せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました

藍田ひびき

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5. お飾りじゃなかった

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 暴れる父親が連れられて行く様を、リュシエンヌは泣きながら眺めていた。
 
「彼の取り調べが終わっても、君に危害を加えないよう処理する。心配しなくていい」
「ぐすっ……ありがとうございます。私、父にそこまで憎まれていたのね……。全然気づかなかった」
「アルトー伯爵は、君を亡き妻の身代わりにしていただけだ」
「あくどい手を使ってでも、妻にしたかった女性が愛を向けてくれなかったんだもの。恨んでしまうのも分かる気がするわ」
 
 愛しているからこそ、その心が自分に向けられないのが辛い。その気持ちが今のリュシエンヌにはよく理解できる。
 
 しかも恨みをぶつけたい相手はもうこの世にいない。どこにも逃げ場のない感情を抱えて、父は苦しんでいたのかもしれない。
 だからといって、それを娘にぶつけるのは筋違いであるが。
 
「どうかな。母君の気持ちは分からないが、少なくとも不貞はしていなかったんじゃないか?」
「私、そんなに父に似てます?」
「ああ。それに愛と憎しみは紙一重だと言うだろう?伯爵の妻や君への想いには、どちらも含まれていたんじゃないかな」
「……そうかもしれませんね」

 自分に向けた父の微笑みが全て嘘だったとは、リュシエンヌには思えなかった。
 幼い自分が熱を出したとき、徹夜で付き添ってくれたこともあったのだ。
 愛情が無ければ出来ることではない。……リュシエンヌがそう思いたいだけかもしれないが。

「ところで旦那様はどうしてここに?」
「執事から連絡を貰ったんだ」

 リュシエンヌの様子が変だったと侍女から注進を受け、処罰覚悟で封書を開けた執事が離縁届を見つけた。その知らせを受けてオーバンはアルトー伯爵家へ駆け付けたのである。
 
「なぜ黙って出て行ったんだ。何か不満があったのなら、言ってくれれば」
「旦那様はリリーベル殿下とご結婚なさると思っていたのです。そうなれば私は不要、いえむしろ邪魔な存在になりますから」
「は!?俺は既婚者だ。王女殿下と婚姻するわけが無いだろう」
「私と離縁すれば可能ですわ。殿下との婚姻は貴方にとって益のあること。ですから身を引くことが、お飾りの妻としての最後の仕事と」
「先程も言ったが、殿下はフォルジア帝国の皇子と婚約が決まっている」

 王家はフォルジア帝国との繋がりを強めたがっているが、もう一つの大国ラング―ドとの同盟強化を推す派閥から反発が起きている。
 王女と皇子の婚約も妨害される恐れがあった。そこでラング―ド派には「婚約の話は無しになった」という嘘情報を流し、秘密裡に婚約を進めていたのだ。

「でも、リリーベル殿下は貴方のことを」
「殿下は自分の責務を疎かになさるような方ではないよ」

 確かにリリーベル王女はオーバンへ憧れていたし、それを口にすることもあったという。しかしその気持ちは憧憬の域を出ない物であり、また帝国へ嫁ぐことが自分の役割であることも彼女は理解されているそうだ。
 
 ダンスを二度踊ったのはラング―ド派に見せつけるためもあったが、最後の思い出にと王女に頼まれたからでもあった。

「殿下から頂いたハンカチを、大事そうに取ってありましたわ」
「王族から拝領した品を、粗略に扱うわけにはいかないだろう。使ったことは一度もない。それに俺は、君を正式な妻として扱ってきたつもりだ。お飾りなどでは断じてない」
「最初に愛を求めるなと仰ったではありませんか」
「うっ……それは……」

 痛いところを突かれたのか、オーバンがバツの悪そうな表情になる。

「た、確かに最初はそう言った。それはその、理由があって」

 彼は学生時代から様々な令嬢に言い寄られてきた。
 爵位が上がり名声が高まると、さらに令嬢たちからの攻勢が激しくなった。中には他の男性と婚約している令嬢や、既婚の夫人までいたそうだ。
 
「貴方のためなら、婚約者を裏切っても構いませんわ……」と胸をすり付けながら誘惑してくる令嬢には吐きそうになった、と語るオーバンの表情は嫌悪に満ちていた。

 そんな中、オランド公爵夫人から縁組を持ち込まれた。かなり強引だったようで、オーバンはきっとまた自分に懸想した娘だろうと思っていたそうだ。
 しかし実際会ってみればとても理知的な女性。自分の失礼な物言いにも淡々と返すところを見て、この人ならと結婚を決めたのだと彼は語った。
 
「君と過ごす時間は俺にとって心地よいものだった。いつしか妻という役割だけではなく、大切な人だと思うようになった。君は聡いから分かってくれているだろうと」

 リュシエンヌが顔を伏せた。握りしめた拳がぷるぷると震えている。
 
「……そんなもの……」
「リュシー?」
「言われなきゃ分かりませんわ!!!」

 淑女の心得はどこへやら。リュシエンヌは感情のままに声を張り上げる。

「親子ですら言葉が足りなければ、すれ違うこともあります。私だって父の意図に気付けませんでしたもの。まして私たちは結婚して二年足らず。言葉が無ければ伝わりませんわ。黙っていても分かってくれる?私は旦那様の母親でも乳母でもありませんわっ」

 呆気に取られて固まってしまった夫に構うことなく、リュシエンヌは怒りの形相で捲し立てた。

「しかも最初に『愛を求めるな』なんて言われたんですもの。心の交流を拒否されたと思うのは当然でしょうに!」
「済まない。その通りだ」

 オーバンはひざまずいて、そっと彼女の手を取った。

「前言を撤回する。リュシエンヌ、俺は君と真に愛し合う夫婦になりたい」
 
 懇願するかのように妻を見上げるオーバン。髪は乱れ、自身なさげな表情なのにやっぱり見目麗しくて小憎らしい。
 
 リュシエンヌはぷいっと横を向いた。怒りの表情を作ってはいたが、その頬は赤くなっている。
 
「私たちには一にも二にも会話が必要です。言葉にしなくても分かって貰えるなどと、思い上がらないで下さいませ」
「分かった」
「女性だからと十把一絡げに考えるのはお止めください。中には貴方と共に人生を歩もうと真剣に考えていた令嬢だって、いたと思いますわ」
「肝に銘じる」
「貴方、顔がいい自覚はございますの?女性に絡まれるのがそんなにお嫌なら、眼鏡をかけるなり髭を生やして威厳を出せば良いと思いますわ」
「ああ。何でも君の言うとおりにする。だから、どうか戻ってきてくれないか」

「……仕方ありませんわね。そこまで仰るのなら、戻って差し上げますわ」
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