紀元7000年の冒険譚

胡桃幸子

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第一章 大いなる海竜種

32 竜の怒り

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 なんとか医務班の元まで辿り着いて、敷かれた敷物の上に腰を下ろす。ここは竜玉の間から少し横穴に入ったところにあり、それなりに安全だ。

「腹減った……」
『キュウ……』

ふぅ、と息をついてそうこぼす。ここまで竜が出たら刀を振るって、また竜が出たら刀を振るって……としていたせいで霊力の消費が激しい。相手が瘴気を纏っていたせいで余計使ってしまったのもある。子竜は俺を心配するように見上げる。
うん、大丈夫だからな。
元々舞刀術は燃費の悪い霊術の為、一回使ったら必ず何かを食べるなりなんなりして補給するようにと師匠には言われていたが今回はその食料が無かった。ちくしょう食料もっと買い込んどきゃよかった。

腹を撫でながらもう一度ため息をつくと突然目の前にずいと袋が押し付けられた。

「!?」
「まったく、霊術使いなら常に食料は余りある程に持っておくべきだろう。特に古代霊術は燃費が悪いんだからな」
「ハルイチさん」

見るとハルイチさんが俺に袋を押し付けている。受け取って中身を見るとたくさんの携帯食料が詰まっていた。彼の言葉を聞くに、食えという意味だろう。これは有り難い。

「ありがとう」

礼を言ってから食べ始める。一口食べると空きすぎて一周回って忘れかけていた空腹を超えた飢えが一気に襲ってきて、次から次へと口に押し込んだ。けど食べても食べても食べた気がしない。
なんでだろう、いつももたしかに俺は大食いだけど普段はこんな気分にはならないのに。

足りない。たりない。タリナイ。

コツン

「‼」

頭を小突かれてはっとすると両手で抱える程の大きさの袋に入っていた携帯食料は一つ残らず無くなっていた。

「がっつき過ぎだ」
『キュウ……?』

呆れたようにハルイチさんに言われる。子竜も首を傾げて瞳をくりくりとさせる。気づくと狂ってしまいそうな程俺の身体を支配していた飢えも、消えていた。

「霊力はもう十分か」

にっと笑って言う彼に黙って頷くとわしわしと頭を撫でられる。そしてその手が背中に回ったかと思うと、バシリとそこを叩かれた。

「っ、」
「なら行け。存分にその刀を振るってこい」
「……ああ。お前は、危ないからここにいろな」
『キュッ‼』

その言葉に立ち上がって竜玉の間へと走った。

___________________

 「……レナード」
「……なんですか」

ハルイチは走っていったアカリの背中を眺めて近くで休んでいたワーナーに声をかけた。ベネディクトは一度は医務班に引きずられて救護所まで来たが少しするとすぐにレヴィと竜の間まで走っていったので彼のそばにはいない。
突然声をかけられて訝しげに首を傾げたワーナーにハルイチは言う。

「あの兄妹はなかなかに面白いな」

それにワーナーはあぁ……と言葉を濁した後、返した。

「……ワケアリなんでしょうよ。あんな組み合わせが普通兄妹になれるはずありませんから。……何笑ってんですか」

自分は大真面目に話しているのに何なんだと言わんばかりに彼は眉を顰める。ハルイチはクツクツと面白くて面白くてたまらないというように笑うと、そうかお前にはそう見えるか、と言葉を紡いだ。

「はァ?」
「一つ、事実を教えてやろう」

眉間の皺を深くするワーナーにハルイチはピッと人差し指を立てて言った。

「アカリはお前と同類ではないぞ」
「……っ!?」

一瞬ワーナーは何が、と考えたがすぐに反応を示し、これでもかとばかりに目を見開く。その唇は言葉も出ないようで、わなわなと震えている。

「え……だって……え……?」
「そういうことだ。まあ片足は突っ込んでるようだがな。……クク、やはりあの兄妹は将来が楽しみだ」

混乱して目を白黒とさせるワーナーの隣で、ハルイチは楽しくてしょうがないと言うように笑い続けた。

____________________

 「なんつー強さだよ……」

目の前で繰り広げられる戦いに舌をまく。向かっていく隊員や冒険者たちはそれなりの人数のはずだが、それだけの攻撃を受けても竜の長はものともせず暴れ続ける。ブレスを吐き、それで地上を薙ぎ払いと未だ大人しくなる気配を見せない。その暴れっぷりに調査班は竜玉や雲について調査出来ていないようだった。

「隊長‼ 竜の動きが凄まじく、調査機具の設置すらできません‼」
「っ、クソ‼」

ブレスを剣の腹で流した大佐に調査隊員が叫ぶ。いやすげえな大佐。あれを強化魔術無しで剣だけで受け流すとか。
大佐は悪態をつくと剣を構え直した。

「仕方がない、持久戦に持ち込むぞ‼ できるだけ竜に魔力と体力を消費させるんだ‼」

その声にその場の全員がおうと応え、攻撃する場所を変える。これまで急所を狙っていたそれを今度は竜の水面から少しでたあたりの腹や足の付け根あたりに変えて竜の体勢を崩すようにする。竜は魔力で水に浮いているため、体勢を維持しようとすればする程魔力も体力も消費するからだ。

 剣や拳で戦う者は水面に魔術で展開された足場を走って竜に駆け寄り、攻撃を加える。魔術や飛び道具で戦う者は近距離攻撃を主とする彼らの援護をするように行動しながら竜の攻撃を避けまわる。
ふと竜の方でこちらに手を振る人影が見えて、よく見るとスズメさんだった。仕草で「こっちだ」と言っているのが分かる。俺は竜の動きに注意を払いながら走った。
竜はギョロギョロと理性を失った瞳であたりを見回している。

「狙われたらおっかないな……」

そうこぼして走っていると。

ギョロリ

「っ‼」

目が、合った。
思わず足が止まる。
途端、頭の中で声が聞こえた。

『ナゼダ』
「えっ?」

これまで咆哮しか上げていなかった竜の長から聞こえたそれに間抜けな声がこぼれた。
すると、竜はその紅い瞳で俺をはっきりと捉えて絶叫した。そこには明確過ぎる憎悪が表れていて。

『ナゼダァァァァァァァッ‼』

響くその叫びに竜玉の間全体が響き、振動で壁から崩れ落ちた岩がバシャァァン、バシャァァン、と飛沫を上げる。

「く、あっ」

なんだこれ。
真っ直ぐにぶつけられた憎悪の感情を含んだ魔力に膝をつく。明らかに竜の長こ憎悪の矛先は俺で、それを何度もナゼダ、ナゼダ、と魔力と共にぶつけてくる。他からそんな感情をぶつけられたことのない俺は訳も分からず脳を直接殴りつけるようなそれに打たれ続ける。

「くる、し、」

この竜の長とは初対面だし、直接何かをしたことはない。つまる息に消えそうになる意識を必死に掴みながらじゃあなんで、とぼぅっとしだした頭で考える。……もしかして港で彼の仲間を殺したのが俺だと分かっているのだろうか。それは本当に悪いことをした。ごめんなさい。
力が入らなくなって、向きが変わった視界に自分が倒れ込んだことを知った。ぼやけるそれの端で、スズメさんがこちらに走ってくるのが見える。その上の方に、こちらを凝視する竜の瞳があった。

『ナゼ、ヤクメヲ、ハタサナイ?』

声が一瞬不思議で不思議で堪らない、というものに変わる。

(……やくめ?)

頭の中で復唱したのと同時に、竜が再びブレスを吐いた。強大な魔力が迫ってくる。何故か立とうという気力も湧かない。ただそれがどんどん近づいてくるのを半分他人事のように眺めていた。
それが寸前まで来たとき、何かに抱えられたような気配がして、全身に衝撃が走った。
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