こんな国、捨てて差し上げますわ

藍田ひびき

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後編

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 翌日、王宮の広間に集ったのは王太子アルベリクと重臣、ユリアーナとフランシーヌ。そして急遽呼び出された貴族たちだ。
 
 アルベリクはフランシーヌが王太子妃に相応しいことを知らしめるべく、貴族を呼びつけたのである。だが参加者の中に高位貴族の姿は見当たらず、下位貴族数人のみであった。
 王太子の呼び出しにも関わらず高位貴族がなぜ参加していないのか。少し考えれば彼らの「騒動に巻き込まれたくない」という思惑に気づけたであろうに。

「ここに魔力測定器がある。まずはユリアーナ。これに全魔力を籠めてみろ」

 王太子が側近に命じて持ってこさせた水晶の玉。これは魔力を持って生まれた子供に対して、その魔力量を測るためのもの。王国ではよく使用されている。
 ユリアーナは水晶玉に手をかざし、魔力を籠める。すると玉はうっすらと光を放った。

「次はフランシーヌだ」

 姉に代わり、フランシーヌが前に進み出て同じように魔力を籠めた。その途端、水晶玉はまばゆい光を放ち、大広間中を照らした。
 居並ぶ重臣や貴族たちからおおっという感嘆の声が挙がる。ピエリック神殿長だけは、悔しそうな顔をしていたが。

「そらみろ!フランシーヌに比べ、ユリアーナの魔力量の何と乏しいことか。やはり『豊穣の聖女』に相応しいのはフランシーヌだ。何か申し開きはあるか、ユリアーナ」
「ございません」
「では今すぐ、婚約解消の契約書にサインしてもらおう。それから、婚約の証である女神の指輪を返却せよ」
「かしこまりました」

 契約書にサインをしたユリアーナは、左手から指輪を外した。

 そして指輪を渡す際、ユリアーナはアルベリクの顔をじっと見つめ、「本当によろしいのですね?」と問いかける。
 その瞳はきらきらとした美しい碧色だ。その瞳に何故かひどく焦りを感じたアルベリクは、自身の感情を隠すように彼女を怒鳴りつけた。

「くどい!今さら返すのが惜しくなったのか?もう契約書にはサインしたのだ。覆らんぞ」

 ユリアーナは黙ったまま、指輪をアルベリクへ渡した。

「用は済んだ。さっさと王宮から去るがいい」
「はい。今までお世話になりました」

 優雅にカーテシーをして見せた後、ユリアーナは広間を退出していく。それを見つめながら、アルベリクは「最後まで可愛げの無い奴だ!」と吐き捨てた。

「まあいい。これでフランシーヌと婚約出来るのだ。フランシーヌ、どこだ?すぐに婚約の契約書を」


 フランシーヌが王宮どころか神殿からも姿を消したことにアルベリクが気づいた頃には、姉妹の乗った馬車は国境へ向けてひた走っていた。

「本当に失礼な話だわ。私なんかより姉様の方が、ずうっと魔力が高いのに!」
「指輪に魔力を吸われていたのだから、仕方ないわよ」

 女神の指輪。それは装着した者から魔力を吸い取り、神殿に据えられた女神像へとその魔力を流し込むものだった。そして魔力の溜まった女神像へ祈りを捧げることで、豊穣の力は国全体に行き渡る。

 だがそれは、装着者にとてつもない負担をかけるものだった。魔力の少ない者であれば数日で昏倒し、最悪は死に至るほどだ。ユリアーナが無事だったのは、彼女の魔力量が類をみないほど膨大だったからである。

 だがユリアーナとて魔力の大半を吸われれば、まともな状態ではいられない。食べても食べてもやせ細っていたのはそのためだ。また疲れやすくすぐに倒れるので、フランシーヌのように市井へ降りることなど出来なかった。

「髪だって、昔はあんなに綺麗なブロンドだったのに……」
「魔力が戻ってくれば、髪は元に戻るわよ。それより、貴方は本当にこれで良かったの?アルベリク様は、貴方ならば私と違って大事にしてくれたかもしれないわよ」
「嫌よ!姉様を散々貶めた人に嫁ぐなんて。それにあの方、なんだか嫌らしい目で私の身体を見るのだもの。ああ、早く国境に着かないかしら。こんな国、今すぐにでも離れたいわ」

 表向き、姉妹は孤児であり神殿に保護されたとなっていた。だが実のところは、娘の価値へ気づいた両親に売り飛ばされたのである。
「父さん、母さん、置いていかないで!」と叫ぶ二人の声に振り返りもせず、神官から受け取った金貨の袋を大事そうに抱えて去っていく。それが記憶に残っている両親の、最後の姿だ。

 引き取った神殿も、姉妹とって決して良い環境では無かった。神殿長は権力闘争に余念がなく、二人は彼にとって駒でしかない。姉の方は王太子妃とし、また妹には市井で聖女の力を使わせ、神殿の力を高めようとした。
 他の神官たちはといえば、姉妹に仕事を押し付けて自分たちは怠惰な生活を送っていた。彼らのほとんどは問題を起こして家から出された貴族子弟であり、女神への信仰心など誰も持ち合わせていなかったのである。

 王宮の者たちはさらに酷かった。聖女の重要さを理解している国王夫妻は彼女たちを丁重に扱うよう指示を出したが、下の下まで目が届くわけではない。侍女や使用人、下働きに至るまでが二人へ嫌がらせを行った。平民でありながら自分たちを傅かせる彼女たちに、妬みもあったのだろう。
 
 ユリアーナが古臭いドレスを着ていたのもそうだ。貴族としての教養を受けていない彼女は、ドレスの選定を王宮の侍女へ任せていた。侍女たちはわざと流行遅れのドレスを用意し、陰でユリアーナをあざ笑っていたのだ。

 それでも王太子の婚約者という立場を持つユリアーナはまだマシだった。何の肩書きもないフランシーヌに対して、嫌がらせはより苛烈だった。
 廊下を歩けば雑巾水を掛けられる。出されたお茶に虫が入っていたこともある。下っ端の衛兵たちに物陰へ連れ込まれ、乱暴をされそうになったことすらあった。彼女の悲鳴を聞いた騎士が駆けつけたため事なきを得たが、その騎士も震えるフランシーヌへ「男漁りなら外でやれ。城内で騒動を起こすな」と面倒そうに吐き捨てた。
 
 姉妹にとって、互いだけが唯一の拠り所だったのだ。
 無論、エヴラール王国にも善良な者はいただろうが――姉妹がこれまでに受けた仕打ちは、この国を見捨てるに十分な理由だった。


◆ ◆


 視察から戻った国王夫妻は息子を叱りつけ、すぐにユリアーナとフランシーヌを捜索させたが、二人の行方は杳として分からなかった。
 加護を失った国土は徐々に疲弊していく。貴族の一部は、全財産を持って他国へ移住した。残った者たちは王家の罪を糾弾し、自分たちが権力を握る好機と動き出した。国全体が争乱に巻き込まれ、荒れ果てた。
 
 国王は他国に助けを求めたが、手が差し伸べられることはなかった。諸国にとって、目立った産業もなくやせ細った国土しかないエヴラールを助けたところで何の旨味も無かったからである。エヴラール王国の滅亡まで、そう時間はかからないだろう。それが諸王たちの見解だ。
 

 見目麗しい凄腕ヒーラーの冒険者姉妹が世界中で噂になるのは、もうしばらく先のことである。
 
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