契約結婚のススメ

文月 蓮

文字の大きさ
10 / 51

命の魔法

しおりを挟む
 今日もふたりは海岸で仲良く遊んでいた。
 レティシアが魔法で作った水球を次々と投げつけてくるが、アロイスは軽々とそれを飛び退いて避けた。
 ひとしきり遊び終えたふたりは、砂浜に腰を下ろしてひと休みすることにする。

「アルって、意外と運動神経がいいんだね」
「意外とはなんだ、意外とは」
「うふふ。だってアルってば、すぐに熱をだしちゃうくらい身体が弱いのに……」

 無邪気に笑う彼女の笑顔はこの上なくかわいい。アロイスの顔はつい、だらしなくにやけてしまう。

「べつに俺は熱がでやすいだけで、運動ができないわけじゃない」
「そっか。ごめん、ごめん」
「その言い方、全然悪いと思ってないよな」
「そんなことないよ。もしよかったら……私がアルの病気というか……体質を治してみてもいい?」
「え、できるのか?」
「うん。多分できる……と思う」

 レティははにかみながら答える。
 アロイスは目を大きく見開いた。
 魔法の中でも、身体に直接働きかけるような治癒魔法は、火や水、光を操ったりするのに比べて難しいとアロイスは最近習ったばかりだ。
 病気を治したり、怪我を治したりするには魔力を命の属性に変換する必要がある
 専門的に勉強をしたわけではなく教養として習ったくらいだが、魔力を火や水の属性に変換するよりも、命の属性に変換するのは格段に難しいらしい。
 魔法においては非凡な才能を見せるレティならば、さほど難しいことではないのかもしれない。
 これまでアロイスの両親は、彼の体質を改善すべくいろいろな医者にかからせてくれた。だが、これといった不調の原因は見つからなかった。
 もし、レティにわかるくらいなら、もうとっくに専門家である医者が原因を見つけているだろう。
 レティに治せなくても当たり前なのだ。やってみても別に損をするわけではない。アロイスは軽い気持ちでうなずく。

「じゃあ、やってみてよ」
「うん。じゃあ、ちょっと横になってもらえる?」
「わかった」

 アロイスはレティに言われたとおり、砂の上に身体を横たえる。

「じゃあ、ゆっくりと息をしてね」

 レティは膝をつき、目を閉じて魔法に集中し始める。
 レティが手をかざすと、いくつかの魔法陣が次々と空中に浮かび上がった。
 アロイスの頭からつま先にかけて魔法陣のひとつが、全身を探るようにゆっくりと移動する。
 温かで心地よい魔力の波動を感じて、アロイスはうっとりと目をつぶった。
 まるでぽかぽか陽気の木陰で昼寝をしているような気分になる。
 のんびりとレティの魔法が終わるまで待っているつもりでいたアロイスは、急に冷たい塊を胸に押し当てられたような感覚に、驚いて目を開いた。

「レ……ティ?」

 アロイスの胸の上には三つの魔法陣が浮かんでいる。そして周囲に目を向けると身体を取り囲むように二重、三重に魔法陣が展開していた。

「もうちょっと、待って……てね」

 自分の胸の辺りに感じる冷たさも気になったが、それ以上にレティの苦しげな表情が気にかかる。
 彼女の額には汗が浮かび、唇は固く引き結ばれている。

「レティ、止めろ」
「いや。あと……少しなの」
「無理する必要なんてないっ!」

 レティは首をかすかに横に振って、制止を聞こうとしなかった。
 けれどレティの様子は尋常ではなく、顔色は血の気を失っている。
 アロイスは不安になって叫んだ。

「だってそんな顔色で!」
「だいじょ……ぶ、もう少しっ!」

 レティが展開する魔法陣が光を放ち始めた。魔法が最終段階に差し掛かっていて、もう発動をキャンセルすることはできない。

「っぐ」

 アロイスの胸の冷たさが一転して、今度は焼け付くような痛みに変わった。

「アル、痛くして……ごめん。でも、これできっと!」

 目を開けていられないほどの光が、二人を包む。

――なんだ、この痛みは!

 アロイスは胸の痛みと光のまぶしさに耐え切れず、目をつぶった。
 全身が重く、指一本さえ動かせる気がしない。全身に汗がびっしょりと滲む。いったいなにが起こったのか、アロイスにはわからない。
 永遠に続くかと思われた痛みだったが、徐々に落ち着いてくる。まぶたの裏に感じる光もさほど眩しさを感じなくなっていた。
 アロイスはゆっくりと目を開けた。
 彼の胸の上に倒れこんでいるレティが映った。

「レティ!」

 どうにか身体を起こし、彼女を砂浜の上に横たえる。
 熱っぽいアロイスの肌とは対照的に、彼女の肌は恐ろしいほど冷たく、顔は真っ白だった。
 とりあえず呼吸と脈を確認して、命に別状はなさそうであることにアロイスはほっとした。
 だが、彼女の目はきつく閉じられ、揺さぶっても、声をかけても返事がない。

「これは……魔力切れか?」

 アロイスは習ったばかりの知識から該当する症状に思い当たったが、それが正しいのかもわからない。
 いずれにせよ、誰かの手助けが必要だった。
 アロイスはまだだるさの残る身体をどうにか起こし、立ち上がる。
 一瞬くらりと目眩がしたが、自身の不調に構ってはいられない。
 レティの脇にしゃがみ、どうにか彼女を背中に担ぐ。
 アロイスはレティを背負って歩き出した。
 幸いにも、教えてもらっていた彼女の家は海岸からすぐの場所にあった。
 五分ほどで家の前にたどり着いたアロイスは、ドンドンと扉を強く叩いた。
 彼女の家はこのあたりでよく見かける長屋タウンハウスだった。

「すみません! 誰か!」

 声を張り上げても返事がない。
 彼女の母は外に働きに出ておらず、家で針仕事をするくらいだと聞いていたので、いるはずなのだが、誰も出てこない。
 アロイスはいらいらと足を踏み鳴らす。
 アロイスがもう一度扉を叩こうと手を振り上げたところで、その手は空を切った。
 扉が勢いよく開いて、レティによく似た女性が現れた。

「レティ!」

 女性の視線は背負われたレティシアに釘付けになっている。

「レティのお母様ですか?」
「そうよ! いったいレティはどうしたの?」
「話はあとで。とにかくレティを休ませたい」
「こっちよ」

 入ってすぐのソファを示され、アロイスはどうにかそこまでレティを背負って歩いた。
 レティをソファに横たえた頃には、すっかりアロイスの息は上がっていた。床の上にずるずると座りこむ。

「レティはいったいどうしたの?」
「治癒魔法を……、使ったんだ」

 耳障りな声を上げるレティの母親に、アロイスは荒い息の合間に答える。

「魔法を! あれほどまだ早いと言ったのに! あなたは? 具合が悪そうだけど、どうしたの?」
「俺は……アロイス。丘の上の屋敷に、連絡を、お願いできない……だろうか」

 どうにかレティを運び終えたことでほっとしたのか、目の前が暗くなってきた。
 こうなっては家の者を呼び寄せるしかない。

「ああ、すごい熱!」

 少し冷たい手がアロイスの首筋に触れ、レティの母親が叫んだ。
 あまり頼りになりそうもない母親の言動に、アロイスはここにレティを運んだのは間違いだったかもしれないと思いながら、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

処理中です...