[短編集]ゆめゆめうつつゆめうつつ

等々力千歌

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夫の告白

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「君に話しておきたい秘密があるんだ。」



既に冷めきっている食事を前にして、
彼は思い詰めた様に私の目を見て言った。
既に晩御飯が出来てから1時間近くが経過していた。
手をかけた料理は、一口も手をつけてもらえなかった。

「ずっと言えなかった事なんだ。
 こんな事を急に言われても戸惑うだけだと思うけど
 どうしても君には伝えたい秘密なんだ。」

彼の声色は真剣味を帯びていて
無視をするには余りにも迫力があった。

今日は2月13日。あなたに告白された日。
あなたはあの日と変わらない優しい目をしていた。
大事な事を言う前に困った様な顔をするのは
5年前から全く変わっていない。

私は自分の皿へ目を伏せると一瞬だけ彼の目を見て、
「言いたいことがあるなら続きをどうぞ」
と目配せをした。これも5年前と変わっていない。

彼はゴクリ…と喉を鳴らしてから呟く様に言った。




「僕が巷を騒がしている殺人鬼なんだ。」



心臓がドクン、と大きく跳ねた。



ダメだ。私は固くなった鶏肉を見つめていた。
彼の目を見ることが出来ない。沈黙が痛い。
もう聞きたくない。換気扇の音が殊更に大きく聞こえた。


「僕が、男女6人を殺したシリアルキラーなんだよ。」

彼が私の反応を待たずして繰り返した。
何かを急かされている様な気持ちになり彼を見る。
彼は怒られた子供の様に、上目遣いのまま私の反応を待っていた。
下唇を噛み、肩をすぼめるのは彼の良く取る仕草だ。

キィーーーーーーーン…と耳鳴りがした。
彼との付き合いは既に5年になる。
その仕草、伝え方、間の取り方、どれを取っても
本気で何かを私に伝えようとしている時のそれだった。





「殺した人間が枕元に立つ様になったんだ。」

私を見ないで。

「僕の事を殺そうとしてくる。
 だけど、生きた人間にはさわれないらしい。」

もうそんな話はしないで。

「だから繰り返し、繰り返し、話しかけてくる。
 内容は彼らが死ぬ直前に僕に話していた事だ。」

聞きたくない。

「もう彼らは一方的に話しかけてくるだけなんだ。
 死んだ瞬間に、思考が止まるみたいなんだ。」

もういい。やめて。

「今では彼らは何処にでも出てくる。
 ほら、そこにも1人立っているだろう。」

彼の指した先には壁があるだけだ。

「信じてくれ…本当にそこにいるんだ…」

私は彼の言葉を聞き終える前に席を立っていた。
食欲なんて最初から無い。
食べかけの料理を持って台所へ移動した。
彼は立ち尽くしたまま、私が洗い物をするのを見ていた。

晩御飯の準備はずっと前に終わっていたからか、
いくら擦っても汚れが落ちない。
フライパンには今日のメインディッシュのソースが
カピカピの状態で残っており、
包丁は時間が立ったせいか汚れがこびり付いていた。

蛇口からは温水が流れ続けていた。
込み上げてくる嗚咽は、水飛沫の音が掻き消してくれた。
 
「赦して欲しい。」
「もうこんな事は繰り返さない。」
「君が望むなら罪を償っても良い。」
「警察に通報されても構わない。」
「だから君ともう一度、話し合いたい。」

彼は叩きつける様に私に言った。
呼吸がしにくい。私は泣いているのだろうか。
ひどい。こんな伝え方されたら他に選択肢がないじゃない。

「…通報ならとっくにしたわ。ごめんなさい。」
私は答えた。彼の気持ちに応えた。
殺人の罪を抱えて生きていく自信はなかった。

「君の選択なら仕方ない。」
彼は困った様な顔で私に微笑んだ。5年前と同じ。
外にはパトカーの赤色灯が見えている。
玄関のドアノブに手をかけた時、背後から声をかけられた。





「本当にすまない。愛してる。2人で一緒に逝こう。」
振り向くと彼の手にはナイフが握られていた。
あっ、と声が出る前に、
滑る様に彼のナイフは私のお腹に差し込まれていった。





「私も愛してるわ。」





玄関の扉を開けた。
数名の警察が目を見開いて驚いている。

当然だ。エプロンは血濡れで真っ赤に染まっている。
私は両手を挙げて警察へ投降する意思を示した。

3人の警察が私を囲み、残り2人が私の隣を駆け抜けていく。
リビングには彼がいるはずだ。
血溜まりの中で微笑んでいる。
横たわった身体には無数の刺し傷があった。

中に入って行った警官は
無線に向かって大声で何か指示を出している様子だ。
凶器は包丁。それならシンクに転がってるわ。
一応、洗ってみたけど血はこびり付いていて落ちなかった。





ちょうど1時間前、食事が始まる前に彼の告白は始まった。
自責の念に耐えかねた彼は、身勝手に独白を始めた。
彼は赦され無い事をした。私しか止める事ができなかった。

だから被害に遭った6人分、彼を包丁で滅多刺しにした。
正直に全てを話したいと言いながら、
殺した相手がすぐそこに居ると言い張る彼は化け物に見えた。



だけど今になって彼は正直だった事を知った。

パトカーに乗せられた私を、外から覗き込む姿があった。
5年前と同じで困った顔をしている。
思い詰めた様な表情を浮かべ、彼は私に言った。





「君に話しておきたい秘密があるんだ。」



おしまい
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感想 3

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みんなの感想(3件)

窓野枠
2021.08.30 窓野枠

これは面白かったです。文中のあのへんてこな記号?
どんなすごい意味が待ち受けているのか、と読み進み、
なんと、そのまんまの意味だったという落ちが
受けました。
こういう展開、好きですねぇー

解除
しかまさ
2021.08.29 しかまさ

どの作品もおもしろかったです。
ひねりが利いていて、ちょっとブラックで。
星新一を意識しているのかなって思ったら、タグにちゃんとありましたね。
もっかい最初から読んでみよっと^^b

解除
窓野枠
2021.08.21 窓野枠

面白かったです。いろいろなお仕事の代行がありますから、代行会社に勤務する社員のエピソードでシリーズ化できそうですね。他の作品も楽しみにしています。

解除

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