婚活OL、冥界の王と蛇神に愛されまくる

ぺこ

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秘めた野望

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『ごめんなさい。今朝バイクに轢かれちゃって骨折して……今日は行けそうにないです。』

 はあ?と気づけば口から出ていた。現在12時15分、約束の時間は13時だ。こちとらすでにデート用のワンピースに身を包み、化粧もヘアセットも完璧に準備済みだったのである。普段履かないヒールなんかを履いて、今から出かけるという矢先、相手の男からメッセージが来た。
 
 つまりこれは、ドタキャン。恵菜えなは玄関先でしゃがみこみ、ぐったりとうなだれた。隣の姿見には、心底がっかりした顔のやけにめかしこんだ女が映っている。もう、怒りとかを通り越して呆れていた。なにしろこれは初めてではないのだ。マッチングアプリを始めて5年、話が合う相手を見つけてもいざ会うという段になると、やれ相手がひどい下痢に見舞われただの車のタイヤが側溝にはまっただの不運な事ばかりが起きて結局会えずじまいで終わってしまう。会いたくないからそれらしい理由をつけたのかとも始めは思ったが、記憶をたどれば自分はあり得ないくらい男と縁がなかった気がする。職場の男性はなぜか全員既婚者だし、社外で感じの良い男性に食事に誘われても、食事をした数日後に辞令が出て遠方の支社に転勤になったとか、そんなのばっかりだ。毎回どの相手とも何も始まらぬまま駄目になるなんておかしくないだろうか。

 本日で、マッチングアプリ152連敗。順調に負の記録を更新してしまっている。こんな風で大丈夫だろうか。30までにはなんとか滑り込みたい。やばい、あと3年しかないじゃん。ていうか入社した時は25までに結婚したいとか言ってなかったっけ自分。
 何度目かも分からないため息をつきながらヒールを脱ぎ捨て、恵菜は行儀悪くも揃えることもしないままリビングに戻る。パステルカラーを基調とした可愛らしい家具や雑貨で統一されたワンルーム、部屋の真ん中のローテーブルには雑誌が無造作に置かれていて。その表紙には、シフォンのようにふんわりとした純白のドレスに身を包み、ブーケを手に微笑む花嫁の姿が写っている。これこそ、恵菜が今一番憧れてやまない姿だった。

 恵菜には夢がある。いや、夢なんていうロマンチックで美しい響きのものじゃあない、もっとギラギラとして心の底からの渇望のような類の、そう、野望と言った方が近いのかもしれない。
 恵菜は、とにかく何としてでもウェディングドレスが着たかった。青空をバックにチャペルの澄んだ鐘の音を聴きながら、真っ白なウェディングドレスに身を包んでヴァージンロードを歩いてみたかった。どうしてもだ。なぜ白無垢じゃなくウェデングドレスでなければならないのか、そこは自分でも理屈が分からないのだが、どうしようもなく強烈に惹かれるものがあった。それが幸せの象徴のように思えた。そんな野望のために毎日せっせとアプリでメッセージを送り、まだめども立っていない結婚式準備の雑誌なんかまで購入している始末だった。

 急に予定がオフになったことで、今日は何をしようかとぼんやり考えていた時だった。スマホの着信が鳴り、液晶を見た途端にギョッとして、反射で手を引っ込めてしまう。まさかの母親からの電話だった。数年ご無沙汰だったためどんな小言を言われるかと気が滅入るが、出なくてもまた掛けてくるだろう。少しのためらいの後、諦めて通話ボタンを押す。

「……はい」
『恵菜~!ようやっと出てくれたわあ。元気にしとるの?今年の正月も、去年も帰って来ねかったからお父さんも心配しとるよ』
「や、だってさあ、仕事忙しかったし……」
『そんなに大変ならうちさ帰ってきたら?ほら、あんたは大事なうちの一人娘なんだから、早くいい婿とって、うちの寺を継げるようないい人をね、そんでお母さんもお父さんも安心させてよ』

 またそれかい。心の中で深いため息をつく。そう、何を隠そう恵菜の実家はお寺で、男子が一人もいないため、両親はどうしても恵菜に婿をとって欲しいようだった。しかも得度を認めてもらい寺を継げるような、つまりそう、住職になってくれる男をである。それだけは断固として拒否するつもりだった。だって実家が嫌でわざわざ東京にまで出て来たのである。今さらあそこで身を固めたりなんかするものか。それにそんなことをしたら、何より。

 ――結婚式が仏式になるじゃないか!
 恵菜は心の中で激しく憤慨した。それだけは彼女にとって何をどうにかしてでも阻止しなければならない事態だった。恵菜にとって結婚式でウェディングドレスを着ることは生きる意味と同義である。並々ならぬ執念をチャペル式に燃やす恵菜だが、両親が彼女の気持ちを汲んだくれたことは一度もなかった。恵菜は長話になるのは得策ではないと判断して、続きを促した。

「それで?何で電話かけてきたの」
『何でって……顔が見たいって話に決まっとるでしょうよ、もう二年近く会えとらんのだから!もうすぐお盆でしょうが、こちとらてんてこまいだから盆ぐれえは帰ってきてもらうよ』

 鈍い返事をするが、母親はものすごい剣幕で帰ってこいとまくし立てるばかりだった。こうなったら折れるしかないと経験上わかっているため、仕方なく盆休みに帰省することを伝える。すでに今から気が重かった。

 最悪だ。帰りたくなさすぎる。
 ベッドにもぐるも、その夜は気分がずっと塞いだままで寝付けなかった。早く幸せになりたいなぁ、いい人どこにいるんだろう、なんて、何十回考えただろう仕方のないことばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
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