【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十二話 押し殺せない想い

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 その翌日、ジュリアスに呼び出され、ギィネヴィア邸を訪れたネヴィルに書斎のソファに腰掛け、ジュリアスは思い詰めた顔で告げた。
「シタンが知ってしまった。…身代わりにしていたこと」
「そうか…」
 ネヴィルの反応は静かだ。まるでわかっていたように。
「どうすればいい。失いたくないんだ。
 シタンだけは、失いたくないんだ」
「でも、紛れもなく事実だろう。
 ラシードに似ていたから、後見を望んだのも。
 目を背けても、お前の罪はなかったことにならないんだよ」
 はっきりと告げたネヴィルに、ジュリアスは息を呑んで、そのあと自嘲に唇を歪めた。
「厳しいな」
「優しくして欲しい?」
「いや、そのくらいがちょうど良い。
 もっともっと、私を責めて欲しいんだ」
 顔を覆って、ジュリアスは呻くようにそう告げた。



 自室のベッドに寝転がった、シタンの長い髪がシーツに散らばっている。
 なにもしたくない。
 出会ってそんなに経っていないのに、こんなに心を奪われていた。
 馬鹿みたいだ。ジュリアスは自分を見ていなかったのに。
「シタン」
 不意にコン、と扉がノックされて視線を億劫そうに向ける。
 今の声はネヴィルだ。
「開いてます」
 そう答えてベッドの上に起き上がると、ネヴィルが「失礼するよ」と断って入ってきた。
「ごめんね。あの馬鹿が」
「ネヴィルさんは、事情を知っていたんですね」
「うん、だから釘を刺してはいたんだ。身代わりにはするなって。
 でも、あいつは歯止めがかからなかったみたいだ」
 自分の責任のように謝るネヴィルの言葉すら煩わしい。
 今は、ひどく自暴自棄で攻撃的な気分だ。
「どんな気分なんでしょう」
 不意に、くっと歪な笑みを浮かべて漏らした。
「愛して、失った相手とうり二つの人間が現れるというのは」
「わからないな」
 ネヴィルの返答はある意味予想通りだった。
「ネヴィルさんもラシードさんの親友だったんですよね?」
「そうだけど、俺はラシードのこと恋愛で見てないし」
 ネヴィルはそう答えて、ため息を吐いた。
「というかね、ぶっちゃけて言えばラシードが生きていてもジュリアスの恋は叶っていないよ。ラシードはジュリアスに対して、そんな感情はなかったから。
 本当だよ」
「でも」
「だからね、ラシードが生きていてもジュリアスは、君を特別に想ったかもしれないってこと」
 なんて馬鹿みたいな気休めだ。それがなんだって言うんだ。
 現にラシードは亡くなっていて、死者に勝てっこないのに。
「でもそれは、ラシードさんの身代わりとなにが違うんですか?」
 尖った声で問いかけたシタンに、ネヴィルは息を呑んで、それから申し訳なさそうに、「そうだね…」
 としか言わなかった。



 夜になってもジュリアスに会う気にはならず、部屋にこもっていた。
 部屋にいても思考は堂々巡りで、気晴らしにバルコニーに出る。
 風が冷たくて、薄着で出たことを後悔した。
「寒…」
 また強い風が吹く。身を震わせた時だ。
「大丈夫か?」
 不意に、たくましい腕に背後から抱きしめられた。
 その馴染んだ香りに、感触に呼吸が止まる。痛いほどに胸が締め付けられた。
「や、やめてください…!」
 思わず突き飛ばすと、あまり力がこもっていなかったのか腕はすぐほどけた。
 ショックを受けたその顔に、泣きたくなる。
 まるで自分が悪者だ。
「やめて…。僕のことなんか、見ていないくせに」
「それは…」
「全部、嘘だったのか…?
 僕の全てを知りたいと言ったことも、僕の笑顔が好きだと言ったことも。
 僕の罪を全て許すと言ったことも、全部…?」
 震える声で問いかける。まるで詰っているようだ。
「それは、………私は」
「嘘なら、もう僕に近寄らないで。
 もう、ジュリアスの顔も見たくないんだ」
 自暴自棄になったまま告げて、気づいて壊れたような笑いが漏れた。
「ふ、はは」
「シタン?」
「…あんなに呼べなかったあなたの名前なのに、こんなに大嫌いになったら、呼べるんだ」
「…あ」
 あんなに呼びたくて、呼べなかったあなたの名前。
 今なら呼べるなんて、なんて皮肉だ。
「変なの。変なの……」
 笑っているのに、泣いているようで、堪えられなくなったようにジュリアスがもう一度、正面から抱きしめてきた。
 そのまま頬を包んでキスをする。
 我に返ったシタンが抵抗する前に、抱き上げると室内に運び、ベッドの上に降ろして覆い被さった。
「や、いや、やだ」
 ジュリアスがなにをする気かを悟って、シタンが抵抗するがあまりに弱々しい。
「シタン、シタン…」
 譫言のように名を呼んで、ジュリアスはシタンの頬に、それから首筋に口づける。
 ボタンを外して、胸元にも唇を落とした。
 胸を押してもびくともしない。
「やだ、やだやだ、ジュリアスの馬鹿。
 馬鹿、馬鹿、だいきらい。
 ジュリアスなんか、」
 その先はもう聞きたくないとばかりに、幼子のように詰る唇をキスで塞ぐ。
 涙があふれた。
「大嫌いだ…」
「私だって…!」
 悲痛な声が頭上で響いた。暗がりで、陰になったジュリアスの表情が見えない。
「君の笑顔が見たかった。見たかったはずなのに。
 今は、君の笑顔を見なければよかったと思っている」
「…卑怯だ」
 手をシーツに縫い止めると、覆い被さってジュリアスはシタンを責めた。
「僕の心を慰めた声で、そんなことを言うの…」
「ひどいのは君だ」
 甘く、切なく詰る声が落ちてくる。
 不思議だ。悲しんでいるのは自分のはずなのに、ジュリアスのほうが泣いているように思えた。
 ひどく、終わらない雨の中で、嘆き悲しんでいるように見えたのだ。
 そんな姿を見せられて、どうやって拒んだらいい。
 なにもわからなくなる。苦しいのに、愛しい。愛しくて、憎らしい。
 恋が、こんなに苦しいものだと知らなかった。
 ジュリアスが全て教えた。全てを、芽吹かせた。
 この胸に咲いたのは、罪の証の赤い薔薇。叶わない、恋の花。
 ああ、なんて残酷な運命だろう。

「泣き顔ですら私の心を射貫いたのに、笑顔を見てしまったらもう想いを押し殺せない」

 そう告げたジュリアスがシタンの手首を縫い止める。
 逃げられない。逃がさない。そんな強い愛執が、シタンを捕らえていた。
 緋色の瞳が潤んで、雫が落ちた。
 その瞳の中に、ジュリアスのアイスブルーの瞳だけが映っていた。
 そっとジュリアスが顔を寄せる。
 重なった唇は、ひどく冷たい、罪の味がした。
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