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5.真実と選択⑪
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佐丸がレイヴンに応えた瞬間だった。
突然、佐丸の身体から力が抜けた。レイヴンの胸に再び刻まれた契約印も熱を帯び、その熱に呼応するように佐丸も自分の胸を押さえた。
レイヴンは困惑しながら、何が起きたとアンブレラを見上げる。アンブレラは眉間に皺を寄せたまま、同じ契約印を胸に持つ二人に
「……契約が成就した」
と答えた。
その言葉に、レイヴンは佐丸の願いを思い出す。
――ちゃんとした恋をしてから死にたい。
叶うわけ無い。そう言った佐丸の願いが、叶ってしまった。
人間に恋した死神と、死神に恋した人間。佐丸を助けるために再び結ばれた契約が、佐丸の命を奪うことになる。絶望が、レイヴンの胸に広がっていく。
「なんちゅう顔しとんのや、レイヴン」
二人の様子を見ていたアンブレラが、呆れたように笑った。
人間みたいな顔しやがって、と言われているようでレイヴンはアンブレラを睨み返す。その瞳には強い意思があった。
奪いたくない。佐丸から、もう何も。
切実な思いが伝わる。鹿瀬を拒絶した佐丸と同じ意思の強さを感じ、アンブレラは「こういうのを、似たもの同士と言うんやったか」と苦笑する。
「馬鹿やな、レイヴン」
アンブレラの言う通り、確かに自分は馬鹿なのだろう。だがその愚かさを、微塵も後悔していない。
「たった一人の人間のために、死神としての未来を諦めるなんてな。そんな馬鹿なことを貫き通せる死神なんて、いないと思ってた」
あの時のように叱責されると思っていたが、アンブレラはなぜか寂しそうな瞳でそう言った。まるで遠い過去に、初恋を捨ててきたような顔だ。
「アンブレラ……」
「だからやろな、お前らに――少しだけ託してみたくなった」
何を、とは聞けなかった。ただ、アンブレラの寂しげな表情から伝わるものはあった。きっとアンブレラも同じように人間に恋をして、その恋を捨てた過去があるのだろう。
なぜなら、死神は人間に恋をしてはいけない。恋をしてはいけないと掟を作らなければならないほど、死神は人間に惹かれ、恋い焦がれるものだから。
「佐丸、言うたか」
苦しげに呼吸をする佐丸に、アンブレラが近付いた。蒼白になる顔を覗き込み、
「生きたいか、コイツと一緒に」
と尋ねた。佐丸はレイヴンの顔を見ると、体温の消えていく手でレイヴンの手を強く握った。
「いき、たい。レイヴンと一緒に。だってまだ、行ってないところも見せてないものも、いっぱいある」
「そうか」
佐丸の答えを聞いて、アンブレラは満足そうに笑うと傘の柄をぎゅっと握り締めた。そしてレイヴンの顔を見つめ、
「レイヴン、選べ」
アンブレラは真剣な表情で選択を迫った。レイヴンは佐丸の手を握り返し、アンブレラの言葉を待つ。
「もう一度契約解除をすれば、この人間の命は助かる。だけど二度目の強制解除だ。どれだけこいつの身体に負担がかかるかわからない。いま魂の回収を免れたとして、長く生きられるかはわからへん」
佐丸と共に生きる道はある、と示されてレイヴンは瞬間、喜びに唇を震わせた。しかし、続く言葉でこの道が簡単なものではないと知る。
「それに、もう一度契約を解除すれば死神候補生としてのお前は多分この世界に存在することはできない。候補生としての卒業試験を棄権したのと同じやからな。一度消えて、お前は人間に落とされる。だけどこの男と再び巡り会えるとは限らない。お前がどんな姿で、どこに生まれ落ちるか、それは誰にもわからない。それでもええんか」
アンブレラの言葉はレイヴンと佐丸の離別を意味している。そして再び巡り会える保証もないと無慈悲に告げられた。
レイヴンは握った佐丸の手に力を込める。
自分達の間に、絆と呼べるものはあるだろうか。運命と呼べるものはあるだろうか。どんな姿、形になってもかならず見つけ出せると、言えるだけの気持ちはあるだろうか。
アンブレラに問われ、レイヴンの心に迷いが生じる。
けれど、それでも。
佐丸の手が、アンブレラの手を握り返した。
同じ気持ちだと示すように、今にも消えそうな佐丸の魂がレイヴンの迷いを消すように応える。
「……大丈夫だ、それでいい。例え次の未来で巡り会えなくとも、魂は繋がっていると信じているから」
だからきっと、次の未来で出会えなくとも。いつかの未来できっとまた、交わり巡り会う時がくる。レイヴンの言葉に、佐丸も頷く。
か細いけれど、確かに強固な二人の絆にアンブレラは満足そうな笑みを浮かべた。
「レイヴン、佐丸。お前らが次の未来で巡り会えるように、俺が祈っといたる」
そう言って、アンブレラはあの時と同じように傘の先端をレイヴンの契約印に突き刺した。
強い痛みが全身に走り、レイヴンはは呻きながら床に倒れ込む。共鳴しているのか、佐丸もがくん、と首を倒して意識を失った。
心配そうに佐丸を見つめるレイヴンに、アンブレラが「心配すんなや。事後処理は任せとけ」と答える。
レイヴンは「ありがとう」と声に出そうとして、自分の身体が動かないことに気付いた。きっとこのまま消滅していくのだろうとわかる。不安も恐れもある。しかし愚かな選択をしたと言われたなら、胸を張って「そうだ」と答える。そんな誇らしさもあった。
たった一人の愛しい人間のために、自分の未来を捨てる愚かさをレイヴンは誇りに思う。
そんなレイヴンの気持ちを感じとってか、アンブレラはレイヴンの側にしゃがみこんだ。
「おまえら二人がどうなるかはわからん。それでも、おまえらが死ぬ時は俺が魂を回収しにいってやる。だからなるべくなら、俺におまえら二人を探す手間をかけさせるんやないで」
照れ隠しのつもりなのか、それとも餞別のつもりなのか。
サングラスに隠されたアンブレラの瞳はわからない。だが、そこには確かにアンブレラの優しさが見えた。
レイヴンは唇を持ち上げて笑い、最後まで佐丸の手を掴んだままその姿を消した。
突然、佐丸の身体から力が抜けた。レイヴンの胸に再び刻まれた契約印も熱を帯び、その熱に呼応するように佐丸も自分の胸を押さえた。
レイヴンは困惑しながら、何が起きたとアンブレラを見上げる。アンブレラは眉間に皺を寄せたまま、同じ契約印を胸に持つ二人に
「……契約が成就した」
と答えた。
その言葉に、レイヴンは佐丸の願いを思い出す。
――ちゃんとした恋をしてから死にたい。
叶うわけ無い。そう言った佐丸の願いが、叶ってしまった。
人間に恋した死神と、死神に恋した人間。佐丸を助けるために再び結ばれた契約が、佐丸の命を奪うことになる。絶望が、レイヴンの胸に広がっていく。
「なんちゅう顔しとんのや、レイヴン」
二人の様子を見ていたアンブレラが、呆れたように笑った。
人間みたいな顔しやがって、と言われているようでレイヴンはアンブレラを睨み返す。その瞳には強い意思があった。
奪いたくない。佐丸から、もう何も。
切実な思いが伝わる。鹿瀬を拒絶した佐丸と同じ意思の強さを感じ、アンブレラは「こういうのを、似たもの同士と言うんやったか」と苦笑する。
「馬鹿やな、レイヴン」
アンブレラの言う通り、確かに自分は馬鹿なのだろう。だがその愚かさを、微塵も後悔していない。
「たった一人の人間のために、死神としての未来を諦めるなんてな。そんな馬鹿なことを貫き通せる死神なんて、いないと思ってた」
あの時のように叱責されると思っていたが、アンブレラはなぜか寂しそうな瞳でそう言った。まるで遠い過去に、初恋を捨ててきたような顔だ。
「アンブレラ……」
「だからやろな、お前らに――少しだけ託してみたくなった」
何を、とは聞けなかった。ただ、アンブレラの寂しげな表情から伝わるものはあった。きっとアンブレラも同じように人間に恋をして、その恋を捨てた過去があるのだろう。
なぜなら、死神は人間に恋をしてはいけない。恋をしてはいけないと掟を作らなければならないほど、死神は人間に惹かれ、恋い焦がれるものだから。
「佐丸、言うたか」
苦しげに呼吸をする佐丸に、アンブレラが近付いた。蒼白になる顔を覗き込み、
「生きたいか、コイツと一緒に」
と尋ねた。佐丸はレイヴンの顔を見ると、体温の消えていく手でレイヴンの手を強く握った。
「いき、たい。レイヴンと一緒に。だってまだ、行ってないところも見せてないものも、いっぱいある」
「そうか」
佐丸の答えを聞いて、アンブレラは満足そうに笑うと傘の柄をぎゅっと握り締めた。そしてレイヴンの顔を見つめ、
「レイヴン、選べ」
アンブレラは真剣な表情で選択を迫った。レイヴンは佐丸の手を握り返し、アンブレラの言葉を待つ。
「もう一度契約解除をすれば、この人間の命は助かる。だけど二度目の強制解除だ。どれだけこいつの身体に負担がかかるかわからない。いま魂の回収を免れたとして、長く生きられるかはわからへん」
佐丸と共に生きる道はある、と示されてレイヴンは瞬間、喜びに唇を震わせた。しかし、続く言葉でこの道が簡単なものではないと知る。
「それに、もう一度契約を解除すれば死神候補生としてのお前は多分この世界に存在することはできない。候補生としての卒業試験を棄権したのと同じやからな。一度消えて、お前は人間に落とされる。だけどこの男と再び巡り会えるとは限らない。お前がどんな姿で、どこに生まれ落ちるか、それは誰にもわからない。それでもええんか」
アンブレラの言葉はレイヴンと佐丸の離別を意味している。そして再び巡り会える保証もないと無慈悲に告げられた。
レイヴンは握った佐丸の手に力を込める。
自分達の間に、絆と呼べるものはあるだろうか。運命と呼べるものはあるだろうか。どんな姿、形になってもかならず見つけ出せると、言えるだけの気持ちはあるだろうか。
アンブレラに問われ、レイヴンの心に迷いが生じる。
けれど、それでも。
佐丸の手が、アンブレラの手を握り返した。
同じ気持ちだと示すように、今にも消えそうな佐丸の魂がレイヴンの迷いを消すように応える。
「……大丈夫だ、それでいい。例え次の未来で巡り会えなくとも、魂は繋がっていると信じているから」
だからきっと、次の未来で出会えなくとも。いつかの未来できっとまた、交わり巡り会う時がくる。レイヴンの言葉に、佐丸も頷く。
か細いけれど、確かに強固な二人の絆にアンブレラは満足そうな笑みを浮かべた。
「レイヴン、佐丸。お前らが次の未来で巡り会えるように、俺が祈っといたる」
そう言って、アンブレラはあの時と同じように傘の先端をレイヴンの契約印に突き刺した。
強い痛みが全身に走り、レイヴンはは呻きながら床に倒れ込む。共鳴しているのか、佐丸もがくん、と首を倒して意識を失った。
心配そうに佐丸を見つめるレイヴンに、アンブレラが「心配すんなや。事後処理は任せとけ」と答える。
レイヴンは「ありがとう」と声に出そうとして、自分の身体が動かないことに気付いた。きっとこのまま消滅していくのだろうとわかる。不安も恐れもある。しかし愚かな選択をしたと言われたなら、胸を張って「そうだ」と答える。そんな誇らしさもあった。
たった一人の愛しい人間のために、自分の未来を捨てる愚かさをレイヴンは誇りに思う。
そんなレイヴンの気持ちを感じとってか、アンブレラはレイヴンの側にしゃがみこんだ。
「おまえら二人がどうなるかはわからん。それでも、おまえらが死ぬ時は俺が魂を回収しにいってやる。だからなるべくなら、俺におまえら二人を探す手間をかけさせるんやないで」
照れ隠しのつもりなのか、それとも餞別のつもりなのか。
サングラスに隠されたアンブレラの瞳はわからない。だが、そこには確かにアンブレラの優しさが見えた。
レイヴンは唇を持ち上げて笑い、最後まで佐丸の手を掴んだままその姿を消した。
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