塵芥のレゾンデートル

GAリアンデル

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銀狼の祭典・序

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 迷宮と探索者によって成り立つ街──アーカム
 大陸の端々から集った、腕に覚えのある者、野望を抱く者、冒険心を糧に走る者……目的は違えど、彼らは一党パーティと成り、共に迷宮へと挑む。

 だが、探索者となるその前には“組合”で名札タグを発行してもらわねばならない。

 それは探索者としての情報が記載された鉄製の小さな板。認識票にして、探索者としての活動を許可された者の証である。

 組合では申請を受け、その探索者の審査を行い職手クラスを決定したのちに認識票を発行。

 それらはみな、過去の英傑達に倣った儀式である。
 
 
 ◇

 交叉門クロス・ザ・ルビコン
 それは迷宮、不覊なる暗渠へ通ずる道を塞ぐ門の名称である。
 街と迷宮との境界線であり、現世と彼岸とを繋ぐ道を表した門は、 始原魔術プリミティブ・マジックを用い、魔力加工された石煉瓦で組み上げられ、この街において最高の防御力を持つ建造物として知られる。
 そしてその門前にて、不思議そうにしている男が一人。

「なん? 通行手形がいりよるんかココは」 
「え、ええェェ……!?」

 ここに更に、その可憐な顔を絶望に染められた少女が一人。傍には全長が少女よりもある湾刀を抱えた編笠の男が立っていた。
 少女が落胆しているのは他でも無い編笠の男に起因していた。

「アマギリさん本当に名札タグ持ってないんですか……?」
 アマギリと呼ばれた編笠の男は「おう」と景気良く返事を返すが、それによって少女が更に落胆するとアマギリは不思議そうに顎を撫でた。
「メイレはその“たぐ”とやらがそんなに欲しいのか?」
 少女──メイレは、アマギリにそう聞かれ陰鬱な顔を向けると「違いますよ」と小さく溢し溜息を吐いた。

「まただ……またこうなるんだ。何か一つ乗り越えても、別の悪い事が起きるんだ……そうだ、いつもそうなんだから……今更何が起きたって……」

 斯かる言葉をぶつぶつと繰り返すメイレ。
 だが──しゃま怠さを覚えたアマギリに襟首を猫を扱うが如くに軽々と掴み上げられ、「ぐえ」と変な声を漏らさせられ強制的に制止される事となった。
 
「お前は本当に陋劣ろうれつで迂遠な女子じゃのう。己れの一体何が不満なんじゃ!」
 耳元で張り上げられた声にメイレは頭を揺さぶられつつも、同様に声を張った。

「迷宮に行くにはタグが必要なんですよ! 普通探索者ならみんな持ってるんです! 持ってないのに迷宮に行くのは犯罪なんです! でもってタグを発行してもらうのにもお金がかかるんです! しかも私達はそんなお金持ってません!」

 怒涛。その言葉が当て嵌まるだろう。
 メイレの口からは、自らの不遇を嘆く言葉が首根っこを掴んでいるアマギリへの怒りに乗せて吐き出された。

「……あといきなり持ち上げないでください!」
 彼女はふん、と鼻を鳴らすと今も襟首を掴んでいるアマギリの手を払い除け、地面に足を降ろす。
「すまんすまん。……とは言っても、これからどうすりゃいいのか己れにはさっぱり分からんぞ?」

 そもそもはソレがおかしな事である事をアマギリは知らなかった。

 探索者組合という組織は形を変え、名を変え世界中に存在しているが名札タグという概念だけは共通し、世界を旅しながらの探索者活動が保証されているモノとなっている。

 探索者とは単に迷宮に挑む者だけを指す言葉では無く、元来は古い時代より大地に広がった理から外れた存在────即ち『魔』と戦う者達をそう呼ぶ。

 迷宮には魔が巣食う。この街の探索者とは『魔』を相手に略奪を成す、これまた『魔』である。
 魔を持って魔を制す。
 だが制御された魔であり、タグはその証。
 制御から外れた者は深淵に呑まれた『深淵人アビサルと呼ばれ、迷宮内においても恐怖される存在となる。

 しかし、この街では金さえあれば探索者になれるのだ。

「ふぅ……どうにかしてお金を稼ぐしか無いですね」
「ついでに言えば同道する者も集めねば」
 宜なるかなアマギリが告げ、メイレは更に頭を悩ませた。

 ────メイレとアマギリが一党と成り、二日が経過していた。
 その間、食料の買い出しやできる範囲での装備
の調達などをしていたが、そもそもの根本の部分をメイレは見落としていたのである。

 迷宮に挑む。
 言うは易いが、そこに至るまでの課題は多い。
 資格取得の為の金に、一党として活動を継続する為の金、宿代、装備代、食料代……何はともあれ金こそ全て。
 資格を取得するには金貨にして三枚が必要となるが、それはこの街の憲兵が貰うひと月分の賃金と同程度の額である

 ──どうすれば……。
 そう思い悩むメイレの肩をアマギリがつついた。 
「ありゃなんじゃ」

 アマギリが興味を示したその方向は門とは真逆の方向。
 組合の本部があり“銀狼の広場”がある方向であった。
 そこには元々の街の住人に加え、探索者も多く混じった人だかりが出来上がっており、それは現在進行形で徐々に大きくなっていっている。
 
 一体何が起こっているのか、この街に二年ばかし居るメイレにも分からない何かが起きていた。

「おい、あれは何をやってる?」
 憲兵隊にアマギリが問いかけると「知らねぇのか?」と一人が答えた。
「いよいよ“十層”に挑もうってヤツが出てきたのさ」

 十層……現在判明している迷宮の階層の中で最も深い場所。偉大なる悪魔グレーターデーモン竜種ドラゴン変異奇獣マンティコアが跋扈する領域。

 それが判明したのは既に二十年も前の事であり、発見したのは【銀狼の誓約】の一党。
 今まさに人だかりが作られている広場の名にまで成った英傑達であった。

「でもって既に出発したソイツらをダシに大陸中から腕自慢が集まるこの街で闘技大会を開こうって言うのさ」

 憲兵の一人は言って「俺ももうちっと若けりゃ参加したんだがなぁ」と続けたがアマギリは既に聞いておらず、興味は広場の方にだけ向けられていた。

「ふむ」と頷いてアマギリは顎を撫でる。
 それを見てメイレは嫌な予感を肌で感じ取っていた。

 この男が顎を撫でる時は決まって突拍子も無いことを言ったり、行動に移したりするのだとメイレは僅かな間行動を共にしただけで嫌と言う程思い知っていた。

 何かをしでかす前に止めねば、と思うメイレであったが、それよりも早く決定的、、、な言葉が憲兵の口から飛び出した。

「優勝者には賞金が出るみたいだしな。しかも金貨にして十枚。半年は遊んで暮らせる額だぜ」

 聞いてアマギリの口がにぃと吊り上がるのを見て、メイレは溜息を吐く。
 こうなって仕舞えばもう止めようが無いことなど分かりきっていた。

「よし、己れも参加するぞ」

「だと思いましたよ……」

 メイレが呆れる側で「はん!」とアマギリが鼻を鳴らし広場の方へとずんずん歩き出すと、それを追ってメイレも走り出した。
 その途中、メイレだけが振り返って憲兵へとお辞儀をしていた。
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