【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

第十五話 あなたなしでは

　ガルシア領の領主の罰は重かった。
　当然だ。隣国のビショップ候補を攫って害そうとしたのだ。
　国際問題に発展するところである。
　厳罰が科されるだろう、と聞いてジュリアスはひとまず胸をなで下ろした。
「傷跡が残ってしまったな」
　ギィネヴィア邸のシタンの部屋。
　念のため安静を言いつけられたシタンは、ベッドの上に座っている。
「すぐ治るよ」
　ジュリアスは痛ましそうにシタンの首筋に薄く残った傷跡をなぞる。
　首輪を壊した時に出来たものだ。
「身体に違和感はないか？」
「うん、大丈夫」
「よかった。
　…生きた心地がしなかった。また、大切な人を失うのかと」
　そう自然に口にしてから、ジュリアスはハッとする。
「すまない…」
「いいよ。ジュリアスはどうしたって、ラシードさんを好きなんだろうから」
　以前よりずいぶん穏やかな表情で、シタンは優しくそれを許した。
「でも、僕はラシードさんじゃないよ。
　ジュリアスが好きな、一人の男だ。
　子どもでもない」
「わかっている」
　頷いて抱きしめると、ジュリアスはかすかに笑った。
「わかっているんだ。おかしいな。
　こんなに愛しいのに。
　それが君へのものかわからないなんて」
「それを口にしてしまうから、ジュリアスはひどいんだよ」
　シタンはジュリアスの腕の中で、安心したように瞼を閉じてそう詰る。
「ジュリアスの馬鹿」
　その声も柔らかい。自分の胸の中にある感情と向かい合ったように。
「ジュリアスの馬鹿。
　…大好きだよ」
　そう、ジュリアスを柔らかく責め立てるのだ。



　シタンの身を皇帝が案じている。なにしろ国際問題にはしたくない。
　そのため皇帝の命令でギィネヴィア邸を訪れたネヴィルは、シタンの身体の状態を確認した後にジュリアスの書斎で彼の話を聞いていた。
「どうにかしたいんだ。
　私はこれ以上、シタンを傷つけたくない」
　そう、ネヴィルと二人きりの書斎で、ソファに深く座ってジュリアスは零す。
「この感情が、シタンへのものなのか、ラシードへの感情の残り香なのかわからなくなる。
　もう、シタンを泣かせたくない」
「…そうか。ねえ、シタンのどこが好き？」
　ネヴィルは不意に優しく問いかけた。
　その言葉にジュリアスは一度黙って、それから口を開いた。
「…気の強いところ。敵には容赦がない、怜悧な殺意を向けるところ。抱え込んだ、罪過に苦しんでいるところ。

　──…一途に、私を見つめたところ」

　口にして、ジュリアスは気づいたのだろう。
「全部、ラシードにはなかったところだよね」
　そうネヴィルが答え合わせをする。
「ねえ、気づいている？
　お前は、シタンのラシードに似ていないところを見つめていたよ。
　お前のラシードへの想いが尾を引いているのは、決着をつけられなかったからじゃないか？
　好きと告げることが、叶わなかったからじゃないか？
　それが叶えば、お前の想いは過去のものになるんじゃないか？」
「だが、そんなこと不可能だ」
　確かにそれが叶えば、過去のものに出来るかもしれない。
　だがそんなことは不可能なのだ。
「魔法院で研究している魔法があると聞いた」
　そんなジュリアスに、ネヴィルは静かに告げる。
「時間を遡行する魔法。過去に戻る魔法だ。
　膨大な魔力が必要で、かつ天才でもなければ扱えない術式らしい」
「そんな魔法、使える人間がどこに…」
　言いかけて、ジュリアスはハッとする。
「それは、シタンのビショップ承認に良い試験になるかもしれない」
　そうだ。そんな魔法を使える人間は、おそらく今、この世界にシタンだけ。
「だが、未来は変えられない。
　変えれば、世界は枝分かれして別の世界が生まれるだけ。
　だからラシードの命は救えない。
　どうする？」
　ネヴィルの言葉に、迷う隙などもうなかった。



　ネヴィルを見送って門の外まで行ったジュリアスが庭に戻って来ると、庭に佇んでいるシタンが見えた。
「シタン」
「ジュリアス」
　名を呼べばこちらに向けられる、柔らかな微笑。
　自分は己の愚かさ故に、この笑顔を永遠に失うところだったのだ。
「大丈夫だよ。もう、馬鹿なことは考えない。
　ジュリアスに、一番に愛されないのは寂しいけれど」
「シタン、頼みがある」
　だからこそ、もう迷わない。迷う暇などないのだ。
「時間遡行の魔法を使ってくれないか」
　シタンの前に立って、意を決してそう告げた。
「…え？」
「時間遡行の魔法を使って、私をラシードの生きている時空に送って欲しい。
　ちゃんと、私が君を愛するために」
　十年想ってきたんだ。もう、終わりにしていいだろう？

「この恋を、眠りに就かせたいんだ」

　恋心よ、もう眠りに就いてくれ。
　新しい恋を、始めるために。