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本編1 警戒される男

11・ノンスイートメモリー  俯瞰視点

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神官長イーシャが司教を伴って大聖堂を後にして数分。
教会の者達と言葉を交わしていた王子だが、そろそろ城に戻らねばならぬ頃合いだ。

大聖堂の外へと向かう王子を皆が見送る、その背後で。


突然、祭壇上に、いつか見たような白く輝く光が集まり出した。
王子を含め、咄嗟に動けなくなってしまった人々を嘲るかの如く。
まるで二か月前を再現するように、白い光はあっという間に大きくなっていき。
目を開けていられない程の強さになったかと思うと、次の瞬間に消えて無くなった。


そして……あの時と、同じく。



光の残像の中、いつの間にか祭壇上には、一人の男が立っていた。




異世界人がまた……来て、しまった……。



「………。」

誰も、何も言えない。動けない。
驚いた声を上げる事すら出来ずにいた。



祭壇上には自称勇者と同じような、艶やかな黒髪の男が立っている。
切れ長の瞳の色も、恐らくは黒。実に冷ややかな表情をしており、男の感情は全く分からない。
男はやはり、あの時の自称勇者と同じように。
誰かを探すようにゆっくりと、大聖堂の中を見回していた。


「……へぇ~。」
「ヒッ…!」

やがて異世界人が目を付けたのは、桃色の髪をした少年、カカシャだ。
そんな所までもが二か月前と同じである事に、その場にいた全員が戦慄する。


鮮やかな髪色は異世界から来た男の目を惹くものなのだろうか。
自称勇者も、最初に目を向けたのはカカシャだった。
そのカカシャを庇ったタカロキは攫われる事となり、あんな事になってしまった。



「へぇ~、綺麗なもんだな。」
「え、ぁ……はわわぁ……っ。」

可哀想に、カカシャは異世界人から声を掛けられるだけで、肩が跳ね上がるぐらい怯えてしまっている。
やはり異世界人が最初に興味を持つのはカカシャに対してなようだ。


それを分かって尚、他の僧侶や神官兵は動けずにいた。

タカロキの二の舞になる、というのが頭に浮かんだ事はもちろんあるが。
自分の邪魔をする相手に対し、異世界人の激烈なまでの攻撃的な態度を思えば、今この段階では異世界人を刺激するべきではないと考えたからだ。
そう言えば自称勇者も、カカシャには特に酷い事はしなかったではないか。


……こんな考えは詭弁だ。様子見をして動かない理由を付けただけだ。
それが分かっている数名の者は、明らかに狼狽えながらも誰にも助けを求めないカカシャに対して、非常に申し訳ない思いを抱いた。
そして、動けずにいる弱い自分に、悔しさと羞恥を覚えていた。



異世界人からは離れた位置。入り口付近で振り返ったティーロッカ殿下は、人知れず自分の手を強く握った。
自称勇者が現れた時には祭壇の近くにいた為、余りの衝撃で、自称勇者がタカロキを攫おうとしているのが分かるまで、動けず仕舞いだった。
我に返って、自称勇者を落ち着かせようと声を掛けようとしたものの、冷たく振り払われて転んでしまい、足首を捻挫してしまったのだ。


今回こそは……!
民を守る王族として、あの時のような何も出来ない王子では、いられない!


不意に、祭壇上の異世界人と目が合った。

そう感じた瞬間。
王子は引き寄せられるように、異世界人の方へと足を踏み出した。
異世界人の視界から王子の姿を隠そうと、必死に取り囲んでいた近衛が、王子の意図に気が付いて慌てて止める。

「いけません、殿下!」
「ですが…っ、このままでは、あの少年が……!」
「殿下、危険です! お下がりください!」

またもや誰か犠牲を出す事はあってはならない。
誰かが異世界人と交渉せねばならぬのなら、それは王族の責任である。

王子がそう考えるのは実に立派であるが、護衛としては到底、聞けぬ命令だ。
どんな相手かも分からぬ……を通り越して、二か月前の再現のような異世界人のそばに王子を近付けるなど、とても出来るものではない。



「ん゛、ん゛んっ!」


大きく咳払いをした異世界人の顔には、はっきりと不愉快さが表れていた。
静まり返った周囲の者達が警戒した視線を向ける中、異世界人は堂々と、声を張る。


「あ~、もしかしたら見てて、分かってるかも知れねぇが。オレは異世界から来た。」


その言葉に返事が出来る者はいない。
異世界人の声だけが大聖堂内に響く。

周囲を見回して不満そうに顔を歪めた異世界人は視線を下ろし、彼のすぐそばで、まだ座り込んだままのカカシャに声を掛ける。


「あのさァ……?」
「はっ……! はひっ!」
「一応オレ、異世界から来たんだがな?」

まるで、カカシャがちゃんと理解しているかどうか、確認しながらというように。
言葉を少しずつで区切り、カカシャの反応を見守りながら話す。


「なぁ、正直に答えてくれ……。もしかして、オレ……呼ばれてねぇのか?」
「えっ……!」

カカシャに向ける異世界人の表情は、決して怒りを表したものではない。
口調としても乱暴なものではなく、どちらかと言えば、カカシャが怯えないように優し気だと……言えない事も無いだろう。


だが質問の意図が……。
いや、質問に答えた結果、どんな事になるのかが全く読めない。
ドゥーサンイーツ王国では既に、とうの昔に、異世界から勇者を召喚する古代術儀式は失われている。
だから異世界人からの質問への回答としては「呼んでいない」が正解なのだが……それを答えてしまって良いものかどうか。

呼ばれていない事を確認した異世界人がどのような態度を表すか。
それについての責任がその一言に、掛かっていると思えば。


自称勇者が起こした事件の事が、どうやっても頭をよぎる。



「え、えっ、ぃや……あの…っ。」

カカシャには荷が重すぎる問い掛けだった。
意味の無い音を口から出しながら、ただ困った顔をする事しか出来ない。


そんなカカシャの様子に。
見守っていた異世界人が溜息を吐いた。
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