ただ儚く君を想う 壱

桜樹璃音

文字の大きさ
上 下
70 / 161
第5章 存在意義

第2話

しおりを挟む



そんな事を考えていれば、畳む気になれなくて、そのままごろん、と布団に転がった。

ばふん、と枕に顔を埋めれば、さらさらと余韻を描くように私の身体を追いかける、薄茶の髪。


つとそこに目をやれば、視界の端に歳三がくれた髪紐が映る。

逢ってまだ二日目なのに、どうしてこんなに心が乱されるのだろう。

まるで、歳三にそっけなくされることを厭うような、己の胸の痛み。

胸に手を当てて、髪紐をじっと見ていれば、その深紅が、じわりと滲む。
そこで漸く、泣きそうになっている己に気が付いた。


…………駄目だ、こんなんじゃ。


別のことを考えようと、ゆるりと目を瞑れば、昨日からの信じられないような出来事が私の頭を駆け巡った。

手合せの時のあの雰囲気以外は、何も変わってない、そうちゃん。
私と一緒にいた時のそのままの彼で本当に良かったと思う。

新撰組一番隊長は、冷徹な人だっていう話もちらほらあるけれど、そうちゃんが沖田総司なのなら、そんなことはないと思うから。

そこまで考えて、ふと思った。

絶対に会うことなんて出来ないはずの人々に、実際に出逢って、一緒に生活しているこの状況が、そもそも夢みたいな状況であるということを。


そんな状況に今現在、自分が置かれているということが、冷静になった私の思考をじわじわと支配する。


壬生、浪士組。
本当に私はあの壬生浪士組にいるのだろうか。

どこか違う、次元なのではないか。
歴史上の人に、目の前で動かれると、何処かイメージしていた人物像と大きく異なっているから、どうしてもそう考えてしまう。

異なっていたことを思い出そうとすれば、すぐに浮かんでくる芹沢局長の瞳。
史実上では、かなりの暴君で手の付けられない人物像である場合が多い芹沢鴨。

彼があんな瞳をするなんて、誰が思っただろうか。
あの瞳の輝きを目にしてしまったんだもの、気にならないわけがない。


せっかく幕末にタイムスリップできたのだから。

―――――――――もっと、知りたい。


彼らと共に、歴史を歩みたい。

そんな事を思ってしまうのは、未来人である私のエゴだろうか。


彼らのことを、最後まで見届けたいと思ってしまう。

けれど、その願いを持つ私の心には、正反対の想いもあって。

“見届けたい”なんて、何様だろうと思う目線の言葉が自分の中で出てくることが許せない。


いや。
―――許したく、ない。

一緒に同じ空気を吸って、同じ空間で過ごしている人たちを目の前にしているのにもかかわらず、その人たちを見届けたいだなんて。

そんなの、ひどく、自分勝手で傲慢で。
とてつもなく、そんな自分のことが嫌いになりそうだった。



しおりを挟む

処理中です...