【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)

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第十四話 あなたなしで

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 散々ジュリアスに抱かれて、気づいたら朝だった。
 数時間は眠れたのだろうか。泣きはらしたまぶたが腫れている。
 起きたら目の前にいたジュリアスの、その寝顔にかすかに笑いを零した。
 歪な笑みになった。
「よく目覚めなかったな…」
 そう呟く。
 真っ直ぐな、まなざしが好き。優しい心が好き。大きな体躯も、その黒髪も、アイスブルーの瞳ににじむ温かな色も、全部。
「…大嫌い」
 そう呟いて、ジュリアスの寝顔をまた見つめて、そっとその額にキスを落とす。

「…こんなに好きになるんじゃなかった」

 そう口にした矢先、手を掴まれる。
「シタン」
 いつから起きていたのだろう。まぶたを開けたジュリアスが縋るように自分を見つめた。
「ま、待って」
「すまない。シタン」
「いやだ」
 なにも聞きたくないと、シーツにくるまった身体を丸める。
「なにを言ったらいいかわからない。それでも、私は、君を」
「いやだ。聞きたくない。
 あなたの言葉なんて、聞きたくない」
「すまない。それでも、」
 気づいたら泣きじゃくっていた。そんな自分を優しく抱きしめて、ジュリアスは言うのだ。

「君が好きだ」



 ジュリアスの顔を見れない。
 会うのが怖い。
 なのに身体はあの夜を忘れられない。
 夜、ベッドの上に横たわっているとあの夜、自分を抱いたジュリアスの姿が鮮明に浮かんできて、飛び起きた。
 駄目だ、こんな。
 そう思ってバルコニーに出ると、飛行魔術を使って庭に下りた。
 ここに来た日と変わらない、美しい花々にも心が動かない。
 どのくらい立ち尽くしていただろう。
 不意に名を呼ばれて我に返る。
「シタン」
 気づいたら少し離れた場所にジュリアスが佇んでいた。
 きっと部屋の窓から、庭にいるシタンを見つけたのだろう。
 それできっと急いで来た。馬鹿みたい。
 そんな些細なことで、愛されていると思いたがる。
 愛されているのは、自分じゃないのに。
 腕が伸びてきて、そのまま抱きすくめられる。
「逃げないでくれ」
「無理を言わないで。
 あなたは僕を抱いたんだ。
 ラシードの代わりにして」
「違う、私は」
「違うって言えるの?」
「………違う」
 ひどく苦しくて、息も出来ない。なのにジュリアスは下手な否定を繰り返す。
「私は、本当に、君が」
「嘘つき」
 ああ、少し前までジュリアスに抱きしめられるとひどく幸せだったのに。
 自分の罪も許された気がして、ただ嬉しかったのに。
 これがあの罪の罰なのだろうか。それならただ受け入れるしかないのだろうか。
「信じない。あなたの言葉なんて。
 信じたくない」
「それでも、私は本当に、君のことが」
 きつく抱きしめられた。その腕の中で、窒息して死んでしまいそうな心地だった。



 その翌日、魔法院に向かう馬車の中でも考えるのはジュリアスのことばかりだ。
 昨夜も結局眠れなかった。
 不意に馬車の御者が声を上げる。
 瞬間、大きな振動と轟音が響く。
 考え事をしていた。だからすぐに反応出来なかった。



「シタンが攫われた!?」
「閃光と振動の魔法を使って昏倒させたようで。
 目印の魔法はかけました。どうやらガルシア領に運ばれたようです」
 ギィネヴィア邸、報告に訪れたグラディアにジュリアスは青ざめる。
「ガルシア領…」
「あそこの領主、若い綺麗な人間が好きなゲスだったね」
 居合わせたネヴィルが、顎に手を当てて呟いた。
「早く助けに」
「待って」
「なぜ止める!?」
 我を忘れたような状態のジュリアスに、ネヴィルは冷ややかな声を投げかける。
「君もシタンにとって、そいつと同じだってわかっている?」
 その言葉にジュリアスが息を呑んだ。
「彼の心を無残にかきむしった。その罪過をわかっている?」
「…ああ」
 幾分冷静に戻ったジュリアスが、悔恨を顔に浮かべて声を絞り出した。
「じゃあ、まだ身代わりだとしても求めるの?」
「わからない」
 返ってきた声は、やけに鮮明だった。
「身代わりなのかも、もうわからない。
 それでも、シタンがいなければ駄目なんだ」
 そのまなざしも、声も、強い意思が宿っていた。
 ジュリアスもこの数日間悩んで、彼なりの答えを出したのだろう。

(身代わりなのかわからなくても、ただシタンを愛している)

 その答えを。
「わかった。俺も行くよ」
「頼む」
 ネヴィルの言葉に、ジュリアスはわずかに安堵して答えた。



 身体が動かない。感覚を遮断する首輪を嵌められたせいだ。
 見知らぬ屋敷の見知らぬ部屋。大きなベッドの上に寝かされ、服を脱がされる。
 肌に触れる手が気持ち悪い。
 ジュリアスじゃない。嫌だ。嫌だ。

(助けて。ジュリアス)

 そう心の中で叫んで、自嘲したくなる。
 そのジュリアスを、突き放したのはお前じゃないか。
 わかっている。それでも、今になって思い知る。
 こんなにも、いつの間にか。

(ジュリアスを、愛していた)

 ほかの誰でも駄目なほどに。
 見知らぬ男がシタンの胸元に顔を寄せた瞬間だ。
 不意にその場に吹き荒れたのは強力な風魔法。
 風によってベッドの上から吹き飛ばされ、床に転がった男が悲鳴を上げた。
 風が去ると、その場に二人の男が佇んでいる。
 ジュリアスとネヴィルだ。
「生憎と、俺も陛下に仕えるくらいの魔術師でね」
 不敵に笑んだネヴィルがガルシア領の領主を見据えて言う。
「ビショップ様を助けに来たよ」
「貴様、よくもシタンに手を出したな」
 剣を構え、ジュリアスが低く怒りを押し殺した声を吐き出す。
「よく言う。貴様こそラシードの身代わりに…!」
「ああ、そうだ。わかっているさ。
 それでも、私は大事にしたかったんだ!」
 どうにか身を起こしたガルシア領の領主をジュリアスが殴り飛ばす。
 領主は壁に衝突し、そのまま意識を失った。
 ジュリアスは素早くベッドの上に上がり、シタンの頬を軽く叩く。
「シタン、シタン!」
「この首輪が原因だね。魔法具だ」
「これか」
 ネヴィルの言葉に、ジュリアスは剣を構えるとシタンの首の横に正確に刺した。
 首輪が破壊された瞬間、感覚が戻ってシタンは大きく咳き込む。
 その身体に自分の上着を掛けて、ジュリアスは背中をさすった。
「大丈夫か? 苦しいか?」
「ジュリアス」
 自分を心配する声とその温かな手の感触に、泣き出したくなる。
「…ジュリアス。僕、は」
「無事でよかった」
 きつく自分の身体を抱きしめたジュリアスの腕の中に、もう帰れないと思っていた。
 涙が瞳ににじむ。
「当然の、罰だと思った。
 あなたに、死んでしまえばよかったと言った罰だと。
 でも、あなたに会えないまま死ぬのはいやだ。
 あなた以外に、触れられるのはいやだ」
 震える声を発したら、涙があふれた。ジュリアスの大きな手が優しく背中を撫でる。
「どうしたらいい。こんなにあなたが好きなのに」
「いくらでも私を責め立てればいい。。
 君はなにも悪くない。
 嵐のように、私を責め立てればいい。
 それでも、これが、身代わりかもしれなくても」

『好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ』

 ああ、本当だ。

「愛しているんだ。シタン」
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