ただ儚く君を想う 壱

桜樹璃音

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第3章 ひとびと

第15話

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「……漸くわかったみてぇだな、俺の言ってることが」

「うん………、」


歳三の言葉がなかったら、呑気にぶらぶらと夜のお散歩に出かけたりしていたかもしれない。
無防備に、トイレに行ったかもしれない。
そういったことにやっと気が付いて、歳三のさっきまでの行動が腑に落ちた。


「…………歳三」

「なんだ?」


私に危険をわからせるつもりで、キスしようとしたんでしょう?


「…………わからせてくれて、ありがとう」

「……あ、ああ」


そう思って素直にお礼を言えば、歳三にしては珍しく、何故だか曖昧に頷かれた。


話題を変えるように、此方を振り向いて、少しだけ事務的に言葉を落とす歳三。
その頬は、さっき少しでも朱に染まっていたのが幻のように、もとに戻っていた。


「明日は、入隊試験があるからな。今は呑みに行っていていねぇが、めんどくせぇ奴らにも、お前のことを紹介しなくちゃならねぇし」


え、ちょっと待って。
めんどくせぇ奴ら、と言うのは、おそらく芹沢さんたちのことだろう。

それは、分かるが、


「入隊試験、って何やるの」

「あ?まだ決めてねぇよ」

「は?」

「おめぇが初めてのやつなんだよ、この壬生浪士組に入ると決めたのは。他は、斉藤を抜かして、江戸から共に上ってきた連中だ。その斉藤にしろ、試衛館の時から知っているしな」

「じゃ、じゃあ、何もしなくていいじゃない」


試験、だなんて、平成の時代でもなるべく聞きたくない嫌な言葉だ。
まさか幕末に来てまで聞くとは思わなかった。


「そう言うわけにはいかねぇよ、これから隊士たちも増やす予定だしな。丁度いいから、おめぇで入隊試験の内容を決めようと思ってんだ」

「はい?」


つまり、私は、実験台。


「何種類のことをこなせばよろしいんでしょうか…………?」


入隊試験に合格しなければ、おそらくここから追い出される。
何故なら、試験とはそういうものだから。


恐る恐る尋ねれば、ふん、と鼻で笑われた。


「今更敬語になったって、遅ぇよ。そうだなぁ、ひぃ、ふぅ、みぃ………」

「減らしてください、神様仏様土方様ぁ!!」


放り出されることが恐ろしすぎて、半ば縋り付くようにお願いした。


「……ぶはっ、おめ、おもしろすぎんだろ、……ぶ、冗談だから、そんな怯えんな」


噴出されたとともに聞こえたその言葉に、ほっと安堵して肩の力が抜けるとともに、歳三にからかわれたことにイラつきを覚えた。


「………笑いすぎ、歳三」

「……………すまねぇ…ぶ、くく」


暫くして、漸く笑いが収まったのか、笑いすぎて痛くなった脇腹を押さえて、布団を敷くよう指示してきた。



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