37 / 60
学園の感謝祭にて
学園の感謝祭にて・19 ◇第二皇子、長男寄り俯瞰視点
しおりを挟む
まだ陽の高い時間帯。
ヴェルデュール学園の広大な敷地内を、第二皇子は馬車へと向かっていた。
表情の変化が乏しく『仮面皇子』と揶揄される事もあるが、明るい金髪で皇帝陛下似の整った顔立ちをした第二皇子は、その姿を知らぬ者が見ても皇族だと分かるぐらいだ。
畏敬の念も手伝って自ずと視線を浴びる所。第二皇子はしゃんと背筋を伸ばし、いつもの整った無表情の仮面を被って歩を進めている。
第二皇子はそれまで人知れず感情の波が激しかった為に、内心は疲れ切っていたものの。そこは皇子の矜持として、疲れを表情に出すまいと常以上に気を張っていた。
それに、ダラダラと歩いて周囲に「皇子らしからぬ」と思わせるわけにも、逆に足早に歩いて「何かあったのか」と妙な勘ぐりをさせるわけにも行かない。
その為、いつもよりも更に周囲へと二重にも三重にも壁を作り、近寄らせない雰囲気を醸し出していた。
学園感謝祭の賑わいから離れるにつれ、周囲にいる来場者も少なくなる。
それと同時に従者が第二皇子に一言、告げてから離れて行く。
第二皇子よりも先行し、待機部屋で休憩している御者に出発を告げる為にだ。
無表情の仮面を被り続けたまま、第二皇子はそっと息を吐いた。
後はこの、整えられた生け垣でも眺めつつ、もう少し進めば馬車乗り場に着く。
早く馬車で一人になりたかった。
一人になって、今日見た長男の姿を思い出して、それに浸る予定でいた。
自分でも気が付かぬ内に気が緩んだのだろう。
第二皇子は歩く爪先を、石畳の何処かに引っ掛けてしまった。
「あっ……!」
つんのめった第二皇子はよろけるまま、偶然、生け垣の曲がり角から来た人物にしがみ付いてしまった。
相手の胸に顔を埋めるような体勢になってしまい、それこそ、皇子らしからぬ無様な振る舞いを恥じた第二皇子だったが。
無礼を詫びようと面を上げ、しがみ付いた人物の顔が確認出来た瞬間。
頭の中が真っ白になる衝撃で、身体が固まってしまった。
* *
気持ちを沈ませ、さっさと帰ろうと先を急いでいた長男だったが。
何処かから「人形皇子」という言葉が聞こえ、生け垣の奥へと寄り道をした。
二人程で会話をしているようだが、あまり良い感情ではない声音だ。
タイミングが悪かったのか、すぐに会話は終わってしまった。
喋っていた内の一人が小国連合『シーズベルド』の議員であり、連合参加国ヴァイルズの王子でもあるフリードリヒ・デュヴァイツ殿下だと。こっそり窺った長男は気が付いた。
しかし、むやみに事を大きくしないよう、議員殿下に声を掛けはしなかった。
モヤモヤしたものを抱え、宰相である父親には話すべきかと。
考えながら歩き出し、生け垣の曲がり角に差し掛かった時。
別方向から来た人影がよろけたのを察した。
そしてそれが誰なのかを確認する前に、騎士として訓練された身体が勤勉に動いた。
小さな声を上げて自分の胸へとすっぽり収まった人物の、陽射しに照らされて輝く金色の緩やかなウェーブに、思わず息を呑む。
まさかと思いながら、顔を上げた相手の紺碧色の瞳に、呼吸を忘れた。
* *
長男の胸に縋り付く第二皇子。
咄嗟に支えようとした長男の腕が、第二皇子の腰の裏側に回っている。
二人とも驚きで瞬きすら出来ず、固まっていた。
お互いがそれぞれに、今自分が見ているものに大きな衝撃を受けたのだ。
頭の中では「何故、こんな所で」という疑問が渦巻いている。
しばらくその姿勢で見詰め合った後、二人は慌てて身体を離した。
「ぉ……お怪我、は?」
珍しく長男が話し掛ける。
次男も第一皇子もいない事が幸いした。
話し出すまでに時間が掛かっても、長男の言葉を遮られないのだから。
躓いた第二皇子に怪我が無いか、長男は心配する気持ちを口に出す事が出来た。
「だっ……大丈夫、……です。」
いつもは長男の行動を、まるで無関心という反応ばかりの第二皇子も珍しく、あからさまに顔を背けて返事をした。
表情を取り繕えても、首が、耳が、肌が勝手に赤くなるのは止められなかった。
「く…リスティ殿下、は……?」
「もぅ少し……見て行く、と。」
会話が続いている。
いつもならば、何を話すか考え過ぎた挙句、言葉にする前に終わってしまう長男も。
長男と話すのだと考えただけで口から胃が出そうになった挙句、硬く尖った声になってしまう第二皇子も。
今は先程、意識せずに抱き合ってしまった衝撃が強過ぎたらしい。
お互いに『自然に振る舞おう』という点に意識が向いている為、いつもより会話が出来てしまっていた。
「と…っ、いう事は、……じ…、ジェフリー殿下はお帰りで?」
「は、はい……。…れ、……レオナルド様…も……?」
馬車がある所に向かっている。
帰るのだろう。
そう判断するのが『自然』だろう。
「では馬車、まで…ぉ、……お送りしよう。」
「……ご丁寧…に、どうも……。」
あくまでも自然さを演じる事で動揺を誤魔化そうとする二人は、その『自然の演技』の止め時が分からない。
自然な皇族と騎士らしく振る舞う流れで、二人で一緒に行く事になってしまった。
耳まで赤くした第二皇子を見て、長男は、急に思い出した。
少し前に、次男が転んだ事を。目眩がしたという次男の言葉を。
もしかすると第二皇子も、軽く眩暈を起こしてはいないだろうか。
だが皇子の立場上、それを安易に言えず、我慢しているという可能性は?
先程のは躓いたのではなく、よろめいたようにも見える。
これらは長男に、影響を及ぼした。
「石畳は、ぃ…意外と、足場が良く、ない。……よ、良ければ、お支えするが…」
いつもの長男であれば有り得ない態度だ。
今は長男の中で、何かが外れているのだろう。
「…っ、では、ぇ……遠慮、なく……。」
第二皇子の反応も、通常ならば有り得ないものだった。
支えてくれる申し出を、概念が崩壊し掛ける程の『自然さ』を優先して受け入れ、長男の肘辺りに掴まった。
長男が弟を掴まらせていた姿が目に焼き付いていた所為、でもある。
先程までの弟と同じように、第二皇子を肘にぶら下げながら。
夢でも見ているのかと、長男の胸には限界点近い嬉しさが込み上げていた。
先程つい妄想してしまったように、長男の腕に触れながら。
夢でも見ているのかと、第二皇子の胸は大き過ぎる歓喜に震えていた。
生け垣を少し進んだ先にある、馬車乗り場まで。
長男が第二皇子をエスコートした。
ただそれだけの小さなエピソードを、二人はしばらく、何度も思い出すだろう。
ヴェルデュール学園の広大な敷地内を、第二皇子は馬車へと向かっていた。
表情の変化が乏しく『仮面皇子』と揶揄される事もあるが、明るい金髪で皇帝陛下似の整った顔立ちをした第二皇子は、その姿を知らぬ者が見ても皇族だと分かるぐらいだ。
畏敬の念も手伝って自ずと視線を浴びる所。第二皇子はしゃんと背筋を伸ばし、いつもの整った無表情の仮面を被って歩を進めている。
第二皇子はそれまで人知れず感情の波が激しかった為に、内心は疲れ切っていたものの。そこは皇子の矜持として、疲れを表情に出すまいと常以上に気を張っていた。
それに、ダラダラと歩いて周囲に「皇子らしからぬ」と思わせるわけにも、逆に足早に歩いて「何かあったのか」と妙な勘ぐりをさせるわけにも行かない。
その為、いつもよりも更に周囲へと二重にも三重にも壁を作り、近寄らせない雰囲気を醸し出していた。
学園感謝祭の賑わいから離れるにつれ、周囲にいる来場者も少なくなる。
それと同時に従者が第二皇子に一言、告げてから離れて行く。
第二皇子よりも先行し、待機部屋で休憩している御者に出発を告げる為にだ。
無表情の仮面を被り続けたまま、第二皇子はそっと息を吐いた。
後はこの、整えられた生け垣でも眺めつつ、もう少し進めば馬車乗り場に着く。
早く馬車で一人になりたかった。
一人になって、今日見た長男の姿を思い出して、それに浸る予定でいた。
自分でも気が付かぬ内に気が緩んだのだろう。
第二皇子は歩く爪先を、石畳の何処かに引っ掛けてしまった。
「あっ……!」
つんのめった第二皇子はよろけるまま、偶然、生け垣の曲がり角から来た人物にしがみ付いてしまった。
相手の胸に顔を埋めるような体勢になってしまい、それこそ、皇子らしからぬ無様な振る舞いを恥じた第二皇子だったが。
無礼を詫びようと面を上げ、しがみ付いた人物の顔が確認出来た瞬間。
頭の中が真っ白になる衝撃で、身体が固まってしまった。
* *
気持ちを沈ませ、さっさと帰ろうと先を急いでいた長男だったが。
何処かから「人形皇子」という言葉が聞こえ、生け垣の奥へと寄り道をした。
二人程で会話をしているようだが、あまり良い感情ではない声音だ。
タイミングが悪かったのか、すぐに会話は終わってしまった。
喋っていた内の一人が小国連合『シーズベルド』の議員であり、連合参加国ヴァイルズの王子でもあるフリードリヒ・デュヴァイツ殿下だと。こっそり窺った長男は気が付いた。
しかし、むやみに事を大きくしないよう、議員殿下に声を掛けはしなかった。
モヤモヤしたものを抱え、宰相である父親には話すべきかと。
考えながら歩き出し、生け垣の曲がり角に差し掛かった時。
別方向から来た人影がよろけたのを察した。
そしてそれが誰なのかを確認する前に、騎士として訓練された身体が勤勉に動いた。
小さな声を上げて自分の胸へとすっぽり収まった人物の、陽射しに照らされて輝く金色の緩やかなウェーブに、思わず息を呑む。
まさかと思いながら、顔を上げた相手の紺碧色の瞳に、呼吸を忘れた。
* *
長男の胸に縋り付く第二皇子。
咄嗟に支えようとした長男の腕が、第二皇子の腰の裏側に回っている。
二人とも驚きで瞬きすら出来ず、固まっていた。
お互いがそれぞれに、今自分が見ているものに大きな衝撃を受けたのだ。
頭の中では「何故、こんな所で」という疑問が渦巻いている。
しばらくその姿勢で見詰め合った後、二人は慌てて身体を離した。
「ぉ……お怪我、は?」
珍しく長男が話し掛ける。
次男も第一皇子もいない事が幸いした。
話し出すまでに時間が掛かっても、長男の言葉を遮られないのだから。
躓いた第二皇子に怪我が無いか、長男は心配する気持ちを口に出す事が出来た。
「だっ……大丈夫、……です。」
いつもは長男の行動を、まるで無関心という反応ばかりの第二皇子も珍しく、あからさまに顔を背けて返事をした。
表情を取り繕えても、首が、耳が、肌が勝手に赤くなるのは止められなかった。
「く…リスティ殿下、は……?」
「もぅ少し……見て行く、と。」
会話が続いている。
いつもならば、何を話すか考え過ぎた挙句、言葉にする前に終わってしまう長男も。
長男と話すのだと考えただけで口から胃が出そうになった挙句、硬く尖った声になってしまう第二皇子も。
今は先程、意識せずに抱き合ってしまった衝撃が強過ぎたらしい。
お互いに『自然に振る舞おう』という点に意識が向いている為、いつもより会話が出来てしまっていた。
「と…っ、いう事は、……じ…、ジェフリー殿下はお帰りで?」
「は、はい……。…れ、……レオナルド様…も……?」
馬車がある所に向かっている。
帰るのだろう。
そう判断するのが『自然』だろう。
「では馬車、まで…ぉ、……お送りしよう。」
「……ご丁寧…に、どうも……。」
あくまでも自然さを演じる事で動揺を誤魔化そうとする二人は、その『自然の演技』の止め時が分からない。
自然な皇族と騎士らしく振る舞う流れで、二人で一緒に行く事になってしまった。
耳まで赤くした第二皇子を見て、長男は、急に思い出した。
少し前に、次男が転んだ事を。目眩がしたという次男の言葉を。
もしかすると第二皇子も、軽く眩暈を起こしてはいないだろうか。
だが皇子の立場上、それを安易に言えず、我慢しているという可能性は?
先程のは躓いたのではなく、よろめいたようにも見える。
これらは長男に、影響を及ぼした。
「石畳は、ぃ…意外と、足場が良く、ない。……よ、良ければ、お支えするが…」
いつもの長男であれば有り得ない態度だ。
今は長男の中で、何かが外れているのだろう。
「…っ、では、ぇ……遠慮、なく……。」
第二皇子の反応も、通常ならば有り得ないものだった。
支えてくれる申し出を、概念が崩壊し掛ける程の『自然さ』を優先して受け入れ、長男の肘辺りに掴まった。
長男が弟を掴まらせていた姿が目に焼き付いていた所為、でもある。
先程までの弟と同じように、第二皇子を肘にぶら下げながら。
夢でも見ているのかと、長男の胸には限界点近い嬉しさが込み上げていた。
先程つい妄想してしまったように、長男の腕に触れながら。
夢でも見ているのかと、第二皇子の胸は大き過ぎる歓喜に震えていた。
生け垣を少し進んだ先にある、馬車乗り場まで。
長男が第二皇子をエスコートした。
ただそれだけの小さなエピソードを、二人はしばらく、何度も思い出すだろう。
10
あなたにおすすめの小説
あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる