孤悲纏綿──こひてんめん

クイン舎

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五十崎檀子の手記 

二十一

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 わたしの田舎は、女の子のいる家庭では桃の節句の頃になると、それぞれ雛人形を飾って近所を招いたり、或いは招かりたりするのが習わしで、わたしも七段飾りの雛人形を与えられていました。わたしの雛飾りは、わたしが生まれたときに祖父が特別に注文したもので、なんでも京都の有名な人形師がすべて一人で制作したものということでした。家に届けられるまで三年かかったそうでしたが、それゆえまだ真新しく、見るからに贅をこらした大変立派なもので、男雛や女雛はもちろん、三人官女や五人囃子、随身ずいしん仕丁しちょうから道具類に至るまで、すべてが精緻を極めて非常に美しいもので、わたしは毎年雛飾りが出されると、何時間も飽きもせずに緋毛氈の張られた華やかな一段一段を隅々までじっくりと眺めるのを楽しみとしていました。訪ねて来る村の女の子たちにも非常に羨ましがられましたし、その子の母親や祖母である大人の女の人たちにも人形の美しいことや道具類の凝ったことなどを褒められるものですから、ひそかに自分の雛たちを自慢に思ってもいました。
 しかし今こうして古い箱から転がり出して来た中国の少女の人形の首の、あでやかな夢でも見るように目を閉じた美しい顔を見てしまっては、自分の雛人形がひどく貧相な、つまらないものに思えてなりませんでした。わたしはその美しい少女の人形の首への憧れと、自分の雛飾りへの失望とが入り混じったため息を吐きました。
 そのときになってわたしははっと我に返って、ついうっとりと見惚れていた人形の首から、蔵の薄闇の中に光る目をして佇む李大龍へと慌てて視線を移しました。
 李大龍は床に転がり出した人形の首を拾い上げようともせず、ただじっと祖父を見つめているのでした。その様子は、どこか間隙かんげきをついて獲物に飛び掛かろうとする猫のようにも見え、わたしの胸には不安が黒い雲のように湧き起こってきました。
 しかし当の祖父自身はというと、自分に鋭い視線を向ける李大龍には目もくれず、茫然と少女の首を見つめていました。
「……なるほど、親父が触れることを禁じるはずだ。こんなに美しい人形の首が納められていたとは……」
 かすかに震えを帯びた声で祖父が言うのを聞き、祖父も少女の首を人形の頭だと思ったことがわかりました。板の間に転がっている首に熱心な視線を注ぐ祖父の目は、まるで熱に浮かされたように潤んで怪しいほど光っていました。
 しかし祖父は次第にぜいぜいと肩で荒く息をし始めると、額をしきりに手の甲で拭いつつ、
「……た、確かに素晴らしい……。だが、あまりに美しくてなんだか魅入られてしまいそうだ……。それに、ここまで精巧に出来過ぎているといささか気味が悪い……」
 そう言って祖父が身震いをしたときでした。人形の首の瞼が、いきなりぱっと大きく見開かれたのです。
 わたしは寸でのところでなんとか悲鳴を堪えましたが、すぐ目の前でその瞬間を目撃した祖父の驚きは尋常でなく、驚愕の叫びを上げながら、全身をのけぞらせるようにして数歩後ろに飛びのきました。
「な、なんだこの人形……っ。目を開けたぞ……!」
 黒い双眸を大きく見開いた少女の首は、まるで体勢を整えようとするかのように床の上で左右に揺れ始めたかと思うと、ちょうど倒れていた人がすうっと起きあがるときのように、ゆっくりと宙に浮かび始めました。茶箪笥の陰に屈めたわたしの腰が抜けたことは言うまでもありません。
 人間というのはあまりの衝撃に遭遇すると頭が真っ白になってしまうものですが、そのときのわたしがまさにそうでした。ただもう茫然とその場に釘づけになったまま、蔵の天井近くまで高く浮かび上がっていく少女の首を見つめていました。見上げながら、自分はまだ布団の中で高熱にうなされ、悪夢を見ているのかもしれない、いやきっとそうだと半ば縋るような気持ちで思っていました。俄かには今見ていることが現実であるとは信じられず、幻を眺めているような気に陥っていました。
 祖父はわなわなと全身を震わせながら蔵の天井にとどまった少女の首を見上げ、
「な、なんだこれは……っ」
 悲鳴まじりの祖父の声を聞いた途端、わたしは目の前の光景が紛れもない現実のものであることを痛感し、いきおい恐怖が爆発するのを感じました。顎が震えてかたかたと歯の鳴る音を立て、背中には冷たい汗が流れ落ちました。わたしは気を失いそうなほどの怖さを、必死に歯を食いしばって堪えました。



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