婚活OL、冥界の王と蛇神に愛されまくる

ぺこ

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番狂わせ

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「熱ッ……!」
「エナ、大丈夫か!?」

 恵菜は突然の事態に、咄嗟に火がついたその契約書を床に落としてしまう。すぐにヨミが駆け寄り恵菜の身体を抱き寄せたが、驚いたのは薫瑛の行動だった。彼は金切り声のような奇声を上げて、今も燃え続けるその契約書を素手で鷲掴むと火を消そうとするかのように袖で何度も叩いた。

「ちょっと薫瑛!やめなよ!火傷しちゃう!」
「うるさいッ!」

 殺意が宿っていると言っても過言ではないような目で睨みつけ、物凄い剣幕でそう怒鳴りつけた薫瑛に恵菜は言葉を失った。彼は時折冷たい目をするものの、基本的に穏やかで冷静な従者だったはずだ。恵菜に対しても丁寧な姿勢を崩すことはなかったから、ここまで半狂乱になる姿を見るのは初めてだった。
 固まる恵菜を庇うように、ヨミは瞬時に薫瑛との間に身体を割りこませると恵菜を抱いたまま鋭く叱責した。
 
「落ち着け薫瑛、そなたが取り乱してどうするのだ!」
 
 だが今の薫瑛の目には契約書しか映っていない。彼を嘲笑うように無情にも契約書は燃えていき、最後は塵すら残らず紫色の奇異な炎に包まれて跡形も無くなってしまった。なぜか燃え移る様子はなく、ただ契約書だけを焼き払うのが目的だとでも言うようなその炎は少し妙だった。薫瑛のこの取り乱しようから見るに、これは尋常でない事態が起きているのではないか。つまり、契約が失敗に終わったのではないだろうか……?
 膝から崩れ落ち、呆然と床を見つめる彼に恵菜は何を言っていいかも分からない。ヨミも状況を理解できない様子だったが、静まり返った部屋に小さなつぶやきを落とした。

「契約が成立しなかったというのか……?なぜ……!」
「え、何で……それ、失敗したってこと……?」
「……考えられる原因としては二つ。真名が間違っているのか、だがその線はないだろう、はっきりと浮かび上がったそれをエナは確かに記していたし、余も立ち会っていたが間違いはなかった。だとすればもう一つは……」

 恵菜は彼の次の言葉を待っていたが、言いにくいのか黙り込んだままだった。少しの間の後、ようやくヨミは観念したように口を開く。重々しい口調だった。

「エナの魂がすでに誰かの手に渡っている場合。つまりは……別の神や物の怪の類と、すでに契約を交わしている場合だ」

恵菜は戸惑いを隠しきれないまま、カタカタと震えながら口を覆った。
魂の契約?そんなものを結んだ覚えは全くない。だがこうしてはっきりと、自分の魂が他の者の手に渡っていることが疑いようのない事実として証明されてしまって。ヨミじゃなくて、他の、誰とも知らない奴に?知らないうちに、誰かのものになってしまっていたと言うのだろうか。
 
――眩暈がする。

ふらつきかけたのをヨミが支えた時だった。激昂した薫瑛の怒声が鼓膜をつんざいた。

「ふざけるな!すでに契約していたと……!?どこの馬の骨とも分からない輩に魂をくれてやって、一時的にとは言え冥王の妃を名乗るなど……!どこまで冥界を愚弄する気だ、非力な生者風情が冥王をたばかるとは!あれだけの施しを受けておいて、婚前に他の者に魂をやるなど万死に値する!」

 憤りのあまり、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる薫瑛の瞳には憎悪が宿っていた。怒りに我を忘れた彼は立ち上がると、おもむろに懐に手を忍ばせる。ちらりと見えた手元には抜き身の短刀がぬらりと鋭い光を返していて、恵菜は思いがけない薫瑛の行動に、動揺と混乱で固まり、微動だにすることができない。まずい、刺される、と思った瞬間だった。
 ヨミの判断は迅速で的確だった。外套の下に隠すように差していた刀を瞬時に引き抜くと、柄の部分で薫瑛の頬を思い切りガツンと殴打した。骨に金属がぶつかる鈍い音とともに薫瑛が床に倒れ込む。彼が起き上がろうとしたと同時に、素早く間合いを詰め鞘から刀を抜いたヨミはその切先を彼の喉元に突きつけた。あとわずかでも近づけば、容易にその喉を掻き切ってしまいそうな、そんな距離だった。

「下がれ」
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