[短編集]ゆめゆめうつつゆめうつつ

等々力千歌

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走馬灯

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僕は走馬燈のまっただ中にいる。

目の前に迫る電車を前にそんな事を冷静に考えていた。

走馬燈には慣れている。

電車は目先からおよそ2メートルの距離。
僕は何故か故郷の、たった1度だけ
通ったことのある山道を思い出していた。





初めて走馬燈を体験したのは小学5年生の夏。

ガキ大将のけんちゃんが夏休みの最後の日、海を見たい、って言い出したのが始まりだった。

子どもだけでちょっとした自転車の旅。親に行き先も告げずに飛び出したのを覚えている。

僕の住んでいた町から海までは山を1つ越えなくてはいけない。けんちゃんが乗っていたのは誕生日に親から買ってもらったマウンテンバイク。ギアを変速しながら山道を立ち漕ぎで軽快に登っていく。

僕は兄さんのお古の自転車で、全力で漕いでも、進むのはほんの少し。でも、それは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

やっとのことで僕が山頂に着く頃には、けんちゃんは下り坂を滑る様に降りていくところだった。後ろ姿が野球ボールくらいに小さくなってて、けんちゃんが僕の方を振り返りながら手を振っているのが見えた。

下り坂ならマウンテンバイクも関係ない。

僕は重力に押されるのを感じながら、全力でペダルを漕いでけんちゃんを追った。ぼろぼろの自転車でもビックリするくらいのスピードが出た。ぐんぐん景色が棒になって後ろに伸びていく。間違いなく世界で1番速いのが僕だった。

余裕を持ってゆっくり走ってたけんちゃんにあっというまに追いついて、追い越した。けんちゃんの悔しそうな声が聞こえた。

僕はスピードを落として待ってあげる事にした。だけど、古くなった自転車はキーキー鳴るばかりでちっとも減速しなかった。全力でブレーキを握り締めるとバチン!という大きな音がして、握った感触が、フッと軽くなった。

壊れたブレーキの自転車はますますスピードを上げて坂を下っていく。転ばない事だけを考えてハンドルを更に強く握り締めると、



目の前に





トラックがいた。






その時、世界がスローモーションになった。








まわりの景色がゆっっっっっっっくりと描写され、今まで感じなかった色や音や光にも僕の五感のアンテナが反応する様になった。トラックの運転手の表情からは、想定外の方向から飛び出してきた子どもに対しての、怒り、驚嘆、絶望が一瞬の間に見て取れた。次に両手の自転車のブレーキ線が切れた事を改めて確認し、半ば空中に飛び出している状態で減速する方法がないか入念に検討した。頭の回転は更に加速していき、どんどんクリアになって、そして、どんな方法で、何をこの瞬間にしたとしても、つまり、目の前に迫るトラックを前に小学生の僕にはどうしようも無い事を悟ると、







世界が動き始めた。









あれが初めての走馬燈体験。

目が覚めたのは2週間後。
集中治療室のベッドの中だった。

身体から管がいっぱい出てる、って思った。

その次に、海が見れなかったな、と、思った。

















僕はまだ空中にいた。

降り注ぐ雨粒が、まるで空間に
固定されたみたいに僕の周りを漂っている。

電車はおよそ1メートルまで近づいていた。

走馬燈の中にいるその瞬間は時間が限りなく圧縮されて
100万分の1秒以下の世界でもゆっくりと物事を考える事が出来た。







あの日の山道での体験から
僕は走馬燈を自在に操れる様になった。

あの夏、あのトラックにはねられた、
あの瞬間を思い返すだけで、
走馬燈の中に入り込む事ができた。

点滴を見れば直ぐにわかる。
ポタポタと垂れていくはずの雫が
空中に留まり、ゆっっっっくりと降下していくからだ。

病棟は暇だった。
練習する時間はいくらでもあった。

訓練するとあの思い出だけじゃなくても
走馬燈に入れる様になった。

そして走馬燈は、死に近ければ近い状況を
思い描くほどにその分濃密な時間を過ごせた。



走馬燈に入り込んだ僕には何だって出来た。

テスト勉強の暗記科目だって走馬燈を使えば1分間で10年分の復習が出来る。野球をする時だって、空中に停まったボールを打つなんて訳はなかった。

僕はあっという間に完璧になった。

中学校や高校は何でも1番。
大学は地元から離れて、都会に引っ越した。

優秀な僕を好きになる女性は沢山いた。
次から次へと引っ換えとっかえ。
悪い噂が流れているのは知っていた。
深く傷ついたコがいたのも知っていた。

知った上で無視した。


そんな事を気にかけるほど
僕は普通じゃなくなっていた。



だから





このホームで彼女に背中を押された。






電車はもう顔から30センチの距離で動かない。

時間は完全に停止した。


指をほんの少し動かす事すら出来なくなっていた。




ホームにいる君とはずっと目が合っている。





これから僕は死ぬ。






走馬燈がそう告げている。







僕が想像した事も無いそんな臨死を体験している。








これから永久に近い時をかけて僕はこの30センチを経験するのだろう。








でも、生き延びる道がないか模索することを諦められない。










そんな事をしたら、きっとこの電車は動いてしまうから。




おしまい
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