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 撮ったシーンの見直しが終わる。
 演技は上手とは言えないが、バトルシーンはこれまでの戦闘シーンよりも迫力のあるものが取れた事に赤羽は満足した笑みを浮かべる。

「良いよ! 良いよ! これ程のアクションを平然と出来る夕君は素晴らしい。是非この業界に来てほしいものだよ!」
 
 赤羽 茂がこれ程までキャストを褒める事はめったに見ない。それ程まで自分の思い描いていた内容が出来たという事であろう。

「君は誰にこれ程の武術をならったのだ?」
 
 御剣 武は不思議そうに夕に問う。
 アクション映画に出始めた頃から武術に携わっている武はもう20年程の経験を積んでいると言うのに、夕に勝てるビジョンが一切見えなかった。

 そして撮影の前にバトルシーンの攻撃の順番などの説明の時に夕は好きなように攻撃をしてほしいという事を言った。
 こういう撮影は怪我などの危険性があるので、何度もシーンを繰り返し撮影していく事が多い。
 だが、夕はその言葉通りに実行したあげく、緊張感のあるバトルシーンを取る事に成功する。

 撮影の中で社会の厳しさを教えるというか、アクションの厳しさを教える為にあえて台本に無かった攻撃をして驚かせようとしていた。
 武の性格が悪いと言う訳では無い。
 若い頃の時に活躍したせいで、大人になった時に自分の意志が通らないとすぐに仕事を降りようとする若手を何人も見てきていた。
 これは本人も悪いが、子役や若手の時に甘やかされて、大人としての自覚が少ない者がいる。
 それが武の中で夕が当てはまってしまったのだろう。

 一人の言葉で現場の雰囲気が悪くなる事もある。そのせいで上手く撮影が進まず映画監督の機嫌を損なう事もある。
 お金をもらっている以上。しっかりとしたパフォーマンスをしないといけないと思っている武なのだ。
 まぁ生真面目な所が武のいい所で悪い所でもある。
 だが、実際に撮影を取り始めると、夕の演技に飲み込まれそうになる。
 顔合わせの時に成人した女性だと思っていたが、実際には高校生で半年前では中学生だと聞いた時には驚きであった。
 最近の子供は化粧で大人びた姿を見るが、これ程まで素の状態で大人びていた事に驚きである。
 夕が演じる役は中国、マフィアの頭(ドン)の娘の役である。18歳という年齢であるが既にファミリーの一員と活動をしており既に、拠点である中国の裏社会では名の通っている人物である。
 表向きは美人で愛想のある少女として通っているが、裏の顔は無慈悲で残虐である。彼女に捕まれば原型が無くなる死体に生まれ変わるとまで言われている。
 事前に赤羽から連絡を受けて役を演じる人物の設定を教えてもらった途端に晶のやる気が上がりマフィアが出てくる映画を散々見せられ覚える事になった。
 
 結果で言えば演技は至っては練習すれば今の夕と同じ事を出来る人間は沢山いるだろう。
 だが、戦闘シーンでは赤羽の中でも一番と言っていい程の気迫の迫るシーンが取れていた。

 本来なら格闘の経験者同志の激しい戦闘シーンはどれも迫力があるものだ。
 だが、今回の相手は成人していない未成年の女性だ。
 攻撃の誘導や加減を行使しながら本来は派手に見せるシーンを撮っていく予定であったが、気がつけば健司役の武は夕の気迫に撮影という事を忘れて本気で攻撃をしていた。
 
 その異変に一早く赤羽は気がつき夕が怪我をしない様に一度撮影を止めようかと考えていたが、あまりにも武の攻撃をあっさりと躱したり受け流したりする光景に止める事を忘れてしまうほど、強者同士の戦いを見入ってしまった。
 武の攻撃でテーブルの後ろに飛ばされるシーンは存在しない。
 この時、赤羽は我に戻りシーンを止めようと思っていたが、起き上がって来た夕の表情に息を飲む。
 演技の為に作られた表情では無く純粋に表した表情であり、その顔はバトルを楽しむかのように口元が吊り上がっていた。 
 動きにくいスーツの上着を脱ぐ場面はまるで男性が服を脱ぎ捨てる所では胸が躍る。
 いやらしい気持ちでは無く、純粋に見た目にそぐわない男らしい脱ぎ方にと言う意味である。
 
 そして、赤羽は夕の虜となっていく。
 高校生という年齢で仕事の合間だとしても20年武術の経験者を赤子の様にいなしていく姿に魅了されていた。
 武は昔から続けている空手に加えて、映画で必要になる武術をその手のプロから直々に教わっている猛者でもある。
日本で存在するメジャーなものや暗殺術、喧嘩など様々である。

「それは秘密だ。秘密の多い女こそ魅力があって良いものだろ?」
 
素直に教えてくれるとは思ってもいない。それは此処にいるスタッフ全員がそれぞれの思いはある。

「確かにそれは言えている。秘密の多い女性ほど魅力を感じるものは無いな」
 
武に共感する男性数名は軽く頷く。

「さぁ! 良いシーンが撮れた事だし、皆はそれぞれ昼食にあたってくれ」
 
 高級そうな弁当を受け取ると、夕は晶と景色が良さそうな場所で食事をとる。
 もちろん役者の為の部屋も用意されているが、珍しい場所という事で二人はピクニック気分で空がある場所で食べる事にした。
 

 日陰とはいえ8月は暑い。

「景色は良いが暑くてかなわん」
「そうだね~ 暑いね~」
 
 汚れる事も気にしないで寝転がる夕はふと晶を見る。

「ん? お前汗をまったく掻いてないよな?」
「気のせいだよ?」
 
 可愛らしく首を傾げるが、明らかに暑さを感じていない表情に見えた夕は晶を問い詰める。
「何を隠しているかな?」
 
 胸を揉むイメージトレイニングをしているのか突き出された両手を開いたり閉じたりしている。
 流石に後ろには撮影の準備をする裏方のスタッフがいるので、あっけなく晶は諦め白状する。

「ん~ 魔法だよ。火山地域に行く時に掛ける魔法があったでしょ? ちょっと待ってね」
 
 晶は夕に向けて手のひらをかざすと、この世界で聞きなれない言語を使うと晶の髪はふわりと浮かぶと、魔法が発動する。

「うぉ! 暑さが嘘の様に無くなって快適になった」
 
 先ほどまで感じていた暑さをまったく感じなくなる。

「でしょ? 魔法って便利だよね」
 
 此処でふと夕は思う。
 7月あたりから通学路で夕は暑い中登校していた事を思い出す。あの時、隣にいた晶は確かに暑いと言っていたが、汗を掻いている素振りはなかった。体育の授業でも晶は平然としていた事を思い出す。

「おまえ…… 一人だけ結構前からその魔法使ってなかったか?」
「きっ気のせいだよ?」
 
 相変わらず嘘を吐くのが苦手な晶は今では長い金髪の先をクルクルと指で回しながら視線を背ける。
 仲良さそうにじゃれ合っている二人を遠巻きに見ているスタッフは仕事中の唯一の癒しでもあった。だが、そんな空間に切り裂く悲鳴と何かを飲み込みそうな勢いの音が鳴り響く。
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