[短編集]ゆめゆめうつつゆめうつつ

等々力千歌

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偉いひと

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会社の命運を握るプロジェクトに、ベテラン社員のY氏がリーダーに任命された。今後の企業としての方針を左右しかねない案件だった為、開発部門、営業部門、製造部門から入念に意見を聴き取り、プロジェクト案をAプラン、Bプラン、Cプランの3種類まで絞り込む事が出来た。しかし、それぞれの重視している要素が余りにも違うため、Y氏は判断を下す事を躊躇していた。

「あぁ、困った。大して偉くもない自分がこんな重大な事を決断しなくてはいけないなんて…」

Y氏はベテラン社員ではあったものの、自ら判断し、周りの人間に指示を出す経験は乏しかった。彼は上役に取り繕う事が唯一の取り柄であり、いつも上司や役員の指示に従って行動してきたのであった。今回のプロジェクトリーダーとしてY氏に白羽の矢が立ったのも、以前のプロジェクトで上司の指示に忠実に従った事を大袈裟に評価されただけの事であった。

「どれが1番いいプランか僕には選べない。あぁ、困ったなぁ。こうなったらいっそのこと天に身を任せるか。ど・れ・に・し・よ・う・か・な・神・様・の・言・う・と・お・り…」

Y氏がそう言いいながら、3つのプロジェクト案の書類に指を順番に指していくと、痺れを切らしたN社長が部屋に入って来た。

「Y君。例のプロジェクトのプランは決まったかね!今日中には答えを出さないと手配がもう間に合わないじゃないか!」

「それがN社長。まだ決められていないのです。私の様な大して偉くもない人間にはこの判断は難しすぎて、決断がくだせないのです。」

「えぇい、情けない。それならワシが決めてやろう。このAプランにしよう。予算を割かずに済むし先代社長の方針に最も近いではないか。」

「それは名案です!私もそう思っていたところなのです。Aプランで進めましょう!」

それを聞くとN社長は満足そうに部屋を出て行った。

N社長が代わりに判断を下してくれた事にY氏が喜んでいると、オフィスの電話がなり始めた。Y氏が電話に出ると、プロジェクトを依頼してきたG社長からの連絡であった。

「これはこれはG社長!ちょうど以前提案していた3つのプランから1つに絞り込む事ができました。Aプランで進めさせて頂こうと思います。費用を抑え、創立当時からの弊社の方針に1番マッチしたプランになります。」

意気揚々とY氏が伝えると、電話の向こうのG社長は怒鳴り声を上げた。

「それは絶対にならん!先程、X国の大使からAプラン以外で進めて欲しいと連絡があったばかりなのだ!このプロジェクトは我が国とX国の友好関係にも大きく影響する。何があろうとAプラン以外で進めるのだ!Bプランではどうなのかね?」

G社長がそう言い終わるか否かのところでY氏は大袈裟に相槌を打った。

「そうなのです!まさに今!その事を懸念してところなのです。X国の大使は重役中の重役。Aプランでは最も偉いX国の大使との友好関係にヒビが入る可能性がございます。ここは最もX国の国益になるであろうBプランにしましょう!」

それを聞くとG社長は満足そうに電話を切った。

G社長が代わりに判断を下してくれた事にY氏が喜んでいると、大きな地震が起きた。立っていられないほどの大きな揺れが収まると、Y氏は見た事もない様な景色の中にいた。強いて言うのであれば、昔、母が寝る前に読んでくれた絵本の中に出てきた地獄の様な場所であった。Y氏は高い崖の上におり、そこからは骸骨や鬼が辺りを彷徨っているのが一望出来た。気になる事があるとすれば数が多すぎる事で、都心部のスクランブル交差点の様に所狭しと蠢いているのであった。

「貴様がBプランを選ぼうとしている愚か者か。」

頭の上の方から呼びかけにY氏は思わず空を見上げた。そこには、これまた絵本の中に出てくる様なそれはそれは恐ろしい悪魔がいた。

「貴様はYで間違いないな?なんだその顔は。Bプランを選んだのは貴様かと我輩が聞いておるのだ。答えぬのであれば魑魅魍魎の餌にしてやるぞ。」

「は、はい!私がYでございます!Bプランは最もX国との友好関係を築きやすく、国益となる素晴らしい案でございます!何か悪魔様のお気に召さない事がございましたでしょうか?」

Y氏が叫ぶのと変わらない声量で答えると、その悪魔は背筋が凍りつくような目で睨みつけた。

「余りにも愚かな選択をした人間を笑う為にここまで呼び寄せたのだ。あのような人間同士の友好関係を信用するとは愚の骨頂。あのX国の大使とやらは、そのプロジェクトで手に入れた資本を元に兵器を買い、お前の国と戦争をする気だ。」

悪魔は腹の底が震える様な声でクックックと笑った。そして、暫くすると納得していない様な声色で言葉を続けた。

「…人間がどこで戦争し、殺し合おうが我輩には本来関係のない事だが、地獄は今定員オーバーなのだ。向こう30年は大きな殺し合いを起こされると、地獄の領土が狭くなってかなわん。あの3つの中から選ぶのであればCプランとやらにしろ。あれは1番退屈で平穏な案だ。貴様の様な矮小な人間にはお似合いのプランだな。」

悪魔がそう伝えるとY氏は跪いて答えた。

「偉大なる悪魔様の仰せのままに致します。X国とのうわべだけの友好関係など不要でございます。地獄の平穏の為にもCプランにてこのプロジェクトは進めさせて頂きたく存じます。」

それを聞くと悪魔は満足そうに指を鳴らした。すると景色が一瞬で元のオフィスに戻り、悪魔の姿形も無くなっているのであった。

Y氏が自分で重大な決断をせずに済んだ事を喜んでいると、頭の中に声が聞こえ始めた。それは女性の様でもあり、男性の様な声でもあり、今まで聞いたどの音色よりも美しく、そして力強い響きを感じさせた。

「Yよ。聞こえますか。私は天使です。悪魔の言葉に耳を傾けてはなりません。最も偉いのは地の底で傍若無人の限りを尽くす悪魔ではなく、慈愛の心を持った主、つまり神なのです。」

Y氏は無意識のうちに頷いていた。あまりにも澄んだ言葉に身体が先に反応してしまっていた。教会の礼拝の様に両手を合わせながら眼を瞑り、懇願する様にY氏は天使に尋ねた。

「では天使様!私はどのプランを選ぶべきなのでしょうか!迷える子羊に教えてください!」

暫くの静寂のあと、囁く様に天使が答えた。

「私からは他に伝える事はありません。神の声に耳を傾け、そのお導きに従うのです。」

そう天使が告げると、声は聞こえなくなった。

1人オフィスに残されたY氏は改めて3つのプランの書類の前に立った。そして、意を決した様に力強く1つの書類に指を指してから呟くのであった。






















「…ど・れ・に・し・よ・う・か・な・神・様・の・言・う・と・お・り」

おしまい。
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