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どんでん返し 2

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 お昼の営業を終え、人の居なくなった社員食堂の片隅で私は外を眺めていた。
 今日も東京タワーは青空をバックに美しくそびえている。

 パリのエッフェル塔を真似たらしいけれど、こっちの方が東京の街に合ってる気がする。
 ごちゃごちゃした街並みに、どことなくあか抜けない紅白が良く映えている。

 スカイツリーが新しい東京のシンボルみたいに言われるけれど、私は東京タワーのほうが好きだ。
 古臭いフォルムも好きだし、昭和、平成、令和と激動の時代を黙って見て来たのかと思うと、人の歴史なんてちっぽけなもの。
 
 スカイツリーに負けずにこれからも、この街を見ていて欲しい。

「トンちゃん、どうしたの?」

 飯島さんだった。

「疲れた?今日は忙しかったからね」
「少し疲れました」

 飯島さんは私の横に座る。

「清水君、本橋さんと別れちゃったのね」

 はっ?!
 ちょ、ちょっと待って。
 どうしてそれを?
 だって、唯ちゃんは同期と私にしか話していないって言ってたのに?
 何故に飯島さんが知っているのか理解出来ない。

「娘から聞いてたのよ」

 娘さん?

「言って無かったけ?あたしの娘、ここで働いてるって」
「聞いた覚えは全くありませんけど」
「あら~、そうだった。あたしの娘結構優秀なのよぉ」

 飯島さんの娘さん……。
 って、あ、海外販売部で唯ちゃんと同期の!?

 同じ苗字じゃない。

 うかつだった。 
 同じ名前とか、関連がありそうなものは一応調べるべきなのに、私の中で飯島泉は早々に排してしまっていた。            

「娘さんってもしかして、唯ちゃんと同期で、国際貿易課の飯島泉さんですか?」
「あら、よく知ってるわね。あたし似で美人でしょ」
「も、もちろんですっ」

 正直顔までは良く知らない。

「娘は本橋さんを応援してたんだけどね。まさか山下さんに取られちゃうとはね」
「む、娘さん、他に何か言ってませんでしたか?池入とか増田とかそんな名前、出してませんでしたか」

 人は意外な所でつながっているものだ。
 ラッキーだけど、うすら怖いような。

「知ってるわよぉ」飯島さんは複雑な表情をする。

 何か新し情報が手に入りそうだった。
 はやる気持ちを押さえて、ごくりと唾を飲み込む。

「確か、池入さんと同じ部署で先輩の増田さんは随分前から清水君の大ファンだったみたいで、どちらかが彼女になれるように、お互い切磋琢磨してたらしいわよ」

 私は無言で頷く。

「ほら、清水君たちはさ、交際秘密にしてたじゃない」

 どうやらそこで二人に同族意識が生まれたらしい。

「それがさぁ、ある日突然本橋さんから『私、清水さんとつき合ってる』ってうちあけられてみなさいよ。本人はショックよね。それから池入さんと本橋さんの関係がおかしくなったみたいね。って言うかさ、池入さんが一方的に関係を切ったみたいだけどね」

 なるほど。
 それで唯ちゃんに敵意を持って、あんな噂を流した。

 気持ちは分る。
 好きな人に彼女がいたら、それはショックだと思う。
 私だって一か月は落ち込むだろう。

 でも、腑に落ちない点もある。唯ちゃんは許せなくて、どうして山下さんはOKだったのか?
 二人にしたら、山下さんだって敵だと思うのだけど。

「どうして池入さんたちは、唯ちゃんは許せなくて、山下さんなら清水くんと付き合うの平気なんでしょね?」
「そこが女心の複雑なとこよ」

 飯島さんは娘さんから聞いた話を教えてくれた。

 つまりこうだ。
 時期は不明だけれど、池入ひなのは山下さんから清水君が好き、と打ち明けられていた。元々学生時代サークルが一緒だった二人はその頃から仲も良く、お互い清水君の彼女になれるよう一緒に頑張ろうと、ここでも変な連帯意識が生まれた。
 そこに前から清水君のファンだと公言していた増田鏡花も加わる。
 
 池入ひなの以下三名は清水君に気に入られようと日々努力していたところ、突然唯ちゃんから付き合っていると打ち明けられて酷いショックを受けた。
 
 敵意は唯ちゃんへと向かった。
 すると、三人の中で一番可愛い山下さんに彼女になって欲しいと思うようになる。
 言わば、唯ちゃんに対するあてつけだ。

 これが真相らしい。

「清水君、相当な面食いらしいわよ。それで自分たちは相手にされないと悟ったんじゃないの。変な噂を流しただけじゃ飽き足らず、清水君に新しい彼女を作らせて、ダメ押しみたいなさ。本橋さんを徹底的に打ちのめす的な?女って恐いわね~」

 飯島さんは口を一文字にする。

 まぁ、私たちもその女なんですけどね。なんて無粋なツッコミはしないでおこう。

 って、ちょっと今なんて!?

「飯島さん今、変な噂を流したって言いましたよね!?」
「そうよ。池入さんがSNSで流したらしいわよ。最近娘から聞いたの」

 やった!
 その情報を待っていました。

 これで二人を問い詰められる。

「その話、もっと早く知りたかったですぅ」
「だって聞かれなかったし」
「……」

 それもそうだ。
 それにまさか飯島さんがそこまで知っているとは予想外だったし。

「トンちゃん、本橋さんと仲良かったじゃない。相談に乗ってたんでしょ」
「はい。結局何の力にもなれませんでしたけど」
「本橋さんには早く立ち直って欲しいよね。娘も元気づけるために合コンに誘ってるみたいよ」
「娘さん、優しいですね」
「当たり前じゃない、あたしの子よ」

 飯島さんは豪快に笑う。

「おみそれしました」
「なによ、今頃気づいたの?」
「冗談です。前から頼りになる姉さんだって、心から信頼してたんですから」
「でしょ~。明日は、まかないじゃんけんしなくていいわよ。特別にトンちゃんに一人前譲るから」
「うっそー、言ってみるもんですね」

 飯島さんはポンポンと私の肩を叩いて席を立った。

 私はボイスレコーダーのスイッチを切る。
 飯島さんと娘さんには迷惑かけませんので、この証言は使わせてもらいます。

 ひとりになった私は再び窓の外に視線を移動させた。
 
 やっぱり東京の空は気持ちがいいくらい快晴だ。

 
 
 見てなさいよ、女って恐いんだから。

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