縄奥

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54話~完結

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◆◆◆◆◆54話







 ポカポカした陽気が恋しくなったのか、平屋で横長の校舎の一室の窓を学校の先生が「ガラガラガラ~」と、開けると下から浜風(イソカゼ)がふんわりと教室に入ってくる。

 浜子達は先生の手本に従って真剣な表情で、机に向かっては「カリカリカリ」と、鉛筆の音を立て横に置かれた書き方と言う本と、黒板の大きく書かれた文字を、そして自分の書いた文字を何度も見比べてはカリカリと只管、只管…

 窓から見下ろせる浜の集落は静まりかえり、浜人ひとりとして姿を見せることなく、青々とした空には白いカモメガアチコチで自由に飛び回り、黒いカラスは陽射しが辛いのか木々の影に隠れ静まりかえっている。

 左右に広がる真っ青な海は太陽の陽射しに「キラキラ」と、アチコチから宝石のような光を放ち、少し首を捻れば左右から眩しいほどの緑色が目を細めさせる。

 外の明るさに比べると少し薄暗く感じる教室の中「カリカリカリ」と、鉛筆の音が響く中で「来るかな…」と、浜子が言うと「そろそろ来るべ…」と、別の浜子が声を細め「もう来ないとなんねえべ…」と、また別の浜子が声を細めた。

 浜子たちのヒソヒソを聞こえないフリしながら、開いた窓から外に半身乗り出して左右に広がる海をしきりに気にする先生が「うん? あれか?」と、独り言のように小さな声で呟くと「来た…」と、浜子がそして「来た来た…」と、別の浜子が囁くと「あれかぁ?」と、少し大きな声で先生が遠くの海に見入った。

 先生の「あれか?」と、言う声に「来たがや先生?」と、一人の浜子が席を立って辺りの浜子たちを見渡すと「ガタンッ! ガタガタガタ」と、一斉に浜子たちが席をたち「来たが? 先生?」と、窓から身を乗り出す先生の傍へと走り寄った。

 窓から半身乗り出した先生が「どうだ来たか?」と、身体を内側に戻して自らを囲む浜子達の顔を見回して「○○、ちょっと見てみろ!」と、鼻息を荒くして、一人の浜子を抱き上げて「どうだ? 来たか?」と、浜子に海を見せると「来た! 来た! 来た!」と、先生に抱き上げられた浜子が声を教室に響かせた。

 先生に抱き上げられた浜子が嬉しそうに「来たー!」と、叫ぶと「ガラガラガラ」と、左右の別のクラスの窓から、一斉に先生たちに抱きかかえられた浜子たちが顔を出し「来た! 来た! 来たー!」と、大喜びすると「わあああぁぁぁーーーー!!!」て、校舎の中から大歓声が巻き起こった瞬間「よし! 行くぞーー!!」と、先生は浜子を下ろして片腕を天井に向けた。

 大勢の浜子達が校舎から一斉に外へ飛び出し「来たーーー♪ 来たーーーー♪」と、大歓声が静まり返った集落に広がると「来たーー! 来たーー!」と、集落の家々から一斉に浜人たちが手に大きなタモや竹笊を持って、港の左右の黒々とした岩場を目指して駆け出した。

 浜子たちに混じるように、大きなタモやバケツを持った先生たちも「来たーー!!」と、大急ぎで浜の岩場を目指して走り出した。

 さっきまで青々としていた海に突然、銀色に輝く大河のような長い蛇行がアチコチに生まれ、その真上におびただしい数のカモメが宙を真っ白に染め、カモメの数に負けない程の真っ黒なカラスが白を覆うように宙を黒く染めた。

 静まりかえっていた浜の集落は、まるで軍隊のごとく陸から岩場を目指して突進し、空からは白いカモメと黒いカラスが陽射しをさえぎった。

 キラキラと銀色に光り輝く海に出来た大河は、鳥たちに追われるように「クネクネ」と、蛇行し一路岩場に突進していた。

 港から左右に伸びる砂浜を、一路岩場を目指して突進する大人子供入り乱れての大行進は、岩場に到着すると「うわああぁーー! うおぉぉーー!」と、大歓声をあげ、宙に舞う鳥たちは空の上から水面に急降下を繰り返した。

 黒々とした岩場は次第に黒からその岩肌を銀色に変え、寄せる白波が砂浜を徐々に銀色へと変えて行くと、蛇行していた大河は左右に散るように海全体を青から銀色に変えた。

 青い海が銀色に光り輝くと言う不思議な光景は、一年に幾度もない浜の大人も子供も男も女も入り乱れての祭りだったのかも知れない。

 身体中にキラキラと銀色に光る衣(ころも)を纏った集落の人々は、皆、零れんばかりの笑みを浮かべ重そうにバケツやタモを持ち帰路に着いたようだ。

 集落の人々が帰ったあと、砂浜へと山伝いに降りて来た動物たちも帰りは、人間同様に銀の衣を身に纏って帰路についたようだった。

 一年に幾度もない鰯(イワシ)は、集落への海神様からの贈り物だったのかも知れない。

 そんな贈り物も数日経つと「おかあー おら! もうイワシ飽きたよおぅー!」と、浜子たちに切ない表情を浮かべさせた。

 
 

 

◆◆◆◆◆55話(上)







 ある晴れた朝の浜の集落、山から白い靄も消え、風も波も無い青い空と山々の緑が映りこんだ海。

 穏やかだと言うのに、沖から船着場のある港に来る船もなく、浜の集落にしては腑に落ちない風景に首を傾げる。

 既に陽(ひ)が昇っていると言うのに、集落には浜人(はまんど)の姿も無く、浜子(はまご)の姿さえ何処にも見当たらない。

 静まり返った集落に遠慮するかのごとく、砂浜に打ち寄せる白波もなく船着場に丸太で組んだ物干し竿のようなところに、白いカモメが羽を休め海の上にポツポツある黒い岩肌に、身を潜めるように黒いカラスがうずくまる。

 いつもと違う光景… 集落を歩き回ると、家々の中に人の気配はあるものの誰ひとりとして外に出る者もなく、閑散としていて薄気味悪くなるほどである。

 家々を見回しながら浜へ降りて行こうと一本道を港へ向かうと、今まで気付かなかった左に反れる人ひとりが通れるほどの小道を見つけ「何処へ通じているのだ…」と、小道へと歩む。

 まるで他人の家と家の隙間を通るようで気の引ける細い道は、入って見れば真っ直ぐに少し行くと、急に広がりを見せ、浜へ向かう一本道と同じ広さになっていた。

 使われているとは思えない古い家は、浜人たちの倉庫だろうか… 家の屋根の上には漁で使う大きな網が広げられて干されていて、家の周りには溢れんばかりの漁具や、小船のカイ(オール)が立て掛けられ出番を待っていた。

 道を挟んで左右に軒を連ねる古い家の玄関の、真横には表札があったであろう形跡が纏う板の色と違うのがわかる。

 少し進むと左側だけが道に沿って軒を連ね、右側の家は途切れ青々とした海がホッとさせた。

 家の途切れた場所に立って、海から漂う磯の香り釣られるように身体を向けると、3階建くらいの火の見櫓(ひのみやぐら)が集落から海に向かって伸びる岬の上にポツンと建っている。

「どうやって行くのだろう…」と、目を凝らすと、岬を支える切り立った断崖に集落の外れから斜めに傾斜を持たせた艫綱(ともづな)が張ってあるのが見えた。

 距離にして50メートルほどだろうか、一本の艫綱が「何故、あんなところに…」と、思いながら岬へ続く陸路を家々の間を縫うように探し歩むと、巨木とでも言うのだろか無数に太く大きな木が立ち並んでいてそれを守るように草木が栄茂っていた。

 岬への入り口に立って巨木を見上げていると「おい、アンタそこで何してるや!」と、強い口調で後ろから声かけられ「えっ?」と、後ろを振り向くと一人の浜人が「そこは御神木だで入っちゃなんねぞ!」と、語りかけてきた。

 聞けば、集落に向かって来る浜の強風で一番強く吹き荒れるのがこの場所で、浜人たちはこの木を御神木として奉っていると言う。

 浜人はそう言うと無表情で立ち去り、視線を元の艫綱へと戻すと、何やら艫綱に掴まって断崖を岬へと進む浜人がいた。

 御神木を汚すまいと言うことか、艫綱に掴まって左手前から右の岬へと上る浜人は「サクサク」と、歩み上るとやがて姿が見えなくなり、代わりに火の見櫓の上に白い旗が掲げられた。

 青々とした海を背景に白い大きな旗が微風に靡いているが一体……

 





◆◆◆◆◆56話(下)







 大海原を背景に白い旗が僅かな風に揺られた時、静まり返っていた浜の集落の上空を何処からともなく黒い集団がアチコチから現れ始め、同時に白いカモメが泣き声を上げて右往左往し始めた。

 靡く白い旗のみえる場所を後にして、港へ向かう一本道へと戻った時、慌しく港へ向かう浜人達の姿が…「一体何が始まるのだ?」と、目の前を駆ける浜人に聞こうにも浜人達の目は血走り脇目もふらずに只管… 只管…

 港へ降りて行くと、集落から駆け足で降りて来た浜人達は一斉に陸(おか)に有る磯舟の前に一人立つと「おどー! 乗れ乗れ乗れー! 下ろすどぉー!」と、遅れて駆けつて大きな声を発する、老婆の姿と後から駆けつけた若奥さんらしい人と大小の浜子たちが「よいしょぉー!!」と、掛け声を合わせて浜人の乗った磯舟を海へと下ろし始めた。

 下ろし始めた磯舟から目を離し、辺りを見渡せば「それえぇぇーー!」と、アチコチで大きな声を重ねて船を下ろす家族達の姿が何とも勇ましく、家族の少ない者のためだろうか、誰の船だろうと構い無しに家族達は次々に家族の少ない浜人の船を下ろし手伝っているのが見えた。

 海面へと下ろされた磯舟は「ユラユラ」と、左右に揺れるものの船に立つ浜人はフラフラすることもなく、陸(おか)で手を振る家族達に見守られながら静かに船に腰を下ろすと、木で出来たカイ(オール)を海水に浸し、船の左右のの木の棒に「スポッン」と、嵌めると「ギィーコ… バシャン… ギィーコ… バシャン」と、音頭を取るように港の中から出入口を目指した。

 湾型の港の出入口を目指して、陸から下ろされた磯舟は個々に漕ぐ音頭こそ違うものの、波の無い穏やかな海原を目指した突き進んだ。

 港の出入口に集結するかのごとく、集まった磯舟を漕ぐ浜人たちは口元を引き締め互いに会釈もなく次々に出航して行った。

 磯舟を送り出した家族達は言葉少なげに、黙々と蛇行する道を急ぎ集落へと散り散りに消えて行った。

 船を送り出した後の港は閑散とし、海面から顔を出す黒い岩には黒いカラスが実を潜め、船着場の物干し竿の上には白いカモメが肩を寄せ合った。

 沖の船が見える上街(うえまち)へと移動し、沖を眺めれば慌しく出て行った磯舟の姿は何処にもなく、海を前にして額に手傘を作って右へ左へと首を捻るものの、やはり磯舟は何処にも見当たらなかった。

 不安を覚え集落の中を、磯舟を捜し求めるように歩み続けると「今日のアンビ獲り大漁だばええのおぅ~」と、両手で山里から来たであろう山吹色のムシロを抱えた二人の老婆に出会ったが「アンビとは何だろう…」と、頭を抱えた。

 磯舟の姿を探し沖の方にいないのならばと、近場の海が見える場所へ移動し「ここならば!」と、100メートルほど下に見える黒々とした大岩がゴロゴロした岩場を見下ろすと、四角い箱に頭を「スッポリ」と、隠し片手に長い棒を持ち、更に逆の手でカイ(オール)を微妙に漕ぐ頭の無い浜人の乗った磯舟がアチコチの岩場に浮かんでいた。

 その奇妙な光景は延々と続き、何かを長い棒で獲っては箱に頭を隠したまま、船の中に「ポトッ」と、落とし入れそして長い棒を海の中に入れていた。

 ユラユラと浮かぶ磯舟は頭の無い浜人たちの乗った、幽霊船のごとく数時間が経過するとようやく、一人また一人と箱から頭を出しては「キョロキョロ」と、辺りの船を見回して船の中に置いてあった煙管(キセル)に火を点けて「スウゥー フアァ~」と、白いタバコの煙を吐き出していた。

 船の上の白い煙が一つ、また一つと増え浜人達の顔にも安堵の表情が浮かぶと、再び箱の中に頭を入れて海の中から円い黒々とした物を30分ほど獲り続けると今度は、こげ茶色の幅広の葉っぱのような物まで獲り箱の中から顔を出した浜人たちは、磯舟を沖へと漕ぎ始めた。

 下の岩場から沖へ50メートルほど漕ぎ出した磯舟たちは、船の舳先(あたま)を陸(おか)へと向けて縦横に連なると、火の見櫓の白い旗は降ろされ今度は真っ赤な旗が掲げられた。

 青々した大海原を背景に白い旗が靡き、今度は逆に緑色の山々を背景に真っ赤な旗が靡いていた。

 海に浮かんだ磯舟たちは、赤く靡く火の見櫓の旗を見ると一斉に港を目指して漕ぎ進んだ。

 港へ一足先に戻り待っていると、次々に白い歯を見せニコニコと笑顔で船を進める浜人達が港入りをしては、陸で待つ家族たちに「大漁(だいりょう)! 大漁!」と、手を振っていた。

 陸に船の舳先が軽く乗ると、船の中から焦げ茶色した昆布やワカメを先に降ろし、海水の入った大きな箱に敷き詰められ、更にその上に「クネクネ」と、盆踊りでもするかのように身体を柔軟にクネらせる鮑(アワビ)が丁寧に入れられた。

 大きな箱に移された昆布やワカメとアワビの入った大きな箱の前に、見慣れぬ男衆(おとこしゅ)達が次々に訪れ、何やらは浜人と難しい顔しては時折「ニコニコ」して腕組を繰り返した。

 浜人の家族に聞くと「あぁー! 買い付け業者の人達だぁ~」と、笑みを浮かべ磯舟の中からトゲトゲの黒いウニを持ち帰るのだろうか、モッコに入れて白い指を小豆色(あずきいろ)に染めていた。

 陸に上げられた磯舟の前で大勢の買い付け業者が行き交うと、小さな浜の港は久々に賑わう笑い声が充満した。

 年に数回しかない鮑漁は集落に祭りのように賑やかさを醸し出していた……

 
 ※鮑を生かして運ぶために使う昆布やワカメの量は決められていたが、少し多めに獲って買い付け業者への土産とされることが多く、業者は多めに入れられた昆布やワカメを自宅に持ち帰り食用として当てることが多かったようだ。
 ※鮑を獲って売り、運搬用として獲った海草を土産として業者に渡し、仕事の終わりに家で一杯やるためのオカズとしてウニを獲る、浜人の畑(うみ)は浜に生きるものに確かな恵みを与えている。
 ※カイ(オール)は一般的には艪(ろ)といわれるところが多い
 ※鮑漁は公平をきすため白い旗が揚がるまで漁師も家族も家の外へは一歩も出ることは出来ず、浜子でさえも学校に行く時間をずらして登校していた。
 
 




◆◆◆◆◆57話







 ちょっと浜家の中を覗いて見ようと、開いている戸口から静かに様子を窺う… すると「今日は水の出が悪いのおぅ~」と、蛇口を捻る御婆さんに「どりゃどりゃ、ちょっくら川さ見に行ってくるべー♪」と、御爺さんが傍にいた浜子(まご)の頬を軽く撫でる。

 仕事着に頬かむりして麦藁帽子をかぶった御爺さんと、一緒に手を繋いだ浜子が薄暗い浜家から「坊ー、ちょっくら行ってくるかのおぅ~♪」と、屈んで浜子の身支度を整えた。

 石と土が混ざり合って固まった道の端っこを、御爺さんのゴム長靴が「ズザッ! ズザッ!」と、ゴムと道の擦れる音が乾いた土ぼこりを舞い上げ、浜子からは「ペタッ! グニュ~ ペタッ! グニュ~」と、ゴムの短靴の可愛らしい小さな土ぼこりを舞い上げると「坊ーの靴は少し大きいようだのおぅ♪ 早く大きくならんとなぁ~♪」と、端っこに浜子を、そして守るように御爺さんが車道側を歩む。

 右側に青々と広がる海を見下ろせば、銀色の砂浜に混ざるように黒い岩肌が白い波を受け水面が「キラキラ」と、光り輝く。

 左側には緩い傾斜地に緑色の草木が浜から吹く微風に「サラサラ」と、仄かに甘い香りを漂わせると「坊ー、ちょっくら休んで行くかのおぅ」と、木の切り株に浜子を座らせると、浜子の履いているゴム靴を片方ずつ脱がせ「よいしゃーのこりゅぁせぇー♪」と、小さな声で口ずさむと傾斜に生える蓬(ヨモギ)を、刈り取り、傍にあった少し大きめの石の上に敷き詰めると「よいしゃのぉ、こりゃぁせぇ~♪」と、まるで呪い(まじない)でもかけるように一握りの石を拾い上げると「グチャグチャ」と、磨り潰し「ほりゃ~ せぇ~♪」と、浜子の小さな足を磨り潰した蓬で丁寧に拭き取った。

 キレイに浜子の両脚を拭き取ると、今度は別の蓬を刈り取ってゴム靴の爪先の方へと親指で押し込むと「ほおぅら♪ 出来たどおぅ~♪」と、浜子の白いホッペを「ツンッ」と、撫でるとゴムの短靴を浜子の足に履かせ「どんだぁ~ 具合はええかぁ♪」と、御爺さんは嬉しそうに浜子に話しかけた。

 二人は手を繋いで再び歩みだすと「おどぉー(御爺さん)ええ具合だ!」と、浜子が下から御爺さんを見上げると「うんだがぁ~♪ えがったなぁ~♪」と、御爺さんは浜子に視線を合わせ歩く浜子の足元の具合に見入った。

 集落から曲がりくねった道を1キロほど来ると「チョロチョロチョロ…」と、川の流れる音が聞こえ「坊ー 着いたなぁ~♪」と、屈んで浜子に顔を合わせると「よし、もう少しだな」と、道から草むらの獣道に下れば「おどおー! ○○のおどーでねえかー!」と、川辺から声をかけられ、御爺さんはニコニコして手を振ると「だめだわ~ 雨すくねえはんで、ほりゃ! この通りだぁ~」と、水の出が心配になった浜人が見に来ていた。

 普段より八割ほど下がった水位に屈んで見入る浜人が「おどー まいったなぁ~」と、川辺に立つ御爺さんと浜子を交互に見ると「船で隣の街さ行って山の里さ電報で、水ば分けて貰うしかねえべなぁ…」と、元気の無い浜人に御爺さんが話すと「したどもなぁ~ 今ったら畑の時期だべぇ~ 分けたくても無いんでないべかのおぅ~」と、浜人。

 この日、浜の集落では長(おさ)たちの寄り合いがあって翌日、漁船に水樽を積んで左右の街へと一斉に船が機関音を空に轟かせた。

 その数日後、浜の集落に久しぶりの雨が降り乾いた大地を潤したと言うが、山の斜面にある浜の集落には貯水出切る場所もなく、降り注いだ雨は山々と広大な海へと消えて行くことから浜の集落には必ず水神様が祭られていた。

 港の隅っこにある何十本もの樽は、使われないことを祈るように今日も何処かでジッと並んでいるのだろうか……

 

 


◆◆◆◆◆58話






 大木たちが四方八方を守るように立ち並び、一面を光沢のある真緑色が覆いつくし、真ん中に一本の細い道が中の方へ申し訳なさそうに伸びる。

 緩やかな上り傾斜を歩むと、黒土(くろつち)が太陽の光に暖められ土の香りが辺りに漂い、重なるように緑の匂いがそれを覆う。

 片手に釜と、藁で編んだ担ぎ袋を「ヒョイッ」と、肩に揺らせる老婆が足元の緑を食い入るように見ては、時折腰を屈め釜の先を地面に当てる。

 姉さん頭(かぶり)の頭(あたま)には、白地に赤と紺の斑点が太陽に反射して、豆絞り(ぬの)のかぶりものが緑の中に映える。

 何を採っているのかと老婆から目を離し屈んで見れば、根だけを残して切り取られた茎からは「ツゥン」とした、ネギともニンニクともつかない刺激のある匂いが伝わった。

 立ち上がって老婆の跡を追うと、どうやら老婆は藁袋の中を二つに区切って別々の何かを採っては入れていることに気付く。

 中には光沢のある緑色と、淡い緑色の二種類の植物が入っていて、どちらも独特の香りを放っていた。

 1時間ほどして老婆は腰を伸ばすように「ポンポン」と、背を伸ばし腰を軽く叩くと「あぁ~ 感謝! 感謝!」と、山の方に両手を合わせ、ゆっくりと傾斜を下ると集落への道へと移動した。

 太陽の照り返しが厳しい、山吹色に乾いた道に降り立った老婆の足元を見ると、黒い地下足袋がモンペの裾を覆い歩きやすくしていたことに気付く。

 帰路に着いた老婆は真っ直ぐ前を向き只管… 只管…

 浜家の台所に立つ女子衆(おなごしゅ)は御嫁さんだろうか…「ばばー お帰りなさい♪」と、声をかけながら玄関に歩み寄ると「今日も山がら土産もろうと来たはんでなぁ~」と、頬を緩ませた。

 老婆から藁袋を受け取った女子衆は、台所に戻ると袋から取り出した植物を竹で編んだ笊(ざる)に移し、蛇口から出た冷たい水で「ジャプジャブ」と、洗い始めた。

 透き通った太陽がようやく真っ赤に染まるころ、浜家の中から久々に山の恵みに感謝の声が聞こえた。

 老婆が持ち帰った山の土産は、家中をネギとニンニクを合わせたような、山ネギ(キトヒロ)の香りと、それを鎮めるかの三つ葉の香りが漂っていた。

 浜の岩場から獲って来て作られた、自家製の岩海苔は火に「サッ」と、炙られ「パリパリッ」と、した音を伝え、茹でられた三つ葉に「シャクシャクッ」と、手揉みして振り掛ければ何とも言えない濃厚な香りが家族を笑顔に。

 刺激のあった山ネギは卵に絡められ焼かれると、仄かな甘みを立ち上げ、小鉢に入れられ味噌を絡めた「ピリッ」と、辛味を伝えるネギ味噌は浜人たちに舌堤を打たせた。

 初物は笑って頂くと言う風習は、感謝の心を伝える小さな御祭りなのかも知れない……


 ※山ネギ(キトヒロ・アイヌネギ・行者ニンニク・キトビロ・キタビロ等、地方で様々な呼び名が存在する)
 






◆◆◆◆◆59話







 集落の南側の外れ、風も無く月明かりの美しい夜、波の音が聞こえそうな沖に目をやっても魚火一つない静まり返った真っ暗な海。

 浜家から漏れるランプの明かりが「ユラユラ」と、揺れアチコチの家々からは夕食(ゆうげ)の笑い声が聞こえる。

 港の船着場に掲げられたランプは、誰も居ない真っ暗な水面に炎を揺らし時折吹く浜風に風見鶏が「カラッン…」と、向きを変える。

 集落の左右に伸びる道も闇に染まった黒の中、月明かりで薄っすらと行く先を伝えている。

 人通りもなく動物でさえも形(なり)を潜め、風さえもが静寂に気遣いするかのように静かに… 静かに…

 一人集落の外れで闇の中に身を置き、静寂に癒され「そろそろ戻ろうか…」と、後ろを振り向いた瞬間「ん…」と、視界に入った何か…

 南側の数キロ先の岬の中に、何かが見え「何だろう…」と、身体の向きを南側へ向けると、提灯のような灯りがズラリと横一列に灯されていた。

 沖には魚火を灯した船もなく、海に突き出た岬の向こう側の集落まで十キロ以上は離れている…「何だろう…」と、食い入るように目を凝らすと「ポンポンッ」と、軽く肩を後ろから叩かれ、振り向くと「ほんに今宵は良い満月で…」と、集落には似つかわしくない色白の着物姿の女性が、口元を隠して微笑した。

 着物姿の女性が「何処から来なすった?」と、美しい顔立ちに似合わない口調で尋ね「はい、山里から…」と、答えると「ニコッ」と、女性が微笑み「今宵は嫁入りがあるようですよ…」と、囁くと、南の方に見える提灯の明かりが一斉に強い光を放ち「あれは何ですか?」と、女性に聞くと返事ははなく「何処へ」と、辺りを探したものの姿は消えていた。

 向こうに見える光の増した提灯は、少しずつ右側から左側へと移動しやがて闇の中へと消えて行った。

 翌朝、集落の浜人に出来事を話すと「あぁ~ キツネの嫁入りだろう~ アンタさん見たのかい? アンタついてるねぇ~♪ じゃあ、別嬪(ぺっぴん)さんにも御会いなさったんかのおぅ~♪ アンタさんついてたのぉ~♪」と、当たり前のように話し浜人は立ち去った。

 浜人に聞かされ、その場へ行って見ると不思議なことに提灯行列の見えた場所には、無数の狐の毛が道から山の中へと続いていた。

 満月の風の無い月夜の晩に、数年に一度だけ行われると言う狐の嫁入りの話しは、今も残っているのだろうか……

 




◆◆◆◆◆60話





 夏が近いとあって少しばかり寝苦しい夜が続いているようだ… 夜な夜な蛙たちが「ゲコゲロゲコゲロゲコゲロ」と、毎晩のように歌声を披露を繰り返し、家の周りの草むらからは「りりり… りりりり…」と、虫の声が闇の中へと溶け込む。

 朝方、なにやら外に浜人達の気配を感じて出て見ると、浜人に大小の浜子達の姿も交わり港へ向かう途中だった。

 ピョンピョン飛び跳ねて浜人の周りを「クルクル」と、走り歩きする浜子に「何かあるのかい?」と聞くと「今日はワカメ獲りの日だはんで!」と、豪気を放つ。

 黒いゴムの短靴に白いランニングシャツ、黒っぽいズボンの坊主頭の浜子たちとは対照的に、赤いスカートに赤いゴム靴、赤系のシャツに身を包むオカッパ頭の浜子たちは歩きながらの井戸端会議に夢中になっている。

 港へ降りる二股の道「左は港、右は砂浜」の、左へ男衆(りょうし)と右へ女子衆(かぞく)達に別れたが、坊主頭の浜子達は「キョロキョロ」と、左右を見回し「タッタタタタ~」と、左へ駆け出したものの、オカッパ頭の浜子たちはすんなりと、女子衆と同じ右へと井戸端会議をしながら進路を変えた。

 港では磯舟を水面に浮かべ男衆(りょうし)たちが頭に捻り鉢巻をし「おれらも海の男だぞ!」と、ばかりに坊主頭の浜子たちが船に道具を積み込む手伝いに追われていた。

 そのころ砂浜に到着した女子衆とオカッパ頭の浜子たちは、砂浜にムシロを敷き左向こうに見える港を「チラッ」と、一斉に見て腰を下ろして一休み。

 岬の櫓(やぐら)に白い旗が風に靡くと、一斉に磯舟たちはカイ(オール)を漕いで水面を叩き「ギィィーバシャンッ! ギィィーパシャンッ!」と、白い泡波を立てた。

 坊主頭の浜子たちは船を送り出すと、港の中を通って白い砂浜を目指し、砂浜のオカッパたちは女子衆と木桶を持って、砂浜の奥にある沢へと湧き水を汲みに出かけた。

 港を出た磯舟たちは砂浜から数十メートル沖の岩礁の上にイカリを沈めると、10メートルはあろうかと言う大きなカマを水面へと沈め、箱メガネを口に銜えると水中を覗き込む。

 沖で「ユラユラ」と、揺れる磯舟を左に見ながら坊主頭の浜子達が足を急がせ、沢の方から木桶を持った女子衆たちが肩を揺らして戻って来る。

 女子衆たちはムシロの横に木桶を置いて、沢から採ってきた山葡萄(やまぶどう)の葉と蔓(つる)で木桶の上に巻きつけるようにフタをした。

 ムシロに腰を下ろして、沖に浮かぶ磯舟に見入る女子衆と浜子たちを照りつける強い陽射しに、突然立ち上がった坊主頭の浜子たちは一斉に湧き水の出る沢へと走り出した。

 数分後、戻ってきた浜子達は「ホラッヨ!」と、女子衆とオカッパ頭たちに太くて固い大きな山蕗(やまふき)を手渡すと「わぁー♪」と、女子衆たちから拍手が沸き起こり「エッヘン!」と、坊主頭は胸を張った。

 波風立たない日を選んでのワカメ漁に、涼しい浜風を期待する者もなく「ジリジリ」と、照り付ける陽射しに只管、只管……

 2時間ほどしたあたりで沖に浮かぶ磯舟を見れば、船の上には焦げ茶色したワカメが山のように太陽の陽射しに「キラキラ」と、光を放ち「ギィィーコ… ギィィーコ」と、岸へと向かって来ていた。

 磯舟の到着を待つように、波打ち際に立ち並ぶ女子衆と浜子たちは船の到着と同時に「それえぇー!」と、一斉に積まれているワカメに群がり陽射しに照り付けられた砂浜にワカメを10センチ間隔で並べ始めた。

 そんな中、磯舟から降りて来た男衆は、砂浜に上がるなり山葡萄のフタを外し中の柄杓(ひしゃく)を握り締めると「ゴクッ! ゴクゴクゴクッ!」と、仄かに山葡萄の葉の香りたつ気桶の水で喉を鳴らした。

 

 



◆◆◆◆◆61話(下)






 男衆は喉を潤すと、忙しく動き回る女子衆と浜子を見ることもなく「どっこいしょ」と、ムシロの上に腰を下ろすと吸い口の無いタバコを煙管(キセル)に捩じ込み「スゥーー!」と、吸い込むと「ハァァー!」と、目を細めた。

 船に詰まれた山のようなワカメは、ドンドンと量を減らし白い砂浜を茶色に染め、照り付ける太陽の下、今度は船の上に乗った女子衆は船の木桶で海から水を汲むと「ジャバァーッ! ジャバァーッ!」と、船の上にぶちまけた。

 浜子達はぶちまけられた海水の中に屈んで、何かを小さな木桶に取っては入れるを繰り返し、それが終わると今度は船を枝の付いたブラシで「ゴシゴシゴシ」と、船の掃除を始めた。

 そんな浜子や女子衆から目を離し、お隣さんや更に遠くを見回すと、何処の船の上でも同じようなことをしていることに気が付く。

 男衆のタバコも残り少なくなった頃、一斉に船から下りた女子衆と浜子達は、船の舳先に何やら艫綱(ともづな)を結わえると「おどー! ええどおー!」と、タバコを吸い終えた男衆に女子衆が声を発した。

 船は来た方向とは逆に後ろ向きに沖へと戻って行き、女子衆と浜子達は船から下ろした先ほどの木桶を、波打ち際で見入っては「ワガメさぁ付いたのは大きいなぁ~♪」と、個々に目を輝かせた。

 沖の方では再びワカメ漁が始まり、男衆が船を揺らすと木桶を覗いていた女子衆と浜子達は「サッ! タタタタタタッ!」と、ムシロの方へ走ると「あっちぃー! あっちちちち!」と、個々に笑みながに手に手に藁で編んだ草履を持ち再び波打ち際に来ると「バシャバシャバシャ」と、草履を海の水に洗うように沈めると、波打ち際に横並び一列、旅支度のように草履を履いてしっかりと藁紐をカガトに結わえた。

 藁の草履をしっかりと結わえた順に、一人また一人と砂浜の上に駆け上がると「ズッ! ザッザッザッ!」と、ワカメに付いた砂を払い落とし引っくり返す仕事に取り掛かった。

 砂浜で引っくり返されたワカメから磯の香りが広がり、無風の砂浜を埋め尽くした頃「おぉーーい!」と、沖の上の船の上から男衆が砂浜に大声を発し「フッ」と、沖の方を見れば、只ならぬ量のワカメが船を埋め尽くし、男衆が何処にいるのか分らないほどだった。

 船はズッシリと海面に沈み、ひと波くれば沈んでしまいそうなほどになっているのに、誰一人としてその光景に驚く者も居らず、男衆の声を聞きつけた女子衆と浜子達は、一斉に砂浜に足を運び「よいぃーせ! よいぃーしょ! よいぃーせっ!」と、掛け声を合わせて、先ほど舳先に結わえた艫綱を運動会の綱引きのように引き始めると、ワカメで島のようになった磯舟は少しずつ岸へと引き寄せられた。

 砂浜に上がった男衆(漁師)に「あんなに積んで大丈夫ですか?」と、尋ねると男衆は「なんもなんも、半尺も残してるはんで、何ともねえー」と、笑みを浮かべムシロに再び「どっこいしょ!」と、腰を下ろし「あぁ、そろそろ昼飯(ちゅうはん)だな!」と、空を見上げ太陽を見た。

 すると、船からワカメを降ろしている女子衆が「おとぉー! これ終わったらマンマ(ごはん)にするべー!」と、男衆を労うに微笑みながらワカメを砂浜へと運んでいた。

 ムシロの横に別のムシロを敷き並べ、水の入った木桶を真ん中にして麻袋から取り出した鉄板で出来た弁当箱を、一人ずつに手渡すと「さてさて食うがやぁー♪」と、女子衆が声掛けると個々に弁当のフタを開けた。

 弁当の中身は白い御飯があるものの、おかずが見当たらず「どうするんだろう…」と、見ていると「よっこらしょ!」と、別の麻袋から出した木箱を大切そうにムシロの上に置いて「したら分けるはんでなぁ~♪」と、声掛ける女子衆に目を爛々と輝かせた浜子達が一斉に見入った。

 女子衆は用意した小皿の上に、何やら焦げ茶色した石ころのような物を「コロン!」と、置くとその横に白い粉を一つまみ置いて一人ずつ手渡していた。

 坊主頭もオカッパの浜子達は大歓声をあげ、石ころを砕く者にそのまま、まる齧りする者と個々に満面の笑みを浮かべ白い御飯に舌堤を打っていた。

 ムシロの上は、静まりかえり浜子たちも誰一人として口を開く者は居らず、最後は夢中になって石ころと白い粉を飯の上に塗して箸を動かしていた。

 その日の漁は昼飯後、夕方の3時ごろまで続き、乾いたワカメは次々に波打ち際にまとめられ、最後に残ったワカメを拾い集める頃には真っ赤な太陽が青い海を紅色に染めていた。

 乾かされたワカメは船に折り重なるように詰まれ、ワカメの上からは幾重にもムシロが覆い、男衆と坊主頭の浜子たちは力を合わせるように「ギィィーボチャンッ! ギィィーボチャンッ!」と、船を漕いで太陽の中に自らを紅色に染めた。

 砂浜を歩いて帰路に着いた女子衆とオカッパの浜子たちは、砂浜に漂う磯(ワカメ)の香りに「もう嗅ぎたくねえよぉー!」と、鼻を摘まんで「ジャリッ! ジャリッ!」と、足を前に進めた。

 港に入った男衆の船を「まってました!」と、ばかりに大勢の初老男女の行商人たちが出迎え「ごぐろうさん!」と、労いの声を口々に掛け、磯舟が半分ほど引き上げられると、小さな秤(はかり)を出して勝手に、ワカメを取っては秤にかけ、帳面に書き込んでは男衆に現金を手渡していた。

 太陽が沈みかけていると言うのに港は行商人で溢れ、次々に買い付けては背中の大風呂敷にワカメを入れ、次々に入る磯舟を追いかけるように右往左往を繰り返した。

 赤かった太陽が沈み真っ暗になっても、港から人の声は止まらず磯舟を完全に陸(おか)へ上げた男衆と坊主の浜子たちは、ワカメがドッサリと詰まれた磯舟をそのまま離れようとして「大丈夫なんですか? まだこんなに残ってるのに…」と、問うと男衆は「あぁ、これは明日組合さ御ろす分だども、浜にゃ泥棒なんていねーはんでよぉー♪ 心配ねえから♪」と、辺りの磯舟を見渡すと、陸に上げられた他所の磯舟にも干しワカメがドッサリと積まれていた。

 暗がりの中、陸(おか)に上げられた磯舟たちはどれもこれも、ワカメがドッサリと積まれているものの、誰一人として近寄る行商人も居らず無駄な心配だったと気付く。

 男衆と浜子たちは、賑わう港を後に家路を急いだ… 「おおー! いい匂いだなあー!」と、家の玄関を開けた男衆が歓喜すると、囲炉裏の上には大きな鍋が用意され、浜子たちが「うおぉぉー♪」と、鍋の中を見て手を叩き大喜びしした。

 囲炉裏の真ん中に、台所から運ばれた大なべから湯気と共に、浜三平汁(はまさんぺいじる)の匂いが家中(いえなか)に「パァー」と、広がると、浜子達は一斉に囲炉裏の自分の席へと正座し始め、おかっかー(母親)が、おとおー(父親)に「今日はご苦労さんでしたぁ♪」と、濁酒を湯飲みに注げば、婆(ばば)も爺(じじ)もみんな笑顔になった。

 口々に「うめなぁー♪ うめえぇー♪」を繰り返し忙しく箸を動かす浜子達と、のんびり疲れを癒すかのように濁酒を飲む浜人(おとな)たちの癒しの時間も過ぎていく中で「プップゥー♪」と、行商人達を乗せた臨時のバスが集落からタイヤの音を遠のかせた。

 早朝から暗くなるまで続いたワカメ漁は、布団の中でカイ(オール)を坊主頭の浜子に漕がせ、ワカメを引っくり返す仕草をオカッパの浜子にさせて夢の中で只管、只管……

 静まり返った家の周りに「ゲコゲコゲコ… ゲロゲロゲロ」と、鳴いた蛙たちの声は、疲れ果てた浜子達に届くことは無かったようだ……



 ※浜三平汁の具はワカメ漁の時に獲ったワカメに付いて来た通称、お土産と言い、鮑にウニに螺貝も3種類と多く、ヤドカリに時には小さい蛸が混じることもあった。
 ※焦げ茶色した黒砂糖と白砂糖は当時、浜集落では高価なもので集落自体に入ってこない貴重なものだった。
  また、3センチ角の1キレの黒砂糖は熊の出没する15キロ離れた隣街への徒歩での、お使いの代償として支払われることが頻繁だったことから価値が分るだろうか。
 ※白砂糖も貴重なものの一つで、黒砂糖ほどではないが黒砂糖1キレと白砂糖一握りの差はあった。
 ※ワカメ漁は生まれながらにして熟練した浜人や浜子でないと難しく通称、獲り・干し・拾いの仕事は素人では売り物にならない危険があって、銭を出して街から他人を雇うことはしなかった。
 ※本来獲った物は全てを組合を通す規則ではあったものの、街で高値で取引されるワカメは貧しい者や山里には届きにくく、行商を通じて流通を願う漁師達のささやかな気持ちだったのかもしれない。
  






◆◆◆◆◆62話






 今日で十日、海が荒れて漁に出られない日が続く… 青かった海は黒ずんだ銀色に変わり、陸(オカ)寄りの岩場は渦巻く白波と気泡が風に舞う。

 渦巻く荒波で岩場に近づくこと叶わず、浜里の食卓から海の恵みは姿を消し僅かに採れる山の恵みが添えられる。

 毎日続くフキの煮物とアイヌネギ(キトヒロ)の炒め物に、強風で外に出られない浜子たちが家中で「ブゥ! ブウゥゥゥゥー!」と、屁を垂れると強烈なニンニクのような匂いを家中に漂わせ「こりゃぁ! 屁垂れる時は便所でやれっていってるだろぅ!」と、不機嫌な父親(オトー)に怒られて逃げ惑う浜子たち。

 朝から晩まで、あちらで「プゥ!」こちらで「ブブブウゥゥー!」と、浜子の垂れる強烈な屁が、家に染み込んで行く。

 やがて集落に夜が訪れ、家中にランプが灯されるものの「ぶぅ! ブビビビィィー!」と、浜子の屁は止まらずに、強烈な異臭に嫌気をさした爺(オドー)が「まずまず臭ねぇのぉぅー」と、顔を顰め立ち上がり、戸棚から茶色い壷と酒の入った土瓶を手に「どっこいしょ!」と、囲炉裏の前に座ると酒を湯飲みに注ぎながら「コリッ! コリコリコリ」と、歯切れの良い音を俄かに放った。

 歯切れの良い音の間に「ぷはぁぁぁー!」と、合いの手を入れるように酒で喉を潤し「カリッ! コリッ! コリコリコリ」と、心地よい音を静まり返った家中に響かせると「ありゃりゃりゃ、まだ食ってるのかや~♪」と、浜子の父親(オトー)がオドーの横で胡坐をかいて座った。

 オドーの湯飲みを横から「ヒョイッ!」と、待ち上げると「ゴクゴクゴク… ぶはぁ! うめえぇー!」と、オトーも「コリコリコリ… カリカリカリ…」と、心地よい音を発した。

 並んで酒を飲みながら「コリコリコリッ…」と、音出す二人に「まぁまぁー♪ よく食えるもんだのおぅ♪」と、婆(ばば)が囲炉裏差し向かいに座ると、オドーが「坊ーたちのが臭くて臭くてのおぅ♪ ついつい、これ食うてしまうべ~♪」と、一粒「ポンッ」と、口に放り込むと「カリッ! コリッ! コリコリコリ」と、婆の前で笑みを見せた。

 オドーとオトーが並んで「コリコリ」と、音を出していると「これどうぞ~♪」と、浜子たちの母親(オカー)が小皿に白砂糖と竹串を数本持って来て二人に手渡すと「ほほおぅー、こりゃいい♪」と、嬉しそうに一粒ずつ串に刺して白砂糖を少し塗すと、囲炉裏の上の渡し網にそっと乗せた。

 渡し網の上で焼き団子のように並べられたものから「ブツブツブツ」と、湯気が昇り甘辛い匂いが辺りに漂うと「オドー! オトー! オラも食いてぇー♪」と、突然、浜子たちがオドーとオトーを後ろから取り囲んだ。

 するとオドーが「ダメだダメだダメだってばぁー! お前達さ食わせたら、まんだブップカブゥーっとなるはんで!」と、言いながらもブツブツと渡し網から漂う甘辛い匂いに「しかたねぇなぁー みんなで一本だけだはんでなぁ!」と、浜子達に一本、小皿に乗せた。

 一杯の酒の肴だったはずの、ニンニクの味噌漬けと醤油漬け、そしてそれらを串に通して白砂糖を塗した串焼きは、浜子達にアイヌネギ(キトヒロ)以上の悪臭を放つ結果を招いたものの、後に浜子達に弟妹が一人加わったのは言うまでも無い。

 浜集落では毎年のように訪れる嵐の月が、誕生月だと言う浜子は少なくない……

 山からの恵みである山フキとアイヌネギ、そして前の年に漬け込んだニンニクの味噌と醤油漬けが浜集落を元気づけていることは間違いないようだった。

 

 

 
◆◆◆◆◆63話






 ゴムの短靴を履いた浜子たちが靴を「ペタペタ、ペコペコ」と、鳴らし、手にはお気に入りだろうか棒切れを持ち、半ズボンに半袖、そして全員が丸坊主と言う井出たち。

 風呂敷に包んだ学校の教科書を持ち、他人の家の前に干してあるスルメイカを誰かが一枚拝借すると、次々に周りの浜子たちもスルメイカに手を伸ばす。

 大人の背丈ほどの丸太が二本、五メートルほどの間隔で立てられ、山吹色の藁縄を両端に縦30センチ間隔で結わえられていて、そこにスルメイカ半折状態で干されている。

 そんな浜子たちの行動を見ていて何も言わない浜家の家人たち… 勝手に物を盗っているのに一言も怒る気配がなく、周囲を見回すとスルメイカばかりか台に乗せられて天日干ししている魚にまで手を出す浜子たちの姿も窺える。

 育ち盛りの浜子たちとは言え、他人の家の物を盗ると言うことに怒りを表さない家人たち… 挙句に浜子たちは教科書の入った風呂敷を、干してあるスルメイカの下に積み置きすると何処かへ消えてしまった。

 五十枚ほど干してあったスルメイカは四十枚ほどに減り、それを見た浜家の家人は、うな垂れる様子もなくスルメイカを引っくり返して家の中へと消えてしまった。

 お天道様が西に傾き集落を赤く染めても浜子たちは戻る気配がなく、風呂敷に包まれた教科書もそのまま、更に時間が経ち、お天道様の代わりに、お月(おつき)さんが集落を照らしはじめた。

 翌朝、置き去りにされた教科書が心配になって早起きして見に行くと、既に風呂敷は跡形もなく消えていて、戻ろうかと「チラッ」と、スルメを盗られた家の前に目を向けると、小さなムシロが掛けられた木箱が玄関の前に置いてあった。

 なんだろうと近づいて、そっとムシロを避けて見ると木箱の中に、ウニ・鮑・ワカメに昆布と40センチはあろうかと言う魚が二匹入っていた。

 一体、誰が? と言う疑問が愚問だったことに気付くのに時間はかからなかった… 集落の家々から聞こえる笑い声の中に「昨日! 地蔵様が来てくれたんだわぁ~♪」と、大喜びする浜家の女子衆…「ほお~ どらどら見せて見ろ! こりゃぁ、良いものもらったのおぅ~♪」と、浜家の男衆の声。

 浜集落のアチコチから聞こえて来る地蔵様と言う呼び名… 耳を澄まして良く聞くと「浜子地蔵…」と、言っているのがわかった。

 浜の集落に突如出没する浜子地蔵様の正体を知ってか知らずか、今日もスルメイカや魚を干す浜家は後を絶たなかった……



 ※浜子地蔵は食べた分の十倍以上の返しをすることで、有名な実在する地蔵様たちの集団である。
 ※子供は集落の宝、血筋に関係なく集落で育てると言う、今では貴重な文化だろうか。
 
 





◆◆◆◆◆64話






 魚を終え沖から帰る浜人(りょうし)達と入れ替わるように、家を出て学校へやって来る浜子たち… 始業の合図は「カラァン~ カラァン~ カラァン~♪」と、聞こえる手振りのベルの音。

 ベルを持った先生が校内の廊下を音頭をとる様に上下に振ると、廊下に居た浜子達は一目散に教室へと駆け込む。

 先ほどまで楽しげな浜子達の声で溢れていた校内は一瞬にして静まり、教科書を持って廊下を歩く先生達の足音だけが校内に響き渡る。

 教室の引き戸が「ガラガラガラー」と、音を立てて開くと七三分けの頭にヨレヨレの背広を来た先生が、険しい顔で黒板の前に立つ。

 僅か6人程度の生徒を前に、顔をキリっとさせて「おはようございます」と、先生の声が狭い教室に響くと「おはようごいます!」と、元気いっぱいの浜子達の声が先生へと届けられた。

 校舎を囲む松林で羽を休めるカラスたちも、先ほどまで「カアー カアー」と、鳴いていたのをピタリと止め窓の向こうから教室に見入っている。

 雲一つ無い澄み切った青い空の下、薄暗い教室に届けられる静かさという音の無い音が「ヒリリッ!」と、張り詰めた空気を漂わせると「えー! 本日は土曜日! 天気もいいしラジオの天気予報も晴天だと報じていたことから! 本日は課外授業と言うことで海へ行く!」と、目の前の生徒達を見回しながら口元を緩めた先生に「わああぁぁぁー♪」と、一斉に席を立って大喜びする浜子達。

 教室の6人の浜子達は「何処行く? アソコがいい♪ いやあっちだろ♪」と、顔を見合わせ相談を始めると「さてさて、今日は何処の浜へ連れて行ってもらえるのかな~♪」と、嬉しそうに浜子達に声を掛けると「先生! アソコの浜はねぇ♪ 浜昼顔が薄い桃色(ピンク)でとっても綺麗なんだよおぅ♪ アソコの浜がいい♪」と、傍で微笑む先生に駆け寄るオカッパ頭の浜子に「よし! 前回は男子の意見を取り入れたから♪ 今回は女子の意見に従うことにしよう♪」と、浜子達の顔を一人ずつ見た先生に「先生! アソコは砂利浜だから、なーんも食うものねえんだよー!」と、駆け寄る坊主頭の浜子に「それは困ったなぁ…」と、一瞬、顔を曇らせた先生。

 すると別の坊主頭の浜子が「途中の岩浜で獲っていけばいいべぇー!」と、せり出すと「うんっ! そうしようか♪」と、首を大きく振る先生。

 運動靴からゴム長靴に履物を替え、頬かむりした上から麦藁帽子深くかぶった先生の手に、浜子達の小さな手が我も我もと群がった。

 岩浜で昼のオカズになるウニ(ノナ)をブリキのバケツいっぱいに獲り、天秤棒に二つぶら提げる坊主頭の浜子と、小岩を起こして捕まえた磯カニの入った小さなバケツを持つオカッパ頭の浜子に、先生の好物でもあるワカメを網袋に入れ担ぐ坊主頭の浜子。

 中でも一番、大汗を流しているのは先生が学校の裏山の畑で採ったジャガイモの入った袋を「うんせ! うんせ!」と、持ち運ぶ坊主頭の浜子。

 集落から岩浜まで20分、岩浜から砂利浜まで砂を上を30分と浜子達は意気揚々としているのに、先生は既に息が上がっているようだ。

 まるで砂漠の旅人のように前屈みになって、生徒達に励まされながらようやく、浜昼顔の砂利浜に到着すると「うわあぁ! こ、これは!」と、砂利の浜、一面を山側から覆う浜昼顔に圧倒された先生。

 両手を「ダラン…」と、下げ立ち尽くす先生が「綺麗だあぁ~」と、一言漏らすと、腰砕けしたように砂利の上に尻餅をついた。

 傍で満足げに先生に見入るオカッパの二人の浜子と、そんなものにお構いなしとばかりに、焚き火の用意に追われ薪集めに忙しい坊主頭の浜子たち。

 
 




◆◆◆◆◆65話







 砂利浜に広がる昼顔の真ん中で、仰向けで空を眺める先生とオカッパの浜子達から波打ち際まで30メートルほどだろうか、その中間に集められた紙や木片は高さ60センチほどに積まれた。

 焚き火の準備の終わった坊主頭の浜子達は、砂利の中に埋まる手頃な石を拾い集めせっせとカマド作りに追われるものの、群生する昼顔の中に横たわる先生は構うことなく只管、只管……

 先生の両側で添い寝していたオカッパ頭の二人が「ヒョイ」と、上半身を起こすと「タッタタタタッ」と、坊主頭たちの方へと駆け出し「出来たかや?」と、オカッパ頭が坊主頭に聞くと「あぁ、出来たべゃぁ!」と、額の汗をタオルで拭う坊主頭たちは、オカッパ頭たちにカマドを引き継いだ。

 石をUの字に積み上げた外側を小砂利で覆い、更に砂利の上から砂で覆う… 口の開いてる方から奥を覗くと直径3センチほどの、流れついたであろう竹が数本、口をあけて顔を出している。

 ちゃんと竹の中が坊主頭に依ってくり貫かれているかを、オカッパ頭たちが入念に確認すると「中々、いいカマドだな♪」と、坊主頭たちを下から見上げるオカッパ頭の二人は嬉しそうだ。

 満足げな顔するオカッパ頭に褒められた坊主頭の一人が、スボンのポケットから「ホレ」と、マッチを手渡すと坊巣頭たちは「したら」と、その場を離れ波打ち際を遠くに見える岩場を目指して歩いて行った。

 坊主頭の浜子たちが居なくなると、オカッパの浜子たちはカマドの下に引いてある平らな石の上に、海の水で洗ったジャガイモを間隔を取って並べると、その上から「パラパラ」と、砂を塗し芋を覆いつくし、その上から焚き火の材料を掛けマッチで火を点けた。

 拾い集められた焚き付けは「パチパチッ」と、音をあたりに響かせ「ユラリユラリ」と、炎を躍らせると浜子の二人は小さな木片、中位の木片と手際よくテントのように並べると、炎は次第に大きくなり90センチほどのカマドは「パチパチッ」から「バチッバチッ」と、音を変え燃え上がった。

 遠くの岩場で動き回る坊主頭の浜子たちから、届けられる大歓声に聞き耳を立てるオカッパたちは、波打ち際に座りカマドを「チラチラ」と、気にしながら沖の上を飛ぶ白いカモメを目で追った。

 カマドの炎が小さくなる度に、カマドに薪を入れに行っては波打ち際に戻り、戻ってはまた薪を入れに行くを繰り返すオカッパたちの額にも汗が滲んでいる。

 浜昼顔の真ん中で横になった先生も、よほど心地よいのか就寝の様子… オカッパたちが「ソオ~」と、近づくも目を覚ます気配なく顔を見合わせてニッコリするオカッパたち。

 空を見上げたオカッパの一人が「そろそろ昼だのぉ~」と、お天道様を時計に見立てると「パッ!」と、目を覚ました先生が「昼になったか~♪」と、むくっと起き上がり照れ笑いする。

 遠くの岩場にいた浜子達も時計を見たのか、手になにやらぶら提げて向かって来る姿が見えると「先生♪ 土産獲れたみたいだぞ♪」と、先生の顔見たオカッパ二人が「ニッコリ」と、口元を緩め「おぉ♪」と、目を大きく見開いて嬉しそうな顔を見せた先生。

 向こう側から来た浜子たちが「ホレ! 土産獲れたべゃ~♪」と、50センチはあろうかと言う「アイナメ」を先生に見せると波打ち際に立てた棒にしっかりと括りつけた。

 波打ち際から戻った坊主頭たちが、オカッパ二人に「腹減ったべゃ~」と、口をへの字にして見せると「あぁ~ もう出来てるぞぉ~♪」と、炎の弱まった焚き火の下から芋を棒切れで取り出すと、再び薪を入れ火を起こした。

 
 



◆◆◆◆◆66話







 薪を居れ火を起こすと石積みのカマドの側(がわ)に、黒いトゲがウネウネ動くウニを殻ごと乗せ、炎の舞い上がる薪の上に鮑を一つずつ放り投げる。

 舞い上がる煙に混じる磯の香りが漂うと「食うべ♪ 食うべ♪」と、目を躍らせる先生と砂利の上に腰を下ろす浜子たちに「ワカメ、ワカメ」と、口元緩めて辺りを見回す先生に「ちゃんあーんとあるってぇ♪」と、心配するなとばかりにオカッパ二人が生ワカメを先生に手渡す。

 渡された生ワカメを焚き火の炎に何度か振ると、焦げ茶色だったワカメは見る見る、キレイな緑色に色を変え濃厚な磯の香りを回りに伝えた。

 次々に焼きあがる鮑を棒切れで刺しては、カマドの前の板の上に並べるオカッパ二人と、喉をゴクっと鳴らして焼きワカメを頬張る先生、焼きあがった芋の皮を向いて先生を見て嬉しそうな顔を見せる浜子たち。

 剥き終えたクリーム色した芋から立ち上る白い湯気を「ふうぅー! ふうぅー!」と、息を吹きかけ冷ましては「はぐッ!」と、一口食べた浜子たちから「うめえぇ~♪」と、歓声が沸き起こり先生の方を一同振り向けば「はふはふはふ!」と、好物の焼きワカメに全力を尽くす先生の姿。

 カマドの側で黒から白の混じる薄茶色に変化したウニを、棒切れを使って浜子たちが引っくり返し白いヘソをグイッと棒で押し込めば「ジュクジュクジュク」と、甘いウニの焼けるにおいがして白い湯気が舞い上がる。

 焼きワカメを右に、焼き鮑を左に大忙しの先生を見ては、目をまん丸にして顔を見合わせる浜子たち… 芋を食う手を休めては「先生ー! 慌てんでも先生が全部食ってもいいからぁ~♪ あっはははは♪」と、浜子達に背中を叩かれて「おっ! いやあぁー参ったなあぁー♪」と、大笑いした先生。

 焼き芋の皮で手を黒くした浜子達は波打ち際で「ジャブジャブジャブ」と、横一列で手と口元を洗うものの、先生は一人で黙々と海の幸に舌堤をうち、冷めて丁度良くなった芋を頬張っては次は何を食おうかとカマドを見回していた。

 口元と手を真っ黒に染めた先生は「ひやぁー 食った食ったぁー♪」と、ゴロンと胡坐から後ろに倒れ「もう何にもいらん! こんな御馳走食えて幸せだあぁ~♪」と、空を眺めて人の歓喜した。

 カマドの焚き火も消える頃、先生を真ん中に横一列に仰向けになって昼寝する浜子たちも暫しの休憩… 半時ほどした頃「ムクッ!」と、起きた先生が「よし! みんな写真撮るから花の前に並べ!」と、口元を芋の炭で黒くした先生が立ち上がった。

 泥棒ヒゲのような先生の顔見て「あっひゃひゃひゃー♪」と、腹を抱えて大笑いする浜子たちに「こらこら、終わったらちゃんと洗うから♪」と、照れ臭そうに微笑む先生。

 横一列に浜昼顔の前に整列した浜子達を何枚かカメラに収めると「よっしゃ! 次はこれだ!」と、周りの浜昼顔の花を「ブチッ! ブチッ!」と、もぎ取って「ほら、これみんな一つずつ持ってよ!」と、浜子達に渡そうとした瞬間!「うわあぁぁー!」と、一斉に大声で驚きの声を発した浜子達に「どっ! どうした!」と、浜子達の声に驚いた先生が慌てた。

 すると、坊主頭の浜子の一人が「おい! 帰り支度するぞ! 急げ!」と、慌てると「うん! そうだ! 急げ!」と、口々に帰り支度をする浜子たちに「ど、どうしたんだ!?」と、両手を広げた中腰の先生が浜子達を見渡した。

 帰り支度を始めた浜子の一人が「先生、浜昼顔摘んだら、ダメだっていたでねえかぁー! 忘れたのかぁー!」と、少し憮然とした表情で答える浜子に「あぁぁー! あれかぁー♪ 迷信… 迷信だったってぇー♪ あっはははは♪」と、両手を腰に当てて大笑いする先生は更に「今日は快晴だってラジオの天気予報も言ってたぞ♪」と、帰ろうとする浜子達に余裕を見せて言い聞かせる先生。

 そんな先生を気にも留めず、浜子は波打ち際の魚を先生に手渡すと「いくどー!」と、全員に声掛けると「スタスタ… ジャリジャリ…」と、帰路につき「おぉーい♪ まったく迷信だって言ってるだろうにぃ♪」と、先生は砂利浜に腰を下ろして空を見上げた。

 浜子達は先生を何度も手招きしては帰路を急ぎ、港が大きく見える辺りに来ると空を見上げ「急げ! くるどお!」と、声を少し大きく発すると、あれほど晴れていた空は見る見る間に黒い雲で覆われ、明るかった周囲を薄暗くした。

 空を見上げた浜子達は「うわあぁぁぁー!」と、大声を発して一斉に走りだすと「ピカッ!ゴロゴロゴロ!」と、激しい雷が地面に響き「それえぇぇー 急げえぇー!」と、声掛けて浜子達は港の端っこにある小さな浜人(りょうし)の浜小屋へと辿りついた瞬間!「ドオオオォォーン! ゴロゴロゴロゴロォォー! ピカッ! ザザザザアアァァァー!」と、激しい雷(いかずち)と共に激しい雨が集落に襲い掛かった。

 あわやの所で浜小屋に入った浜子達が心配そうに、小屋の窓から先生の居る方角に見入ると「ドン! バタン!」と、浜人(りょうし)が入ってきて「お前らがっ! 浜昼顔さイタズラしたのは!」と、仁王様のような顔して浜子達に拳を振り上げた! そこへ「ドンッ! バタン!」と、全身ずぶ濡れで入って来た先生が「申し訳ありません! 私なんです! 子供達から聞いていたのに… 申し訳ありません!」と、何度も浜人に深々と頭を下げ詫びると先生。

 浜子達の前で散々、浜人に説教された先生は意気消沈し只管、浜人に頭を下げ続けた… そして雨も上がり浜人が再び外へ出て行くと「先生… 戻ろうよ…」と、浜子たちに言われ「うん…」と、ショゲながらビショ濡れのまま浜小屋を後にした。

 学校へ戻った先生は、まだ迷信だと思っている節があり戻る早々に浜子達を帰宅させ、左右の隣街の学校へ職員室に一台しか無い壁掛け電話から連絡を取ったと言う… そして「えぇぇー! そんな馬鹿な! そ… そんな…」と、何やら顔色を変えたと言う。

 翌週の月曜日、学校へ登校した浜子達が教室へ向かう廊下にある、学校便りと言う掲示板に目を奪われた…「浜昼顔にイタズラしたり摘んではいけません」と、書かれた一枚の注意書きだった。

 後に聞いた話では、浜子達が休みの日曜日に先生は集落の家を一軒ずつ訪ね歩き、謝罪して回ったと言う……

 
 ※今も残っている迷信… 果たして迷信かどうかは知る人ぞ知ると言うことだろうか。
 ※ウニのヘソ(白い歯の付いた口) ※ワカメに火を通すと綺麗な緑色に変わり焚き火で焼いて食べる
 ※電話(壁に本体と通話する湯飲み茶碗のような物があって、本体のクランク棒を回して発電し相手先(電話局)のベルを鳴らす仕組み)
 






◆◆◆◆◆67話







 浜集落の左側、外れの方から磯浜へ降りる絶壁は草木に覆われ、その中に太い綱が一本垂らされている。

 以前、浜子たちが浜人(りょうし)からウニを御馳走になった、あの浜の辺りから浜人たちの声が風に乗り、離れた集落へと運ばれて来る。

 お天道様も上り始めの午前9時、浜人たちの声が賑わうものの浜家の殆どは、戸締りを厳重に晴れているのに雨戸で窓や戸口を塞いでいる。

 奇妙な光景に、誰かに物を尋ねようにも集落には人ひとりおらず、風に伝えられる浜人たちの声の方へ「一体何が…」と、歩みを始める。

 集落の端から下の浜を見下ろせば、浜人たちが腕組みして全員が同じ方向を見て、何やら語らうのが解かるもののハッキリとは聞こえず、風に乗って舞い上がる声に耳を澄ました。

 すると風に伝えられた浜人が口々に「親父はどごだべ… 親父はアソコだ! 親父は今日帰るべかのおぅ~」と、何処かの父親のことを案じているようだった。

 しばらく上からその光景を見ていると「来た来た! ホラ、アソコだ!」と、誰かが少し大きな声で話すと「うおぉぉー! 居た居た!」と、全員の声が重なった。

 浜人たちの指さす方向はこの場所からは見えない… 何とか見ようとするものの覆う木々と左側に聳える断崖が邪魔して何も見えない。

 と、暫くすると突然! 下にいる浜人たちが「走った! 走りだしたぁー!」と、一斉に声を発すると「うわあぁぁー!」と、下へと垂れ下がる綱に掴まって、覆う木々の中の絶壁を浜人たちが登り始めた。

 絶壁に育つ木々は左右に大きく揺れ、上から垂らされた太綱は「ギシギシ」と、音を風に伝え「そりゃぁー! もう少しだあぁー!」と、一人、また一人と上へと這い上がって来た。

 這い上がってきた浜人たちは両膝に両手を当て「はぁはぁはぁ」と、肩を揺らして荒い息を整えると「ほらあぁ! アンタもグスグスしてねえで港(浜)さ行ぐどぉ! 急げ!」と、這い上がった浜人達は一斉に集落へ、そして集落から港へと一気に駆け下りた。

 何が始まったのかと、うろたえていると「ホラホラホラァー! アンタもい急がねえと!」と、声に引き摺られるように港へおりると「ドドドドドオォォォーン!」と、船着場に浮かぶ漁船が一斉に、黒い煙を上げ機関音を空に轟かせた。

 黒い煙で港の中は覆われ、暫くして空気が澄んで来たと思うと、船の上には大勢の男衆から女子衆に浜子たちが重なるように乗りあっていた。

 たどたどしい雰囲気の中、一艘、また一艘と機関音を轟かせ船が港を出る中で「アンタァー! 置いていくどおぅー! 早く乗れぇぇー! 親父が来てるがらぁー!」と、凄い形相で怒鳴る浜人。

 船は「ドドドドドオォォーン!」と、黒い煙と音を轟かせると船体を前後に揺らし「バッシャァァーン! バッシャァァーン!」と、舳先(へさき)で海面を叩き青い海面に白い波を立てた。

 大勢の浜人を乗せて沖に向かった漁船が、一塊になって舳先を集落側に向け機関音を小さくすると「おぉ、来た来た…」と、望遠鏡を覗く浜人が「今、地蔵様のとこ… お! 走った! 走ってぇ街の中ば歩き回っとるで!」と、望遠鏡を覗きながら無線で教えている。

 舳先を集落に向けた船を見渡すと、大勢の船にコダマするラッパ(スピーカー)から流れる浜人の声が、幾重にも重なり響いているのが解かった。

 青い海と澄んだ空の真ん中に浮かぶ船から、歓声が上がったのは一時間ほどしたあとだった。

 

  
 ※親父(熊)のこと
 ※山の親父さんは年に一度、自分の縄張りを視察に来ると言い、親父さんが来たら親父さんが気持ちよく御帰りになれるように浜人たちは街を明け渡すのだと言う。
 ※親父さんが街に滞在する時間が短ければ短いほど、その年は大漁に恵まれると言う言い伝えもあるようだ。
 






◆◆◆◆◆68話






 浜集落にもタンポポの季節が来たようだ… 小石と土が絡み合って出来た固い道の両側の縁(ヘリ)に生える緑の草の中に混じるように黄色い花をつける。

 集落の上にある学校の途中、グラウンドを囲う木で出来た手摺に頬杖を着いて集落を見下ろせば、左右に伸びる道にも下へ降りる道にも、はたまた十字路にも縁には眩しいほどの黄色い花が目を楽しませる。

 道を飾るように咲いた黄色いタンポポを気遣い、馬車同志が狭い道を擦れ違う… 生きる物を粗末にしない浜人(はまんど)たち。

 緑色(やま)と青色(うみ)と茶色(つち)しか無い浜集落に黄色(タンポポ)が仲間入りしたようだ。

 





◆◆◆◆◆69話






 夜だと言うのにヤケに港が騒がしい… 月明かりと浜家から漏れる明かりを頼りに港の見える場所へと移動する。

 浜から吹く風に浜人たちの声が乗り、集落へと運ばれると浜家の戸が次々に開かれ、心配そうに家人たちが浜の方へ耳を向け澄ます。

 集落の外れに浜人たちが集まり、煌々と燃やされる魚火(いざりび)は、港のアチコチを炎が照らしその海面に炎が揺らめく。

 左右の船着場のほぼ中央に位置する船揚げ場、港の中心部に一際大きな魚火があって、そこに右往左往する浜人の影が見え隠れし、浜から慌てて集落に上がってきた浜人が「お客さん! お客さんが来たはんでぇー! 仕度してくれぇー!」と、大声で浜を見下ろす浜人たちに告げ歩いた。

 浜から上がって来た浜人の「お客さん」の声に、一斉に浜家の玄関に炎の灯るランプが掲げられ、夜だと言うのに浜集落は祭りのごとく「灯り」と言う賑わいを見せた。

 集落の外れにある地蔵様を祀る(まつる)社の戸口が開かれ、中から煌々と外へと放たれた大きな炎のランプの光は、集落の何処からでも地蔵様の場所がハッキリと見えていた。

 地蔵様の社の光が見えた瞬間、一斉に集落の明かりは玄関も家中も全てが消され、港の魚火と地蔵様の社の灯りだけが月夜を照らしていた。

 半時ほどが経過すると、港から「チリ~ン、チリ~ン」と、鈴の音が聞こえ、その後から「ガタッ、ガタッ、ゴロゴロゴロ」と、手押し車の、木で出来た車輪の音がして大勢の浜人たちが、手押し車を囲み口々に楽しげに、手押し車の荷台に「さーさあー♪ 今から地蔵様のとこさ、案内するはんで♪ 何処さもいかねで、じっとここに乗っててくれよぉう~♪」と、大勢の浜人の楽しげな語らいが暗闇の中に手押し車と一緒に歩んでいた。

 浜から上がって来た「チリ~ン、チリ~ン」の鈴の音は、手押し車の先頭を脇目も振らぬ浜人が、ゆっくりと鳴らしていて、その後ろから手押し車の荷台に「今日は、いい天気だったなぁ~♪ おかげさんでアンタさんにも御会い出来たのは何よりだったのぉぅ~ あっはははは♪」と、口々に楽しげに荷台に話しかける大勢の浜人たちは、集落を地蔵様の社の方へとゆっくりと移動して行った。

 大勢の浜人たちと手押し車が通ると、集落の家々から家人たちが塩を持って来ては、家の周りに「迷わんで~♪ 安心して~♪ 行って頂戴ねぇ~♪」と、風に掻き消されそうなほど、小さな声で歌うように塩を撒いた。

 手押し車が地蔵様の社に到着すると、浜集落の家々に次々に明かりが灯され、慌てるように女子衆たちが集落のアチコチから集まった。

 



◆◆◆◆◆70話





 地蔵様の杜に集まった女子衆たちは、男衆によって運ばれてきたお客さんに「お疲れ様でやんしたのぉ…」と、口々に声を掛け「これから風呂さ入ってのんびりして頂戴ねぇ♪」と、荷台の上からお客さんを下ろすと、ムシロを引いてその上に「横になってて下さいな♪ あとはみんなでキレイに洗いますからねぇ♪」と、お客さんを労いながら寝かせた。

 お客さんは、女子衆たちから最近のことや、集落での出来事を話して聞かされながら、温いお湯で全身をキレイに洗われると、女子衆たちが若い頃に着ていて、もう着ることの出来ない色とりどりのキレイな着物を着せられ「寒かったでしょう…」と、女子衆から声かけられ一枚、また一枚と数人分の着物を着せられた。

 痩せ細ったお客さんは何枚もの着物を着せられ、化粧を施され髪もキレイに結われ、足には白い足袋も履かせて貰っていた。

 1メートル程の高さに居る地蔵様の足元から、下へ伸びる算段の段差の上の二段目に、真新しい敷布団に枕、掛け布団が置かれ、そこにキレイになったお客さんに「今夜はここで、ゆっくりと疲れを癒して下さいねぇ~♪」と、女子衆から口々に声かけられた。

 翌朝、浜集落に大柄で鼻の下に立派なヒゲを蓄えた軍服のような服装の巡査が、黒い立派な馬に乗り、地蔵様の社にいた浜人達から来客時の状況を大まかに聞き、同行させた付き人にお客さんの似顔絵を書かせた後、お客さんに深々と一礼すると浜家で朝食を馳走になり隣街へと戻って行った。

 巡査が戻ったあと、男衆たちは集落から歩いて30分の墓地に向かい、同時に女子衆たちが家々から持ち寄った、生物を使っていない料理を次々に地蔵様の社に運び「どうぞぉ、食事の支度が出来ましたから、召し上がって下さい~♪」と、優しい口調で声をかけ供えた。

 地蔵様の社の中は沢山の料理と花で、二十四畳間ほどの部屋は所狭しと埋め尽くされて行くと「アンタさんの事情は、なあーんも解からんけど、集落からの気持ちだから、楽しんで行ってくださいねぇ♪」と、一人また一人とお客さんに声かけていると「ガタガタガタ… ゴトゴトゴト… ヒヒイィーン! ブルブルブル…」と、社の外に馬車の音がして、社から女子衆が数人で迎えると「ほほおーぅ♪ お客さん楽しんでおられるようじゃのおぅ♪」と、紫の袈裟をかけ真新しい足袋を履いた、白い眉毛の僧侶が隣街から馬車で集落の浜人に連れられて来た。

 僧侶は地蔵様の前で、深々と一礼すると「こんにちは♪」と、声を弾ませ笑みを浮かべながら社に入って行くと「隣街から来ました僧侶の○○と申します♪」と、寝ているお客さんとは別の壁側の誰も居ないところで自己紹介をしていた。

 墓地から戻った男衆たちは、社の女子衆に声掛けると、女子衆たちが用意していた黒い半被を羽織った… 社の中の灯明が燈されると僧侶が「南無妙法蓮華経…」と、合掌し数珠の音を響かせると、僧侶・女子衆そして社の外に男衆の順に僧侶に合わせて経を唱え始めた。

 朝の八時に始まった祈りは午後三時ごろまで続けられ、夕暮れの迫る中、棺に納められたお客さんは男衆の準備した墓地の外れの丸太の櫓に乗せられ、僧侶と浜人たちの見守る中で天へと旅立った行った。

 浜集落では、何らかの原因で海原を漂う人を「お客さん」と、呼んで労わり労い手厚く葬るが、浜子はお客さんとは一切の接点を絶ち、神社の社の中に集められ神主と共に時間を過ごしていた。

 そして、この年の浜集落は豊漁に次ぐ豊漁で活気付き賑わいを見せたが、この浜集落では古くから「お客さん」を大切にしていると言う話を聞かされた……

  



◆◆◆◆◆71話





 男衆たちが漁に出かけている時、女子衆たちの殆どが家を空け歩いて30分前後の雑穀畑に出かける… モンペに白いゴム長靴を履き、藁で編んだリュックサックを背負い麦わら帽子に頬かむりと、遠くから見たら男衆にしか見えない様相。

 到着すると、畑の端っこの草むらに隠しておいた犂(スキ)を、辺りを窺いながら手繰り寄せ、風の方角を確かめ吸えないタバコに火を付けると、指で摘まんで空に向ける。

 タバコから立ち上った青白い煙は、浜の方角から流れた風に乗って草木の中に吸い寄せられるように消えていく… 呼吸を整え辺りに聞き耳を立て畑の周囲の草木の方向に見入る。

 風にザワツク草木の音の中、激しく鳴くセミたちと、山鳩の鳴き声を聞き分けると同時に、地を駆ける小動物生の足音を目で追うと、空を見上げながらカラスの行方を目で追い「ホッ…」と、一安心する女子衆。

 タバコが燃え尽きると、入念に消えたことを確かめ50キロはあろうかと言う、犂を「ヒョイ」と、肩に担いで畑仕事に向かった。

 浜から吹く風にタバコの煙を乗せ、人のいることを山の親父(クマ)に知らせ、クマを嫌い攻撃するカラスの居場所で、自分の周りにクマが居ないことを知る、自然と対話の出来る仙人のような女子衆は明日も、明後日も畑仕事に精を出す。


 



◆◆◆◆◆72話





 麦わら帽子に白い手拭が、太陽の光に反射してキラキラと緑色の中をゆっくりと移動する… 山フキがバサバサと左右に揺らめき、遠くからでも何処へ移動したかがフキの葉の動きで解かる。

 動く山フキの左側を流れる小川の音(おと)は、周りを覆う緑の中に溶け込み、その音色(ねいろ)を隠し通す。

 キラキラ光る麦わら帽子は動きを止めると、その場に数十分留まり息を潜めるように微動だにしない。

 浜集落を南に10分程度歩き、その道から沢伝いに四・五分歩くと足元の黒(つち)から太陽に温められた黒の匂いと、三つ葉の香りが立ち込め胸の辺りを山フキの香りが充満する。

 小川の方角に顔を向け、山フキの中に屈むと「サラサラサラサラサラサラ…」と、微かに水の流れる音が聞こえ、少しずつ小川の方へ移動すると水の音は次第に大きくなって、ハッキリとその流れを感じることが出来る。

 麦わら帽子はドンドン奥へ奥へと進み、姿は見えぬものの揺らめく山フキで、その場所を容易に知ることが出来る。

 小川の縁(へり)は、石ころと砂と所々に水草が生え、右から左へと流れる川の勢いは緩てものの、時折「ボコッ! ボコボコボコ」と、段差から入り込んだ水が深みをえぐり音を出す。

 水深は全体で一尺から一尺五分と言うところだろうか… 足元とは真逆には二尺ほどの深みがあって、その中を何かが勢いよく右往左往を繰り返すのが見える…「岩魚(イワナ)だろうか…」と、目を凝らして見入ると、気配を感じたのか水の中の物は動きを止める。

 暫く「ジッ」として、動かずに見入ると「プウゥゥーン… ブブ… プウゥ~ン」と、やぶ蚊が耳元を掠める… やぶ蚊の羽音が気になって思わず「バサッ! バサッ!」と、手で払った瞬間、向こう側の水の中にいた物達は一斉に何処かへ消えて行った。

 立ち上がって、ゴム長靴のまま小川の中に入ると、ゴム長靴伝いにヒンヤリとした水の温度を足に感じ、暫くすると額の汗も嘘のように消えていた。

 川下に背を向け屈んで見ると、川伝いに奥の方から夏山の濃厚な匂いが水の流れに重なって流れて来る… 足元の石を持って引っくり返すと、大きな鋏を持ってウチワのような尾を上下に「バシャバシャ」と、激しく打ちつけるザリガニが、地味な色の川の中に赤を添えていた。

 浜集落で川釣りを楽しむ浜人(はまんど)も良いものだと思った………


 

 
◆◆◆◆◆73話






 遙か遠くの道から猛猛(もうもう)と、大きな土煙を上げ、まるで軍艦のごとく澄み切った青空の中に轟音を轟かせる物が見えた。

 土煙は青い空に何本もの山吹色の煙の柱を天高く舞い上げ「ドドドドドオォォー!」と、澄んだ空気に小刻みに轟音を伝え「ここにいるぞおぉ!」と、ばかりに自らを主張する。

 やがて土煙は浜集落へ何本もの土煙の柱を運び、轟音と地響きを集落に伝えると「ゴオォォー! ゴゴゴゴゴォー! ガタンッ! ガタンッ! ゴゴゴゴゴゴゴ…」と、轟音をトンビの鳴き声が聞こえる程に絞ると「ダッタッタッタッタッタ…」と、道幅いっぱいに、真っ黒い巨漢をゆっくりと中心部へと進めた。

 集落のアチコチから黒い巨漢に浜人が笑顔で手を振ると、端から端まで数百メートルの集落の一本道は黒い大きな一つの巨体となった。

 大きな黒が「ブルルルーン! プスプスプス…」と、馬の鳴き声のような音を立てて止まると、次々に連なった黒たちは同じ音を立て静まり返った。

 浜子たちが学校から飛び出してきて、校庭から連なった黒を小さな瞳を大きく開いて「すげえぇぇー♪」と、口々に坊主頭たちが着物の裾を捲くり上げると「綺麗♪」と、オカッパ頭たちはにウットリする。

 百台はあろうかと言う連なった黒は陸の軍艦と呼ばれ、一度(ひとたび)動けばその音を何キロもの彼方へその轟音と地響きを伝える。

 大きなボンネットトラックの荷台に積まれた鉱石は「キラキラ」と、太陽の光に反射し高台から見下ろせば、まるで宝石箱のような七色を見る者に優しく伝える。

 浜人たちは運転手達を労うように、お茶にお菓子で持て成し、情報交換に華を咲かせては、互いに白い歯を見せあっている。

 奥深い山から運転手達の手を伝い渡された、山の恵みに感謝する浜人たちと、浜人たちから手渡された海の恵みに頭を下げる運転手達の一時(ひととき)の憩い。

 先頭の黒い大きなトラックから「ブルブルブルッー! ドドドドドドオォーン!」と、大きな機関音が轟くと一斉に別れを惜しむように、手に手を取り合って最後の別れを互いに告げると、陸の軍艦たちは再び連なって集落をゆっくりと通り過ぎると「ドドドドドオオォォーン!」と、一際大きな轟音を立て、山吹色の煙の柱を何本も何百本と天高く舞い上げると「ブオォォォー! プププププウゥー!」と、警笛を鳴らして立ち去って行った。

 大きな山吹色の土煙は、集落から少しずつ離れて行くと集落はいつもと変わらぬ様相に取り戻したが、いつもと変わらぬものが一つ… 集落の左右に伸びる一本道が太陽の光に「キラキラキラキラ」と、光り輝いていた。

 近づいて見ると、道の両側にトラックから転げ落ちたのだろうか、鉱石が真珠のネックレスのように連なっていた。

 昼はキラキラと白く輝き、夕暮れ時にはキラキラと赤く輝き、その美しさは遙か海の上からも見ることが出来たと言う。

 

 

 
◆◆◆◆◆74話






 風一つない無風の朝を迎える… 外から壁伝いに枕元へ届けられる「ポチヤポチャ」と言う、屋根から落ちる雨音に目を覚まし、そっとカーテンを開けると雨で汚れの落ちた紫陽花の葉が、鮮やかな緑を曇った窓ガラスに映す。

 軒下に並べられた木樽に屋根からの雨垂れが「ポチャ… ポチャン…」と、耳障りでありなからも、雨水の有り難みを知らしめる。

 捲り上げられた布団の中から、丹前(たんぜん)だけを手際よく抜き取ると、温もりを逃がさぬよう手際よく畳に座って袖を通し、枕元に置いてある帯を腰に巻きつける。

 手を伸ばして、枕元の水差しから湯飲みに注いだ水を、窓の外で葉を濡らす紫陽花をみながら「ゴクリ、ゴクリ」と、浜人は乾いた喉を潤した。

 
 


◆◆◆◆◆75話





 浜集落から少し大きい隣街までクネって上り下りの多い山道が続く… 片道12キロの道は海面から数百メートルの高さに位置している。

 静まりかえった山道の何処からか「カァーン! ゴォーン!」と、何かを打ち付ける音が山中に響き渡り、時折「ズドオォーン!」と、鉄砲のような音が木々の間を勢い良く擦りぬける。

 雲一つない澄み切った青い空の下に居て、似つかわしくない音に耳を塞ぎ「キョロキョロ」と、音のする方向に顔を向けるものの方角が定まらず再び耳を澄ます。

 乾いた道をゴム長靴を履きテクテクと青い空の下、左に大海原、右に緑豊かな山々を見て歩み始めると「カァーン! ゴォーン!」と、再び響く音に歩みを止める… 麦わら帽子に海からの微風が柔らかく当たり右側の草木が軽く風に葉を揺らす。

 同じことを繰り返しながら浜集落から音のする場所を目指して歩むものの、沢伝いの道は右に向きを変え陽の光を遮る鬱蒼とした山道に突き進む。

 仄かに草木の甘い香りが漂い昼間なのに孤独を感じさせる… アチコチに立てられている「熊出没」の看板が否応無く目に飛び込み、時折あたりを覗うよに耳を澄ますものの、沢を流れる小川の「サラサラサラサラ」と言う音が全てを掻き消す。

 右から左に山道の進路が変わると、心なしか歩みが速くなり、アチコチから「パチッ! パチッ!」と、木割れの音がすると、途端に「ドキッ!」と、して立ち止まるものの辺りの様子を覗うこともなく、海の見える開けた場所に一目散に走り出す。

 鬱蒼とした草木は「ネットリ」と絡み付くような蒸し暑さを漂わせ、何処までも追いかけてくる… 振り返ることなく真っ直ぐに開けた場所だけを見詰め只管歩くと「カァーン! ゴォーン!」と言う音が一段と大きくなり、驚いたものの歩みは止まらず開けた場所へ無我夢中。

 先端部に到着し上に青空、正面に大海原を見れば海から吹く微風が心地よく襟元を通り過ぎ、沢の先端から来た道を振り返ると「真っ黒いモコモコした大きな四足の物」が、沢から駆け上がり道を横切ると山側の草木の中に駆け上って行った。

 すると突然「カアァァーン!! ゴオオォォーン!」と、さっきとは違った大きな音が立ち尽くす場所の進路方向から聞こえ、歩みを一つずつ増やして行くと何やら人の声… 耳を傾けると進路方向の二つ目の沢の下あたりから草木を通じて聞こえた人の話声に「ホッ」と、胸を撫で下ろす。

 沢の下をハッキリ見てみようと木に登ると、下からこちらを見上げた大勢の人たちが「おおぉーい! おおぉーい!」と、皆が大きな手招きをした…… 木から下りて急な沢の勾配の草木を避けて下へ下へと突き進むと、突然「ズドオォーン! キュウゥーン!」と、言う音が沢の草木を揺らした。

 続きは次回





◆◆◆◆◆76話






 突然の轟音は山々に響き渡り、下からの大勢の人たちの声を掻き消し、山鳩は驚いて鳴き声を止め辺りは静まり返った。

 転がるように草木に掴まりながら下へ降りると「大丈夫だったがやー!」と、何やら心配げな顔して向かえてくれた大勢のヘルメットの男達は、グルリ取り囲み「まんず、アンタさんも物好きな人だない! こんだどごさ来てのぉ!」と、男達は上の方を指差して「アンタさんの後ろさ、親父(クマ)さん来とったはんでのおぅ!」と、猟銃を掲げた初老の男性。

 聞けば、隣街からようやくこの浜集落に「電気」と言うものが来るらしく、一本ずつ「電柱」と言う大きな柱を立てて歩いていると言う男達の表情は険しく、山の親父(クマ)さんが頻繁に出没することから猟銃を持っては威嚇しての作業だと言う。

 真っ黒くコールタールを塗られた8メートルほどの柱は、ロープを使って少しずつトラックから降ろされ、目的地では手掘りによって穴が掘られ、汲んできた水と砂と小砂利でコンクリートが練られ全てを手作業で一本ずつ立てて行くと言う。

 草を大カマで刈り取り、根切りと言って草木の根を土を掘り起こしながら切ったところで、縦横1メートル、深さ2メートルから3メートル掘った後、掘った表面を、重さ50キロほどの丸太にロープを付けて、地表から何度も落として地固めをして砂を入れ平らに均した後、捨てコンと呼ばれるコンクリートを流し込み土台を作るらしかった。

 道から鬱蒼(うっそう)とした沢の中にいて、やぶ蚊やハチに襲われながら親父(クマ)さんにも狙われると言う作業を、聞けばきくほど頭の下がる思いがした。

 この山の男達はやがて浜集落に電気と言う新しい「道」を作るためにやり方は違えど、今日も何処かでやぶ蚊とハチに襲われながら、一本ずつ柱を立てているのだろうか。

 




◆◆◆◆◆77話






 朝露の抜けたばかりの浜集落は活気に満ちている。 港(はま)から聞こえて来る漁船の音と浜人(はまんど)達の威勢の良い声が、空を舞うカモメの鳴き声に重なる。

 集落の中心部、左右に伸びる道に黒く大きなボンネットトラックが数台並び、浜からの魚を積んだ馬車を待つ… 荷台に敷き詰められたヤマブキ色のムシロに、何度も木桶で水をかける運転手達とその様子を瞳を輝かせて見入る浜子たち。

 大きなトラックを自在に操る運転手たちは、浜子たちの憧れの的… 運転手が水を撒けば撒いたで学校で話題になり、運転手が煙草(キセル)に火を点ければつけたで話題になるほどだ。

 朝早くから隣街に用事のある浜人は運転手に朝ごはんを振る舞い、隣街への便乗を頼み、運転手はそれを楽しみに朝ごはんを抜いてくる者も少なくない。

 獲れ立てのマグロにイカに鮑の刺身とワカメの味噌汁に、舌鼓を打つ運転手達の顔から笑みが零れる… 浜集落のもてなしに満腹になった頃、トラックに戻ると港から運ばれた馬車から次々に威勢の良い声を出し、トラックに積まれる魚を空の上から、羨ましそうに見るカモメたち。

 トラックに便乗した数人の女子衆(おんな)達は、大きな唐草模様の風呂敷を担いで乗ると、大きなトラックは轟音を轟かせて、隣街を目指した。

 一時間後、女子衆達はトラックから降りると運転手たちを後ろから見送り、大きな風呂敷を担いで1軒ずつ「わがめぇー! わがめはいらねぇーがぁー!」と、山人(やまんど)の家の玄関先で御得意さんに声を掛けると、待ってましたとばかりに中から女子衆が出てきて、楽しげな会話に声を弾ずませ、白い米を出と交換し始めた。

 半日後、山集落で「乾燥ワカメ」を「白い米」に替えた浜集落の女子衆は、山の奥から来た鉱山のトラックに手を振ると「あめ色の美味そうなスルメ」を出して、海岸線を走る一日一本しかないバス停へと便乗した。

 山の鉱山から来たトラックの運転手(おなじみさん)は、口に煙草ではなく、出来立ての「スルメ」に舌鼓を打ち、女子衆と世間話に華を咲かせた。

 互いに名も知らぬ者どうし、住むところは違えど「気は心」で接していたと思う……

 





◆◆◆◆◆78話






 一本、また一本と近付く電柱… 電柱の姿は緑に覆われその姿は見えないものの「バァーン! カァーン! コォーン!」と、言う鉄砲と丸太を打つ音は日を重ねるごとに浜集落へと近付き、浜集落の外れに浜人たちが集まり腕を組み微笑む姿が日に日に数を増やしていた。

 浜子たちは音かするたび学校の窓から一斉に顔を出し、音の方向へ首を捻り、それを見ていた先生も「おいおい、今どの辺からだ!」と、慌てた様子で一段上の窓から顔出す。

 そして、時折「バァーン! バァーン!」と、続けて二発の鉄砲の音がすると「熊だぁー! 熊が出たぁー!」と、教室の中で顔を見合わせる浜子たちと、腰を屈めて顔を青ざめさせる先生は「熊か?! 熊が出たのか!?」と、心配顔の浜子達の顔を見渡す。

 三日に一度はボンネットトラックに積まれ、浜集落に運ばれて来る「大きな熊の死体」を、何度も見せられた都会から来た先生は浜子達に囲まれ「膝をガクガク」と、振るわせ、浜子達が「先生! 熊はここに来ねえから安心しなぁー♪ あっはははは♪ 熊は一年に一回しか街中さ来ないからさあー♪」と、先生の様子に談笑しながら先生を元気付けたが、一年に一度降りて来る「熊の話し」を聞いて先生は両手で頭を覆って身体を震わせた。

 太陽が沈みかけた頃、集落に轟音を響かせ黒い大きなトラックが到着すると、集落の長(おさ)は熊の引渡し承諾書の署名を、浜人達の前で、電柱屋(でんきかいしゃ)の人達と交わしていた。

 大きなトラックの荷台は夕日に赤々と燃えるように染まっていたが、荷台の上に横たわる大きな熊と小熊を見た浜子達からは笑みは消えていた。

 浜人たちは荷台に上り小熊に見入る浜子たちを「ヒョイ、ヒョイ」と、抱きかかえては、荷台から慌てるように浜子達を降ろした。

 この日の夕食(ばんげ)では、熊の話に触れる浜子達は居なかったようだった……

 



◆◆◆◆◆79話






 寝苦しい夜の続く浜集落は、この日も朝から気温は25度を超え、学校裏の山々から上がった太陽が朝露を浴びた草木の雫(しずく)に照り付ける。

 太陽の光は薄暗かった山々を這うように扇状に広がり、青い海と薄黒の砂浜、そして波打ち際をキラキラと眩しいほどに輝かせた。

 山の親父(クマ)と暮らす浜集落の限られた中の畑に、緑色の茎が人の高さにまで育ち、重そうに薄緑色の葉に包まれたトウモロコシを「ダラ~」と、交互にぶらさげる。

 畑の回りには「トゲトゲ」のついた「グスベリー」が、1センチほどの実を付け、見る者に「酸っぱさ」を思い起こさせる。

 女子衆の胸ほどの高さに実った「馬キュウリ」は、お盆用だろうか、いささか貧弱に見えるのは時期まだ早しと言うところだろうか。

 太陽に照らされて人も植物も海も空さえもが生き生きと見える夏、入り口の浜集落だった……





◆◆◆◆◆80話






 いつもと何も変わらない浜集落の朝、港へ戻る漁船の機関音がドコドコドコと集落に響き渡り、賑わう浜人(はまんど)達の声が宙を舞う。

 太陽が山から顔を出し辺りを這うように光を一斉に放てば、朝露で冷えた空気は一気に前日と同じ夏の温もりを取り戻す。

 アサガオが日を浴びて次々に花びらを広げ、待っていましたとばかりにミツバチたちが何処からともなく現れ花びらを「チョンチョン」と、揺れ動かす。

 港の方から「ガラガラガラ」と、木の車輪が音を響かせる荷台は、馬に引かれて集落の中心部を目指し、黒い大きなトラックの運転手たちは「今か今か」と、身を乗り出して様子を覗う。

 いつもと何も変わらない浜集落の光景、浜子たちが学校へ到着すると同時に寝静まる浜集落に異変が……「お父ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! お母ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! も一つオマケにえんやこーら!」と、楽しげな歌が何処からか聞こえてきた。

 突然の大声の歌は、寝静まった浜集落を覆い尽くし「どすうぅん!」と言う音は、地べたに響き渡り足元の鉢植えを「カタカタカタ」と、揺らした。

 歌と音の方へと急ぐ途中、何度も繰り返される「お父ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! お母ちゃんのためなら! えんやこーら! どすうぅん!! も一つオマケにえんやこーら!」は、近付くにつれ歌声と地響きを大きくさせた。

 大きな丸太が三本、三ツ矢のごとく立てられ丸太の天辺を港で使う艫綱が幾重にも巻かれ結ばれていて、浜子ほどの滑車に太い縄… 大勢の浜人が綱引きのように手に手に縄を持ち「お父ちゃんのためならー! えんやーこーらー!」と、力強く掛け声かければ、滑車を通された縄が太くて巨大な丸太を釣り上げ、浜人の横の木箱に立つ赤い旗を持った男が旗を振った瞬間、浜人の手から縄が一斉に離され巨大な丸太は「どおすうぅぅん!」と、轟音を立て地面に立てられた木杭を数センチ打ち込んだ。

 箱の上に立つ男が「白い旗」を頭の上に靡かせると浜人たちは「縄」を持ち旗持ちが「お父ちゃんのためならー!」と、威勢よく声を張り上げれば、男衆、女子衆入り乱れた浜人達は縄を握り締め「えんやーこーらー!」と、引く手に力を込め身体を斜めに倒して足を踏ん張り「旗持ち」が白い旗から赤い旗を振りかざし「もう一つオマケにー!!」と、威勢よく声を張り上げれば浜人達は一斉に「えんやーこーら!!」と、縄を引き旗持ちが赤い旗を降ろした瞬間、浜人たちの手から一斉に縄が離され「どかあぁーん!!」と、丸太は木杭を打ちつけた。

 そんな楽しげな歌声の中、箱の上に立つ男の後ろには「祝・○○地区電気開通」と、書かれた大きな看板と、一際ノッポの柱の天辺に「クス球」が紅白の襷(たすき)で吊るされていた。

 この日の浜集落は太陽が沈むころまで、浜人達の歌声が電気業者の掛け声と共に海に山に空に溶け込んでいた。



 ※「ヨイト巻け」は監督の側から見た言葉であり
 ※「ヨイと巻き」は労働者の側から見た言葉であるが「ヨイト巻け」の方が広く歌などで用いられることが多い。

 ※区切ってみると解かりやすい「ヨイ! と 巻け!!」と、命令口調で口に出してみる
  現場監督の側から見た命令用語であることが解かる

 ※ヨイト巻きは決して楽しい労働ではなく、むしろ重労働であり生きるための糧であったが安い賃金で男は漁から戻っての再労働
  女は女を捨てて男になって全力で縄を握り締める過酷な労働であった






◆◆◆◆◆81話





 暑かった一日が終わって夕日が沈むと、真っ暗な集落のアチコチから、揺らめくランプの光が、一つまた一つと漁火(いざりび)のごとく暗闇を染める。

 風もなく浜家の一つ一つから「パタパタ」と、慌しい「ウチワ」の音が聞こえそうなほどに、静まりかえった闇夜の中で、景気付けと言わんばかりに「リリリリリ… リリリリリ…」と、虫の鳴く音(ね)が耳に心地いい。

 窓を開け外に目を向けると、数軒の浜家で作られた共同の外風呂から「カコーン♪ バシャ! バシャ!」と、掛湯の音が零れ、月灯りに照らされた石積みの壁から涼(りょう)が目に優しく伝わる。

 開かれた玄関と窓にかけられた竹蚊帳から、真横にランプの光が外に漏れ、外の花びらを閉じたアサガオを照らし、それを肴に杯(つかずき)を傾ける。

 晩食(ばんげ)を終え、風呂に入り床に就くまでの間(あいだ)、集落のアチコチから聞こえ始める「トランジスタラジオ」からの雑音混じりの流行歌が闇夜を景気づけると、一瞬「リリリリリ…」と鳴いていた虫の音は静まり、時間を置いて再び「リリリリリ… リリリリリ…」と、安心したように鳴き始める。

 外風呂からの帰りだろうか「御晩でやんす… あぁ御晩でやんした…」と、行き交う女子衆(おなごしゅ)達の一日を終えた声が聞こえた……

 

 

◆◆◆◆◆82話





「御晩でやんしたー♪ 御晩でございますぅー♪」と、集落もドップリと暗闇につかった辺り、まるで昼間のごとく窓にブラ下がる竹蚊帳の隙間から聞こえて来る浜人たちの会釈。

 声の主は誰だろうとタバコの火の始末をして、小ランプ片手に奥の部屋から居間を通り玄関へと足を急がせると「いやぁー今日も暑いなぁ♪」と、またまた玄関の外から聞こえる浜人の会釈。

 居間の柱に掛かったゼンマイ式の時計の針は午後9時を回り、人ひとりもいるはずのない外からの声… 小ランプを持ち玄関の方へ耳を済ますと「わいわいがやがや」と、大勢の浜人の話す声や楽しげな浜子たちの声が大小の波のように聞こえて来た。

「キツネに化かされているのでは?」と、そっと足を忍ばせて開いている玄関の竹蚊帳の隙間から、辺りを覗き込んで「どってんこいた!」とばかりに腰を抜かしそうになった。

 蚊帳の外の真っ暗なはずの向こう側に、松明(たいまつ)を燃やしてもいないのに「煌々」と、揺らめくことの無い大きな妙な光が宙に浮いていて、その下に大勢の浴衣姿の女子衆と走り回る浜子たち、そして真ん中に置かれた木箱を囲むように、男衆たちが酒を酌み交わし談笑しているのが見えた。

「やっぱりキツネに化かされているに違いない」と、手にカマを持ち「ギュッ」と、握り締めると小ランプの火を小さく絞り床に置き「藁草履(わらぞうり)」を履いて、蚊帳から闇に紛れるように、一歩また一歩と近付く。

 近付けば近付くほどに宙に浮いた光は大きくなって、真下に居る大勢の浜人たちの賑わう声が耳に楽しげに入って来る… 道路の向こうがにいる「キツネ共」に見つからぬように他人の家の軒下で身を小さくしてかまえる。

 ジッと目を凝らして「キツネ共」を見据えると、手にカマを持って大笑いする見覚えのある浜人たちが何人も「キツネ共」から酒を振舞われ歓喜している様子が見えた。

 みんな「キツネ共」を退治にきてそのまま「化かされた」に違いないと、息を殺して出番を待つ… 空の上の真ん丸いお月さんに雲が掛かった瞬間「てやあぁぁー!」と、カマを振り上げ「この悪キツネどもおぉぉー!」と、光の下で賑わうキツネ目掛けて突進した。

 すると突然、こちらを見た浜人たちは「うわっははははははは♪ だっははははは♪」と、全員がこちらに指差して大笑いを繰り返した。

 聞けば、6日後に予定されていた集落の真ん中に立てられた街灯の試験が、繰り上がって急遽、この夜にやることになったらしく、それを知っていた者は手に「酒」を、知らなかった者はキツネに化かされていると思いこんで、手に「カマ」を持って集まったと言う。

 初めて集落に来た「電気」の光の下、集落の浜人たちは、大人も子供も夜が明けるまで、集落に来た新しい時代に感謝したと言う。

 この日から集落には数本の街灯が立てられ、街灯の下には「電池式のトランジスタラジオ」と、酒を持った浜人たちが集ったと言う。

 本来なら電気が来て「真空管ラジオ」が入ってくるはずの文明は、人々の環境に依っては電池式のラジオが先に来て、後から電気コード式の真空管ラジオの入る地域もあったと言う。

 そして、この電気は浜集落の家々を炎の揺れるランプから、揺らめくことの無い電球にと替えていったと言う………

 ※集落では電気が開通すると村を上げての御祭り騒ぎになった





◆◆◆◆◆83話






 毎夜のごとく集落の街灯の下で催される夕涼みは、漁から戻った漁師たちの憩いの場を港(はま)からそこへと移し、漁師たちの笑い声で溢れた港は閑散としている。

 夜の暗闇を守ってきた船着場の大きなランプは姿を消し、集落から引かれた電線は何本もの電柱を経て電気で灯りを燈していた。

 集落の街灯の下には、浜人達が山から切り出して作った大きな机と、長椅子が場所ごとに用意され、持ち寄った海で獲れた乾物を肴に「トランジスタラジオ」からの流行歌を聴きながら、酒を酌み交わしては「がっはははは♪」と、声高らかに笑う声が聞こえた。

 街灯の近くの浜家からは、酒の後でと「浜海苔の握り飯」が差し入れられ、空腹で酒を飲む浜人(はまんど)達を大いに喜ばせた。

 それから数日したある日、夕方から濃霧警報が出されていたのをラジオで聞いていた漁師たちは、日没前に早々に船を沖から引き上げてきていた。

 濃霧は漁師達にとって「シケ」より恐ろしい自然の力とされ、腕のいい漁師でも濃霧の日は船を出さず、またの濃霧になることを知っていれば、早々に漁を終えて引き上げてくることになっていた。

 真っ白い淡い濃霧に包まれ太陽も沈んで真っ暗な中、集落の街灯の下を見れば浜人や浜子たちの姿は無く、港(はま)から吹き上げる風に浜人たちの大声が集落に伝えられた。

 耳を澄ましながら港へ歩いて近付くと「まんだ! みえねがあぁぁー!」と、誰かの大声が聞こえたと思うと「無線! 無線!」と、声を荒げる誰かの声に只ならぬものを感じた。

 真っ暗な闇夜を包む真っ白な淡い濃霧の中、船着場に灯りが燈され何処かの船のスピーカーから無線の音声が流された…… すると「ピィー! ガガガーッ! 見えねえぇぇー! 港が見えねえぇぇー! ガガガガーッ!」と、切羽詰った漁師の声が港に響き渡ると「うわあぁぁーん! うわあぁぁーん!」と、心配して右往左往する家族達の声が港の暗闇にコダマした。

 船が一艘、機関の故障で漁から戻れぬまま、夕暮れと同時に修理して戻ったものの、揺れる船の上からは濃霧の所為で陸地が見えず立ち往生しているらしかった。

 港から何人もの漁師が来て「浜集落に灯りを燈してくれ」と頼んで回る姿がアチコチで見られると、集落は一斉にありったけのランプに火を燈した。

 その瞬間「ピィー! ガガガガーッ! 見えだぁー! 見えだどおぅぅー!」と、港の一艘の船のスピーカーから仲間の船の無線が辺りり浜人たちを沸かせた。

 濃霧の暗闇の中「ドンドンドンドン」と、弱い機関音が少しずつ港の方へ聞こえて来た時、浜人たちは一斉に船着場の先端に集まって「おぉぉーい! おぉぉーい!」と、沖に向かって叫び続けた。

 船は港に入り船着場に船を寄せた時「なしてこんな薄い濃霧で港が見えんがったとぉー?」と、漁師の一人が血相を変えて聞くと「なんもかんもねぇー! こんだら灯りだら全然、とどかねぇ!」と、怒り露に港の街灯を指差した。

 一度点灯すると同じ明るさを保ち続ける裸電球は、暗闇の中に栄えるが「揺らめく炎のランプ」と、違い例え淡い濃霧でも皆目見えないことを浜人たちは、身をもって解かったと言う。

 翌日、港の街灯はそのままに、先端には一度は外された「ランプ」が、再び炎を「ユラユラ」と、暗闇に揺らめかしたと言う。

 この数年後に点灯式の電球が開発されるまで、この「炎を揺らす油式のランプ「は大勢の漁師達の命を救ったと言う。

 そして船の一艘ごとにも「非常灯」として「油のランプ」は、常に大切に保管されたと言う………


 



◆◆◆◆◆84話





 朝から夏の小雨に包まれる浜集落は、ひっそりとポプラの木に甘露を忍ばせ、屋根伝いに大粒の雨垂れとなって軒下の乾いた土の上に滴り落ちる。

 空はドンよりと雨雲が覆い、耳を澄ませば「カラン~コロン~」と、誰かの下駄の音が静まり返った集落の中に響き渡り、下駄の音に重なるように「バシャバシャバシャ」と、幾つものゴム靴の音が水をはねる。

 幾つものゴム靴の「バシャバシャバシャ」と言う音に誘われ、傘をさす手に力を込めて歩みを速めると「カタン! コトコトコト… カタカタ… コトコト」と、言う音が大きな浜家の向こう側から聞こえて来る。

 一度立ち止まってから、そっと足音を消すように音のする浜家の角へと近付く… 向こう側は大きな広場で、港(はま)から下げられた魚を入れる生箱(なまばこ)が大人の倍近くに積み重なっていた。

 音はどうやら積み重なった生箱の向こうから聞こえ、音のするほうへと近付くと「カコンッ! カラカラ! カコン!」と、箱を積み重ねるような大きな音に変わった。

 そっと気付かれぬ用に、積み上げられた木箱の角から様子を覗うと「うんしょ! うんしょ! ほらよ! あらさっ!」と、音頭を取る浜子たち数人が積み上げられた箱山とは少し離れた場所に、生箱を縦横に積み足して器用に家のような物をつくっていた。

 手渡しで運ばれた生箱は高さ2メートルほどの箱家になり、最後に屋根として生箱を平らに乗せると「よぉし! 出来た!」と、組み立てハウスの周囲を「グルリ」と、見回し「よし!」と少し身体の大きい浜子が声を掛けた。

 すると、一斉に入り口から中の方へと「わあぁぁー♪」と、楽しげな声を出して飛び込んで行った… そっと、箱家の隙間から中を覗くと、ムシロに座った浜子達の前で、少し身体の大きい浜子が何やら声に強弱つけて、薄暗い中で話しているのが聞こえた。

 時折、中からは「うわぁぁー! おっかねえぇぇー! うあぁぁー!」と、恐怖にも似た叫び声が中で渦巻いた。

 すると、道の向こうからオカッパ頭にスカートを履いた浜子たち数人が来て「うぉ! 出来とるぅ!」と、箱家を見つけると「うわあぁぁー♪」と、一斉に走りより入り口から中へと入っていった。

 中からは男女の浜子たちの歓声と叫び声が聞こえ、箱家が揺れるほどに楽しげな浜子達の声は降り頻る小雨にも伝えられた。

 薄暗い中で、みんなの前に立つ少し大きな浜子の強弱つけた怪談話しから離れられなくなってしまった。

 後に浜人にこのことを聞いて見ると、港で使った生箱は大まかに洗われて集落の広場に運ばれて積み置きされるが、暖かい夏場の雨の時は遊び場として浜子たちが使うと言う。

 小雨で生箱全体に水分を与えることで、生箱は自然に洗われ、そして乾燥から守られると言う。

 夏の小雨の日には広場には大小、思い思いの組み立てハウスがアチコチに建てられ、中からは夏ならではの怪談話しに子供達の大歓声が上がっていた。

 そして雨が上がった数日後には組み立てハウスは姿を消し、適度に水分を含んで漁師達の船に積まれたと言う。

 大人と子供、共に厳しい集落で暮らす者は助け合っていることを知らされた気がする。 箱家の中から偶に聞こえる「臭えぇー! この箱家!」と、言いながらも怪談話しに聞き入る浜子達が何とも可愛らしく思えた。

 親子代々伝わる子供の箱家作りは、浜集落には欠かせない大切な行事の一つだと漁師は語っていた……





◆◆◆◆◆85話





 青い海に白波立てて港へと近付く発動機(ふね)を、負けるなとばかりに追う白いカモメは発動機の煙突から出る真っ黒い煙を避けるように、左へ右にと自在に宙を舞う。

 港では仲間の船からの無線の音声が、喇叭(ラッパ)から流され、それに聞き入るように立ち尽くす浜人(はまんど)と、忙しく太い柱と屋根の下で生箱(なまばこ)を用意する浜人。

 今日の漁(りょう)はどれ程どかと港を見下ろす高台で、寄港する発動機(ふね)を待つ老若男女、発動機が近付くに連れ機関音が「ドンドンドンドン…」と、辺りにコダマして集落を見下ろす山の草木に音が溶け込んで行く。

 大きな屋根の下から、生箱を積んだ手押し車が船着場を目指して「カタカタカタッ!」と、木の車輪を回して駆けつけると「タッタッタッタッ」と、機関の力を抑えながら発動機が船着場の横へそして「ドオォーン! ドドドドドドオォーン!」と、重々しくゆっくり動いていた発動機が、真っ黒い煙を煙突から吹き上げた。

 前に惰性で進んでいた発動機の後部から、激しく泡立つスクリューの「バシャバシャバシャッ!」と、言う渦が辺りに散らばるり、発動機はゆっくりし後進し始めた。

 前に少し進んでは、後ろに下がりを繰り返し、徐々に発動機は船着場の古タイヤを軋ませて停船した… 停船したのを見届けると空の生箱を積んだ倒し車の傍へ横付けし、船から降ろされる魚の入って重くなった生箱を「ヨイィィーッセ! ヨイッィーセッ!」と、別の浜人たち数人が船着場に積み重ねると「ほらよおぉー! 児童子(わらんど)たちが洗った箱だはんでぇなー♪ いい具合だぁー♪」と、嬉しそうに船の上の浜人に声かけた。

 適度に湿気を含み適度に干された生箱は、浜人から浜人へ渡され、船の上でバラ付くことなくキレイに積み上げられた。

 魚の入った生箱は手押し車に乗せられ、四本柱の大きな屋根の下に運ばれると、高さ70センチほどの床へと押し上げられ、そこへ荷車を引く馬と浜人が「ニッコリ♪」微笑みながら横付けした。

 馬車に詰まれた魚の入った生箱は「ガタガタ」と、踏み固められた道を揺れ「ギシギシ」と、軋む(きしむ)馬車の木の車輪に右に左に微動しながら、集落(うえ)の方へと蛇行する道をゆっくりと歩んだ。

 魚を待っている黒い鉄の塊(トラック)は、前日積んで行った生箱を整理しながら、今か今かと馬車の到着を待っていた。

 手押し車から馬車へ、そして馬車からトラックへと積み替えられた生箱は、空の上から見下ろす鳶(トビ)に見守られ街の市場へと運ばれて行った。

 トラックから降ろされた生箱は手押し車に詰まれ、浜子達の遊び場を兼ねる箱積み場へと木の車輪の音を立てて行った。

 

 ※漁船を発動機(エンジン)と呼ぶ地域もこのころ数多く存在していた。
 ※児童子は「わらんど・わらしゃんど」と、呼ばれ通常「童」で「わらしゃんど」と、呼んでいた。
 ※生箱は「木の板で出来た箱」で、弾力性のある木を使用していた





◆◆◆◆◆86話






 暑さで眠りと目覚めを繰り返し、ようやく涼しくなり「ほっ」と、一息ついて窓にぶら下がる竹蚊帳に目をやれば、薄っすらと夜が明けているのに気付いた。

 ゼンマイ仕掛けの時計を見れば、長針は12を指し短針は5を指す朝の5時… 解かってはいるものの連日の暑さで眠れぬ夜を過ごしているせいか、時計を見ただけでは直ぐには思い浮かばない数字。

 寝汗で湿気を帯びた煎餅布団が「ヒンヤリ」していて心地よく、起き上がっては何度か仰向けで煎餅布団に背中を着ける。

 竹蚊帳の外から潮風が入り込み「サラサラサラ~」と、微音と共に竹蚊帳を外から内側へと押し付ける… 暑さと寝不足で火照った全身に心地よく風が馴染む。

 背中から枕元に置いてある「浴衣」を「サッ」と、背中から纏い、左手に喫煙具(キセル)の入った細長い巾着、右手にウチワを持って寝ぼけ眼(まなこ)で、部屋を出れば灯りの無い真っ暗な廊下の床板が「ヒンヤリ」と、両足を涼ませる。

 居間の窓から入る竹蚊帳越しの微風が、蚊帳の手前にある「風鈴」を「チリチリチリーン」と、鳴らし、涼しげな音を家中に流れ込ませる。

 玄関に下り下駄に足先を通せば、土間(どま)の涼しさが腰下に纏わり付き何とも心地よい… 帯を緩めに巻きなおして胸元に風が当たるようにし「からぁーん、ころぉーん」と、下駄の音(ね)を、涼しくなった家の前から海の見える集落の外れまで鳴らし歩いた。

 切り株に腰を下ろし港を見下ろせば「ユラユラ」と、月明かりを重ねた波間が右に左にと揺らめきを見せる。

 ウチワを背中に回し帯と浴衣の間に挟みこみ、喫煙具(キセル)に、刻み煙草を手の平と指で「コロコロ」回すように形を整え、喫煙具の先っぽに「クィ」と、詰め込んで「マッチ棒」を、箱の火薬に擦れば「シュッ! ボウワアァァー! チリチリチリ!」と、火薬の酸っぱい匂いが顔の前に立ちこめる。

 港から押し上げられた浜風は、斜面の草木の間を擦りぬけ、仄かに甘い香りを届けた… 風が来る度に浴衣の裾を緩やかに揺らした。

 甘い香りが漂う中、一味違う煙草を楽しんだ……





◆◆◆◆◆87話






 ギラギラと焼けるような陽射しの下、不揃いだったトウモロコシも実がギッシリとつまり、薄緑色で貧弱だった茎も太く逞しくその姿を、青い海を背景に輝きを見せる。

 麦わら帽子の女子衆たちの口元が緩み、アチコチから歓喜な笑い声が飛び交えば、畑の隅で円を描くように坊主頭とオカッパ頭の浜子たちが「シャクシャクシャク♪」と、心地よい歯音を鳴らしていた。

 刈り取られたトウモロコシの出来栄えを食べて貰おうと、畑主(はたぬし)達が持ち寄った「実のギッシリ入った生トウモロコシ」を、夢中で食べては「甘~い♪ こっちも♪ これも♪」と、満面の笑顔で畑主たちの顔を見て大喜びする。

 浜子たちの笑顔を見て満足そうに頬を緩ませる畑主も、歓喜してホッペを膨らませる浜子達の傍で、トウモロコシの「茎」を丁寧に剥いて「ガブリ!」と、頬張れば「おっほほー♪ こりゃーええ出来だわ♪」と、茎の糖分を「チュパチュパ」と、啜った。

 僅かばかりの浜の畑のトウモロコシの刈り取りの日、集落中の浜子たちが畑に集まる一年に一度の品評会、浜子たちの喜ぶ顔が来年の収穫を占う大切な行事らしかった。

 そんな浜子達も腹が膨れて「一人、また一人」と、立ち上がると畑主に「めがったぁー♪ ごっちゃぁーん♪」と、元気一杯に声かければ畑主たちも「来年も頼むどおぅー♪」と、浜子達を見送っていた。

 この日、実りを感謝し収穫されたトウモロコシは、海を守る神社と陸(おか)を守る地蔵さん、山を守る天狗様に供えられ、各家々では仏壇に感謝の印として茹でキビを供えた。

 純真無垢な童(わらし)たちの笑顔と笑い声を、真っ先に浜から吹く風に乗せ、神社と地蔵さんと天狗様に供える伝統は今もあるのだろうか。

 浜子達の笑顔こそが最大の供え物だと畑主たちは天を仰いで合掌していた……

 
 

◆◆◆◆◆88話





 太陽の下でギラギラと照り返す、燻銀色(いぶしぎんいろ)した焼ける砂… 陽が上り、ゼンマイ仕掛けの腕時計が10時を示す頃、時計の針盤を覆うガラスが内側からくもり始める。

 遠くの街からボンネットバスに揺られ遊びに来た、ハイカラ帽子をかぶった子供達が波打ち際で両足を「バシャバシャ」と歓声をあげ水と戯れる。

 色鮮やかな浮き輪にくぐり、穏やかに青々とした海の上に白い波を立てて、子供らしい歓声と笑い声が辺りに響き渡り、砂の上に敷かれた「赤や青に黄色に白」のビニール製の敷物の上に腰掛けた親達が、笑顔で我が子に手を振る。

 海に浮かぶ黒い岩場の上で「キョロキョロ」と、見慣れぬ子供達に驚いたのか、辺りを見回す白いカモメと、真っ青な空の上で「ピィーヒョロヒョロヒョロ」と、円を描き飛ぶ一羽のトンビ。

 海水浴を楽しむ大勢の家族連れの後ろ側、広大な緑色した草木が上下左右を覆い、その中から「ミィーン! ミンミィィー♪ ミィーン! ミンミィィー♪」と、耳が痛くなるほどに繰り返し鳴き続けるセミ達の声は、歩いて30分の集落にも届くような勢いだ。

 額から流れ落ちる汗を手拭で拭き取りながら、何気なく集落の方に目をやると「パシャバシャ」と、波打ち際を歩いてこちらに向かうオカッパ頭と坊主頭の浜子達の姿… どの顔には街の子供のような笑顔はなく、一点を見詰めるように只管歩いている。

 街場の子供達とはまるで違う無表情、一人として笑み浮かべるものなく只管歩き続け、大歓声を上げる街場の子供達を見ることなく目の前の波打ち際を通り過ぎて外れの方へ。

 無表情な浜子たちを異様とばかりに目で追う街場の親達と、見慣れた者達が来たとばかりに黒岩から浜子たちの傍の黒岩に飛び移るカモメ。

 黒く大きな継ぎ接ぎだらけの「パンパン」に膨らんだタイヤのチューブを身体に「スッポリ」と収め、両手に大きな木桶を持って、波打ち際から徐々に深みへと移動する「オカッパ頭の浜子」に続けとばかりに、腰に鮑袋(ふくろ)の紐を「ギュッ!」と、縛りつけ片手に鮑鍵(かぎ)を持った坊主頭の浜子達。

 膝下まで入ったところで、水中メガネを海水でよく洗い、そこに「ペッ!」と、ツバを吐きメガネの内側にクモリ止めを施し、浜子達は次々に海の中へと自らを沈めて行った。

 オカッパ頭の浜子は黒いチューブをくぐり、両手で木桶を持ち「バシャバシャ」と、両足で水を蹴り上げ沖へ沖へと我が身を進め、その周囲に坊主頭を出して泳ぐ浜子の姿は、まるで貨物船を護衛する潜水艦のようだった。

 沖へと出て行った浜子達の姿は遠くに小さく見え、それを陸(おか)で見入る都会の親達は皆、口をポッカリあれ驚きの表情をみせていた。

 オカッパ頭の浜子が突然「ピイィィィー!」と、ホイスルを強く吹くと、周囲の坊主頭たちの泳ぎは「ピタリ」と、とまり、止まったかと思うと次々にダイビングが始まった。

 一斉にダイビングした浜子達は「一分、二分、三分」しても上がって来ず、四分目に入ろうとした辺りで一斉に海面に顔を出し、黒くキラキラ光る両手一杯のウニをオカッパ頭の浜子が持つ木桶に次々に放り込んでは、再び海底へとダイブを繰り返した。

 海底にいる間に鍵を使い「鮑」を取り息継ぎのために上がる時に、黒くて大きな「ウニ」を取って海面に顔を出すのは浜子たちの漁の仕方だ。

 浜子達が沖でダイビングを繰り返している間に、海水浴を楽しむ街場の家族達は御弁当を楽しみ、歓喜する子供達から海の様子を口々に語っていた。

 街場の家族連れが昼の休憩をとり、再び子供達に海水浴を楽しませていると、沖の方で「ピイィィィー!」と、ホイスルの音が聞こえ、沖の浜子達が一斉に陸へ進路を取った。

 波打ち際へ辿り着いた浜子達は皆「グッタリ」としていて、誰一人として話す者なく、ひたすら作業をしていた。

 腰にぶら下がって膨れあがった、黒々とした鮑の入った網袋の紐を解いて、砂の上に「ドサッ!」と、皆が置けば、それをオカッパの浜子が黒いチューブに結びつけ、全員分を結び終えると再びオカッパ頭の浜子だけが、山のようなウニの入った木桶を持って、身体をチューブにくぐらせ沖へと両足をバタ付かせ向かって行った。

 その様子を波打ち際で並んで数分、見守るように腰を下ろして一休みしていた坊主頭の浜子達、突然「スクッ」と立ち上がると一斉に波打ち際を集落に向けて歩き出した。

 異様な光景を見るように街場の親達が首を傾げ、その中の一人の母親が「ねぇ~ 君達~ 海水浴に来たんでしょ?」と、無言で歩く浜子達に少し大きな声で語りかけた。

 すると波打ち際を歩く足を止めた浜子達が、一斉に声の主の方を振り向き「海水浴? なんだそれ?」と、浜子達が聞き返し再び歩き出すと、街場の子の母親が「遊びに来たんでしょ? ここに?」と、再び聞き返した。

 その時の浜子達の「無表情」で、キツネに抓まれたような「唖然」とした顔が今も忘れらない………


 ※浜集落の浜子達には「漁」はあっても「遊び」と言う言葉も文化も存在しないことを街の人たちは知るよしもなかった。
 ※浜子達の獲った海の幸は、集落を訪れる街場の人たちに売られ、その対価は浜子達の家族の生活費に当てられていた。
 ※浜集落では大人も子供も生きるために「働く」のは自然で当たり前のことだった。

 

 

◆◆◆◆◆89話





 穏やかな波打ち際、風一つなく白波も殆ど見えない早朝の4時過ぎ。

 海に映る夜の暗さと山の草木の緑色は、凡そ日中とは比較にならない程に静寂さを保っていて、日中飛び交うカモメすらも、まだ寝入っているのだろうか。

 静まり返った波打ち際に「ザク… ザク… ザク…」と、歩く人の足音に耳を澄ますと「ザクザク」の後から「シャァー チリチリチリ」と、何かを引き摺る音が俄かに混じる。

 じっと音のする方に目を凝らせば、麦わら帽子に白い手拭の頬かむりが、何かを引き摺って波打ち際をゆっくりと動いているのが解かる。

 歩いては立ち止まり、腰を屈めては何かを拾い、引き摺る「竹籠」にそれを放り込むのを繰り返す… 浜の船着場から凡そ1キロ、湾状の砂浜を独り歩く初老の浜人。

 毎日繰り出される、街場からの大勢の海水浴客の心無い所業(ゴミ)を、独り拾い集める光景は人の業を戒めているようだった。

 

 

◆◆◆◆◆90話





 セミの鳴き声が両手で押さえた耳の中で「みぃーんみんみぃー」と、聞こえるほどに「セミの鳴き声」が耳に着いて離れなくなった頃、一人また一人と見慣れぬ姿を見せる。

 毎日のように続く夏の日差しで、集落の土も家も草木も大海原でさえもが、その暑さで「グッタリ」して見える。

 街場から来たのか「ハイカラ」な衣服を纏った男女の若者達に「纏わり着くように」坊主頭やオカッパ頭の浜子たちが着かず離れずと言うところ。

 そんな光景を微笑ましそうに口元を緩め行き交う浜人が「おぉ! すんばらぐだなぁ♪ ずんぶハイカラすてまってぇ、はあぁー♪」と、一人の女子衆(おなごしゅ)が、親しげに語りかけると、若者は「やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!」と、口元を「キリリ」とさせて、笑顔で会釈する。

 すると、若者の声に釣られた周りの浜子たちが「やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!」と一斉に真似をしだし、真似された若者は後頭部に手を当て、恥ずかしそうに少し離れた場所で日傘を差している、スーツ姿の女性を「チラッ」と、見て白い歯を見せた。

 そんな若者を回りで観察していた、浜子達が「わあぁーい♪ 赤くなったぁ! あげぐなったぁー♪ あははははは♪」と、若者の両手につかまり右へ左へとハシャギ回った。

 麦わら帽子の女子衆が、若者に「おめでとうさん♪」と、笑み浮かべると、若者は小さな声で「まんずはぁー♪ どんも、どんも♪」と、女子衆へ耳打ちしたようだった。

 集落から都会に出て行き夏休みで帰省した若者が、一瞬だけ集落の浜人(はまんど)に戻った瞬間だったようだ。

 この日、集落の浜家では遅くまで笑い声が絶えることはなかったようだ……

 いつの時代も彼女の前では格好つけたい若者なのだろうか……

 今も聞こえて来る、あの若者の『やぁ! こんにちは♪ ご無沙汰しております!』と言う元気な会釈。






◆◆◆◆◆91話





 無風… 限りなく無風の日中、浜集落に訪れる者は誰一人としてなく、空を飛び回るカモメやカラスでさえ、さの暑さから逃れるように木陰で身を伏る。

 ゼンマイ仕掛けの時計が昼の10時を指し「ゴォーン! ゴォーン!」と、薄暗い居間の大黒柱で10回分の鐘を突き、直ぐに「カッチンコッチン、カッチンコッチン」と、振り子の音を手際よく奏で始める。

 竹簾(スダレ)の隙間から入って欲しい風は無く、女子衆の外で大根を洗う水の音が幾許(いくばく)かの涼しさを醸し出し、パタパタと仰ぐウチワの風がいっそう涼しさを増す。

 読み古した雑誌を持ち上げ、床に面した表紙に涼を求めるものの、直ぐに身体の熱で温まり胡坐座りの足の裏を、夏蝿が「コショコショ」と、くすぐり白いランニングシャツに汗がジワーっと滲む。

 麦藁帽子を「ヒョイッ」と、頭に乗せて首に「豆絞り(てぬぐい)」を撒き付けると「カラ~ン… コロ~ン… カラ~ン… コロ~ン…」と、下駄を引き摺り、風の舞う場所を探すように港の見える場所へと足を伸ばす。

 お日様の照り返しで、ギラギラする海面に反響したように、港の右側の砂浜で大歓声を上げる街ん子(まちのこ)達の賑やかな声が幾重にも重なり合って聞こえてくる。

 赤や黄色や青に緑と、思い思いの水着を身に纏った街ん子達が、波打ち際に白い波しぶきを上げる… すると港の方から「よいっせぇ! よいっせぇ!」と、一艘の磯舟が白い旗を靡かせて、港の水面に「バシャッ! バシャッ!」と、艪漕ぐ音を響かせ、白い波を水面に浮かべた。

 白い旗を靡かせた磯舟は「よいぃっせっ! よいぃっせっ!」と、港を出て右側の砂浜へ向かうと、人も居ない深みで艪漕ぎを止め「氷いぃぃぃー! 氷はいらんかえぇぇー! 冷たくて美味しい氷はいらんかえぇぇー!」と、数人の浜子達の声が、大歓声の街ん子の声を割るように響き渡った。

 浜辺で日傘の下にいた大人達が、一人また一人と傘から出ては「おおぉぉーい! おおぉぉーい!」と、浜子達の船に手を振って声を掛けると、浜子達は「毎度ぉぉー!」と、威勢よく声を張り上げ、水と戯れる「街ん子」たちを上手に交わし、砂浜に船をつけた。

 子供達の夏休みの過ごし方、いろいろあれど「これはこれで」いいのかも知れないと素直に思えた。

 今はもう見ることのない浜集落の思い出……


 

◆◆◆◆◆92話





 夏だと言うのに朝から空気は「ジメジメ」とし、カーテンの隙間から外を見れば小雨が夏の浜風に「ふわりふわり」と、舞い上がる。

 薄暗い寝床を抜け、土間にぶら下がる竹蚊帳の隙間から外を眺めれば、明けたばかりの小雨の中に頭の上に笠を、全身を包むように蓑(みの)を纏った年寄りたちの姿が集落のアチコチに点々と。

 集落の真ん中の左右に伸びる道路を、左に右にと誰と話す訳でもなく只管歩み始める。

 カマの入った竹籠を背負い、豆絞り(てぬぐい)が顔を覆い左右の集落の外れへと年寄り達は姿を消し去った。

 竹蚊帳の隙間から入った小雨が土間の表面に舞い降りて、乾いた土の表面に馴染むことなく点々と気泡のように二つ三つ互いに寄り添う。

 ゼンマイ仕掛けの時計は朝の五時を指し、日捲りの暦(こよみ)を見て「あぁ、もうそんな時期か…」と、1枚捲り鼻をかむ。

 お日様が出る頃、小雨も早々に引き上げると集落から離れて行った年寄り達が、一人また一人と竹籠の中に瑞々しい大きな緑の葉を幾重にも重ね戻って来る。

 家を出て「ぶらり」と、集落の中に歩みを進めれば、朝だと言うのにアチコチの家々の窓から、白い湯気と「コンコンコン」と、言うまな板の音… 女子衆(おなごしゅ)達が騒々しく家を出たり入ったり。

 集落を港の見える場所まで下駄の音を「カランコロ~ン… カランコロ~ン…」と引き摺り、船着場を見るものの人の気配は何処にも見当たらない。

 浜を見ながら一服(タバコ)吸えば白い煙が天に吸い込まれるように舞い上がっては消えるを繰り返す。

 日の光が満遍なく集落と周囲の山と海を包む頃、アチコチから「カラ~ン… コロ~ン…」と、小さな下駄の音が聞こえ、音の方に目を向ければ、白地に花模様の浴衣を着た「オカッパと坊主頭の浜子」達が、手に手に四角い風呂敷包みを「重そうに抱え」ながら、左右に伸びる道路へと集まってきていた。

 浴衣姿で無表情で無言の浜子達の後ろから、浜人達が無表情で無言のまま着いて来ると、左側の集落の外れへと「カラ~ン… コロ~ン…」と、一斉に下駄の音を重ね歩いた。

 浜集落の外れに向かった浜人(はまんど)達は大人も子供も皆、無口で無表情のまま集落の外れから更に前へ前へと足並みを揃えた。

 右側に青々とした海を見ながら、歩くこと15分ほどすると、浜人たちは道路から「ヒョイ」と、右側の切り開かれた山道へと入り木で出来た階段をのぼりはじめた。

 階段を上り平らになっても、更に無口で無表情のまま突き進む… 道幅六尺ほどの左右に大人の胸ほどの草木が道の端を浜人達に教える。

 朝方の小雨のせいで抜かるんだ、黒土の上を「ピチャピチャ」と、何十、何百もの下駄が音を漂わせ、その音は左右の草木に吸い込まれて行く。

 街の小さな公園ほどの敷地に辿りつくと、浜人達は大人も子供も散らばって風呂敷を解いて中から重箱を出すと、朝方年寄り達が山から集めてきた虎杖(いたどり)の葉を皿に見立てて、重箱の中から海や山で採れた材料で作った「煮しめ」を盛り付け、一同に手を合わせた。

 一瞬、静まりかえった敷地の中に、突然浜子たちの「うわあぁぁー♪ 重たかったべー♪ あっひゃひゃひゃー♪」と、大歓声が上がり、若(じゃく)から老(ろう)の男衆は酒を出し「まんず今年も無事に会いにこれたでー♪」と、歓喜して見せ酒を酌み交わし、女子衆は料理に握り飯を用意して「おどー! ばば! 一緒にまんま(ごはん)食うべー♪」と、笑顔っを見せた。

 八月十三日、一年に一度、御先祖様と浜人達が一同に墓の前で語らい、酒を飲み飯を食う墓参りは、墓に着くまで「何人たりとも喋ってはならない」と言う「掟」通りに、この年も無事に守られた。

 ある浜子は墓の後ろから「爺(じじ)肩さもんでやっからなぁー♪」と、抱き付いて見せ、ある浜子は「婆(ばば)御馳走(ごっつぉ)一緒に食うべ~♪」と、墓に押し付けると、家族が「おいおい、そこは顔でねぇーべー♪ そこだら胸の辺りだぁー♪ あっははははは♪」と、酒を飲み大笑いした。

 この日は皆、どんなことがあっても敢えて楽しげに振る舞い「御先祖様」に喜んでもらうために、思い思いに話しの種を何日も前から作って語りかける集落の行事だった。

 今もこの風習は存在していて欲しいと心から願う……


 ※子供達は学校や勉強の話し、大人達は漁の話しをして語りかけ、女達は畑の作物の話しや親戚の縁談や恋愛の話しを聞かせた。
 ※その光景はまるで本当にそこに亡くなった人が存在するかのような口ぶりである。
  

 


◆◆◆◆◆93話






 いつものように下駄を履き家を出て、集落の上の方へと歩き出す… 夏休みで閑散としている学校を見上げるように広がる小さなグランド。

 グランドを囲むポプラの木々が陽を遮るようにグランドに影を伸ばし、その部分に涼しさを求めるように虫達が羽を休め、黒いカラスは忍者のように身を潜める。

 長さ50メートる満たないグランドは、周囲を囲むポプラの木々の間に「ポツンポツン」と、大人の腰丈ほどの杭が打ち込まれ、周囲を艫綱(ともづな)が囲む。

 時折、浜風に乗って海水浴を楽しむ子供達の声がグランドに舞い、空を見上げると白い大きな雲が風に乗って海原から山の頂上へと消えて行く。

 グランドの端から校門を目指して歩み、階段を挟む四角い石で出来た門の前にに立ち上半身だけを覆い被せると、俄かに声にでる「うぅぅぅーん♪ 涼しい♪」と言う一言。

 ギンギンと強い日差しの下で唯一涼しさを保ち続ける、四つ角の四角い石の二つの門は、今までどれ程の人たちに抱きしめられたことか、考えると楽しくなって来る。

 火照った身体も汗引くほどに治まって、少し離れたポプラの太い幹に背凭れすれば、一人また一人と階段を上って来ては「うああぁぁー♪ ずぅーんぶ、すんずすぅぅーなぁぁ~♪」と、気持ち良さそうな声を出しては帰って行く。

 ポプラの陽影に身を潜めるカラス達も訪れる人間を見ながら、ポプラの日陰に羽を「スリスリ」していたのを覚えている。

 


◆◆◆◆◆94話





 今朝はいつもと少し違う空気が集落に流れていた…… 

 集落から突き出た半島の上を覆う雑木林が伐採され地肌が見え、数日前とは景観も夏だと言うのに寒々しかった。

 御神木を切り倒して「祟り」があるぞと騒ぐ者、新しい時代が来ると浮き足立って歓喜する者、集落では何度も議論を繰り返し、役場の提案を受けいるか否かに時間を費やしてきていた。

 半島にただ一つ残った火の見櫓が、遠く離れた役場に雇われた大勢の普請(どぼく)方の人たちに取り壊されようと、朝から「けたたましい」音を社裏区の隅々に響かせていた。

 集落の外れでは「地蔵様」に手を合わせて許しを乞う年老いた女子衆や、海を傾斜地から眺める神社に参拝する年老いた男たちの姿が遠くから見える。

 若い浜人達は船着場に繋がれた発動機(ふね)の上で「これがら~ どうなるんだぁ~?」と、岬の上で壊される火の見櫓を見上げては、神社の方へと首を捻って見渡す。

 岬で手に道具を持って働く普請方の周りを「南無妙法蓮華経」と、合掌して拝み歩く年老いた男衆と女子衆たちに「大丈夫だはんでぇ! すんぱいするなぁ!」と、作り笑顔で話しかける捻り鉢巻の普請方の人達。

 港に繋がれた大きな機械や資材を積んだ貨物船がユラユラと波に揺れ、そこから馬車で荷物を運搬しては戻る馬車と、荷物を積んだ馬車が集落で行き交う。

 狭くデコボコした道で数人の普請方の人達が「合図」を、取り合っては大声を集落に響かせ、真剣な表情が馬にも伝わったのか馬の吐息にも力が入る。

 岬に向かう途中には何本もの電柱が立てられ、馬車の通る道の端に大勢の電気業者が集い、立ち上る土ぼこりに顔を顰める。

 岬の中央では手を休めることなく普請方が黙々と土を掘り、その横で大きな丸太で出来た「タコ」を数人がかりで「よいせぇー! ドスン! よいせー! ドスン!」と、地固めに気合を込める。

 草を刈る者、木々の根を馬を使って引き抜く者、セメントと砂を混ぜ合わせる者と、集落の人口の10倍近い人たちが一斉に額から汗を流す。

 白かったシャツは次第に土で汚れ、立ち上っていた土ぼこりは落ちた汗で、湿り気を帯て水を撒いたようになり、それを案ずるかのような空をトンビがクルリと輪を描く。

 浜辺から聞こえる海水客の大歓声が風に流れて、普請方の耳に入れば一斉に浜辺を向いた日焼けした顔に笑顔が零れた……

 



◆◆◆◆◆95話




 伐採されて裸になった岬の向こうには、今まで集落からは見えなかった青々とした水平線が見え、その手前には大勢の労働者の白いシャツがうごめいている。

 天高く上っていた太陽が海に沈む時、青々としていた大海原を太陽が真赤に染め、伐採された御神体から流れ出た血の色だと年寄り達は、地蔵様へそして神社へと駆け寄った。

 毎日のように繰り返される「岬」の工事は、少しずつ集落に「明」と「暗」を見せつけ、年寄り達の神仏を拝む声は衰えることはなかった。

 港には岬の「出来事」を一目見ようとアチコチの港から漁師達が「発動機(ふね)」を出し、普段は静かな船着場も大勢の漁師達で賑わった。

 御神木に守られていた畑は「潮風」に晒され、その緑色の葉を「辛子色」に変え、少ない土地を耕す浜人(はまんど)達の目頭を熱くさせ、その傍らで左右に広がる大海原の景観に「はしゃぐ」浜子達の姿。

 今まで御神木が夕日を遮り、早々と集落を「夜」に導いていたものの、岬の工事は集落に「昼間」の長さを教えるように夕日を集落に伝えた。

 柱時計が夕方の六時を回ったと言うのに、竹蚊帳の外からは真っ赤な夕日が家中を照らし、その眩しさから逃げるように背中を向け「ラジオ」に耳を傾ける。

 港ではアチコチから集まった漁師達の「発動機(ふね)」が煌々と灯りを燈し、船着場ではその灯りを頼りに岬で働いた労働者たちは、桟橋の上に円を描き遅い夕飯と水風呂で汗を流した。

 仏壇に手を合わせ「南無阿弥陀仏… 南無阿弥陀仏…」と、拝む婆様を横目に、生まれて初めて見る家中に入る夕日を、浜子を抱き寄せて見入る女子衆(ははおや)の複雑な表情。

 毎日、手を休めず仏壇を拝み続ける年寄り達の心を少しでも癒そうと、隣街から呼び寄せた寺の住職(ぼうさま)が、沈む夕日に一礼し御仏の「心」を説いて回る日が続いた。

 岬の工事が進む中、年寄り達の心も住職(ぼうさま)の説きの御蔭で、日に日に笑顔を取り戻し工事が終わった日の夕方、住職と浜人たちは一同に学校の校庭に集まり、沈む夕日と切り倒された御神木に祈りを捧げた。

 岬に聳え立ち灯りを大海原に届ける「灯台」を、見守るかのように横一列に並んだ「御神木」で作られた「木地蔵(もくじぞう)」も、水平線に沈む夕日を眩しそうに見つめていた。

 その後、枯れ果てた畑には潮風に強い作物が植えられ、岬は緑一色で覆われた……

 

 

◆◆◆◆◆96話(上)





 毎夜のごとく集落外れにある集会所は大賑わいになっていた… 灯台の灯りを頼りに漁から戻った漁師達は「晩餉(ばんげ)」も取らずに、手に酒とツマミを持っては集会所を訪れた。

 電気の開通した浜集落にやって来た「テレビジョン」と言う箱の中で、人間が踊ったり歌ったりと摩訶不思議な物を見ようと、使われなくなった「廃屋」の集会所は普段とは違う活気に満ちていた。

 縦三尺半に横四尺半のズッシリとした木目の箱に四本の足が付いていて、その重みは床に敷かれた畳に刺さるように沈んでいる。

 その大きな箱の中央部に縦横一尺ほどの「丸みを帯びた四角い窓」がついていて、その窓の下に「ホーン」とローマ字で記された音の出る箇所がある。

 集落の一軒一軒が銭を出し合い、不足分を町役場が補填する形で、町外れの集落にやって来たと言う四本足のテレビジョンは真空管式で、見たい時間の三十分ほど前から電源を入れて置かないと見れないものであった。

 そのため飯も食わんと漁師達が集まる集会所には「テレビ番・電気番」と言う、名称で集落の一軒ずつが交代でそれを担い、漁から戻った漁師達が直ぐに見れるようにとのことだった。

 集落にテレビジョンが来たことで、集落にはそれまで無かった「番」が増えることになって行った… 街から遠く離れた集落は電波の受信感度が酷いほど悪く、標高数百メートルの裏山の天辺に中継アンテナが聳え立ち、風が吹いては支える丸太が折れ、雨が降ったと言えば支柱の足元が崩れ落ちると言う具合だった。

 そこで出来たのが「アンテナ番」だった… 腕っ節の強い男衆が交代で務めるアンテナ番は、風が強く漁に出れない男衆専任の番人で、雨風が乱れ狂う夕方から山に登り道具を手にアンテナの倒壊を防いでいた。

 そしてテレビを見れなかった番人には酒が一升与えられ、その酒を片手に別の日に他の漁師達とテレビの前で、酌み交わしながら摩訶不思議な光景に目を細めていた。

 テレビの前には漁師の他に、男衆や女子衆と商売家業に関係なく、皆が集いテレビの前に横一列に並んだ、左から「テレビ番・掃除番・前日のアンテナ番」と、その家族が優先でテレビの前を埋め、それを囲むように大勢の浜人がテレビに見入っていた。

 テレビの画面(まど)が明るくなったと言っては「うわあぁぁー♪ パチパチパチ♪」と、拍手が沸き起こり、画面に人の顔が出たと言っては「でだあぁー! でだでだでだあぁー!」と、大喜びの光景だった。

 番組の予定表の無いこの集落に最後に登場したのが「物書き番」で、物書き番は時間と曜日の記された「帳面(ノート)」に、事細かく映った番組名と出演者を書き留める役目であり、主に初老の男衆がされを担っていた。
 
 初老の男衆の帳面には、縦横に仕切られた筆で書かれた線の中に、ビッシリと内容が埋め尽くされていたが、その字は浜子(こども)には難し過ぎて読める者おらず、テレビ帳面は集会所のテレビの上に誰でもが見れるように置かれていた。

 


  

◆◆◆◆◆97話(下)





 集落に一台しか無いテレビジョンは、まるで街の映画館のように毎日大盛況していた。

 昼間は浜子(はまご)達と母親や老婆たち、夜は漁から戻った漁師や男衆たちと、文明がもたらした一つの「灯り」は、浜集落に希望の光を届けた。

 岬の灯台に大空を照らす時「ドコドコドコドコ…」と、発動機(ふね)の機関音がアチコチから聞こえ、船着場に集まる男衆たちは、発動機を待つあいだ腕組みしては前夜の番組を語り合い、後ろを振り返って集落に灯された電球の明かりに「ホッ」と笑みを浮かべる。

 足元に詰まれた木箱の山に寄りかかり「はえぐ見にいきてぇーなぁー♪」と、近付く発動機の音を目で追いながら、荷車と箱の間を行ったり来たりを繰り返す。

 発動機が港に入れば普段でも活気付く港は、テレビジョン見たさに「更」に活気付き、魚を買い付けに来た街場の商家たちから「急げー!」とばかりに掛け声が掛かった。

 少し前までは夜ともなれば、買い付け商家も数少なかったが、集落に「電気」が届いてからと言うもの、道を照らす電柱の明かりでその数は何倍にも膨れ上がった。

 朝獲れる魚は商売用、夜獲れる魚は自家用と区別していた集落にとって、文明の力である「電気」は様々な人たちに様々な形でその恩恵を与えた。

 集落の道路に止められ闇夜に溶け込んでいた「大型トラック」も、今では街灯の明かりでその存在感を昼夜を問わず見せつけ、集落は港だけでなく住む者全てを活気へと導いていた。

 港からデコボコした細い道を荷車引いて歩む馬達、それを待てないとばかりにトラックの荷台から「そりゃぁ!」と、飛び降りて荷車の後ろを「よいせっ! よいせっ!」と、掛け声かけて押す運転手達。

 その荷車の少し後を「ザッザッザッ!」と、まるで兵隊さんのように足踏み揃える「ゴム靴」の音は、トラックへ近付くと「おぉーい! いぐどおぅー!」と、トラックの荷台で忙しく動き回る運転手と馬車主に伝えられ、兵隊のような足音に少し遅れて「ザッザッザッ!」と、追い付けとばかりに跡を追う。

 集落の集会所は瞬く間に人集りで溢れ、家々から持ち寄られた「酒と番餉(ばんげ)」に、漁師も馬車主もトラックの運転手も「まってましたぁー♪」と、大歓声が沸き起こった。

 夜の九時、商家に頼まれて来たトラックは、地響きを立て集落を離れ、後に残った馬車主と漁師達の目は「爛々」と輝き、物書き番が書いた「帳面(ちょうめん)」に釘付けになった。

 浜子(はまご)達の読めない難しい字で書かれた帳面に群がる男衆、女子衆が帰ったのを見届けると「頬をニンマリ」とさせ、テレビジョンの前に座る。

 白黒のテレビジョンに映し出された映像には「膝下を出したスカート姿の女性」が、たって何かを朗読していたようだったが、それを見るや否や「よっ! 待ってましたぁ!」と、男衆から歓声が巻き起こった。

 この当時、女性が素足を見せることの少なかった時代、テレビジョンに映った女性の素足が見たくて胸をワクワクさせる男衆の目は皆「爛々」と、輝いていた。

 そして不思議なことに、集落にテレビジョンが来てからと言うもの、アチコチでは「おめでた」が相次いで報告されたと言う。

 この後、テレビジョンは普及し数軒で「共同購入」が立ち上がり、今年は何処の家、来年は何処の家と言う具合に、テレビジョンは家々を回って歩いたと言う。

 



◆◆◆◆◆98話




 セミの泣き声と入れ替わるように、砂浜を埋め尽くした海水浴客の姿も少なくなり「夏も終わりか…」と、暑さを懐かしむかのように自然と陽のあたる場所へと足が向く。

 山々は夏の終わりも感じられないほどに緑一色に覆われているものの、空を見上げれば青々していた色が少し和らいだように思え、視線を海に向ければ浜から漂う潮風が少しだけ濃く(つよく)感じる。

 午前10時をゼンマイ式の腕時計が指した時、下の砂浜から立ち上げる「浜焼き」の煙が、一本また一本と数を増やし数キロにも及ぶ砂浜には黒とも白とも付かぬ煙の柱が空に届けとばかりに勢いを見せる。

 砂浜の見える場所へ少し歩みよれば「煙柱」の回りに、麦藁帽子が幾つも上へ下へ右へ左へと動き回り、馬橇(ばそり)の後ろに取り付けられた「犂(すき)」が、砂浜を掘り起こしている。

 山里の畑で見る光景が、浜集落の砂浜に不思議な光景を醸し出していた。


 ※浜焼き

 夏の終わりに海水浴客が残して行ったゴミを、馬と犂(すき)を使い砂を掘り起こし、周囲から集められた流木と一緒に燃やす行事で、単なるゴミ焼きとは意味の異なる浜集落ならではの行い。
 この浜焼きを夏の終わりとして秋を迎える準備にはいる。





◆◆◆◆◆99話




 白い足袋(たび)に白いタイツ、半ズボンにランニングシャツ、頭の上には外が白く内側が赤い帽子、盆を終え、漁も一段落した浜集落に遅い運動会の季節がやってきた。

 木造平屋の校舎から下へと続く傾斜地の松林の下、街の学校のグラウンドの半分にも満たない小さなグラウンドに、白線が引かれグラウンドの内側に紅白で撒かれた丸太が四本、内と外の区切りを示す。

 夏の暑さが未だ残る中、乾いた土煙が風に舞い小さなグラウンドの外側に敷かれたムシロの上を右往左往する。 黄金色に輝くムシロは、この時とばかりに「山里」の香りを「藁(わら)」に替えて浜集落に伝える。

 港で使うムシロと違い、厚みのある優しい肌触りの「ムシロ」から、遠く離れた山里の温もりが、運動会の始まるのを今か今かと待ちわびる浜人(はまんど)達の足元に伝えられる。

 グラウンド中央に聳え立つ数メートルの「マスト」は、港の漁船から借り受けた「ラッパ(スピーカー)」付きの丸太、そして真新しく塗られた白いペンキがその匂いを辺りに漂わせる。

 灰色の作業スボンにゴム長靴を履いた「教職員(せんせいさま)」達の顔から「ピリピリ」と緊張感が走り、見守る観客と行進のために並んだ児童生徒たちに伝わる。

 グラウンドの外側に居る観客たちに、運動会の手順表(わら半紙)を配る、隣り街の学校から駆けつけてくれた「モンペ姿」の女性教職員に、丁重に感謝を表す浜人達にも「ホッ」と、緊張感の取れる一時(ひととき)である。

 厳しい表情の教職員と校長を前に、帽子をかぶった坊主頭やオカッパ頭の浜子達が決められた通りに整列し、厳しい顔で演壇を見詰めれば、離れた街場から来た町長さんや役場の迎賓の話しを、延々一時間以上聞かされ、次々に演壇に駆け上がる漁業関係者や警察関係者、そして最後は校長先生へと話しは繋がり、二時間近く立っている浜子たちは「ピクリ」とも動かず息を殺している。

 グラウンドを囲む観客達は静まり返り、ひたすらマストから聞こえる迎賓や関係者の話しに聞き入り、誰一人として茶化す者おらず、別のマストに国旗が掲揚されると、グラウンドの観客から「うおぉぉー! パチパチパチ」と、盛大な拍手が沸き起こり運動会は開催された。

 隣り街から掛け付けた女性教職員の美しい声が、マストのラッパから観客達に種目を伝えると、ここぞとばかりに正座していた男衆達が膝たちして「うおぉぉぉー! パチパチパチ!」と、盛り上がりを見せ、周囲からは「ドッ!」と、笑い声が上がり華々しく運動会は幕を上げた。

 次々に種目が繰り広げられる中、小さな浜集落の運動会を盛り上げようと、集落の両側に延びる道から、土煙を上げ荷台に人を大勢乗せたダンプカーが何台も「ゴゴゴゴォー!」と、地響きを立て迫って来るのが見える。

 小さな浜集落の小さな運動会は大勢の観客の見守る中で、大人も子供も先生達や様々な関係者を巻き込んだ大運動会へとなった。

 グラウンドに鳴り響く「行進曲」に乗せて「パァーン! パァーン!」と、スタートガンが鳴って白い火薬の煙を上げ、辺りにマッチを擦ったような匂いが起ちこめる。

 赤組と白組に分かれた浜子達も練習の成果を見せようと、顔をしかめて頑張る姿を見せれば「孫の晴れ舞台とばかりに」涙ぐむ老婆が豆絞りで顔を覆い、足を滑らせ浜子が転べば「頑張れー! けっぱれぇぇー!」と、周囲から熱い応援の声が天を貫く。

 転倒し悔しさに涙を見せる浜子達に「よぐ、頑張ったどぉー!」と、男衆からも女子衆からも労いの声が浜子達にかけられ、大きな「赤チン(くすり)」の入った薬箱を持ち「もんぺ姿」の一人の女性が手当てに向かった。

 隣り街から応援に駆けつけた診療所の看護婦さんも、また額に鉢巻を結び真剣な表情で浜子達の傷の手当に追われていた。

 こうして、小さな浜集落の大運動会は進められて行く………





◆◆◆◆◆100話





 青く黒々した大海原を鉈(なた)で切ったように、白い波しぶきを跳ね付けて進む漁船団。 色とりどりの大漁旗を風に揺らせ、マストの喇叭(スピーカー)から「ドンドドドドンドドド!」と、和太鼓の音が流れ、横笛の「ピィープゥーピィー」の細く澄んだ音色に重なるように「神主」の祈りが、逆巻く波の溶け込み、そして風に舞いながら天を目指す。

 浜里の年に一度の「大漁祈願祭」は、船の内と外から普段の垢を何日も掛けて洗い流した後「ピィーガガガ! ピィーガガガ!」と、互いに無線で仲間と交信しながら「神主」の乗る先導船に何艘もの船が連なる。

 青い大海原に浮く白い船から、時折「ドドドドドオォォーン!」と、神主の祈りに続けとばかりに、真っ黒い煙が轟音と共に天に向けられ「乗り子(おきゃく)」達から、一斉に「うわあぁぁーい!」と、大歓声が巻き起こる。

 先導船からの「機関全開」の合図を受けると、船達は一斉に北へ西へ南に東へと進路を変え、逆巻く波に船首を数メートル乗り上げれば「乗り子」達から「うわあぁぁー! きえぇぇー!」と、大歓声、そして船首が数メートル下へと「一気に」落ちれば「ひょぉぉー! うわあぁぁー!」と、乗り子達の船に掴まる手に力がこもる。

 大揺れに揺れる船の上、大勢の乗り子の人数を数え、漁師は無線で「おらの発動機さぁー! 今年は8人乗せたぞぉ! これで来年は豊漁だぞぉー!」と、仲間達に伝えれば「いやいや! なんの! オラのとこだって7人乗せてるぞぉ!」と、仲間から無線がアチコチで飛び交い、その「自慢試合」に、耳を傾ける乗り子たちから「パチパチパチ!」と、大きな拍手が沸き起こった。

 神主の祈りと太鼓や横笛の音色の中、船達の「自慢試合」が繰り広げられ、中には「あいやぁ! までまでぇー! オラのとこは二人しかいねーども! 村長さんと町長さんがきってからのおぉー!」と、鼻を膨らませる何処かの漁師の声に「おぉぉー!」と、一斉に驚きの声が無線から辺りに漂う。

 船のマストのスピカーからアチコチの乗り子たちの大歓声と、漁師たちの自慢試合が三十分ほど続いた後、神主の乗った先導船から連なる船達に「ドオンッ! ドドドン! ドドドンッ!」と、太鼓の合図が入ると、突然船達は一斉に機関を静まらせた。

 大海原で渦巻くように先導船が大きな円を描きながら、ゆっくりと進めば、その後ろから二番船、三番船と船達は後を追うように渦巻きの形を取り、誘導船を中心に大きな渦巻きが完成すると、先導船の神主は太鼓と横笛の音色の中「かしこみ、かしこみ申すうぅー!」と、シャクを両手に大海原に頭を下げれば、漁師も乗り子も一堂に船の上に立ち上がり、神主が「来年の豊漁とぉー 山里の豊作おぉー 浜の神に対したてまつりぃー かしこみ祈願申し上げまするぅー!」と、船の上から樽酒を海原の神に小さな柄杓で何度も供えた後、船の上に積まれた「大根」を両手に持ち、天にかざして右へ左へと軽く振り、大根を真横に両手の平に置いて頭を深々と下げた。

 神主は大根を「海の神」に、里人からのお供えと伝えると、静かに海へと大根を供え「里ありてぇ! 浜、栄え! 浜ありてぇ! 里、栄えまするにぃー かしこみ、かしこみ豊漁、豊作の祈願申し上げまするうぅー!」と、神妙な面持ちで海に頭を下げると、船に乗った漁師も乗り子たちも一斉に頭を深々と下げ祈りを捧げた。

 この日、遥々(はるばる)浜里に来た「山里の山人(やまんど)」達は、浜里の大漁祈願祭の船に「山里の代表」として「乗り子」となって参加し、浜と山の栄えを皆と共に祈願し、里人たちは心の中でやがて来る厳しい冬が、浜神様のおこす浜風で和らぎますようにと合掌を繰り返した。

 浜人(はまんど)は山里の豊作を、山人(やまんど)は浜里の豊漁を互いに神様に祈願し、浜の大漁祈願祭は幕を閉じた。

 浜集落は山里から運ばれた色鮮やかな山の恵みに笑み浮かべ、そして山人たちも海の恵みに笑みを浮かべ、やがて来るであろう厳しい冬を乗り越えるべく神社の中で、神様ともども無礼講の酒を酌み交わした。

 目を閉じれば今も蘇る、大漁祈願祭の終わり大海原の船の上で酒盛りを楽しむ、浜人と山人の乗り子の笑い声、そして当時流行っていた流行歌がマストのスピーカーから「コッココココケッコォー♪ コッコココケッコォー♪ 私はミネソタの卵売りぃー♪ 私は街中の人気者ぉー♪」と、一艘の船がラジオから流れる音をスピーカーに出すと、一斉に別の船達もスピーカーから同じ曲が流された。

 凍りついた山の木々の割れる音が「カァーン! カァーン!」と、耳の奥深くにコダマし、閉じた瞼の内側に真っ赤に沈む夕焼けが蘇る。

 こうして山里の険しい森の中に住む「天狗様」の旅の話しは終わりを告げた。

 完結

 

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