婚活OL、冥界の王と蛇神に愛されまくる

ぺこ

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違和感

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 冥界を訪れて2日目の朝。いや、恵菜の部屋には時を知らせる物がないので分からないが、外が明るくなってきたため、おそらく朝を迎えたのだろう。冥界の夜は長い上に、日中でも薄暗い。いまいち時間の感覚が掴めなかった。

 うっすらと簾の隙間から差し込む陽を一暼しつつ、恵菜はふとあることを思い出した。逆に、なぜ今の今まで頭をよぎらなかったのだろう。
 あの京極とかいう見合い相手に腹を立てて出てきてしまったが、それきり母にも父にも連絡をとっていなかった。家に荷物も置きっぱなしだし、財布も持たずに出て行ったのでさすがに心配しているだろうか。
 ……と思ったが、恵菜はその可能性を早々に捨てた。
 昔から母は豪胆な人物だった。田舎の周りみんなが親戚か檀家という環境に長年いたからなのか、少し恵菜の姿が見えなくなったからといって特に慌てたことはない。確か小学校に入ってすぐくらいの頃、恵菜が寺の裏にある山に迷い込み丸一日帰ってこなかった時も、けろっとしていた。小さい頃であれなのだ、もう30も近い娘のことなんて数週間帰ってこなくても平気かもしれない。
 呆れたような何とも言えないような気持ちでため息をつき、ポケットに入れっぱなしだったスマートフォンを取り出す。かろうじてこの世界に持ち込んだ唯一の物だったが、ホーム画面を開くも変わらず、電波は繋がらなかった。これでは電話はおろかメッセージも入れられない。うぅんと頭を抱える。

 やっぱり、何にも言わずにこっちに来ちゃったし、一回元の世界に帰ったりできないかな。さすがに黙ったまま嫁にいくのはまずいよなぁ。

 まぁ、また後で薫瑛に聞いてみよう。そんな結論に落ち着き、恵菜もう一度寝台に身体を沈めた。
 
――そういえば、小さい頃に迷子になった後どうなったんだろう。

 思い出そうとするものの、薄ぼんやりと靄のかかった記憶は、なかなか正体をはっきりしてくれない。周りに遊ぶ場所もなかったから、幼い頃はよく裏山に行って、虫や魚を捕まえたりした。そして迷子になった日、どうやって帰ったんだっけ。かなり緑の深い山で、小さな子供が遭難して戻ってこれるような場所ではなかった。

『……白い蛇の神様は、ここの守り神だからねぇ。ご加護だったんかねぇ、よかったねぇ』

 脳にふと、母親の声がこだまする。子供をあやすような優しい声。だが、そこから突然凄みをきかせたような低い声色に変わり、ノイズが混ざったようなザラついた声が頭の中に響いて。

『けど、あんまりにも気に入られ過ぎたら……』

 その先は、ぷつりと記憶が途切れたように思い出せなかった。
 





 婚姻の儀の準備は滞りなく進んでいるようだった。薫瑛は約束通り冥王お抱えの布売りを連れ部屋に訪れては、式当日の衣装について考えてくれている。会場の設営やら式の段取りやらでただでさえ大忙しだというのに、ドレスの監修までしてくれているということで、頭が上がらなかった。

「エナ様のご希望が、白のうぇでぃんぐどれすで……ゔぁーじんろーど?なるものを歩きたいとのことでしたので、そのように調整しております。生地なのですが、数種類選定いたしまして……どうでしょうか?」
「わっ……!え、これ、すごい、綺麗……!」

 分厚く巻かれた布が次々に広げられ、その美しさに恵菜は歓喜の声をあげた。オパールのようなきらめきを放ちながら、光の加減でうっすらと透かし模様が浮かび上がる白の布地。どれも同じ白なのに、微妙に色合いや光沢が違っていてそれぞれ美しい。
 ウェディングドレスといえばシフォン生地やレースなどがふんだんにあしらわれたものをイメージしていたが、こういう和のテイストが混ざったものもいいかもしれない。いや、ものすごくいいかも。最高級の布地を前にして、興奮しながら恵菜は小一時間悩み、五つの生地の中から一つを選んだ。

「気に入っていただけて光栄です、最高級の布を集めた甲斐がありました。では次、どれすの形なのですが、このような感じでいかがでしょうか?最近こちらの世界にやってきたばかりの者を呼び集めて、一般で言う"うぇでぃんぐどれす"に近いものを考えさせたのですが……。」

 薫瑛が抱えていた和紙の束をガサガサと広げる。そこに描かれたドレスのデザインはセンスにあふれていて、恵菜は目を輝かせた。
 希望した通りの、腰のあたりで絞って裾が広がっているという全体のラインは崩さず、祭殿の厳かな雰囲気から浮いてしまわないように、少し東洋風のテイストも取り入れたデザインになっていた。純白の生地で仕立てたドレスの腰のあたりで、着物の帯のような、豪奢な金の刺繍が入ったリボンが結ばれている。

「すごい!漠然と白のドレスって思ってたけど、これはなかなか無いデザインだよね!王道なのに垢抜けててオシャレっていうか……!」
「お気に召されたようで何よりです。」
 
 うきうきとして口数が多くなり始めた恵菜に、薫瑛は微笑む。それからも彼女の止まらないウェディングドレス談義をしばらく聞いてくれていた。一通り恵菜が話し終えた後、彼は一礼する。

「それでは、僕はこれで失礼いたします。夕餉まで時間がありますので、エナ様はどうぞご自由におくつろぎください、冥燐殿の中であれば結界が張られておりますので、お部屋から出ても大丈夫ですよ」
「そっか、忙しいのにごめんね!ありがとう!」

 そう言って薫瑛を送り出そうとした時だった、恵菜はふと思い出し、彼を呼び止めた。

「そういえばね、あの……。あ、ごめんね、忙しい時に……。大したことじゃないんだけど」
「何でしょう?エナ様からのお声掛けよりも先立つ急務など他にございませんので、お構いなく」
「あ……えへへ」

 優雅な笑みを浮かべ先を促した薫瑛に、恵菜はホッとして続ける。

「あのさ、ちょっとでいいんだけど、一回もとの世界に帰れたりするかな?ここに来る前、家を飛び出して来ちゃったもんだから、もしかしたら親が心配してるかもしれないし。無事だよって一言伝えたら、またすぐこっち帰ってくるからさ。」

 一瞬、その場の空気が張り詰めた気がした。薫瑛は先ほどと寸分たがわぬ笑みを浮かべたままだったが、突然その笑顔から刺々しさというか、冷え冷えとしたものを感じてしまい、恵菜はどきりとする。
 緊張から手のひらを握りしめた時、薫瑛が笑顔のまま口を開いた。

「えぇ、もちろんでございます。エナ様がご家族のお気持ちを気にかけるのは当然のこと。いつでもというわけではないのですが、運よく年に一度のこの時期、彼岸のみは、現世と冥界を自由に行き来することができまして。……とは言っても、大王様の力と許可が必要にはなりますが」
「えっそうなの?今だけなんだ……。とりあえず、ヨミに頼んでみようかな」
「そうしたいところなのですが……。」

 薫瑛は申し訳なさそうに言った。

「この時期は大王様も執務の方が忙しく……。さらに婚儀の準備もありますので、大変失礼ながら式の後でもよろしいでしょうか……?ここのところ、休みも取らず業務にあたっておられまして」
「あ……そうなんだ、悪いこと言っちゃったね、忙しい時に……。」
「いいえ、とんでもない。……ふふ、大王様はエナ様が愛おしくて仕方がない様子。きっとどんな頼み事も無理にきこうとしてしまいかねませんので……。ご理解いただけて幸いにございます」

 彼は丁寧にお辞儀をすると、にこりと笑みを浮かべ部屋から去っていった。
 
 残された部屋で一人、恵菜は渋い顔つきで少し反省した。みんなが忙しくしてるのに、無理を言ってしまった。何だか私だけ遊んでるだけでちょっと悪いかも、役に立てるか分からないけど、できることは手伝わなくちゃな。

 そんなことを考えていた時、ふと先ほど覚えた違和感に恵菜は思考を止めた。
 薫瑛はいつも優しく丁寧に問いに答えてくれるが、さっきは少し様子が違った。笑顔は浮かべていたが、恵菜の言葉を聞き、一瞬顔が凍りついたように見えて。
 だが、考えたところで分かるわけもなくて。違和感の正体を拭えないまま、恵菜はため息をつくのだった。





 板張りの廊下を歩きつつ、薫瑛は苛立たしげに舌打ちした。先ほどまでの貼り付けたような笑みはすでに跡形もない。あからさまに不機嫌な顔つきで彼は悪態をついた。恵菜には聞かせたこともないような低い声だった。
 
「絶対に逃すわけにはいかないんだよ……。だからさっさと契約して自分のもんにしろって言ったのに……!」

 その目には苛立ちと焦燥がありありと滲んで。薫瑛は鋭い眼光を隠しもしないまま、屋敷の奥に消えるのだった。
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