シロクロボット・リプレイス

幽斎

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17 マシンナーズデビル①

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 エドガーはもうしばらくの間シャムシールの調整がしたいと格納庫に残り、ダリウスとモモは機鎧科統括であるドクの元へ向かうべく校内をひた歩いていた。

 最初はシャディも付いて来ようとしていたのだが、ドクは自分とモモにだけ用があるらしく、関係の無い者を連れて行くと迷惑になってしまうと宥め、渋々だがシャディはそれに従い、自分の部屋のある女子寮へと帰って行った。

 そして、二人はドク専用のラボを訪れる。
 そこは一人用の研究用としてはかなり広く、中には鉄と油と、煙草の臭いが充満していた。
 室内で黒い残骸に向かい、スパナを持って、カチャカチャと何やら作業している男の背後にモモが声を掛ける。

「キュニール・シンドリー教諭。モモ・キビサカとダリウス・エスファ、やってまいりました」

 すると「ん~?」と間延びした声でキュニール・シンドリーと呼ばれた、煙草を銜えてやせ細った白衣姿の男が振り向いた。

「ああ、よく来たね……。それとキビサカ君、僕の事はドクと呼ぶように、くれぐれも頼むよ?」

「は、はあ……」

 キュニール・シンドリーは自分の名前を嫌っているようで、自分の事を、知り合った者全員に『ドクター』をもじって『ドク』と呼ぶように強要している。
 確かにこの男の風貌はキュニールという女性的で可愛らしい名は似合わない。わざわざ強要しているので、相当に自分の名を嫌っているようだ。

「ああー! 待っていたよ、エスファ君! 君が居なければカンビュセスは僕にはさっぱり分からない……!」

 言いながらドクはダリウスの手を握り、感謝の意を込めて上下に振った。
 煙草の臭いが鼻につく。

 そして、ダリウスは、ドクの背後にある自分の愛機、カンビュセスを見上げた。
 しかしその姿は見るも無残な姿であった。
 四肢はもげ、胸には大きな穴が開き、システムが正常に生きている間には灯っている、機械仕掛けの双眸は完全に光を失っている。
 動かなくなってしまったカンビュセスが、鋼鉄の極太ワイヤーで天井から宙吊りにされていた。

「これが、君のフラッゼレイ……?」

 シャムシールの時と同じような感嘆を、モモが零した。
 しかし、モモが怪異でも見るような目から察するに、驚き具合はカンビュセスの方が上のようだ。

 カンビュセスは形状こそフラッゼレイと似ているが意匠は全く違う。
 モモはダリウスが本当に異世界人であるという事を再認識したのだろう。

「俺の世界ではマシンナーズデビルという。こいつの名はカンビュセスだ」

「カンビュセス……。すご、君、よくこの状態で生きてたね」

 モモの言う通り、カンビュセスの損壊の具合は、ダリウスの予想よりも大きく上回っていた。この状態になるまでコックピートシートに座っていたら、それこそ死んでいただろう。
 しかし、モモは勘違いをしている。

「……何もこの機体が戦ったのはシャムシールだけでは無い」

「え、じゃあ他に誰が……」

「私だ」

 突然の声に、モモは肩をビクつかせ背後を振り返る。
 そこには屈強の戦士のような教師、アイザ・クラネルが腕を組んで仁王立ちしていた。

「ク、クラネル教諭……」

 カンビュセスと対峙したもう一人の男、アイザ・クラネス。

 そもそもシャムシールに負わされたダメージで一番大きかったのは、剣で一突きにされた胸の穴だ。おそらく四肢をもいだのはアイザの仕業なのだろう。
 いくらパイロットも搭乗しておらず、カンビュセスがかなり消耗した状態だったとは言え、流石教師だけあってアイザのパイロットとしての技量はかなりのものなのだろう。

 そのアイザはすこぶる不機嫌そうであった。
 ダリウスが学園の生徒になると決まった日から、ずっとこの調子で、彼と会うたびに睨みつけてくる。

「えと、なぜ、クラネル教諭が……?」

 モモが恐る恐ると問いかけた。
 この縮こまりように、ダリウスが殺されそうになっていた時は、良くあれだけの啖呵が切れたものだ、と隣でその少年は内心で呆れ顔。

「この男が自分の機鎧に近づき、妙な事を起こさぬか監視する為だ」

「心配しなくても、問題を起こすつもりは無い」

 アイザの猛禽のような視線に対し、ダリウスは氷のような双眸で睨み返し、冷たく言葉を放つ。

 アイザがダリウスに対して良い感情持っていないのと同じように、ダリウスも彼に対して良い感情など持ち合わせていない。
 拷問まがいの酷い目に遭ったのだからそれは仕方の無い事だが、こうも好戦的な態度では一触即発。
 不穏な空気に当てられたモモが戦慄いている。

「そんな事よりもエスファ君!」

 この逼迫した状況に、ドクは遠慮なしに割って入った。

「このカンビュセスを修理しようと頑張っているのだけど、流石の僕でも異世界の機鎧なんてチンプンカンプンなのさ! 君の助力を願いたい!」

 よく見るとドクの目元にはひどい隈が刻まれていた。
 きっとカンビュセスの解析と修復作業で寝ていないのだろう。しかし、その作業もバアルアイナの人間からしたら分からないことだらけで、一切進んで無いようだ。

「全く、この脳筋バカがもう少しデリケートに無力化してくれたら良かったのさ! それをこんなにもボコボコにしちゃって……!」

「脳筋バカとは俺の事か……?」

 アイザの額に青筋が浮かび上がった。 
 それを見たモモが、ひえッ、と飛び上がる。

「兎に角、エスファ君の知識が必要なんだよ! まずこの機鎧の動力が分からないし、コクピットには分からないボタンに謎の桿や板ばかり、魔法も無しにどうやって動いているのか不思議でしようがないんだよ!」

 ドクが声を大に叫ぶと、ダリウスの腕を掴んでワイヤーで吊られたカンビュセスの前まで引っ張って行った。

「作業に協力するのはやぶさかではないが……だが俺に聞くよりも、本人に聞く方が早いと思う」

「本人?」

 ドクが首を傾げると、ダリウスは近くにあった脚立を動かし、それをカンビュセスの背面に設置してするすると登ると、背部のコクピットハッチから、機体内部へと潜り込んだ。

「メインシステムが生きていると良いが……」

 中も悲惨な状態であった。
 ほとんどのシステムは駄目になってしまっているが、AIさえ生きていれば、この絶望的状況も打破できる筈だ。

 ダリウス自身マシンナーズデビルの構造については熟知しているが、それでもカンビュセス自身に聞いた方が、どこが駄目になっていて、どう手を施せば良いのか早く問題を解決できる。

「声紋認証。個体番号MKR—96。マシンナーズデビル起動」

 そう発すると、沈黙を貫いていたカンビュセスは機械音を唸らせ、起動した。
 コックピット内が、タッチスクリーンや各種計器の淡い光により照らされる。

「マシンナーズデビル起動。おはようございます、マスター」

 突然カンビュセスが声を発したことにより、ドクとモモからは歓声が上がった。喋る機体などバアルアイナには存在しないのだ。
 ドクの歓喜の声と云ったら、まるで野生動物のようにけたたましかった。

 運よくAIは生きていてくれた
 それにエネルギーもまだ少しだけだが残っている。

 マシンナーズデビルは長丁場の戦闘でも可動し続けられるように『太陽光置換器』という装置が搭載されている。太陽光を吸収して電気を発生させ、のちに光子力エネルギーに変換して動く事を可能としている。

「マスター、状況の説明を要求します」

 そして、ダリウスはここに至るまでの全てをカンビュセスに説明した。
 ここが自分たちの居た世界でないこと。
 ダリウスとして生きる事になったこと。
 ドクター・キュニールに機体の修理を頼んでいる事。

「状況を理解しました」

「ならば、後の事はドクに任せる」

 そうして座席から立ち上がり、ダリウスはコクピットを出て脚立を降りた。

「カンビュセス、挨拶をしろ」

「了解。初めまして、私はマシンナーズデビル、機体名カンビュセス。地球のロボットです」

 カンビュセスがモモとドクとアイザの三人に向けて自己紹介をすると、三人とも面食らっていた。

「すごい! すごいすごいすごいすごい、本当にすごい、すごいとしか言いようが無い! まさか言葉を理解して喋る人工物があろうとは!」

「へー! おしゃべり機能付きなんていいなぁー」

 ドクはいかにも科学者らしい驚き方だが、モモの感想は何とも呑気なものだ。

「ドク、分からない事は直接カンビュセスに聞いてくれ。お前も良いな? 故障している個所を伝えて、どう直せば良いのか教えるんだ」

「故障していない個所を探す方が困難でしょう。この状態でまさか修理が全く進んでいないとは、バアルアイナの科学力には落胆します」

 憎まれ口を叩くカンビュセスにダリウスは小さく微笑んだ。
 これでも久々の愛機との再会には嬉しいものがある。

「素晴らしいよ、これ! まさかこんな物をお目に掛かれるなんて、僕は幸せ者だ! 感謝するよ、エスファ君!」

「ああ……」

 興奮冷めやらぬドクはダリウスの手を取って上下に振った。
 このテンションの上り様にはついていけない。

「凄いのはマスターでは無く、私です。感謝をするなら私に」

 その言葉を聞いてドクの興奮度合いがますます高まるのだった。
 果たしてカンビュセスに搭載されたAIはこんなにも人間じみた応対をするものだっただろうか?

 もしかすれば、戦闘時の衝撃によりどこか支障をきたしているのかも知れないが、特に差支えないだろうと、ダリウスは気にしない事にした。

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