてきた。
「一つ訊かせてくれ」
時波は唾を飲み込んで、意を決した。
「なん?」
「お前は」
ゆったりと、悠然と微笑んでいる岩永は、岩永なのに、違う誰かに見える。
だが、誰かわからない。
「お前は、…誰だ?」
不安のあまり声がかすれた。
岩永は瞳を瞠ったあと、にっこり笑う。
「当てに来うへん奴に教えたるほど、俺は善人やない」
その言葉に確信した。
目の前の男は、岩永じゃない。
岩永の指先が時波の額に当たる。
その指先から、その場を埋め尽くすほどの眩しい閃光があふれ出し、つかの間世界を満たす。
光が徐々に収まっていくと、屋上には岩永の姿しかなかった。
正確には時波の姿は地面に倒れている。
目は閉じられ、意識がない。
「ごめんな」
岩永はぽつり、と謝った。
「岩永!」
だが、岩永は素早く振り返り、顔の前で腕を構える。
クロスさせた腕に飛びかかってきた男の拳がぶつかって、岩永は数メートル背後に後退した。
時波を庇うようにそこに立ったのは、優衣だ。
「時波になにしおった…?」
信じられないと言いたげな優衣の、すがるような視線を見て、岩永は微笑む。
「俺に都合のイイこと」
おどけて答えると、優衣が表情を歪める。
「…お前、ほんまに岩永か…?」
「ああ、やっぱり?」
やっぱりそういう質問になるのか、と岩永は肩をすくめた。
そして、自分の口元に立てた指を当てて、無邪気に首を傾げた。
「やっぱり、別人?」
「……確信したわ。
お前、岩永やない」
優衣はきつく岩永を睨み、構えた。
「誰かが、乗っ取っとる。
誰や?
岩永になにさせとんねん!」
怒りをあらわにした優衣に、岩永はおかしそうだ。
「えー?
誰って。
…しかも微妙に違うし」
妖艶に微笑み、そう零した言葉は雨に消されそうだった。
「違うならなんやって?」
「…やーかーらー」
岩永はわざと語尾を伸ばし、立てた人差し指を左右に振る。
「当てに来うへん奴に教えたるほど善人やない」
そう言って、岩永はかまいたちを放つ。
驚くほどのスピードで発動させた風から、優衣は間一髪逃げた。
岩永に向かって、濡れた地面を蹴る。
一気に接近しようとした優衣の視界を、見慣れた黒がよぎった。
「!」
息を飲んで背後に飛ぶ。
自分の足下から出現し、襲いかかってきたのは、影。
自分が操る超能力。
生き物のように伸びてくる影から素早く飛び退いて避け、離れた位置に着地する。
顔を伝う雨を手で拭った。
「さすが。
慌てんし、動揺せぇへんな」
岩永は感心したように手を叩きながら言う。
「当たり前や」
岩永には、超能力を吸収する力がある。
自分の影の能力を使えても不思議はない。
優衣は再び地面を蹴り、接近を試みる。
岩永が操る影を巧みに躱し、懐まで飛び込んだ。
岩永が振り上げた拳から避け、彼の手を掴む。
岩永は微笑んで、優衣の足下から出現させた影でその身体を拘束した。
「やけど、その確信は命取り」
悠然と佇み、岩永は腕を組む。
影に縛り上げられ、宙に浮かんだ優衣を見上げて笑う。
苦悶に顔を歪めていた優衣が、不意に口の端をあげた。
「っ!」
優衣を拘束しているはずの影が動き、岩永の両手首を捕らえた。
優衣の拘束はあっさりと解け、彼はその場に着地する。
「なにが命取り、やて?」
優衣は不敵に笑った。
「お前の方がランクは上でも、影を本来の能力とする俺と、回数券しか使えへんお前じゃ、レベルが違うわ」
両手首を捕まえる影は強固で、ほどけない。
だが、岩永は慌てず、表情に揺らぎはない。
それを、不気味に感じた。
「…まあ、それは一理ある」
笑った唇がそう言った。
岩永の手が強引に影をふりほどき、霧散させた。
そのときに右手の皮膚が裂け、血がこぼれ落ちる。
瞬間、優衣の右手の同じ箇所も、血を吹いた。
「……え」
一瞬、理解できなかった。
神業的な速度で攻撃を放ったのか?
「…もう一回言うけど、その確信は命取りや」
右手から流れる血を舐めながら、岩永は言う。
「乗っ取ったとか、操ったとか、そういうんやないし」
余裕たっぷりに、妖しく微笑んで。
「『自分』が負った傷は“自分”に跳ね返る。
それがパラレルワールドの同じ存在同士のルール」
岩永は茫然とする優衣に平然と背中を向け、屋上の端に近づいた。
「やから、これは岩永嵐に跳ね返る」
端まで行くと、足を止め振り返った。
「やけど、御園優衣。
お前にも跳ね返る」
右手をひらひらさせ、降ってくる雨をものともせず、佇んでいる。
「この場合、“俺”は一体なんなのか」
優衣は、なにも言えなかった。
まさか、そんなはず。
信じられなくて。
「俺は岩永であり、お前でもある」
呼吸すら止まる。
「答えられるか?」
岩永の笑みは消えない。
「お前の正面は、誰や?」
雨は止まない。
雲は晴れない。
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