6 / 7
銀狼の祭典・序
しおりを挟む迷宮と探索者によって成り立つ街──アーカム
大陸の端々から集った、腕に覚えのある者、野望を抱く者、冒険心を糧に走る者……目的は違えど、彼らは一党と成り、共に迷宮へと挑む。
だが、探索者となるその前には“組合”で名札を発行してもらわねばならない。
それは探索者としての情報が記載された鉄製の小さな板。認識票にして、探索者としての活動を許可された者の証である。
組合では申請を受け、その探索者の審査を行い職手を決定したのちに認識票を発行。
それらはみな、過去の英傑達に倣った儀式である。
◇
交叉門
それは迷宮、不覊なる暗渠へ通ずる道を塞ぐ門の名称である。
街と迷宮との境界線であり、現世と彼岸とを繋ぐ道を表した門は、 始原魔術を用い、魔力加工された石煉瓦で組み上げられ、この街において最高の防御力を持つ建造物として知られる。
そしてその門前にて、不思議そうにしている男が一人。
「なん? 通行手形がいりよるんかココは」
「え、ええェェ……!?」
ここに更に、その可憐な顔を絶望に染められた少女が一人。傍には全長が少女よりもある湾刀を抱えた編笠の男が立っていた。
少女が落胆しているのは他でも無い編笠の男に起因していた。
「アマギリさん本当に名札持ってないんですか……?」
アマギリと呼ばれた編笠の男は「おう」と景気良く返事を返すが、それによって少女が更に落胆するとアマギリは不思議そうに顎を撫でた。
「メイレはその“たぐ”とやらがそんなに欲しいのか?」
少女──メイレは、アマギリにそう聞かれ陰鬱な顔を向けると「違いますよ」と小さく溢し溜息を吐いた。
「まただ……またこうなるんだ。何か一つ乗り越えても、別の悪い事が起きるんだ……そうだ、いつもそうなんだから……今更何が起きたって……」
斯かる言葉をぶつぶつと繰り返すメイレ。
だが──しゃま怠さを覚えたアマギリに襟首を猫を扱うが如くに軽々と掴み上げられ、「ぐえ」と変な声を漏らさせられ強制的に制止される事となった。
「お前は本当に陋劣で迂遠な女子じゃのう。己れの一体何が不満なんじゃ!」
耳元で張り上げられた声にメイレは頭を揺さぶられつつも、同様に声を張った。
「迷宮に行くにはタグが必要なんですよ! 普通探索者ならみんな持ってるんです! 持ってないのに迷宮に行くのは犯罪なんです! でもってタグを発行してもらうのにもお金がかかるんです! しかも私達はそんなお金持ってません!」
怒涛。その言葉が当て嵌まるだろう。
メイレの口からは、自らの不遇を嘆く言葉が首根っこを掴んでいるアマギリへの怒りに乗せて吐き出された。
「……あといきなり持ち上げないでください!」
彼女はふん、と鼻を鳴らすと今も襟首を掴んでいるアマギリの手を払い除け、地面に足を降ろす。
「すまんすまん。……とは言っても、これからどうすりゃいいのか己れにはさっぱり分からんぞ?」
そもそもはソレがおかしな事である事をアマギリは知らなかった。
探索者組合という組織は形を変え、名を変え世界中に存在しているが名札という概念だけは共通し、世界を旅しながらの探索者活動が保証されているモノとなっている。
探索者とは単に迷宮に挑む者だけを指す言葉では無く、元来は古い時代より大地に広がった理から外れた存在────即ち『魔』と戦う者達をそう呼ぶ。
迷宮には魔が巣食う。この街の探索者とは『魔』を相手に略奪を成す、これまた『魔』である。
魔を持って魔を制す。
だが制御された魔であり、タグはその証。
制御から外れた者は深淵に呑まれた『深淵人と呼ばれ、迷宮内においても恐怖される存在となる。
しかし、この街では金さえあれば探索者になれるのだ。
「ふぅ……どうにかしてお金を稼ぐしか無いですね」
「ついでに言えば同道する者も集めねば」
宜なるかなアマギリが告げ、メイレは更に頭を悩ませた。
────メイレとアマギリが一党と成り、二日が経過していた。
その間、食料の買い出しやできる範囲での装備
の調達などをしていたが、そもそもの根本の部分をメイレは見落としていたのである。
迷宮に挑む。
言うは易いが、そこに至るまでの課題は多い。
資格取得の為の金に、一党として活動を継続する為の金、宿代、装備代、食料代……何はともあれ金こそ全て。
資格を取得するには金貨にして三枚が必要となるが、それはこの街の憲兵が貰うひと月分の賃金と同程度の額である
──どうすれば……。
そう思い悩むメイレの肩をアマギリがつついた。
「ありゃなんじゃ」
アマギリが興味を示したその方向は門とは真逆の方向。
組合の本部があり“銀狼の広場”がある方向であった。
そこには元々の街の住人に加え、探索者も多く混じった人だかりが出来上がっており、それは現在進行形で徐々に大きくなっていっている。
一体何が起こっているのか、この街に二年ばかし居るメイレにも分からない何かが起きていた。
「おい、あれは何をやってる?」
憲兵隊にアマギリが問いかけると「知らねぇのか?」と一人が答えた。
「いよいよ“十層”に挑もうってヤツが出てきたのさ」
十層……現在判明している迷宮の階層の中で最も深い場所。偉大なる悪魔や竜種、変異奇獣が跋扈する領域。
それが判明したのは既に二十年も前の事であり、発見したのは【銀狼の誓約】の一党。
今まさに人だかりが作られている広場の名にまで成った英傑達であった。
「でもって既に出発したソイツらをダシに大陸中から腕自慢が集まるこの街で闘技大会を開こうって言うのさ」
憲兵の一人は言って「俺ももうちっと若けりゃ参加したんだがなぁ」と続けたがアマギリは既に聞いておらず、興味は広場の方にだけ向けられていた。
「ふむ」と頷いてアマギリは顎を撫でる。
それを見てメイレは嫌な予感を肌で感じ取っていた。
この男が顎を撫でる時は決まって突拍子も無いことを言ったり、行動に移したりするのだとメイレは僅かな間行動を共にしただけで嫌と言う程思い知っていた。
何かをしでかす前に止めねば、と思うメイレであったが、それよりも早く決定的な言葉が憲兵の口から飛び出した。
「優勝者には賞金が出るみたいだしな。しかも金貨にして十枚。半年は遊んで暮らせる額だぜ」
聞いてアマギリの口がにぃと吊り上がるのを見て、メイレは溜息を吐く。
こうなって仕舞えばもう止めようが無いことなど分かりきっていた。
「よし、己れも参加するぞ」
「だと思いましたよ……」
メイレが呆れる側で「はん!」とアマギリが鼻を鳴らし広場の方へとずんずん歩き出すと、それを追ってメイレも走り出した。
その途中、メイレだけが振り返って憲兵へとお辞儀をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる