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それから三ヶ月後。ノルデン子爵家の応接間にて、婚約解消の話し合いが行われました。
フィリーネ様とアルベルト様に同席なさっているのは旦那様と奥様、グラーツ夫妻、そしてフランツィスカ様です。
「第三者がいた方が、より公平な判断が下せるでしょう?フィリーネ様は大切な友人ですもの。喜んで協力させて頂きますわ」
なぜフランツィスカ様がいらっしゃるのかと怪訝な顔だったグラーツ夫妻も、侯爵令嬢にそう言われると黙るしかありません。伯爵家から見ればノルデン子爵家は格下。いざとなれば婚約続行をごり押しされるかもしれませんもの。フランツィスカ様、グッジョブですわ。
「おおむねは事前にご連絡したとおりです。アルベルト君のフィリーネへの態度は目に余ります。このまま結婚しても、うまくやっていけるとは思えない。これは娘の希望でもあります」
「ちょっと待って下さいな。うちの子が悪いというんですか?」
「普段からフィリーネ嬢の振る舞いには問題があると息子は言っていました。それでも彼女を愛している、共にありたいとアルベルトは強く望んでいます」
やはり。あのクソ害虫野郎、家族にもお嬢様の悪口を吹聴していましたわね。本当にそんなダメ令嬢を妻にしたら、自らの評判も下がるでしょうに。そんなことも想定できないのでしょうか、この単細胞は。
「俺はフィリーネにどれだけ足りない部分があったとしても、受け入れるつもりです。彼女が何を言ったか知りませんが、娘だからと闇雲にその言葉を信用するのは如何なものでしょうか」
「これはここ三ヶ月、アルベルト君が娘と交わした会話を侍女に記録させたものです」
すっと書類を取り出してグラーツ夫妻へ渡す旦那様。それを読んだグラーツ伯爵の顔が、みるみるうちに険しくなりました。
「アルベルト……お前、本当にこんなことをフィリーネ嬢に言ったのか?」
アルベルト様が青ざめる様子に、私は胸がすく思いでした。その記録は全て私が書いたものです。実はお嬢様があの男と婚約して以来、私が立ち会った場での会話は覚えている限り全て書き残してしております。それをお見せしたところ、旦那様がドン引きなさっておられましたけれども。お役に立てて何よりです。
「そ、そんなのでたらめだ!フィリーネが侍女に書かせたものなんて、信用できるかっ」
「あら。聞き捨てなりませんわね」
ここまで黙って静観なさっていたフランツィスカ様が初めて口を開きました。冷たい光を湛えたその眼力に、さしものアルベルト様もたじろいだ様子です。
「公正を期すため、ここ三ヶ月はお二人の茶会に我が家の侍女も同席させておりました。我が家の侍女とイルゼの記録を付き合わせて、差異がないことを確認しておりますわ」
なぜこの話し合いまで三ヶ月もかかったのか。
それはこの場で公正な証拠として、提示できる資料を作成するためだったのです。
「本当に言ったのか?どうなんだ、アルベルト!」
「う……言いました」
「なんてこと……!こんなの、ほとんど言いがかりのようなものばかりじゃない。しかもフィリーネ嬢どころか、ノルデン子爵家を貶めるようなことまで……」
「また先日、グラーツ家の馬車に置いて行かれた件ですが」
「それは行き違いがあったと聞いております。既に謝罪は受けて頂いたはずですが」
「行き違いではなく、グラーツ令息はわざとフィリーネ様を置いていったようですわ。彼がそのように吹聴していたことを、私自身が耳にしております」
「何っ!?本当か、アルベルト!」
何やら声にならぬ声で答える害虫、いえアルベルト様を、グラーツ伯爵が叱り飛ばしました。
旦那様も彼を睨み付けて「偶然アーレンス侯爵令嬢に拾って頂けたから良かったが、フィリーネにもしもの事が有ったらどう責任を取るつもりだったのかね?」と怒りを孕んだ声で問い掛けます。
「今さらそんなことを蒸し返さなくても……何でも無かったんだから良かったじゃないですか。それに、学院には共用の馬車だってあります。そのくらいの機転を利かせられなかったフィリーネにも非があるでしょう」
「あの時間では、最終の馬車には間に合いませんでしたわ」
そうです。アルベルト様を待たず、授業が終わってすぐに帰り支度をしていれば、十分に間に合ったはずなのです。
アルベルト様は余計なことを言うなとばかりにお嬢様を睨み付けましたが、フィリーネ様は素知らぬ顔をされていました。いつもならびくびくとしながら謝罪の言葉を述べていたでしょう。ですがもう、お嬢様の心にあの男の居場所など無いのです。
「ノルデン子爵、フィリーネ嬢。この度はうちの馬鹿が本当に申し訳ありませんでした。婚約の解消、いや破棄でも当家は受け入れます」
おや。グラーツ夫妻は案外ちゃんとした方たちのようです。優秀なアルベルト様の言うことだからと、信じてしまったのかもしれませんね。親としてそれはどうかと思いますけども。
「父上、俺は納得してない!そりゃ少し強引なやり方だったかもしれないが、俺はそれがフィリーネのためになると信じていたんだ。俺の言うとおりにすれば、理想的な淑女になれるって」
「そんなもの、お前の妄想を押しつけているだけだろうが」
「確かに私に至らないせいで、アルベルト様の理想から外れてしまっていたのでしょうね」と、お嬢様が上品に首を傾げながらおっしゃいました。
「だろう?フィリーネ、やはり君だけは分かってくれるんだね。君は俺の理想の女性だ」
「アルベルト様。私にも理想としている殿方像はありますわ。貴方も、それに沿うようにして下さるのですか?」
「あ、ああ!勿論だ。君のためなら努力する」
「ではまず、学院の専攻を騎士科に変わって下さいませ」
「は?」
「私は騎士様のような逞しい殿方が好みですの。だから近衛騎士を目指して下さいませ。ああ、あと収入は父上と同じくらいは欲しいですわね。ならば最低でも近衛隊長くらいにはなって頂かないと。あと月に一回は観劇に連れて行って頂きたいですし、毎月友人を招いてお茶会を開きたいですわ。それにドレスも新しいものを月に一度は仕立てて欲しいですわね」
「何をバカなことを!そんなこと、出来る訳ないだろう!常識で考えてものを言え」
顔を赤くしてぷるぷると震えながらそう叫んだ屑男は、周囲からの冷たい目線に気づいて口を閉ざしました。
『常識で考えろ』それは彼自身の言動そのものです。自分がどんなに理不尽なことを言っていたか、少しは気付けたのかしら。
「私は貴方の理想に沿うことができません。貴方も、私の理想に近づこうとする気はないのでしょう?ならば、私たちは一緒にいるべきではないと思いますわ」
「そんなのは努力次第だろう!君がもっと努力してくれたなら……」
「どうして私だけが、努力しなければならないのです?」
優雅な微笑みを消し、お嬢様は鋭い視線で婚約者を見据えました。
「私の希望は何一つ叶えようとしないくせに、こちらへ自分の理想を押し付ける。そんな身勝手な方のために、どうして努力する気になれましょう。次の婚約者にはあるがままの私を愛し、尊重して下さる方を選びたいですわ」
それは、容赦のない拒絶でした。それでも反論しようとしたアルベルト様の肩をグラーツ伯爵が叩いて「諦めろ」と諭します。
がっくりとうなだれるアルベルト様の姿に、私は心の中で天へ向かって拳を突き上げました。
「イルゼ、この服で本当に大丈夫?」
「はい。良く似合っておいでですよ、お嬢様」
今日のお嬢様は薄い赤色のワンピースをお召しです。ふんわりとした色合いが、お嬢様の美しさをより際立たせておりますわ。
「オスヴィン様は喜んで下さるかしら」
「勿論です!今日のお嬢様の可愛らしさを見れば、涙を流して喜ぶに違いありませんわ」
「ふふ。イルゼはいっつも大げさなんだから」
あれから婚約は無事に解消となり、お嬢様にはフランツィスカ様から幾人かの令息をご紹介頂きました。その中で相性が良さそうだったオスヴィン・バルツァー子爵令息と、婚約を前提に交流を行っているところです。前回の反省もあり、じっくりと互いの相性を見極めるそうですわ。
オスヴィン様はバルツァー子爵の次男で、近衛騎士を目指しておられるそうです。お嬢様好みの逞しい身体に加え、お優しくて気遣いの出来る方。フィリーネ様はすっかり彼がお気に召したようです。
一方、アルベルト様ですが。しばらくはフィリーネ様に付きまとっていましたが、当家からきつく苦情を申し上げた後は大人しくなりました。聞くところによれば新たな婚約者を探しているものの、どこの家からも断られているとのこと。
彼が元婚約者についてあることないことを言いふらして貶めたという過去は、学院どころか社交界中に広まっています。そんな方へ嫁ぎたい令嬢などいないでしょう。
彼は誰にも選んで貰えないという事実にいたく憤慨したらしく「俺は世界的に有名な研究者になる男だ!その時に後悔しても遅いんだぞ」と息巻いていたそうですわ。
その後トップの成績で研究所へ就職したものの、今では閑職に回されているとか。上司の指示を聞かない、注意されればふてくされる。あまりにも独善的な性格で使い物にならないと判断されたようです。そんなザマでは高名な研究者になるどころではありませんねえ。ふふふ。
「これであの目障りなあの男も終わりね。すっきりしたわ」
先日お会いした際、フランツィスカ様はそう仰いました。お嬢様に聞こえないよう、こっそりと。
「これも全て、フランツィスカ様のおかげでございます」
「私は大したことはしていないわ。あの男が、自分で自分の足を引っ張っただけよ」
アルベルト様の噂を社交界へ広めたのは、フランツィスカ様です。
あの日、お嬢様を送って下さったのがアーレンス侯爵令嬢と聞いた時……私は天の助けだと思いました。
学院へ通っている妹から、アーレンス侯爵令嬢が同級生のアルベルト・グラーツ令息とその仲間を酷く嫌っているという話を聞いたことがあったのです。
私はお嬢様からのお礼状を携えてフランツィスカ様の元を訪れ、無礼を承知で協力をお願いしました。フィリーネ様とアルベルト様の婚約解消へ手を貸して欲しい、と。
フランツィスカ様は「以前から、あの男は気にくわなかったのよ」と快く承知して下さいました。
あの害虫野郎は以前、フランツィスカ様のことを「美人だが気が強すぎる。あんな女の夫になる男は苦労が耐えないだろう」と悪し様に言っていたらしいのです。
侯爵令嬢を怒らせるなんて、愚かにも程がありますわね。どのみち、あの男には先が無かったのです。別れられて本当によろしゅうございました。
あれ以来、フランツィスカ様とフィリーネ様はすっかり仲良くなられました。お嬢様も友人が増えて嬉しそうです。
「あのね、イルゼ。オスヴィン様が二人だけで出掛けられたらいいのにって仰ったの」
「いけません!まだ婚約もしていないのに、二人っきりになるなど。そんな不埒な殿方だったとは……これは婚約者候補から外すべきかもしれませんわ」
「冗談で言われただけよ。もうっ、イルゼはお父様より厳しいわね」
「当然です。私は旦那様からくれぐれもお相手のお人柄を見極めるよう、仰せつかっておりますので!」
ええ、そうですとも。
お嬢様のことは、このイルゼがしっかりお守り致しますわ。御身に相応しい殿方へ嫁がれる、その日まで。
フィリーネ様とアルベルト様に同席なさっているのは旦那様と奥様、グラーツ夫妻、そしてフランツィスカ様です。
「第三者がいた方が、より公平な判断が下せるでしょう?フィリーネ様は大切な友人ですもの。喜んで協力させて頂きますわ」
なぜフランツィスカ様がいらっしゃるのかと怪訝な顔だったグラーツ夫妻も、侯爵令嬢にそう言われると黙るしかありません。伯爵家から見ればノルデン子爵家は格下。いざとなれば婚約続行をごり押しされるかもしれませんもの。フランツィスカ様、グッジョブですわ。
「おおむねは事前にご連絡したとおりです。アルベルト君のフィリーネへの態度は目に余ります。このまま結婚しても、うまくやっていけるとは思えない。これは娘の希望でもあります」
「ちょっと待って下さいな。うちの子が悪いというんですか?」
「普段からフィリーネ嬢の振る舞いには問題があると息子は言っていました。それでも彼女を愛している、共にありたいとアルベルトは強く望んでいます」
やはり。あのクソ害虫野郎、家族にもお嬢様の悪口を吹聴していましたわね。本当にそんなダメ令嬢を妻にしたら、自らの評判も下がるでしょうに。そんなことも想定できないのでしょうか、この単細胞は。
「俺はフィリーネにどれだけ足りない部分があったとしても、受け入れるつもりです。彼女が何を言ったか知りませんが、娘だからと闇雲にその言葉を信用するのは如何なものでしょうか」
「これはここ三ヶ月、アルベルト君が娘と交わした会話を侍女に記録させたものです」
すっと書類を取り出してグラーツ夫妻へ渡す旦那様。それを読んだグラーツ伯爵の顔が、みるみるうちに険しくなりました。
「アルベルト……お前、本当にこんなことをフィリーネ嬢に言ったのか?」
アルベルト様が青ざめる様子に、私は胸がすく思いでした。その記録は全て私が書いたものです。実はお嬢様があの男と婚約して以来、私が立ち会った場での会話は覚えている限り全て書き残してしております。それをお見せしたところ、旦那様がドン引きなさっておられましたけれども。お役に立てて何よりです。
「そ、そんなのでたらめだ!フィリーネが侍女に書かせたものなんて、信用できるかっ」
「あら。聞き捨てなりませんわね」
ここまで黙って静観なさっていたフランツィスカ様が初めて口を開きました。冷たい光を湛えたその眼力に、さしものアルベルト様もたじろいだ様子です。
「公正を期すため、ここ三ヶ月はお二人の茶会に我が家の侍女も同席させておりました。我が家の侍女とイルゼの記録を付き合わせて、差異がないことを確認しておりますわ」
なぜこの話し合いまで三ヶ月もかかったのか。
それはこの場で公正な証拠として、提示できる資料を作成するためだったのです。
「本当に言ったのか?どうなんだ、アルベルト!」
「う……言いました」
「なんてこと……!こんなの、ほとんど言いがかりのようなものばかりじゃない。しかもフィリーネ嬢どころか、ノルデン子爵家を貶めるようなことまで……」
「また先日、グラーツ家の馬車に置いて行かれた件ですが」
「それは行き違いがあったと聞いております。既に謝罪は受けて頂いたはずですが」
「行き違いではなく、グラーツ令息はわざとフィリーネ様を置いていったようですわ。彼がそのように吹聴していたことを、私自身が耳にしております」
「何っ!?本当か、アルベルト!」
何やら声にならぬ声で答える害虫、いえアルベルト様を、グラーツ伯爵が叱り飛ばしました。
旦那様も彼を睨み付けて「偶然アーレンス侯爵令嬢に拾って頂けたから良かったが、フィリーネにもしもの事が有ったらどう責任を取るつもりだったのかね?」と怒りを孕んだ声で問い掛けます。
「今さらそんなことを蒸し返さなくても……何でも無かったんだから良かったじゃないですか。それに、学院には共用の馬車だってあります。そのくらいの機転を利かせられなかったフィリーネにも非があるでしょう」
「あの時間では、最終の馬車には間に合いませんでしたわ」
そうです。アルベルト様を待たず、授業が終わってすぐに帰り支度をしていれば、十分に間に合ったはずなのです。
アルベルト様は余計なことを言うなとばかりにお嬢様を睨み付けましたが、フィリーネ様は素知らぬ顔をされていました。いつもならびくびくとしながら謝罪の言葉を述べていたでしょう。ですがもう、お嬢様の心にあの男の居場所など無いのです。
「ノルデン子爵、フィリーネ嬢。この度はうちの馬鹿が本当に申し訳ありませんでした。婚約の解消、いや破棄でも当家は受け入れます」
おや。グラーツ夫妻は案外ちゃんとした方たちのようです。優秀なアルベルト様の言うことだからと、信じてしまったのかもしれませんね。親としてそれはどうかと思いますけども。
「父上、俺は納得してない!そりゃ少し強引なやり方だったかもしれないが、俺はそれがフィリーネのためになると信じていたんだ。俺の言うとおりにすれば、理想的な淑女になれるって」
「そんなもの、お前の妄想を押しつけているだけだろうが」
「確かに私に至らないせいで、アルベルト様の理想から外れてしまっていたのでしょうね」と、お嬢様が上品に首を傾げながらおっしゃいました。
「だろう?フィリーネ、やはり君だけは分かってくれるんだね。君は俺の理想の女性だ」
「アルベルト様。私にも理想としている殿方像はありますわ。貴方も、それに沿うようにして下さるのですか?」
「あ、ああ!勿論だ。君のためなら努力する」
「ではまず、学院の専攻を騎士科に変わって下さいませ」
「は?」
「私は騎士様のような逞しい殿方が好みですの。だから近衛騎士を目指して下さいませ。ああ、あと収入は父上と同じくらいは欲しいですわね。ならば最低でも近衛隊長くらいにはなって頂かないと。あと月に一回は観劇に連れて行って頂きたいですし、毎月友人を招いてお茶会を開きたいですわ。それにドレスも新しいものを月に一度は仕立てて欲しいですわね」
「何をバカなことを!そんなこと、出来る訳ないだろう!常識で考えてものを言え」
顔を赤くしてぷるぷると震えながらそう叫んだ屑男は、周囲からの冷たい目線に気づいて口を閉ざしました。
『常識で考えろ』それは彼自身の言動そのものです。自分がどんなに理不尽なことを言っていたか、少しは気付けたのかしら。
「私は貴方の理想に沿うことができません。貴方も、私の理想に近づこうとする気はないのでしょう?ならば、私たちは一緒にいるべきではないと思いますわ」
「そんなのは努力次第だろう!君がもっと努力してくれたなら……」
「どうして私だけが、努力しなければならないのです?」
優雅な微笑みを消し、お嬢様は鋭い視線で婚約者を見据えました。
「私の希望は何一つ叶えようとしないくせに、こちらへ自分の理想を押し付ける。そんな身勝手な方のために、どうして努力する気になれましょう。次の婚約者にはあるがままの私を愛し、尊重して下さる方を選びたいですわ」
それは、容赦のない拒絶でした。それでも反論しようとしたアルベルト様の肩をグラーツ伯爵が叩いて「諦めろ」と諭します。
がっくりとうなだれるアルベルト様の姿に、私は心の中で天へ向かって拳を突き上げました。
「イルゼ、この服で本当に大丈夫?」
「はい。良く似合っておいでですよ、お嬢様」
今日のお嬢様は薄い赤色のワンピースをお召しです。ふんわりとした色合いが、お嬢様の美しさをより際立たせておりますわ。
「オスヴィン様は喜んで下さるかしら」
「勿論です!今日のお嬢様の可愛らしさを見れば、涙を流して喜ぶに違いありませんわ」
「ふふ。イルゼはいっつも大げさなんだから」
あれから婚約は無事に解消となり、お嬢様にはフランツィスカ様から幾人かの令息をご紹介頂きました。その中で相性が良さそうだったオスヴィン・バルツァー子爵令息と、婚約を前提に交流を行っているところです。前回の反省もあり、じっくりと互いの相性を見極めるそうですわ。
オスヴィン様はバルツァー子爵の次男で、近衛騎士を目指しておられるそうです。お嬢様好みの逞しい身体に加え、お優しくて気遣いの出来る方。フィリーネ様はすっかり彼がお気に召したようです。
一方、アルベルト様ですが。しばらくはフィリーネ様に付きまとっていましたが、当家からきつく苦情を申し上げた後は大人しくなりました。聞くところによれば新たな婚約者を探しているものの、どこの家からも断られているとのこと。
彼が元婚約者についてあることないことを言いふらして貶めたという過去は、学院どころか社交界中に広まっています。そんな方へ嫁ぎたい令嬢などいないでしょう。
彼は誰にも選んで貰えないという事実にいたく憤慨したらしく「俺は世界的に有名な研究者になる男だ!その時に後悔しても遅いんだぞ」と息巻いていたそうですわ。
その後トップの成績で研究所へ就職したものの、今では閑職に回されているとか。上司の指示を聞かない、注意されればふてくされる。あまりにも独善的な性格で使い物にならないと判断されたようです。そんなザマでは高名な研究者になるどころではありませんねえ。ふふふ。
「これであの目障りなあの男も終わりね。すっきりしたわ」
先日お会いした際、フランツィスカ様はそう仰いました。お嬢様に聞こえないよう、こっそりと。
「これも全て、フランツィスカ様のおかげでございます」
「私は大したことはしていないわ。あの男が、自分で自分の足を引っ張っただけよ」
アルベルト様の噂を社交界へ広めたのは、フランツィスカ様です。
あの日、お嬢様を送って下さったのがアーレンス侯爵令嬢と聞いた時……私は天の助けだと思いました。
学院へ通っている妹から、アーレンス侯爵令嬢が同級生のアルベルト・グラーツ令息とその仲間を酷く嫌っているという話を聞いたことがあったのです。
私はお嬢様からのお礼状を携えてフランツィスカ様の元を訪れ、無礼を承知で協力をお願いしました。フィリーネ様とアルベルト様の婚約解消へ手を貸して欲しい、と。
フランツィスカ様は「以前から、あの男は気にくわなかったのよ」と快く承知して下さいました。
あの害虫野郎は以前、フランツィスカ様のことを「美人だが気が強すぎる。あんな女の夫になる男は苦労が耐えないだろう」と悪し様に言っていたらしいのです。
侯爵令嬢を怒らせるなんて、愚かにも程がありますわね。どのみち、あの男には先が無かったのです。別れられて本当によろしゅうございました。
あれ以来、フランツィスカ様とフィリーネ様はすっかり仲良くなられました。お嬢様も友人が増えて嬉しそうです。
「あのね、イルゼ。オスヴィン様が二人だけで出掛けられたらいいのにって仰ったの」
「いけません!まだ婚約もしていないのに、二人っきりになるなど。そんな不埒な殿方だったとは……これは婚約者候補から外すべきかもしれませんわ」
「冗談で言われただけよ。もうっ、イルゼはお父様より厳しいわね」
「当然です。私は旦那様からくれぐれもお相手のお人柄を見極めるよう、仰せつかっておりますので!」
ええ、そうですとも。
お嬢様のことは、このイルゼがしっかりお守り致しますわ。御身に相応しい殿方へ嫁がれる、その日まで。
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