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淑女修行!?
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私、本気です!とテスト勉強のような気持ちで挑む。
ドサッと本を机の上に置いた。礼儀作法、淑女のマナー、貴族の歴史、貴族たちの名前などなど本や資料を読み尽くす。
ミルクたっぷりココアを飲みつつ、猛スピードで読破していく。冬の静かな夜は過ぎていく。
ジーニーがその様子を見て、戸惑ったように頬をかく。
「学園でも礼儀作法やマナー的なものは学んでるだろう?貴族たち相手の社交界に出るレベルはそれで事足りる」
将来的に王家に仕えることが多い学園では一般常識並に社交界の作法もマナーも叩き込まれているが……公爵家の求める淑女としては足りない。
「そこまでさせることは必要なのか?リヴィオ、なんで黙ってる?珍しいな」
リヴィオも本を読んでいるが無言で怒っていたのだ。バサッと不機嫌そうに本を置いてジーニーに訴えるように言う。
「オレは祖母の茶会など行かなくていいと言ったし、カムパネルラ公爵家へも連絡し、祖母の行動について話もした。なんなら、今すぐ祖母の家に乗り込んでもいいんだ!」
でもセイラが……とブツブツ言っている。
「そうは言うけど……認めてもらうまではいかなくとも、リヴィオのお祖母様なんだし、少しくらい好感をもたれたいわ」
リヴィオに乗り込んでもらったら、逆効果になるだろう。ジーニーがそんな私を見て微笑む。リヴィオに何故か恨めしい視線を送る。
「おいおい……これが学園時代に嫌なことを他人に言われて射殺すような視線を送っていたセイラ=バシュレか?二人共、喧嘩してるのかと思ったが……学園に帰る」
今来たばかりなのに!?
「ま、まって!ジーニー、礼儀作法とかの良い先生知らない?」
彼はリヴィオを指差す。
「リヴィオの義理の姉であるシャーロットや妹のマリアが良いだろう。なにせお気に入りというだけあって、淑女の教育をしっかり受けているだろう」
「なるほど!それもそうね」
頼んでみよう!
よーし!と気合いを入れて、私は……ぐっと両拳を握る。
「セイラなら猫かぶるくらいの淑女になるのは楽勝だと思うが……カムパネルラ公爵家のルイーズ=カムパネルラは難しい人物だから、確かにリヴィオの判断も間違いではない。傷つきたくないなら行かないほうが絶対にいい」
ジーニーまで忠告してくる。
「とりあえず、私にできることはしてみるわ。ありがとう」
私の返事に何故か優しい笑みを浮かべてジーニーは学園へ帰っていく。
私は女将、経営の合間に淑女としての猛勉強を始めたのであった。
セイラ=バシュレはそこまでテスト勉強をしたことがない。前世の期末テスト以来だと言える!
本を読むのは得意だ。ページをめくるごとに記憶の本棚に仕舞われていく。知識はしっかり頭の中に得た。
カムパネルラ公爵家の一室でシャーロットとマリアがお茶の用意をしていた。
「今日は二人共よろしくお願いします」
シャーロットが頭をあげてください!と慌てる。マリアは災難ね……と同情している。
「リヴィオ様は怒っていたみたいですけど、セイラ様が学ぶことは悪くはありませんわ。これから公爵家のパーティーなどにも出席されるようになるのでしょうし、知っておいて損はありませんわ!」
「私、お祖母様に認められたいというより……ほんとは……リヴィオに恥をかかせたくないんです」
本音を言う。口に出す。そう……本当はこれが一番怖い。私のような者を褒めてくれる人ばかりではない。シン=バシュレの孫娘だと多めにみてくれる人、好意的な人ばかりではない。
そんなとき、リヴィオに何か言われたらとそれが嫌だった。私を受け入れてくれたハリーやオリビアの顔も思い浮かぶ。カムパネルラ公爵家にも迷惑かけたくない。
「一途ねー!お兄様は言われたら言われっぱなしではないし気にしないと思うけど……まあセイラのやる気があるうちに……始めましょ!」
マリアがせっかく学ぶ気になってるもの!とクスクス笑う。
まず歩き方。挨拶の仕方。お辞儀の角度。扇子の持ち方。招待客への気配り。お茶、お菓子の食べ方……たった数時間のお茶会の中でどれだけ技を使ってるの!?淑女すごすぎでしょ!?
「せ、先生。頭の本が落ちそうです!」
シャーロットがそのまま!まっすぐ!背中を伸ばしてくださいと真剣に言う。
「足の歩幅気をつけて!大きすぎても小さすぎてもダメよー!」
マリアが足元を見ている。
「ギュッと持たずに優しくね」
お茶のカップの持ち手の握り方。
「口元を扇子で隠して……そう!その位置がベストですね」
私の記憶の本棚に動きの一つ一つ、実践されたことが書かれていく。セイラの持つ記憶力、学習能力は高い。
たぶんこれは……諜報を得意としていたベッカー家の血でもあるのかもしれない。諜報部員とはいくつも仮面を持って自分ではない誰かを演じて人の中へ入っていくのだから。
今、私は淑女という仮面を作ろうとしている。
シャーロットが感嘆のため息をつく。
「素晴らしいですわ!優秀な生徒さんですわ!!」
「確かに一日でここまで……すごいわ」
マリアも驚いている。私は頭がパンクしそうになりつつも優雅に微笑み、ドレスの裾を持ち、お辞儀する。完璧な角度に頭を下げる時間。
「二人の良い先生の見本があってこそです。ありがとうございます」
学園のときもリヴィオに戦闘術で勝てる唯一の時は動きをトレースし動きのパターンを割り出し、次の手を読んでいた。その訓練のたまものね。
戦闘術に例えられているとは知らない二人は本番も頑張りましょう!絶対に大丈夫ですよ!と応援してくれた。
……しかし結論から言うと、実際は役に立たなかったのだ。何もかも始まる前に終わった。
私はそのお茶会の日は若草色のドレスにシンプルなネックレスをつけて行った。身だしなみに乱れはないか、10回はチェックした。
習ったとおりに歩き、作法も間違えずにルイーズのところへ行き、招待してくれたお礼を述べようとお辞儀をした瞬間だった。
「本当に来るとは……厚かましい」
私は……え?と顔をあげようとしてあげれなかった。
ルイーズが持っていたお茶を私に頭からかけた。
「………っ!?」
突然のことに何が起こったのか理解するまで少し時間がかかった。驚いて目を見開き、顔を見た。
ルイーズの周りでクスクス笑うのは今日、呼ばれた上品な娘たち。その眼は蔑むように私を見ている。一瞬クラッと目眩がした。
……最初から私とまともに喋るつもりはなかったのだ。自分の気に入りの娘たちを呼んでいた。これは罠だったんだと後になって気づいた。
「白百合の姫、こちらへ」
ブロンドで美しく儚げでたおやかな美女が現れた。物静かで花のように可憐だ。
「この娘をリヴィオの婚約者とする。成り上がり者の貴族が身の程をわきまえなさい!」
ピシャリと言われてしまう。白百合様ならお似合いですわと周囲の人たちがクスクス笑いながら言う。ポタポタと髪から雫が落ちてゆく。
私はどうやって自室まで帰ってきたか記憶があまりない。椅子にしばらく座りこんで、何がだめだったのか思考を巡らせていたが、濡れた髪や服をどうにかしなければダメだと気づく。
シャーロットとマリアには時間をわざわざつくってもらい、せっかく教えてもらったのに……申し訳ない。
立ち上がった瞬間、扉を開いて、リヴィオが現れた。なぜ!?慌てて、下を向いて顔を隠す。
「気配がしたと思ったら、帰ってきていたんだな。……オレの予想通りだっただろ?」
私に聞かなくとも何かあったなと雰囲気でわかったらしい。無言の私に近寄ってきて、すっと濡れて乱れた髪の毛に触れて耳にかける。下を向いたままの私の顔を上げて確認するように見る。
「目が赤い。………なんで濡れてんるんだ?よく見たらおでこと顔も赤い気が……」
リヴィオはそこまで言って言葉を失い、気づく。瞬時にピリピリとした空気を纏った。
「そうか。なるほどな」
低い声でそう言うとバッと身を翻して部屋から飛び出そうとしたが、私は慌てて服を引っ張って、止める。
呆けてる場合ではなかった!リヴィオが報復に行くところだった!!危なかった……子爵家の事件が頭を過ぎった。冷や汗がでる。
「止めんな!オレは行ってくる!あのクソババアっ!」
「待って!……私が調子にのっただけだから。最近、周囲は私を受け入れてくれる人ばかりだったから、皆が好意的だと勘違いしてたの!私のことを不快に思う人だっているのはわかるもの!」
ずっと実の父に好かれなかった。新しい母にも妹にも無理だった……忘れていたのだ。誰も彼もが私に好意を持ってくれるわけではないのだ。
「ごめんなさい。リヴィオが怒らなくて良いのよ!私の厚かましい行動のせいだから!簡単に淑女になればいいなんて考えて、勝手に私の思いを相手に押し付けすぎたんだわ。もう少し……リヴィオのお祖母様の思いを私が受け取めていれば………っ」
じわっと出てくる涙をなんだか悔しくて見せたくなくて顔を背ける。
まだ……ちゃんと話を聞いてくれたり、お茶会にきちんと参加できていたらこんな気持ちにならなかっただろうか?同じ土俵にすら立てない。身分の差という壁はそんなに大きいのかと……。
きっと私の行動も良くなかったのだ。ルイーズの公爵家を守ろうとする気持ちを考えられず、淑女になればいいなどと単なる私の自己満足である。
「着替えるわ。今日、予約のお客様けっこう来るでしょ。私も今から行くから、リヴィオそれまで頼むわよ」
「それはちゃんとする。おい……こっち向けよ」
直視できないたままの私は溢れる涙を止められなかった。自分のせいだと思うのに気持ちをコントロールできずにいる。
「あのなー。あのクソババアがどうしようもないってのはオレも知っていたんだ。アーサーも実は他の女性と付き合っていたんだ。それを色々な手を使って別れさせられたと聞いた。強要してくることはわかっていた。まさかあまり関わりがなかった三男の俺まで見張られているとは思わなかった……セイラだからってわけじゃない。あの人の選んだ人でなければ誰でも同じってわけだ」
ポンポンと後ろから頭を軽く叩いてから撫でる。
「セイラが努力してくれたのは嬉しかった。だけど無理するな。オレは普通の淑女より、楽しそうに生きて笑ってるセイラのほうが何倍もいい」
両手で私の顔を挟んで、自分の方へ向けた。
額に優しく触れて回復魔法をかけ、軽い火傷を治してくれた。
「ありがとう。泣いてごめんなさい」
リヴィオはニッコリ優しく笑って私を引き寄せて抱きしめる。
「大丈夫だ。こうやって変わっていくセイラを見ていけることがオレは幸せだと思う。自分の気持ちに正直になって、泣いたり笑ったりしていいんだ……学園の時の最強セイラも嫌いではなかったが、今も同じように惹かれるよ」
私が赤面したのを見て、リヴィオは満足げに頷いた。なんだかいい雰囲気であったが、いきなりパッと体を離し、少し慌てて彼は言う。
「さて!じゃー、オレ、今からちょっと行くところがあるから……すぐ仕事には戻ってくるから気にするな。先に旅館へ行っててくれ!」
うん……?あれっ!?
「ちょっと待ちなさいよ!」
私はガシッと腕を掴む。リヴィオがなんだ?と、とぼけた顔をしたが、よく見ると……まだ怒りをおさめていないことがわかる。
「離せよ!あのババァに報復してきてやるよっ!」
「行かないでっていってるでしょーがっ!」
「セイラじゃなくて、オレの気がおさまらねーんだよっ!」
「落ち着いて!いいから落ち着いてーっ!」
ジタバタする『黒猫』としばらく押し問答したのだった……。
ドサッと本を机の上に置いた。礼儀作法、淑女のマナー、貴族の歴史、貴族たちの名前などなど本や資料を読み尽くす。
ミルクたっぷりココアを飲みつつ、猛スピードで読破していく。冬の静かな夜は過ぎていく。
ジーニーがその様子を見て、戸惑ったように頬をかく。
「学園でも礼儀作法やマナー的なものは学んでるだろう?貴族たち相手の社交界に出るレベルはそれで事足りる」
将来的に王家に仕えることが多い学園では一般常識並に社交界の作法もマナーも叩き込まれているが……公爵家の求める淑女としては足りない。
「そこまでさせることは必要なのか?リヴィオ、なんで黙ってる?珍しいな」
リヴィオも本を読んでいるが無言で怒っていたのだ。バサッと不機嫌そうに本を置いてジーニーに訴えるように言う。
「オレは祖母の茶会など行かなくていいと言ったし、カムパネルラ公爵家へも連絡し、祖母の行動について話もした。なんなら、今すぐ祖母の家に乗り込んでもいいんだ!」
でもセイラが……とブツブツ言っている。
「そうは言うけど……認めてもらうまではいかなくとも、リヴィオのお祖母様なんだし、少しくらい好感をもたれたいわ」
リヴィオに乗り込んでもらったら、逆効果になるだろう。ジーニーがそんな私を見て微笑む。リヴィオに何故か恨めしい視線を送る。
「おいおい……これが学園時代に嫌なことを他人に言われて射殺すような視線を送っていたセイラ=バシュレか?二人共、喧嘩してるのかと思ったが……学園に帰る」
今来たばかりなのに!?
「ま、まって!ジーニー、礼儀作法とかの良い先生知らない?」
彼はリヴィオを指差す。
「リヴィオの義理の姉であるシャーロットや妹のマリアが良いだろう。なにせお気に入りというだけあって、淑女の教育をしっかり受けているだろう」
「なるほど!それもそうね」
頼んでみよう!
よーし!と気合いを入れて、私は……ぐっと両拳を握る。
「セイラなら猫かぶるくらいの淑女になるのは楽勝だと思うが……カムパネルラ公爵家のルイーズ=カムパネルラは難しい人物だから、確かにリヴィオの判断も間違いではない。傷つきたくないなら行かないほうが絶対にいい」
ジーニーまで忠告してくる。
「とりあえず、私にできることはしてみるわ。ありがとう」
私の返事に何故か優しい笑みを浮かべてジーニーは学園へ帰っていく。
私は女将、経営の合間に淑女としての猛勉強を始めたのであった。
セイラ=バシュレはそこまでテスト勉強をしたことがない。前世の期末テスト以来だと言える!
本を読むのは得意だ。ページをめくるごとに記憶の本棚に仕舞われていく。知識はしっかり頭の中に得た。
カムパネルラ公爵家の一室でシャーロットとマリアがお茶の用意をしていた。
「今日は二人共よろしくお願いします」
シャーロットが頭をあげてください!と慌てる。マリアは災難ね……と同情している。
「リヴィオ様は怒っていたみたいですけど、セイラ様が学ぶことは悪くはありませんわ。これから公爵家のパーティーなどにも出席されるようになるのでしょうし、知っておいて損はありませんわ!」
「私、お祖母様に認められたいというより……ほんとは……リヴィオに恥をかかせたくないんです」
本音を言う。口に出す。そう……本当はこれが一番怖い。私のような者を褒めてくれる人ばかりではない。シン=バシュレの孫娘だと多めにみてくれる人、好意的な人ばかりではない。
そんなとき、リヴィオに何か言われたらとそれが嫌だった。私を受け入れてくれたハリーやオリビアの顔も思い浮かぶ。カムパネルラ公爵家にも迷惑かけたくない。
「一途ねー!お兄様は言われたら言われっぱなしではないし気にしないと思うけど……まあセイラのやる気があるうちに……始めましょ!」
マリアがせっかく学ぶ気になってるもの!とクスクス笑う。
まず歩き方。挨拶の仕方。お辞儀の角度。扇子の持ち方。招待客への気配り。お茶、お菓子の食べ方……たった数時間のお茶会の中でどれだけ技を使ってるの!?淑女すごすぎでしょ!?
「せ、先生。頭の本が落ちそうです!」
シャーロットがそのまま!まっすぐ!背中を伸ばしてくださいと真剣に言う。
「足の歩幅気をつけて!大きすぎても小さすぎてもダメよー!」
マリアが足元を見ている。
「ギュッと持たずに優しくね」
お茶のカップの持ち手の握り方。
「口元を扇子で隠して……そう!その位置がベストですね」
私の記憶の本棚に動きの一つ一つ、実践されたことが書かれていく。セイラの持つ記憶力、学習能力は高い。
たぶんこれは……諜報を得意としていたベッカー家の血でもあるのかもしれない。諜報部員とはいくつも仮面を持って自分ではない誰かを演じて人の中へ入っていくのだから。
今、私は淑女という仮面を作ろうとしている。
シャーロットが感嘆のため息をつく。
「素晴らしいですわ!優秀な生徒さんですわ!!」
「確かに一日でここまで……すごいわ」
マリアも驚いている。私は頭がパンクしそうになりつつも優雅に微笑み、ドレスの裾を持ち、お辞儀する。完璧な角度に頭を下げる時間。
「二人の良い先生の見本があってこそです。ありがとうございます」
学園のときもリヴィオに戦闘術で勝てる唯一の時は動きをトレースし動きのパターンを割り出し、次の手を読んでいた。その訓練のたまものね。
戦闘術に例えられているとは知らない二人は本番も頑張りましょう!絶対に大丈夫ですよ!と応援してくれた。
……しかし結論から言うと、実際は役に立たなかったのだ。何もかも始まる前に終わった。
私はそのお茶会の日は若草色のドレスにシンプルなネックレスをつけて行った。身だしなみに乱れはないか、10回はチェックした。
習ったとおりに歩き、作法も間違えずにルイーズのところへ行き、招待してくれたお礼を述べようとお辞儀をした瞬間だった。
「本当に来るとは……厚かましい」
私は……え?と顔をあげようとしてあげれなかった。
ルイーズが持っていたお茶を私に頭からかけた。
「………っ!?」
突然のことに何が起こったのか理解するまで少し時間がかかった。驚いて目を見開き、顔を見た。
ルイーズの周りでクスクス笑うのは今日、呼ばれた上品な娘たち。その眼は蔑むように私を見ている。一瞬クラッと目眩がした。
……最初から私とまともに喋るつもりはなかったのだ。自分の気に入りの娘たちを呼んでいた。これは罠だったんだと後になって気づいた。
「白百合の姫、こちらへ」
ブロンドで美しく儚げでたおやかな美女が現れた。物静かで花のように可憐だ。
「この娘をリヴィオの婚約者とする。成り上がり者の貴族が身の程をわきまえなさい!」
ピシャリと言われてしまう。白百合様ならお似合いですわと周囲の人たちがクスクス笑いながら言う。ポタポタと髪から雫が落ちてゆく。
私はどうやって自室まで帰ってきたか記憶があまりない。椅子にしばらく座りこんで、何がだめだったのか思考を巡らせていたが、濡れた髪や服をどうにかしなければダメだと気づく。
シャーロットとマリアには時間をわざわざつくってもらい、せっかく教えてもらったのに……申し訳ない。
立ち上がった瞬間、扉を開いて、リヴィオが現れた。なぜ!?慌てて、下を向いて顔を隠す。
「気配がしたと思ったら、帰ってきていたんだな。……オレの予想通りだっただろ?」
私に聞かなくとも何かあったなと雰囲気でわかったらしい。無言の私に近寄ってきて、すっと濡れて乱れた髪の毛に触れて耳にかける。下を向いたままの私の顔を上げて確認するように見る。
「目が赤い。………なんで濡れてんるんだ?よく見たらおでこと顔も赤い気が……」
リヴィオはそこまで言って言葉を失い、気づく。瞬時にピリピリとした空気を纏った。
「そうか。なるほどな」
低い声でそう言うとバッと身を翻して部屋から飛び出そうとしたが、私は慌てて服を引っ張って、止める。
呆けてる場合ではなかった!リヴィオが報復に行くところだった!!危なかった……子爵家の事件が頭を過ぎった。冷や汗がでる。
「止めんな!オレは行ってくる!あのクソババアっ!」
「待って!……私が調子にのっただけだから。最近、周囲は私を受け入れてくれる人ばかりだったから、皆が好意的だと勘違いしてたの!私のことを不快に思う人だっているのはわかるもの!」
ずっと実の父に好かれなかった。新しい母にも妹にも無理だった……忘れていたのだ。誰も彼もが私に好意を持ってくれるわけではないのだ。
「ごめんなさい。リヴィオが怒らなくて良いのよ!私の厚かましい行動のせいだから!簡単に淑女になればいいなんて考えて、勝手に私の思いを相手に押し付けすぎたんだわ。もう少し……リヴィオのお祖母様の思いを私が受け取めていれば………っ」
じわっと出てくる涙をなんだか悔しくて見せたくなくて顔を背ける。
まだ……ちゃんと話を聞いてくれたり、お茶会にきちんと参加できていたらこんな気持ちにならなかっただろうか?同じ土俵にすら立てない。身分の差という壁はそんなに大きいのかと……。
きっと私の行動も良くなかったのだ。ルイーズの公爵家を守ろうとする気持ちを考えられず、淑女になればいいなどと単なる私の自己満足である。
「着替えるわ。今日、予約のお客様けっこう来るでしょ。私も今から行くから、リヴィオそれまで頼むわよ」
「それはちゃんとする。おい……こっち向けよ」
直視できないたままの私は溢れる涙を止められなかった。自分のせいだと思うのに気持ちをコントロールできずにいる。
「あのなー。あのクソババアがどうしようもないってのはオレも知っていたんだ。アーサーも実は他の女性と付き合っていたんだ。それを色々な手を使って別れさせられたと聞いた。強要してくることはわかっていた。まさかあまり関わりがなかった三男の俺まで見張られているとは思わなかった……セイラだからってわけじゃない。あの人の選んだ人でなければ誰でも同じってわけだ」
ポンポンと後ろから頭を軽く叩いてから撫でる。
「セイラが努力してくれたのは嬉しかった。だけど無理するな。オレは普通の淑女より、楽しそうに生きて笑ってるセイラのほうが何倍もいい」
両手で私の顔を挟んで、自分の方へ向けた。
額に優しく触れて回復魔法をかけ、軽い火傷を治してくれた。
「ありがとう。泣いてごめんなさい」
リヴィオはニッコリ優しく笑って私を引き寄せて抱きしめる。
「大丈夫だ。こうやって変わっていくセイラを見ていけることがオレは幸せだと思う。自分の気持ちに正直になって、泣いたり笑ったりしていいんだ……学園の時の最強セイラも嫌いではなかったが、今も同じように惹かれるよ」
私が赤面したのを見て、リヴィオは満足げに頷いた。なんだかいい雰囲気であったが、いきなりパッと体を離し、少し慌てて彼は言う。
「さて!じゃー、オレ、今からちょっと行くところがあるから……すぐ仕事には戻ってくるから気にするな。先に旅館へ行っててくれ!」
うん……?あれっ!?
「ちょっと待ちなさいよ!」
私はガシッと腕を掴む。リヴィオがなんだ?と、とぼけた顔をしたが、よく見ると……まだ怒りをおさめていないことがわかる。
「離せよ!あのババァに報復してきてやるよっ!」
「行かないでっていってるでしょーがっ!」
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