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一
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式神を殺された。
鬼に、殺された。
「あこや、真珠の巫女姫などとあがめられているが、君が寂しがり屋の普通の娘であることは私が知っている」
そう言っていつも自分を慰めてくれる美しい青龍だった。
多々羅山を根城にしている性質の悪い鬼がいると聞き、先に向かわせたのがいけなかった。青龍があこやへの従属を誓った証の龍の鱗。そのむき出しの皮膚を鬼は見逃さなかったらしい。心臓をひとつきにされていた。
──油断した。
青龍の名は知れ渡っていて、ただの化生であるなら名を聞くだけで逃げ出すような相手に馬鹿正直に牙を剥く鬼だとは思わなかったのだ。
あこやがたどり着いたときにはもう時すでに遅く。
山の洞穴の中。たおやかな青年の姿は解かれて、身の丈ほどの龍の姿に戻った青龍はばりばりと鬼に喰われてた。
「なんだ、女ぁ? この青魚の主かぁ?」
「お前……私の青龍をよくも」
「龍の肉はどんなもんかと思ったけど、生臭くてかなわねえや」
ぺっとあこやの足元に血肉を飛ばす。その瞬間、怒りで我を忘れた。胸元から龍の鱗を出して、その場で鉾鈴で串刺しにする。
ギャッと呻いた鬼が口元を押さえてのたうちまわった。
「ぃッ……てぇ! て、てめ、なにしやがっ……し、舌が! 殺してや……ぎゃあっ!」
「それ以上、暴言を吐くならその舌引っこ抜きますよ」
血に濡れた鬼の真っ赤な舌。
その舌の表側と裏側。ふたつの真珠が舌を突き破り〝楔打ち〟されていた。
「馬鹿な悪鬼。あなたは私の青龍を自ら取り込んだのです。私の霊力を喰ったも同然。縛るのなんて容易い。あなたの舌に打ち込まれた真珠の楔はその結晶。私が念じるだけでその舌を引きちぎります」
「ぁ、ぁあ⁉ んだと、小娘、ぎぃあっ」
あこやがほんの少し睨むだけで、楔の食い込みが増したのだろう。鬼は脂汗を浮かべて黙った。鉾鈴を抜いた龍の鱗を懐に入れる。
「この単細胞のうすらとんかち、よくも私の大事な式神を殺しましたね」
ああもう本当に、あの青龍はよかった。強く美しく辛抱強く清廉で。理想の使い魔だったのに。横に連れているだけで小娘だと侮る村の神主や庄屋の息子も一掃できた。益体もない愚痴も全部聞いてくれていた。はああ、とあこやは鬼に近づき、鉾鈴を構えた。鬼の胎の中の霊力と合わせれば心臓を串刺すのは容易いだろう。
うずくまる鬼を蹴っ飛ばし、仰向けにして、鉾鈴の柄を握りしめ、大きく振りかぶり、狙いを定めて──
「まっ……待て‼ 待ちやがれ! 降参、降参するから!」
「……命乞いなら聞きませんが」
「そういわず聞いてくれよ。慈悲深いと評判の巫女さんだろあんた。……へぇ噂通りの美人だ」
あこやは眉を顰め、鬼もまた冷や汗を浮かべて口の端を引きつらせた。
「青龍を従えた巫女の噂、今思い出したわ。長年の式神を失くしてお困りじゃねえの? あっという間にあやかしたちの間で広まるぜ。同胞を殺しまくった巫女が用心棒を失くしたってな」
「……誰のせいだと。それに有象無象のあやかしなぞ、青龍がいなくても私の敵ではありません」
「そうかあ? その割には焦ってたように見えたけど。なあ、ちょうどいい代わりが目の前にいるだろ? 殺さないでくれたら、手を貸してやってもいいんだぜ」
見え透いた命乞い。どうにか〝楔打ち〟から逃れたいのが見え見えだ。それは鬼も分かっているのだろう。分かっていてあこやの出方を窺っている。
(……確かに、あやかしであるなら、青龍がいなくても私の敵ではない。あやかしであるなら──)
あこやはまじまじと鬼を品定めした。金の髪、金の目、瞳孔は紅色で、金細工に埋め込まれた紅玉のように美しい。透けるような金色の髪は、馬の尻尾のように無造作に後頭部にまとめられていたが、野性味のあるその風体に似合っていた。黒い二本の角だけは邪なあやかしの象徴であったが、人ならざる者としての威厳はある。錦の鎧直垂。金の首輪。金の耳輪。どこで奪ってきたのか知らないが、見事な造りをしている。切れ長の妖しい瞳、牙の覗く妖しい口元──人間の形をしているのに人間ではなく。粗野なのに美しい。その歪さが不思議な魅力を引き立てている、そういう鬼だった。
あこやは鉾鈴を下ろし、鬼から退いた。
「……よろしい、単細胞なりに交渉したのは褒めて差し上げましょう。あなたの見目は青龍と比べても遜色ない美しさです」
「……は、なに巫女さん。意外と面食い?」
からかう鬼の言葉をあこやは無視し、その端正な顔を撫でる。
「鬼は鬼と認識されたほうが強いのに、何故あなたが人型をとっているのかは知りませんが。私にもそのほうが都合がいい。あなたの口車に乗って差し上げます。けれど」
ガッとあこやは新たな使い魔の胸ぐらを掴んだ。
「──妙な真似したら、分かっていますね?」
「はいはい、いい子にして言うこと聞きますよー」
どっちが鬼畜だよ、と鬼は毒づいた。
鬼に、殺された。
「あこや、真珠の巫女姫などとあがめられているが、君が寂しがり屋の普通の娘であることは私が知っている」
そう言っていつも自分を慰めてくれる美しい青龍だった。
多々羅山を根城にしている性質の悪い鬼がいると聞き、先に向かわせたのがいけなかった。青龍があこやへの従属を誓った証の龍の鱗。そのむき出しの皮膚を鬼は見逃さなかったらしい。心臓をひとつきにされていた。
──油断した。
青龍の名は知れ渡っていて、ただの化生であるなら名を聞くだけで逃げ出すような相手に馬鹿正直に牙を剥く鬼だとは思わなかったのだ。
あこやがたどり着いたときにはもう時すでに遅く。
山の洞穴の中。たおやかな青年の姿は解かれて、身の丈ほどの龍の姿に戻った青龍はばりばりと鬼に喰われてた。
「なんだ、女ぁ? この青魚の主かぁ?」
「お前……私の青龍をよくも」
「龍の肉はどんなもんかと思ったけど、生臭くてかなわねえや」
ぺっとあこやの足元に血肉を飛ばす。その瞬間、怒りで我を忘れた。胸元から龍の鱗を出して、その場で鉾鈴で串刺しにする。
ギャッと呻いた鬼が口元を押さえてのたうちまわった。
「ぃッ……てぇ! て、てめ、なにしやがっ……し、舌が! 殺してや……ぎゃあっ!」
「それ以上、暴言を吐くならその舌引っこ抜きますよ」
血に濡れた鬼の真っ赤な舌。
その舌の表側と裏側。ふたつの真珠が舌を突き破り〝楔打ち〟されていた。
「馬鹿な悪鬼。あなたは私の青龍を自ら取り込んだのです。私の霊力を喰ったも同然。縛るのなんて容易い。あなたの舌に打ち込まれた真珠の楔はその結晶。私が念じるだけでその舌を引きちぎります」
「ぁ、ぁあ⁉ んだと、小娘、ぎぃあっ」
あこやがほんの少し睨むだけで、楔の食い込みが増したのだろう。鬼は脂汗を浮かべて黙った。鉾鈴を抜いた龍の鱗を懐に入れる。
「この単細胞のうすらとんかち、よくも私の大事な式神を殺しましたね」
ああもう本当に、あの青龍はよかった。強く美しく辛抱強く清廉で。理想の使い魔だったのに。横に連れているだけで小娘だと侮る村の神主や庄屋の息子も一掃できた。益体もない愚痴も全部聞いてくれていた。はああ、とあこやは鬼に近づき、鉾鈴を構えた。鬼の胎の中の霊力と合わせれば心臓を串刺すのは容易いだろう。
うずくまる鬼を蹴っ飛ばし、仰向けにして、鉾鈴の柄を握りしめ、大きく振りかぶり、狙いを定めて──
「まっ……待て‼ 待ちやがれ! 降参、降参するから!」
「……命乞いなら聞きませんが」
「そういわず聞いてくれよ。慈悲深いと評判の巫女さんだろあんた。……へぇ噂通りの美人だ」
あこやは眉を顰め、鬼もまた冷や汗を浮かべて口の端を引きつらせた。
「青龍を従えた巫女の噂、今思い出したわ。長年の式神を失くしてお困りじゃねえの? あっという間にあやかしたちの間で広まるぜ。同胞を殺しまくった巫女が用心棒を失くしたってな」
「……誰のせいだと。それに有象無象のあやかしなぞ、青龍がいなくても私の敵ではありません」
「そうかあ? その割には焦ってたように見えたけど。なあ、ちょうどいい代わりが目の前にいるだろ? 殺さないでくれたら、手を貸してやってもいいんだぜ」
見え透いた命乞い。どうにか〝楔打ち〟から逃れたいのが見え見えだ。それは鬼も分かっているのだろう。分かっていてあこやの出方を窺っている。
(……確かに、あやかしであるなら、青龍がいなくても私の敵ではない。あやかしであるなら──)
あこやはまじまじと鬼を品定めした。金の髪、金の目、瞳孔は紅色で、金細工に埋め込まれた紅玉のように美しい。透けるような金色の髪は、馬の尻尾のように無造作に後頭部にまとめられていたが、野性味のあるその風体に似合っていた。黒い二本の角だけは邪なあやかしの象徴であったが、人ならざる者としての威厳はある。錦の鎧直垂。金の首輪。金の耳輪。どこで奪ってきたのか知らないが、見事な造りをしている。切れ長の妖しい瞳、牙の覗く妖しい口元──人間の形をしているのに人間ではなく。粗野なのに美しい。その歪さが不思議な魅力を引き立てている、そういう鬼だった。
あこやは鉾鈴を下ろし、鬼から退いた。
「……よろしい、単細胞なりに交渉したのは褒めて差し上げましょう。あなたの見目は青龍と比べても遜色ない美しさです」
「……は、なに巫女さん。意外と面食い?」
からかう鬼の言葉をあこやは無視し、その端正な顔を撫でる。
「鬼は鬼と認識されたほうが強いのに、何故あなたが人型をとっているのかは知りませんが。私にもそのほうが都合がいい。あなたの口車に乗って差し上げます。けれど」
ガッとあこやは新たな使い魔の胸ぐらを掴んだ。
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