鬼に真珠

ちづ

文字の大きさ
3 / 5

しおりを挟む
 それから数日は、あこやは多々羅たたらと村はずれの廃寺で過ごしていた。
   季節は可憐な桜が咲き終わり、若葉に移り変わる時分。
 もともと尼寺であった廃寺はところどころ障子やひさしが痛んではいたが、雨風凌げれば充分であった。
 
 多々羅たたらの助言通り、そしてあこやの宣言通り。
 巫女の式神である青龍が死んだとあやかしの間ではすぐに評判になり。
 あこやの命を狙って魑魅魍魎ちみもうりょうが襲い掛かってきたが、ほとんどがあこやの張った結界すら超えられず。
 わずかに結界を突破するあやかしも、待ち構えていたあこやに瞬く間に退治された。
 今日も牛鬼うしおに鉾鈴ほこすずで串刺しにし、けがれを落とすため、あこやは近くを流れる小川にみそぎへと出かけて行った。

「俺の出る幕ないじゃんよ~」

 つまらない~と不貞腐れた多々羅に、あこやは「お団子でも買ってきてください」と言いつけた。
 多々羅が妖怪退治に使役しえきされるときは食事や湯あみのとき、睡眠時くらいで、あとはもっぱら村里むらざとから捧げられる供物や衣類、文を届けるお遣いばかりさせられていた。
 禊を終え、濡れ髪を手ぬぐいでふき取りながら、日が落ちてようやく帰ってきた多々羅を出迎え、あこやはため息ついた。

「ひどいですね。青龍に頼めば半刻もかからないうえに、おまけのよもぎ餅までつけてくれるはずなのに。串団子を三本買うのに半日もかかるなんて」
「悪かったな‼ 俺の顔を見た途端、村人たちが逃げ回るおかげでなあ! 村中這いずり回るはめになったわ。妙なお遣いばかりさせやがって。使い魔になるとは言ったが、小間使いになるとは言ってねえよ!」

 上面の媚びも売れないほど、いらついた多々羅から風呂敷を受け取って、あこやは「まあ」と微笑んだ。

「ご苦労さまでした。村の者にあなたが私の使い魔だと知らせるためなので、それはよかったです」
「……? あやかしじゃなくて、村の人間にかあ?」
「ええそうです。有象無象のあやかしなんて私の敵ではないと言ったでしょう。それよりも──」

 いえ、とあこやは一度言葉を呑み。胸元から巾着を取り出した。

「……それより、これをおつけなさい。一目で私のお遣いだと分かるから。次からは話が通りやすくなるはずです」

 大粒の真珠玉を組紐くみひも包編つつみあみした首輪だった。多々羅はものすごく嫌そうな顔をした。

「真珠なんて女々しくてやだ。きんの首輪とも合わないし。俺はきんが好きだから、くれるなら金にしてくれよ」

 真珠の首輪をつっかえす。確かに多々羅の胸元には、金色のさざれ石を連ねた首輪が煌めいていた。

「そうですか? 確かに真珠は女性の象徴ですが、男性がつけても上品でいいのですよ。あなたは粗野すぎるので、もう少し落ち着きというものを、って、なんですって、きん? これが?」
「そうだ。あの山は金が採れるから。採掘を許す代わり坑夫こうふに俺にも献上させたんだ。山にはいろんなあやかしが出るから守ってやるっていう約束でよ。。あ~あ~青龍が邪魔しに来なければそのうち鬼神キシンサマとして祀られたかもしれなかったのにな~」

 あこやは眉をひそめた。

「これ、黄鉄鉱にせものですよ。きんとよく間違えられるただの火打ち石です。騙されたのですね。可哀そうに……」
「ぁ゛あ゛⁉ くそがっ……! 今すぐあいつら根絶やしにしてやる! 縛りを解け! 山に戻るッ!」

 ぶちり、と黄鉄鉱おうてっこうの首輪を引きちぎり、多々羅は頭から生えるつのを、怒りのあまりめきめきと鹿の角のようにえだわかれさせた。ぐるる、と唸り声まであげる。それこそ鬼神きしんのような迫力で牙をむき出しにする。あこやは臆することなく。むしろあきれ果て、転がった黄鉄鉱おうてっこうを拾った。

「妙に頭が切れるかと思えば、やっぱり単純ですね。こんなものに騙されるなんて。青龍が油断してやられたのも分かります」

 珍しくあこやは、ふ、と笑い。

「そんなに怒らずとも黄鉄鉱おうてっこうも鉱石。火山活動で生成される大地の力を蓄えたいい石ですのに。それに、あなたは──」

 多々羅の美しい金色の目を見据えた。

「わざわざきんで着飾らずとも。その髪も瞳もどんな宝石よりも美しい。よっぽど素敵」

 あんまりにも、あこやがまっすぐに言うので、多々羅はがくりと調子を崩し。枝わかれさせたつのをしゅわしゅわと戻した。

「きもちわるっ! なに⁉ 本当に面食いなの巫女さん⁉ 俺が〝楔打くさびうち〟から逃れるために使い魔になったのは分かってるよねえ⁉ 妖怪退治に俺が必要ないならなんで使い魔にしたわけ⁉ 意味わかんねんだけど! こえーんだけど⁉ 早く〝楔打くさびうち〟から解放してくれよ。もうこの山で悪さはしねえから~」
「そういうわけにはいきません。青龍を殺した責任はとってもらいます。少なくともひと月後の吉日までは。最初からあなたに何も期待はしてませんので、ここにいてくれればいいです」

 ひと月後の吉日。村里のあの豚のような神主が言っていた言葉を思い出す。

「……そういや縁談とか言ってたっけな? なに、巫女さん、嫁入りするの?」

 あこやは顔を伏せ、乾いてしまった串団子をぱくりと口に入れた。

「……まあ、そうですね。来月、庄屋の息子に嫁ぐのです。巫女としての鬼払いの仕事はあなたで最後でした。もし、嫁入りあとにあやかしが私を狙ってきても青龍がいれば追い払うのは容易かったのに」

 どっかの馬鹿な鬼に殺されてしまったので、とじろりとあこやは睨み。多々羅はわざとらしくそっぽを向いた。

「……青龍がいなくても私一人で太刀打ちできると証明しなくてはいけなくなりました。私に手を出す気がなくなるまであやかしたちを倒し続けねば。嫁入り先の庄屋にもご迷惑になりますので」
「なるほど~そりゃ閨事ねやごとのときにあやかしに襲われたら旦那さんも萎えちゃうよな~しかし、もったいねえな、そんなすごい霊力持ってるのに」

 合点がいった、と多々羅は軋む板敷いたしきの上に寝ころんでけらけら笑ったが、あこやは真剣だった。

「だからこそです。私の祖先は遠い昔に水神と交わった一族。この霊力は代々受け継がれるもの。私も婚姻し、子に引き継がせねばなりませんから」

 ふーん、と多々羅は興味なさそうに頬杖をついた。切れ長な瞳がまじまじとあこやを品定めする。
 元結もとゆいでまとめた黒髪を解き、巫女装束ではなく単衣姿ひとえすがたのあこやは確かに年ごろの娘に見えた。真珠と称えられるほどの白い肌。薄衣うすぎぬに隠されたまろい胸元。艶やかな唇。物憂げに伏せられた睫毛は影を落とし。冷たい表情を除けば、なるほど〝真珠の巫女姫〟などどもてはやされる美しい娘だった。

「庄屋の息子なら玉の輿かあ。巫女さん美人だし、未来の旦那も気が気じゃないだろうな、鬼と籠っているなんて」

 それはそれで優越感がある。気をよくした多々羅は身を起こし、あこやの濡れ髪に手を伸ばした。

「巫女さんも人が悪いなあ。嫁入り前に男と二人きりなんて。貞操観念が薄いんじゃねえの? いちおー俺も男なんだけど。襲われちゃうかもよ?」

 ──ま、どうせ〝楔打ち〟があるから、手を出せないと高をくくってるのだろう。その通りだが。
 多々羅はただの軽口のつもりだったが、あこやはそのとき、ふと、多々羅の目を見た。まっすぐに、金色の目を。

「──いいですよ」
「は?」
「いいですよ、襲っても」

 ぱちり、と燭台しょくだいの火が揺れた。軽快に紡いでいたやりとりが途絶え、妙な間が生まれる。闇夜の中、お互いの息遣いだけが響く。
 ──なにかの罠、かと。多々羅は笑おうとしたが、引きつった声しかでなかった。
 あこやがあんまりにも無防備に多々羅を見上げていたから。動揺するでも、恥じらうわけでもなく。まっすぐに。

「……ええ? 巫女さん、俺に一目惚れしちゃった、とか?」
「それはないですね」
「だよなあー! なに? 面食いの上に色狂いとか?」

 大げさに馬鹿にする。あこやは怒らず、さして笑いもせず。

「いいえ、ただ別に、それもいいかと思っただけです。あなたはとても美しいので。嫁入り前に火遊びするのも」
「……本気で言ってる? 青龍を殺したの俺だけど?」
「その責任は今果たしてもらっています。これは、まあ、捨て置いてもいい戯言ざれごとですが──本気の戯言ざれごとです」

 完全に調子が狂い、多々羅は何とも言えずに押し黙る。
 見つめ合ったまま──にらみ合ったまま。あこやの瞳の色を探るけれど、多々羅にはてんでその言葉の意味が分からず。
 妙に真に迫っていて、嘘とは思えなかった。そのことに余計困惑した。
 もともと複雑なことを考えるのは向いていないのだ。
 真珠色の肌を一瞥し、

 この美しい娘を力任せに押し倒したら、気持ちいいのは間違いないだろうな、と本能的に思った。この澄ました顔がどんな顔をするのか、どんな声をあげるのか、それは興味深くはある。あるが──

「……やめとく。なんか怖いし、不気味だわあんた」
「……あやかしに不気味と言われるとは心外です」

 するり、とあこやの濡れ髪から手を離した。交わっていた視線がずれて、ぴんと張っていた緊張も解かれる。
 あこやは「意外にいくじなしですね」とのたまい、残った団子を平らげると、布団の中でさっさと寝入ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...