【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十一話 言ってはいけない

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 ラシード。
 知らない名前だ。ジュリアスから聞いたことはなかった。
 自分にうり二つの男? ジュリアスの好きな人?
 自分は身代わりにされていた?
 そんなはずない。ジュリアスを疑いたくない。
 ジュリアスが自分に注いでくれた言葉を、真心を。
 でもそれすら、身代わりにした結果だったなら。

「魔法院に行くのか?」
「あ、うん」
 考え事をしていたらよく眠れなかった。
「送って行こう」
「別に、いいのに」
「私がそうしたいんだ」
 朝食の席でそう言ったジュリアスの優しさを、昨日までなら嬉しく思ったはずなのに。
 朝食を終え、身支度を調えてから二人で馬車に乗る。
 馬車の中は気まずい沈黙が落ちていた。
「どうした…? なにかあったのか?」
 以前とは違う沈黙の気まずさに、違和感を覚えたようにジュリアスが尋ねてきた。
「いえ、なにも」
「嘘だな」
「なんで、嘘だと?」
「それくらいわかる。君のことなら」

(ラシードに似ているからじゃなく?)

 そう口を吐いてしまいそうになる。
「教えて欲しい」
「なんだ?」
「ジュリアスは、僕のどこが好きなんだい?
 なんでもいい。教えて欲しい」
 はっきりとは聞けなくて、そんな迂遠な尋ね方しか出来なかった。
「真っ直ぐな、まなざしが好きだ。笑顔が好きだ。
 傷ついて、自分を責めながらでも微笑む、その強さが好きだ。
 見た目に似合わない意志の強さも、なにもかも、愛しい。
 全部、好きだよ」
 ジュリアスの一途な言葉、逸らされない意思の強いまなざし、なにもかも、嘘ではないと信じたいのに。
 不意に馬車が停まる。魔法院に到着したのだ。
 馬車から降りて、ふとジュリアスを試したくなった。
 それほどには、彼に心を奪われていた。
「ねえ、さっきの言葉に嘘はない?」
「ああ、ないよ」
「それなら、ここでキスして」
 その言葉にジュリアスが息を呑む。
 ここは、魔法院の前だ。誰に見られるとも限らない。
「ここで、キスして欲しい。それとも出来ない?」
「…すまない」
 わかっている。本当にジュリアスが自分を好きでも、出来るはずがない。
 わかっていたのに、謝られた瞬間、胸が張り裂けそうなほど苦しかった。
「わかった。…我が儘を言ってごめん」
 ジュリアスの顔を見れず、視線を背ける。
「シタン」
 優しい声が頭上で降る。きっと心配そうにこちらを見ている。
 シタンの好きだった、温かなアイスブルーの瞳で。
「迎えに来る。一緒に帰ろう」
「…うん」
 かろうじて、それしか言えなかった。



 魔法院の塔で学ぶことは多い。
 自国とは違う魔法の体系、自国にはない魔法の資料。覚えることはたくさんあった。
「シタン様!」
 不意に魔法院の魔術師が資料を大量に積んだ部屋にこもっていたシタンを呼んだ。
「どうしたんですか?」
「騎士団の副団長が、ご挨拶にと」
 魔術師の言葉に廊下のほうに視線を向けると、見知らぬ体格の良い男性が佇んでいた。
「グラディアと申します。ギィネヴィア閣下より、魔法院にいる間の護衛を命じられました」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
 シタンも子どもではない。
 隣国のビショップとなる資格を有するシタンに利用価値を見る輩も多いのだと知っていた。だから護衛をつけられるのは当然のことだ。
 だが不意にまじまじと自分を見つめるグラディアの視線に居心地の悪さを感じた。
「あの、なにか?」
「いえ、本当に生き写しでいらっしゃる」
「な、なにが、ですか?」
「ラシード様にです」
「…ラシード様って、誰ですか」
 つい硬い声が漏れた。だが、ラシードのことを知る機会だとも思った。
「かつての騎士団の副団長で、ギィネヴィア閣下の右腕だった、親友だった方です」
「その、人は」
「十年前の戦争で亡くなりました。
 ですからその、口さがない者は噂するんですよ。
 ギィネヴィア閣下はラシード様に不純な感情を抱いていたと。
 だから結婚しないのだと。そんな話はよくある噂です。
 本気になさらないでください」
「…はい」
 グラディアは本当にジュリアスを心配して言ってくれたのだろう。
 邪推するまでもなく、ジュリアスを案じる色が瞳ににじんでいる。
 不意に目眩に襲われて、身体が傾ぐ。踏みとどまろうとしたが無理だ。
「ヴァイオラ様!?」
 その細い身体をグラディアが抱き留める。焦った声が頭上で響いた。
「どうされましたか!?」
「すみ、ません。少し、気分が」
 しまった。魔法酔いだ。
 滅多にこんなことにならないのに。
 魔法の濃度が濃いこの魔法院の塔で魔法を使っていたから、酔ってしまった。
「シタン!?」
「ああ、ギィネヴィア閣下。
 急に倒れられて」
 不意に響いたのは、ジュリアスの声。きっとシタンを迎えに来たのだ。
 返事をしたいけれど、気分が悪くてなにも口に出せない。
「貸せ」
 驚くほど低い声が聞こえた。
 まるで奪うようにシタンを抱き留めたグラディアの腕からその身体を抱き上げて、低く脅すように言う。

「触るな」

 その声に、グラディアが狼狽えたのが気配でわかった。
「ギィネヴィア閣下…?
 あの、お言葉ですが、本当に噂とは違うのですよね?
 ラシード様と、重ねられているわけでは」
 動揺したようなグラディアの声に答えたのは、ジュリアスの泣きそうな声音。

「わからない」

 それだけ告げて、ジュリアスはシタンを抱きかかえたまま、歩き出した。



 ギィネヴィア邸に帰ってくると、ジュリアスはシタンの身体を彼の部屋のベッドに寝かせる。瞼を閉じた顔を見下ろして、頭を抱えた。
「わからないんだ?」
 不意に聞こえた声に、ハッとして顔を上げる。
 起き上がったシタンを見て、慌てて手を伸ばしてくる。
「起きたのか?
 魔法酔いだと聞いた。体調は」
 その手を払う。ひどく投げやりな気分だった。
「どんな気分?」
「え」
「僕を、大好きな親友の身代わりにした気分は、どんな気分?」
「…シタン」
 ひどくショックを受けたその顔を、気味が良いと思ってしまった。

「そんなに好きで好きで仕方なかったなら、一緒に死んでしまえばよかったのに。
 僕はあなたの都合の良いオモチャじゃない…!」

 ひどい言葉を吐いて、すぐハッと我に返る。
「あ、僕」
 手が震えた。青ざめたジュリアスの視線が怖い。
「ごめんなさい…」
 それしか言えなかった。ジュリアスの顔すら見れなかった。

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