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どんでん返し 1

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「ねぇ、知ってる?第二営業課の清水さん、広報の山下さんとつき合ってるらしいよ」
「知ってる知ってる。美男美女のカップルで羨ましいよね」

 そんな噂がどこからともなく、社内に広がった。
 社食のおばちゃんこと、私、頓宮はるみの耳にも当然入っている。

 唯ちゃんと清水君が別れて一ヵ月ちょっとしか経っていないのに。 
 
 社内恋愛は秘密にするカップルが多いけれど、交際をオープンにする場合は結婚間近だったり、彼がイケメンだったりして他の女子が手を出せないようにあえてオープンにしたりする。
 いわゆる匂わせ女子ってやつだ。

 最近は二人で堂々とお昼に社食に来ているから、噂に疎い社員でも知っているだろう。

 今日も仲良くご来店。
 こっちが恥ずかしくなるくらい、イチャイチャしている。
 体をピッタリと寄せ合い、見つめ合い笑う。

 いいんじゃない?幸せそうで。
 フンと二人から視線を外すと、お味噌汁をよそう。
 
「おいおいトンちゃん、鼻息が荒いね。焼きもちか?」

 経理部長、大倉さんだ。

「まさか」

 唇をギュッと結ぶ。
 私としては唯ちゃんの苦しみを知っているから、お腹の底からふつふつ沸き上がる怒りを抑えるための行動だったのだけれど、大倉さんからしたら嫉妬していると勘違いしたらしい。

「彼氏のいないトンちゃんには耳が痛いだろうけど、あの二人結婚するらしいよ」
 
 清水君と山下さんの方を見ながらニヤニヤしている。

「え、結婚するんですか?」

 それは寝耳に水だ。
 だって、付き合い始めてまだ日が浅いのに。

 大倉さんは急に小声になる。

「ここだけの話、営業部長から聞いたんだよ。二人に仲人頼まれたって。式は来年の春らしいんだけどね」

 もうそこまで話が進んでいるの?これは驚きだ。まさかできちゃったのかな。

「トンちゃんも、いい男が早く見つかるといいね」

 大きなお世話ですっ。
 でも私は大人。

「誰か紹介してくださいよ」
「また今度~」

 お調子者め。
 彼氏がいないのは事実だけれど、人をモテない女扱いするのはやめて欲しい。

 あっ、唯ちゃんだ。

「唯ちゃん元気?」
「……まぁまぁ……ですね」

 無理もないか。元カレと自分から彼を奪った同期の女が、仲良くしている姿なんて楽しいわけがない。
 唯ちゃんにはすでに、社内調査員山田みはるとして経過報告はしている。

 面食いナルシストの清水君とは別れたほうがいいと進言しておいた。
 けれど、彼女の心の整理はまだついていないようだった。

 噂を流した犯人に関しては、清水君から池入ひなのと増田鏡花から、整形の話を聞いたと証言は得られたけれど、SNSで流したとの確証は得られていいない。絶対二人のうちどちらかがSNSに流したことは間違いないのだけれど、鉄槌を下すにあたり二の足を踏んでいた。

 やはり状況証拠だけでは、ちょっと苦しい。
 会社の顧問弁護士からも、状況証拠しかないのなら、もう少し証拠を集めて欲しいと言われている。
 問い詰めたところでしらを切られれば、こちらとしてはそれ以上追求出来なくなってしまう。
 決定的証拠を掴むまで、もう少し我慢しなければならなかった。

 社食のおばちゃん頓宮はるみとしては、都度唯ちゃんの相談に乗って山田みはるとは真逆のアドバイスをしていた。
 つまり、『清水君は唯ちゃんのこと好きだって』、『まだまだ頑張ったほうがいい』などと慰めていたのだった。

 これも正体がバレないための作戦。色々苦労してます。
 
「はるみさんにはお世話になりました」
「私は何もしてないわよ。相談に乗っただけだし。大したアドバイスも出来なくて、結局こんな形になっちゃって。悔しいよね」

 そう、めちゃめちゃ悔しい。
 まだ何も解決していないのだ。
 この数日間は無為な日々を過ごしている。
 これでは給料泥棒と言われかねないし……。

 山下さんはデマには関わっていないようだった。池入ひなのから情報を貰っていただけらしい。
 けれど、唯ちゃんの存在を無視して清水君に自分とつき合うように、積極的に働きかけていたのは事実。

 許せない。

 清水君と同じ部署の二人。
 池入ひなのと、増田鏡花も許せない。
 

 
 さてと、次はどうしたものか。

 私は唯ちゃんの仇を打つべくお味噌汁をよそうお玉に力を込めたのだった。

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