死神様の恋愛マニュアル

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2.不慮の契約③

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 苦く笑う佐丸の顔を覗き込むように、レイヴンがぐっと身体を近付けた。先ほどまでは佐丸が積極的にレイヴンに迫っていたというのに、今度は逆だった。

「どうやって作った? こんなに細かいものを作れるなんて信じられない。帆船、というものだろう? 綺麗に帆が張られてるし、きちんと等間隔に並んでる。船の土台も佐丸が作ったのか?」
「う、うん。でも別に、誰にでもできるって。ピンセットで一つずつ、時間をかければ誰だって」
「いや、俺には無理だ。こんな細かい作業……」

 感心するレイヴンの声に、佐丸はすっかり恐縮して身を縮めてしまった。両膝を抱えて、爪先をじっと見つめている。さっきまでの大胆さが嘘のようだった。

「ねぇ、そんなことよりセックスの続き」
「そんなことより他のボトルシップは?」

 二人同時に声を出し、そして二人同時に目を見合わせた。
 レイヴンの瞳はキラキラと期待に満ちている。ご褒美を欲しがる犬か子どものようで、佐丸は大きく溜め息を吐いた。こんな空気になってしまっては、セックスの続きなど望めないと思ったのだろう。

「……はぁ、わかった。ちょっと待って」

 そう言って脱ぎ散らかした洋服を身に着け、佐丸はベッドから下りて部屋の電気を付ける。ベッドヘッドの裏に回り、レイヴンを手招いた。
 裏側には腰ほどの高さのキャビネがある。その中に今まで佐丸が作ったであろうボトルシップや、ミニチュア模型の作品がいくつも置いてあった。

 三段組みに分けられた上段と下段に、大小様々な大きさのボトルシップが陳列されている。そして中段にはどこかの観光地を模したミニチュア模型が並べられていた。箱庭の世界に惹かれるようにレイヴンは手を伸ばすが、佐丸に止められる。

「触らないで。壊れちゃうから」
「あ、あぁ……なるほど悪かった。繊細だものな、触ったら駄目か」

 そう言いながら手を引っ込めるものの、レイヴンは佐丸が作ったミニチュア模型に釘付けになっていた。眼球が忙しなくあちこちに動いたかと思えば、ディテールを確認するかのようにぴたりと止まる。これほどまでに興味を持って貰えると思っていなかったのか、佐丸は落ち着きなく身体を揺らしている。

「……これじゃ、お礼になんないよ」

 一晩のセックスが自殺を止めてくれた礼のつもりだったのだろう。佐丸は呆れたように息を吐くが、ボトルシップとミニチュア模型に釘付けとなるレイヴンの耳には届いていないようだった。 

「……これは?」

 じっとミニチュア模型を見つめていたレイヴンが、振り向いて佐丸に尋ねた。指を差した先には、大きな観覧車がある。
 観覧車の外側にはモノレール。少し離れた場所には赤茶色いレンガ造りの建物。車道には赤いレトロなバスが走っていた。

「あぁ、えっと……それは横浜。その観覧車、回るよ。ゆっくり息を吹いてみて」

 急に尋ねられてそどろもどろになりながら、佐丸はレイヴンに答えた。言われるたままに、レイヴンは観覧車へ息を吹きかける。
 すると観覧車はゴンドラを揺らしながら、ゆっくりと時計回りに回転した。

「……っ!」

 驚いたレイヴンは目を見開き、佐丸の顔を見つめる。大袈裟に驚くレイヴンを見て、佐丸は毒気を抜かれたように笑っていた。

「なんか、面白い人だねレイヴンって」
「……そうか?」
「うん。かっこいいのに、子どもみたいで可愛い」
「あんまり嬉しくないな……」
「あは。ごめんって。それよりさ、そんなビックリするってことは観覧車、もしかして見たことなかったりする?」
「ない。観覧車って言葉は知っているが、目にしたのは初めてだ……」

 レイヴンは揺れるゴンドラを目で追いながら、佐丸に答えた。候補生学校の授業で一通りのことは学んできたが、実際に人間界に降りてきたのは今日が初めてなのだ。レイヴンにとって、見るもの全てが新鮮で興味深いものばかりだった。
 特にこの観覧車は、自分が息を吹きかけて動いたということもあって一層強くレイヴンの心を奪う。

「……あのさ。もしかして、レイヴンも僕と同じワケありであそこにいた?」
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