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第四部

新しい武器は杖じゃない?

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「上級魔法を使うなら、もっと高い杖じゃないとダメってこと?」
「間違っちゃあいないが……、ちょっとこれを持ってみろ」

 ジャンパオロは棚から無造作に一本の杖を取り上げると、私に向かって放り投げた。

「うわっと、と、と」

 銀色の柄がついた杖はこれまで私が使っていたものの二倍ほどの長さがある。先端には手のひらほどの大きさの丸い飾りがついていて、ところどころに埋め込まれているのは魔石かな?
 慌てて受け取ったものの、その重さに私は思わず取り落としそうになった。

「重いよ~、これ~」
「うーん、杖じゃだめか?」

 ジャンパオロはあごに手を当て、ぶつぶつと呟きながら店の中をうろうろと歩き回る。

「軽くて、そのうえ上級魔法に耐えられるほどの触媒となると……」

 彼が足を止めたのは、本がいくつか並べられた棚の前だった。

「おい、こっちだ」

 今度は青い背表紙のハードカバーの本を私に向かって放り投げようとする。

「ちょっと待った!」

 さすがに杖を手にしたまま、本は受け取れない。
 ルフィに杖を預けてから、ジャンパオロから本を受け取る。
 こっちは杖よりも断然軽くて、見た目どおりの重さだ。

「で、これってなあに?」

 まさかこれを読んで勉強しろってこと?
 私は怪訝な表情でジャンパオロを見つめた。

魔導書まどうしょだ」
「はあっ?」

 わけのわからない私の隣で、ルフィのほうが驚いていた。

「どうしてこんな場所に魔導書があるんだよ! ちょ、やっぱり、これ、全部魔導書なのか?」
「魔導書ってなに?」
「あぁ?」

 今度はジャンパオロが驚いていた。

「魔法使いなのに、魔導書も知らねえのか!?」

 このままでは話が進まないとわかったのか、ルフィは大きなため息をついた。

「こいつは特別世間知らずなんだよ。気にしなくていいから、使い方を教えてやってくれ」
「気にするなといわれてもな……。まあいい。おい、お前、魔導書を開いてみろ!」

 ジャンパオロに促されて、私は分厚い本を真ん中あたりで開いた。
 古びた色の紙には、幾何学模様と何かの文字が書かれている。
 ……うん、読めない。
 数字や簡単な文字は読み方を覚えたんだけど、筆記体のようにつながった文字など完全にお手上げだ。

「読めないけど、なんて書いてあるの?」
「そりゃ、読むもんじゃねえよ。魔力を流してみろ。使い方はほとんどワンドと変わらんはずだ」

 ふむ。ワンドが本の形になっただけだと思えばいいのかな? 確かにどんなものかは知らなくても、使い方さえわかれば問題はない。
 ほんの少し、かるーく魔力を流してみる。
 すると魔導書の開いた面から、青白い光が放たれ始めた。
 ええぇ? なにこれ?

「ルチア、そこまでだ」

 ルフィの厳しい声に、私はすぐに魔力を流すのをやめた。魔導書から放たれていた光もすぐに終息する。

「なんなの?」
「使えるみたいだな」

 ジャンパオロがにやりと笑った。
 つまり、ワンドよりもこっちのほうがおすすめってこと?

「たぶんルチアなら使えると思ったけどさ……。貸してみろ」

 杖を棚に戻したルフィが手を差し出してきたので、私は魔導書を手渡す。
 ジャンパオロはにやにやと笑うばかりで、何も言わなかった。
 ルフィが真剣な表情で本を開いた。
 深呼吸を一つして、目を閉じる。
 けれど、私が魔力を流したときのような変化は訪れない。

「……ダメだな」

 ルフィはあっさりと魔導書を閉じて、ジャンパオロに返した。

「残念じゃが、おまえには適性がないようだ。で、どうするんだ。買うのか、買わんのか?」

 ルフィから魔導書を受け取ったジャンパオロは、私に向かっていたずらっぽい笑みを浮かべている。

「試しに使ってみたいんですけど、いいですか?」

 以前にワンドを買ったときは、店の裏に空き地があって試せたことを思い出して尋ねてみる。

「よかろう。ちなみに、お前さんが使う魔法は水属性でいいのか?」
「一番得意なのは水だけど、風と火も使えるよ。地も得意じゃないけどたぶん……」

 ジャンパオロはあきれた目つきで私を見つめ、大きなため息をこぼした。手にしていた青い魔導書を棚に戻し、白い本を手に取る。

「だったら、これだな。ついて来い」

 私がついてきているのか確認する様子もなく、ジャンパオロはさっさと店の奥に向かう。
 私とルフィは顔を見合わせて苦笑する。
 どこまでもマイペースな人だ。
 彼の後を追うと、中庭のような場所に出た。
 四方が壁に囲まれていて、他の住居と共用のスペースになっているようだった。

「ほれ」

 私はジャンパオロから白い魔導書を受け取った。
 翡翠ひすいはまだ眠ってるし、深緋こきひに頼むと火事になりかねない。私だってさすがに前回の失敗は覚えているから、同じ失敗を繰り返すようなまねはしない。ってことで、やっぱりここは水魔法だね。
 中庭はタイルのような石畳に覆われていて、ちょうど庭の真ん中あたりが模様の中心になっている。私は左手で魔導書を開き、中庭の中央付近を標的に定めた。
 使うのは水属性の初級魔法だ。
 青藍せいらん、ウォーターフロー!
 心の中で水の精霊に呼びかけたとたん、いつもとは桁違いの手ごたえが返ってくる。
 うわ、やっばい!

「ルチアっ!」

 ルフィのあせった声が聞こえたけど、かまっていられない。
 いつもと同じくらいしか魔力は使っていないのに、地面が割れ、その隙間から二階ほどの高さまで水が吹き上がっている。

「ばかもん! 魔導書を閉じろ!」

 ジャンパオロに言われて、私は慌てて左手の魔導書を閉じる。
 魔導書から放たれていた光はすぐに消え、吹き上がっていた水もすぐに地面の中に消えていく。
 無残に割れた石畳だけが残り、魔法の威力のすごさを物語っていた。

「ごめんなさい」
「ふん、これくらいワシならすぐに直せる」

 魔法の威力に驚いていたジャンパオロは、いつもの調子を取り戻したらしく鼻で笑っていた。

「気をつけろ。たぶんものすごく魔力の変換効率がいいんだ」

 私はルフィの忠告にゆっくりとうなずく。

「魔導書と名前がついとるんだ。当たり前だろう?」

 そんなの、もっと早く言ってよ!

「で、買うんだろ?」
「金額次第だよ~」

 これまで武器屋で魔導書を見たことはなかったし、相場なんてわからない。だけど、以前買ったワンドは銀貨十枚、一緒に見せてもらったロッドは銀貨十五枚くらいしていたはずだ。
 私はどきどきしながらジャンパオロの言葉を待った。

「金貨二枚と言いたいところだが……」

 やっぱりワンドの倍以上するんだ!

「本当にその値段なのか?」

 ルフィは疑わしそうに目を眇めている。

「わしが作ったんだ。いくらで売ろうとわしの勝手だろう?」
「まあ、そうなんだけどさぁ……。ルチア、別に高いわけじゃないぞ。ちょっと安すぎるくらいだから、俺としては買うことを勧める」

 銀貨十二枚で金貨一枚の計算だから、二十四枚かぁ……。せっかく稼いだ討伐報酬もほとんど消えてしまうことになりそうだ。
 かなりお財布には痛手だ。けど、これだけの威力が出るのだとしたら、ぜひとも手に入れたい。
 うう~ん、迷う。

「ま、そうそう買っていく奴もおらん。特別に金貨一枚と半分にまけてやろう」
「わ! ほんとう? だったら買う! 買います!」

 私は両手をあげて、喜んだ。
 その値段だったら防具も買い揃えられる。
 私は物入れから取り出した金貨一枚と銀貨六枚をジャンパオロに押し付けた。
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