アオハル・リープ

おもち

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吉田冬吾

retry16:過去のトラウマ

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 吉田に連れられてミカ達はファミレスにきていた。ここまでくるのに、まず丸井が行きたくないと言い出し、宥めて到着したら座る場所問題にぶち当たる。それは結局リイの隣に座るという吉田の勢いに押されて解決した。

「ほんで?僕の何を知りたいん?」

 注文をした後に吉田が改まってそう切り出す。彼の目の前に座るミカ、望杏、丸井はその向けられる笑みの胡散臭さに眉を顰めていた。特に丸井はさっさと終わらせたいのか、隣に座るミカと望杏に向かって顎で示す。

「お前ら、こう言ってんだ。さっさと聞きたいこと聞け」

「せやでー?何でも聞いたって?」

 意外と息が合う2人にミカは新たな発見だなと思いつつ、吉田に向かって尋ねた。

「……君は人がいるところではヘラヘラしているだろう?望杏が言うには、剣道の実力も相当らしいのに」

「あー……それは……」

 ミカの問いに吉田が言い淀むと、望杏が口を挟んだ。

「ヨッシーはずーっと一番だったんでしょ?一番強いのに、なんで今は違うのかなーって不思議なんだよね。一番が好きじゃなくなったの?」

「せやなぁ……そうなんかも、しれへんなぁ」


 望杏の言葉に吉田はポツリとそう言って、誤魔化そうとする。しかし、それを隣にいたリイが反応した。

「え!一番って凄いことなのに、嫌になることなんてあるんですか?吉田さんの素振り、あんな真剣で素敵だから、きっと試合で戦う時もかっこいいのに……」

「あー……そないに純粋な目で見られると僕の良心が痛むなぁ」

「吉田、何でも聞けと言ったからには答えてもらうぞ」

 ミカの真っ直ぐな瞳に吉田は気圧され、ため息を吐く。この状況では適当に誤魔化すのは無理だと判断したのだろう。

「ほんじゃまぁ、昔話でもしよか」

 そう切り出して、吉田は自分の事を話し始めた。


「僕は幼い頃から剣道で一番やった。周りに敵うやつなんかおらん。どんな相手も負かしてきた。気持ちよかったでぇ、みんなに褒めちぎられてな。せやけどな、最初は称賛しとった友達も僕が勝つ度にどんどん離れてくんや。どんだけ仲が良くても。気づけば僕の周りには誰もおらんかったわ」

 吉田は淡々と語る。何でもないことのように、ただ、引き出しをあけて作業するかのように。

「理由がわからへんし、妬みやって思っとった。僕のせいやない。弱いあいつらが悪いんやって。そう思っとったのに、ある日ふと気づいたんや」

「何に?」

 ミカが思わず聞き返す。吉田は飄々とした笑みのまま答えた。

「勝った、はいおめでとう。そんだけで終わらんちゅーことを。僕の勝ちが相手の踏み台の上に成り立っとるんやって自覚したんや。勝てば嬉しいそれだけやのに。僕に負けた奴らの、剣道の道が今後閉ざされるって理解したら……まともに刀振れんくなったわ」

 誰も何も言えなかった。彼の話を聞いてミカは理解した。吉田の心に後悔が募っていることを。彼の心の杭である無数の針は、今まで吉田が勝ってしまったために、その道を閉ざされた者の数を表している。吉田自身が自分のせいでとそれを悔やんでいるから、あんな特殊な形の心の杭になったのだろう。

 勝負の世界はシビア。わかってはいる。けれど、わりきれるかは別だ。吉田はこの結論に至るまでに相当悩んだのだろう。ミカは普段の飄々とした笑みの裏側にこんな闇を抱えているとは思わなかった。

「だから、僕は真面目にやらんくなった。自分が周りを不幸にしたないから……まぁ、日和ったんや。せやから高校では当たり障りない程度のレベルにおる。ああ、これ人間関係も同じやで?のめり込まないように、一定の距離で和を乱すことなくが、世の中を上手く生きるコツや」

 最後にふざけて言う辺りが吉田らしい。これも彼の一種の防衛反応なのだろう。変な空気で終わらせないように、話が逸れるようにと誘導している。しかしミカは、あえて聞いた。

「じゃあ、なんで剣道をやめない?そんな思いをしてまで剣道部にいる理由はなんだ?」

「せやなぁ、なんでやろなぁ……」

「好きだからじゃないのか?」

 ミカが鋭く切り込む。吉田は一瞬だけ目を見開いた。しかしすぐにいつもの飄々とした笑みに戻る。

「好きやから、か……せやなぁ」

 そう呟くと彼は遠くを見て笑った。

「僕は剣道が好きなんやろな……」


 それはとても小さな呟きだったけれど、ミカ達の耳にはしっかり届いていた。心の杭は消えることはない。吉田の中にある後悔は未だに彼の心を蝕んでいる。

「好きなら真剣に取り組め。他の部員に失礼だろう」

「あーもう僕は適当キャラで通っとるし、そこんとこは心配せんでええで?」

 ミカに対して吉田は適当に誤魔化した。そこに丸井や望杏も加わり吉田に一言物申す。

「わけわかんねぇなお前。好きなのに真面目にやらねぇとか、時間の無駄だろ」

「ヨッシーは誰かにズカズカ入られたくないんだよね。だって剣道はヨッシーにとって、捨てられないものなんでしょ?一番じゃなくてもいいって思えるくらいに、大切なんだよね」

 真逆なようで根本的には同じことを言う2人。吉田にとって剣道に対する想いが深いことを理解したからこその言葉。それでも吉田は笑みを浮かべるだけ。

「吉田さんは、ずっと同じ部活の仲間の方に隠すんですか?その、一番好きな事を」

 リイが吉田に尋ねる。それは彼女にとって純粋な疑問だった。だから、その言葉に吉田は一瞬だけ困った表情を浮かべる。しかしそれもすぐにいつもの笑みに戻るのだが。

「せやなぁ……僕もそろそろ限界なんかもなぁ。まぁそんな時にこのメンツやし、一期一会な感覚で言ってみたわけやけど」

「一期一会なんかにする気はないぞ」

 ミカの声が凛と響く。それは吉田を咎めるように、それでいてどこか心配しているようで。

「君はもう少し周りを見た方がいい」

「……ご忠告どーも。ほな、僕は先帰るわ」

 吉田そう言い残し、最後まで笑みを絶やさずにファミレスを出て行った。残された4人はお互いに顔を見合わせる。

「……ヨッシーって、なんか色々大変そうだよね」

「まぁ……そうだな」

「でも、私はやっぱり剣道してる吉田さん素敵だと思います!」

 リイの純粋な意見にミカと丸井は笑う。望杏も少し口の端を上げて、楽しそうにしていた。

「ま、とりあえず俺らも帰るか」

 丸井の言葉で4人は立ち上がり、それぞれ帰路につく。ミカは吉田のことを考えた。好きなのに、それだけを思って続けられないもどかしさ。彼に周りを見た方がいいとは言ったが、周りが見えているからこその行動なのだろう。

 ーー歯がゆい。

 ミカは吉田のために何ができるのだろうと悩みながら、眠りについた。


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