紀元7000年の冒険譚

胡桃幸子

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第二章 人魚の宴

10 人魚の集落

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 ランの鞄に入れさせてもらっていた服に着換え、スズメさんの荷物に紛れ込ませていた雪華を持つ。
 化粧はランに落としてもらった。少し残念そうだったのが解せないが。

「そのアジトって、どういうトコロなんだ? 小島とか?」

 船を運転するスズメさんに聞く。彼女は島じゃねぇよ、と首を振った。

「元々人魚族の集落だったところらしいから、島と言うよりも筏《いかだ》のが近いな」
「人魚族の集落?」

 キリリとした眉が不快そうに顰められ、彼女は苦々しく口を開く。この視点で大体察してはいたが、その内容はやはり気分が悪くなるものであった。

「人魚族の集落ってのは本当は水中にあるんだ。けど10年くらい前は今よりももっと人魚狩りが横行しててな、その手口が水中にあるその集落を魔術とかで無理矢理浮上させて襲うってモンだった。これから行くところもそうやって襲われて、大人は皆その場で殺され、子供たちは奴隷市で売り払われたらしい。で、海賊共はその集落跡をアジトにしたっていう話だ。海賊旗的にメイを攫ったのと同じ奴らだ」
「……随分と、詳しく記録が残ってるね?」

 黙って聞いていたランが訝しげに声を上げる。それに彼女は「売られる前に助けられた子供がいたんだとよ」と肩を竦めた。

「今は一年のうちで限られた期間しか使われてないらしいから守りも手薄だって前情報だけど、けっこう古い情報だから。それの更新の為にも調査しろってのもあるな」
「ふむ……」
「ところでアカリ」

 ふとかけられた声に「うん?」と返す。彼女が優しげに目を細めた。この表情だけを見ると顔がいいだけにただの美女だ。
 しかしその形の良い唇から発せられたのは美とは程遠い言葉で。

「もし海賊連中がいたら、殺さない程度になら殴っていいからな。略奪をする奴らに慈悲はいらん!」

 威勢の良い声に大きく頷く。暇そうにウトウトとしていたざくろも『キュイ!』と鳴き声を上げた。
 視界の端でランが「やだー、野蛮ー」と零していたが、扉蹴破ろうとしていた奴が何言ってんだか。

 暫く船で進んで、昼過ぎにアジトらしき集落跡がうっすら見えてきた。スズメさんが地図で場所確認する限り、間違いはないらしい。
 双眼鏡で覗いていたランが言う。

「近くに海賊船はないし、人の気配も無いなぁ。放棄されてるのかな? ……あっ、待って。やっぱり誰かいる。けど一人みたいだ」
「武装は?」
「多分してない。あれ、でもなんか見覚えが……」

 一人で、それも武装もしていないだろうということでスズメさんが船を寄せる。
 人影がだんだん大きくなって、相手も俺たちに気付いたようだ。俺たちもはっきりと見えたその顔に驚きの声を上げる。

「よく会いますねェ?」
「ワーナーさん!?」

 家であろう大きな球体同士を結ぶ通路に腰掛けて脚を水に浸けている彼は、気怠そうにふぁ、と欠伸をした。
 プラチナブロンドが水面で反射した太陽光でキラキラと輝いている様はゾッとする、人外じみた美しさを放っている。リラックスしていたのかマフラーは外され、いつもはしっかりと結われているそれは下ろされて、風に揺らめく。
 どうしてここに、という俺たちの問いに彼は「言ったじゃないですか」と返す。

「里帰りだって」

 そう言って掻き上げられた髪が顕にした彼の白い首には、エリンちゃんと同じエラがあった。


「この集落は数年前にアジトとしては放棄されています」

 俺たちから事情を聞いたワーナーさんは話す。その後について歩いているため、その表情はよく見えない。
 ランがその背に問いかける。

「放棄“させた”んじゃあないのかい?」

 人魚の彼はそれに立ち止まると、少し振り返って唇を三日月に歪める。やはりその顔は美しく、その身が人魚であることを物語っていた。いつもはマフラーで隠されていた首と口元が見えるだけでこんなにも変わるのか。
 ベネディクトの近くにいる時はその美青年っぷりに霞むがこう見るとワーナーさんはあの王子とは全く違う、魔性的なものを感じる。人魚伝説は嘘じゃなかった。
 彼は人差し指をその唇に当てて言った。

「それは、ご想像にお任せしますよォ」

 あ、これはクロだ。そう思ったが黙っておこう。俺だって空気を読むくらいの事はできる。
 少し歩いて、ある家の前で止まった。彼は扉を押し開きながらその耳触りのいい声を響かせる。

「連中が残していったものは全てこの中に運び込んであります。調べたいのならばどうぞお好きに」

 家の中は海図やら武器やらの海賊と聞いてすぐ思い付くようなものから本や連絡に使われたのであろう手紙等で溢れかえっていた。壁面を見ると手も届かないような位置に据え付けられた棚や机が水中での生活を思わせる。

「こりゃまた大量な……」
「全部、一人で?」

 スズメさんが感嘆を漏らし、ランが目を丸くする。ワーナーさんは「時間はかかりましたけどねェ」と息を吐いた。

「荷物を引き揚げるヒマなんてくれてやりませんでしたし」

 アジト放棄に関わったことを殆どバラしているようなもんだがまたお口は閉じておこう。見ザル聞かザル言わザル、だ。

「さて、取り敢えず片っ端から見ていくしかねぇな……」

 じゃあ調べさせてもらうな、とワーナーさんに声をかけたスズメさんが物の山に分け入り、一つ一つ発掘しながら調べていく。
 気が遠くなりそうな作業だが、やらなきゃ何も始まらない。俺もランもそれに習うことにした。


「分からん……」

 もう何枚目かも分からない手紙を放り投げてため息をつく。探しても探してもこの海賊たちの現状に繋がりそうなものは見つからない。てかどこそこの町の酒場のあの娘が可愛かったとかそんなのばっかりだ。
 周りを見るとスズメさんも流石に疲れたように肩を回し、根気強く本を捲るランも疲れを隠せていない。目が死んでいる。てかこわい。話しかけないでおこう。
 今元気なのは竜であるざくろとルリぐらいで、この二体はそこら辺に落ちていた海図や手紙をくしゃくしゃにして遊んでいる。いやぁ、若いっていいなあ。ってこらこらそこはまだ調べてない山だから遊ぶのは控えて!

『キュッキュ!』
『ぴゃあ!』

 慌てて調べていない山から取り出されたらしいくしゃくしゃの手紙を取り上げる。抗議の声がするが調べたらちゃんと返すから許してほしい。
 そう思いながら手紙を見て、俺は首を傾げた。

「この紙、やたらと質がいいような……?」

 するとその時、ああっと声がして肩が跳ねる。びっくりした。
 見るとスズメさんが俺の持つ手紙を指さしていた。

「よくやったアカリ! 当たりビンゴだ!!」

 正直、何がビンゴなのかは分からないがこのしわくちゃになってしまった手紙が重要であることは分かった。


 ビンゴと言われて手の中の手紙をまじまじと見る。
 紙質は他のものより明らかに良く、触り心地がしっかりとしている。紙面には共通語で商品がどうとか報酬がどうだとか書かれており、海賊達が何らかの商売のようなことに携わっていたことが察せられた。
 そしてその紙の下の方には幾何学的なエンブレムが描かれている。

「このエンブレムはここらで一番デカい奴隷売買集団のモンだ」
「奴隷売買集団? となるとこの“商品”って……」

 紙を覗き込んで教えてくれたスズメさんの言葉に口元がひくつく。彼女はああ、と頷いて眉を寄せた。

「奴隷、だな」

 もう一度手紙に目を落とす。
 こんな紙切れ一枚で、人の命が取引されていたんだ……。メイも、こんなふうに紙の上の数字として処理されてしまうのか。
 ……許せない。
 くしゃりと手元で紙が音を立てた。

「日付は5年前だな。少なくともその時点ではここの海賊たちはこの集団と手を組んでたって訳か。それが今でも続いてるかどうか……」

 むぅ、と難しい顔をする彼女。たしかにそれは重要な問題だ。しかしそれはすぐに聞こえてきた声に打ち消される。

「契約は多分、まだ続いてるよ」

 見るとランがさっきまで調べていた本を示していた。彼はそのページをパラパラと弄びながら話す。

「これは海賊の誰かの日記だったんだけど『こういう内容で何処何処と契約した! やったね!』みたいなのとか『商品の納品は何処までだ遠い!』とか詳しく書いていてくれてね。その中で『手を組むのは何時何時までの予定だ』ってのもあったんだ」
「なんとまあまぬけというかなんと言うか……」

 きっとそれを書いた人物はアジトを放棄することになるなんて思いにもよらなかったのだろう。
 それにしても慢心が過ぎる。せめてそんな情報書いてるヤツは持ってこうぜ……? だがそのミスのおかげで今有力な情報が得られたので名も顔も知らぬその海賊に感謝しよう。

「とりあえず、“納品場所”も書かれてるんだったらそいつはかなり使えるな。手を組んでた証拠にこの手紙も持って帰ろう」

 そう言ってスズメさんが暑さ対策の為に開け放たれていた扉から出て行く。俺たちも遊んでいた竜達を止めてそれに続いた。
 暗い部屋から明るいところに出たからか目が痛い。
 眉を寄せて目付きを悪くさせていると「終わったんですか」とワーナーさんが歩いてきた。うおっ、揺れるプラチナブロンドが余計に眩しい。

「ああ、いいのが見つかった。ありがとう」

 スズメさんが微笑んで、片付けをした方がいいか聞く。それに彼は黙って首を振った。
 わかった、と彼女は頷いて、係留してある船に足を向ける。

「じゃあアタシたちはこれで帰るわ。……悪かったな、邪魔して」

 ワーナーさんは何も言わない。
 ランがペコリと頭を下げてから歩いていくスズメさんについていく。ルリはその頭の上だ。
 俺もそれに習ってワーナーさんの横を通り過ぎようとした時、急に「アカリさん」と呼び止められた。

「何、ですか」

 固い声に緊張しながら言葉を絞り出す。彼は真っ直ぐに俺の瞳を見て言った。

「貴方は“人”、ですよね」
「……!」

 それを聞いてハルイチさんの口ぶりが、俺についてワーナーさんも知っているようなものだったことを思い出す。そうだ、彼は俺のことを精霊だと思ってたんだ。
 誤解はもう解かれているだろうが、その問に力強く頷く。

「はい、“人”です」

 すると彼は安心したようにほっと息をついた。見るからによかった、と言うようである。

「俺の目にはどうしても貴方が人ではない、俺と同じような“モノ”に視えてしまうんです。先日会った時はまだその程度で済んでいたのですが……」

 ここで彼は言葉を切る。少し逡巡して、また口を開いた。

「今日はなんだか、化け物じみて視えたので。まだ人だという自覚があって、安心しました」

 気をつけてくださいよォ、とこくりと首を傾げる。綺麗なその顔からは心配の気持ちが見てとれた。

「呑まれる時は、一瞬ですから」
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