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第三章 ~改めてゲームを見守ろうとしてから自分の名前を思い出すまで~

閉じ込めた記憶と想い・4 $リッカ$

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月日が経つのは早いわ。
ハーレムの解散から、もう十年くらい経つのね。

あの時……心配したユーグがせっかく、アタシに声を掛けてくれたのに。
アタシは、ユーグがちっともショックを受けてないのが凄くショックで、ワケも分からず悔しくて。
意固地になって、言い争いになって、結局逃げ出したのはアタシ。
宮殿を出た後の行き場なんて無かったクセに。



「ハーレムが無くなった、って…」
「解散したんだ。」

アノ子とユーグの会話で、ハッと気付いた。
考えこんじゃってたみたい。

「天守様が訪れなくなって一定期間が経過したハーレムは、赤ん坊の発生が望めないものと見做されて解散するんだ。そうしないと無駄な公費が掛かり、いつまでも国や町の財政を圧迫するだけだからな。」
「……そうなんだ。」

ユーグったら、本当に何も隠す気が無いのね。
調べれば分かる事だけど、それを自分から言うのは『天守から相手にされなくなった妻』だって告白するようなものだもの。
アタシの事も一緒にバラされるようなもんだけど、別にもういいわ。
先に「許してくれ」って言われたもの。

「大変だった、な……?」
「私はそうでもない。ハーレムに入る前に、私を引き取って育ててくれていた人達が、この町にいたからな。」
「でも、そうじゃない妻だって……いたハズだ。」

コッチを向かずに、でもチラッとアタシに視線を向けるユーグ。
すぐに逸らされたから、たぶん、つい見ちゃったのよね。


「さて……。そろそろ私は仕事に向かうとしよう。済まないが帰りは自力で頼む。」

話を逸らした感が強いけど、確かにユーグはいつまでも遊んでられないわよね。オーナーだもの。
アタシも仕事だけど、まだ日は高いから、歩いて戻っても充分間に合うわ。

「続きはまた別の機会に話そう。……いつでも店に来て貰って構わないぞ?」
「あ……うん。」

頷くアノ子に満足そうに微笑んで、アノ子の頬を撫でて。ユーグは馬車に戻った。




「アタシはもう少しだけ。……一休みしたら戻るわね。」

嘘みたいだけど、身体には昨夜の疲労は残ってない。
でも気疲れはしちゃったみたい。
ウェネットのお墓参りに来たら、昔の話が出るのも分かってたのに。……トシね。

そばにあったベンチに腰掛けて目を瞑る。
アノ子が横に座る気配がした。


ふっと肩が暖かくなったと思ったら、顔まで暖かくなって。
アタシは抱き寄せられて、アノ子の胸に顔を埋めて、腕の中にスッポリ収まってた。

「も、……もぅ、どうしたの?」
「なんか、こうしたくて。」

動けなくなったアタシの頭をアノ子が撫でる。
何もかも知ってるような、凄く優しい手付き。

本当なら恥ずかしくなる事なのに、アタシは離れないで、そのままでいた。


「リッカは、大変だった……?」
「……いいえ、そうでもなかったわ。ハーレムが無くなった直後は戸惑ったけど……お店のオーナーが声を掛けてくれたの。」

二十以上も年下の子に甘やかされてる。
まるでアタシが子供になったみたい。

ちょっと懐かしくて、それが切なくて。
アタシは一旦開けた目をまた閉じた。


「……泣いた?」
「泣かないわよ。だって……薄々だけど知ってたもの。み……天守さまが宮殿に来なくなってから何年も経ってたのよ? ……分かるわよ、それくらい。」
「それでもずっと、待ってたんだろ。」
「待ってたわけじゃないの。……行く所が無いから、宮殿に居ただけ。」

もう随分と昔の事。だから普通に話せるのよ。
……なのに。胸がチリッとする。

「好きだったんだろ、天守さまのこ…」
「もうっ、覚えてないっ。昔の……っ、……昔の事、だもん。」

心の中で何かがヒビ割れた音がする。
仕舞い込んでた感情を思い出しそうで、アタシは瞼にギュッと力を込めた。

「忘れたわ。ハーレムに入ったんだから、きっと好きだったんでしょ。妻にして貰えたのは嬉しかったに違いないわね、覚えてないけど。」
「頑張って忘れるなんて辛くないか?」
「……! 頑張ってなんか無いっ。ツラ…っくも無いし、平気だか…」

不意にアノ子の胸が離れて、アタシは顔を上げさせられる。
ジッとアタシを見下ろすアノ子の顔が良く見えないのは、逆光が差してる所為に決まってる。


「泣きながら平気だなんて言うな。泣くなら……、弱音くらい吐けよ。」
「……っ。」
「辛いのも悲しいのも寂しいのも全部、リッカの所為じゃない。リッカは悪くないんだから。」

泣いてない、って言おうとしたそばから溢れ出した。
閉じ込めてたのが出ちゃう……。

「好きだったんなら尚更だろ……。リッカ、全然……平気じゃないじゃん。」

もう一度、さっきより深く抱き締められる。
またアノ子の胸に顔を埋めて、アタシはぎゅっと縋り付いた。

「オレは……リッカがずっと辛いままなのは嫌だ。」

耳の奥がジンジンして。もう、考えられない。
涙と一緒にポロポロ、声が零れ出る。




……好き、…だった。好きだった。
優しいトコ、意地悪なトコ、子供っぽいトコ、勝手なトコ。

ハーレムに入ってから、思ってたより会えなくて、ちょっとは……。……嘘。凄く寂しかった。
他の妻は一杯会って貰ってるんだって思ったら、悔しくて、妬ましかった。

別の町に行っちゃって、ずっと会えなくなって……。それでも待ってた。
ウェネットが死んで、ユーグが宮殿を出て行って……でもアタシは待ってた。
またすぐに出てってもいいから、ほんのちょっとでも顔を見せに、アタシの所へ来てくれるのを。待ってた……。
国の役人からハーレムの解散を告げられる時までずっと……。
待って……寂しくて……恨んで……嫌いになって……憎んで……。そして全部…………忘れた……。
……忘れた、ツモリでいた。




「好き……っ、だったわ……、イクシィズ……。」

妻になってからは一度も呼んだ事の無かった名前。
口に出して胸が痛くなるのも、もうこれっきりだから。

好きになって……認めたくなかったけど、憎んだヒト。


「さよなら……。……天守さま。」
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