カナヘビ姫と風変わりな婚約者

永久(時永)めぐる

文字の大きさ
21 / 34

第二十一話 悲鳴だってあげたくなります。

「落ち着いたら、もっと東の国の話を聞かせてくださいね」
「ああ、もちろん。君が聞きたいと望んでくれるなら、いくらでも話すよ」

 エドガルトはファーナの隣に腰を下ろし、彼女の手をぎゅっと包み込んだ。

「東の国の話も、魔術学院の話も、なんでも。その代わり、君も話してほしい。僕と離れていた間、なにをして過ごしていたのか、どんなことが起きたのか。僕が知らないことなどひとつもなくなるくらい、たくさん、たくさん話してほしい」

 こくりと頷くファーナの頭を引き寄せ、エドガルトは優しい手つきで頭を撫でた。

「私の話など、エドガルト様に比べたら取るに足らないことばかりですわ。きっと途中で飽きてしまわれると思います」
「そんなことないさ。君のことなら何でも知りたい」

 自嘲と遠慮のこもったファーナの言葉に、エドガルトは心外だと言いたげに目を丸くする。

「よし、遠慮がちな君のために、思い出を詳細に打ち明けるべき合理的な理由を差し上げよう」
「合理的な理由?」

 ファーナが小首をかしげると、エドガルトは我が意を得たりと笑う。
 遠慮ばかりで自分のことを後回しにしがちなファーナだが、理にかなうと納得しさえすれば、その限りではなくなるのだ。

「君の呪いはね、君自身を狙ってつけられたものじゃなさそうだ」
「どうしてそうわかるのですか?」
「呪いには大別して二種類ある。それは誰かを狙ってかけるもの、もう一つは条件がそろうとかかるもの。この見分けは簡単だ」

 エドガルトは身振り手振りを交えて説明をはじめる。

「前者の場合、かけられた者に印が浮かぶ」
「印ですか。それはどのようなものなのでしょうか?」
「特に形は決まっていない。丸くて中に紋章のように複雑な模様が浮かぶものや、炎のような形をしたものが多いかな? その印を見れば、どんな呪いがかけられたのか、おおよその見当がつくこともある」

 言われて、ファーナは記憶を探る。自分で見える範囲に変な印はない。トーニやツェラからもなにも報告されていないし、自分で見えない部分にもないはずだ。

「たぶんそのようなものはないと思います」
「だろうね。君の場合、魔力を感じるのは、カナヘビに変化したところだけだから、体に印はないと思う。そして、変化した部分はいま僕が目視したけれど、見当たらない」

 なぜ、エドガルトがあれほど詳細に頭や首を見たがっていたのか、ようやく得心がいった。
 はじめから理由を教えてくれればよかったのにと思うが、エドガルトはあまり真面目な物言いを好まない。いつも不思議な言葉でファーナを煙に巻くのだ。
 今日は特にその傾向が強いと感じていたのだが、いまはようやくなりを潜めている。

「――ということは、消去法で、君の呪いは後者だということになる。どこかで呪いを受けたんだろう。それを探るには本人の記憶が頼りだ。どう? 納得してくれた?」
「はい。納得しました。この呪いは半年前にかかったものなのでしょうか?」

 それならなんとか記憶もまだ鮮明だろうが、これが一年も二年も昔だったら覚えていることも少ない。

「うーん。どうだろう。いつ呪いを受けたのか、見た感じではわからないな。もしかしたらずっとずっと昔にかかっていて、発動したのが最近ということも考えられる」
「そう、ですか……。あまり昔だと記憶も曖昧で」
「そんな真剣に悩まなくていいよ。呪いについては明日ニャーに詳しく聞くし、君の思い出を聞きたいのは僕のわがままで、君が話しやすい理由付けをしただけだから。そのついでに何か手がかりがあったらいいかなって思っただけだよ」

 エドガルトはにこにこと屈託なく笑いながら、握ったファーナの手をすりすりと撫でる。彼が上機嫌なのはファーナも嬉しいが、ドキドキが止まらなくてつらいので手は離してほしい。
 それとなく手を引こうとするたび、敏感に察知して阻止されるので、なかなかうまく逃げられない。

(手でさえ逃げられないのだから、逃亡なんて大それた計画がうまくいくわけなかったわね)

 そんなことが脳裏に浮かび、ファーナの口から苦笑いを込めたため息が漏れる。

「ねぇ、さっきからなんで逃げようとするのかな、ファーナ?」
「えっ!?」

 どうやら彼にはお見通しだったらしい。
 驚いて身を起こしたファーナに、エドガルトが覆い被さるように顔を近づける。

「逃げられると追いかけたくなるんだけどな」

 そう言って笑うエドガルトの顔は、不規則に揺らめくろうそくの炎に複雑な陰影を映している。
 屈託のない笑顔にも、何かを含んでいるようにも見え、果ては翡翠の目の奥に昏い陰りのようなものまで感じた気がして、ファーナは息を飲んだ。

「隙あり」

 弾んだ声とともに、エドガルトはファーナの口の端にちゅっと音を立ててキスをした。
 柔らかい唇の感触はないが、それでも充分に満足だった。
 目の前には大きな黒い目を白黒させるファーナ。もともとの目の色が見えないのは寂しいが、それはいつか呪いを解いてから堪能するからいいのだ。
 濡れたように光る黒い目も可愛いじゃないか。
 ふふ、と忍び笑う彼の目の前で、ファーナはなにかを言いかけては黙る。
 口をパクパクする様子はエドガルトのいたずら心を妙にくすぐるから始末に悪い。

「ほら、また隙が……」

 調子に乗ってもう一度キスしようとしたが、今度はファーナも即座に我に返った。

「エドガルト様!! お戯れが過ぎますっ! きゃーーーーーっ!」

 絹を裂くような悲鳴。
 と、同時に。

「ファーナ様! いかがなさいました!? 賊ですか、魔物ですかっ」

 真剣な声と同時に、大きな音を立てて部屋のドアが放たれた。
 目に止まらぬ早さで駆け込んできたトーニの両手には、小ぶりなナイフが三つずつ握られている。腰を低くした構えは、戦闘する気満々だ。

「ひっ!?」

 突然の大きな音にファーナは身をすくめた。もしかしてもう魔物の襲撃があったのかと心臓が早鐘を打つ。

「――何事だ?」

 エドガルトはファーナより冷静だった。問う声は心底忌々しそうな口調で、舌打ちをしないのが不思議なほどだ。
 躍り込んできたトーニはエドガルトの言葉にきょとんとし、それからふたりの様子を見て、慌てて戦闘態勢を解いた。

「いえ、いま、ファーナ様の悲鳴が聞こえたものですから、その……し、失礼いたしました!」

 声の抑揚は乏しいが、彼女が慌てているのは一目瞭然だった。顔どころか耳まで真っ赤になっている。
 どうしてそんな顔を? と首をかしげたファーナだが、すぐさま理由を理解して、今度は自分でも慌てた。
 二度目のキスをしようとしたエドガルトの腕は、そのまま彼女の腕を掴んでいるし、そもそもこの密着具合は恋人のそれだ。

「おっ、お楽しみのところを申し訳ありませんでした」
「おたの……!?」
「あとで参りますので、どうぞ続きを……」

 とんでもない誤解だ。
 そしてとんでもない気遣いだ。いくらなんでもそんな気遣いはいらない。

「ち、違うのよ、そういうことじゃなくて! トーニ、待って!」

 一礼して出て行こうとしているトーニを、ファーナは慌てて引き留めた。

「なんでございましょうか?」

 そう改まって訊かれて、ファーナは答えに窮した。誤解を解こうと思ってはいるが、仲睦まじく語らっていたのは真実だ。どう説明して誤解を解けばいいのやら……。話しても理解してもらえるかどうか。
 迷っている間に、エドガルトが深々とため息をついた。

「やれやれ、全くだよ。せっかくいいところだったのに」

 トーニの言った『お楽しみ』をそのまま肯定している。
 ファーナが非難の目を隣に向けても、エドガルトは知らん顔だ。

「本当に申し訳ございません。夕食の支度が調いましたのでお知らせにあがったのですが、ファーナ様の悲鳴に取り乱してしまいました」
「そう。まぁ、こういう状況だから仕方ないね。悲鳴を聞いて駆けつけたのはいい判断だ。責められない」

 そう言うとエドガルトは立ち上がり、次いで、ファーナが立ち上がるのに手を貸す。

「みんなを待たせてはいけない。ファーナ、行こうか」
「いえ、私は……」

 ファーナはふるふると首を横に振った。
 食事をみんなとともにすることはできない。

「どうして? まさか、人間の食事を受け付けない? カナヘビと同じものしか食べられないとか? それとももっと別のもの?」

 矢継ぎ早の質問に驚いた。
 見上げたエドガルトの目は探究心にきらきらと輝いていて、形のよい顔は笑み崩れている。

「ち、違います! 普通に食べられます」

 カナヘビがなにを食べるかは知らなかったが、それでもエドガルトの口調からして、尋ねてもあまり気持ちのいい答えが返ってくるとは思えなかった。
感想 4

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

亡き姉の身代わりとして嫁いだ私ですが、離縁状を置いた翌朝、夫が私の「真実」に気づいたようです』

まさき
恋愛
「サインはもう、いただきました。あとは私がこの屋敷を出るだけです」 ​五年間の結婚生活。侯爵令嬢エルゼが演じ続けたのは、亡き姉・ロザリーの「身代わり」という配役だった。 夫であるカイル公爵が愛していたのは、かつて雪の中で自分を救ってくれた初恋の少女・ロザリー。 生き写しの妹であるエルゼを娶りながらも、彼は一度も彼女を「エルゼ」と呼ぶことはなかった。 ​冷淡な視線、姉と比較される日々。 「君はどこまでいっても、ロザリーの代わりにはなれない」 その言葉を最後に、エルゼは静かに離縁状を置き、屋敷を去る決意をする。 ​しかし、彼女が消えた翌朝。 カイルは、エルゼが大切に遺していった古い小箱を見つける。 そこにあったのは、十五年前のあの日、彼が「命の恩人」に預けたはずの片方のカフスボタン。 そして、幼いエルゼが綴った、あまりにも切ない真実の日記だった。 ​――「あの日、雪の中で貴方を抱きしめていたのは、お姉様ではなく、私だったのです」 ​真実を知り、絶望の中でエルゼを追うカイル。 だが、すべてを捨てて「自分」を取り戻したエルゼは、もう二度と、彼の隣で微笑む仮面の妻には戻らない。 ​これは、名前を奪われた女が自由を掴み、愚かな夫が真実の愛を失うまでの、静かで鮮やかな再生の物語。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中