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第一章 花嫁試験編

1. 魔王城へようこそ

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 皆さまご機嫌よう。アレクサンドラ・デュヴィラールでございます。
 わたくしは今、魔王城へ向かう馬車の中におりますのよ。

 あれからひと月。事務手続きや荷物の選定などの準備を済ませ、本日、入城の運びとなった。

 馬車は魔馬グラニに引かれ、空中を滑るように進んでいく。今日の空は晴れ渡っていて風もないため、ほとんど揺れがなく快適だ。
 アレクサンドラが乗っている車は、派手さはないが重厚感のある装飾が施されたもので、側面に大きくデュヴィラール家の紋章が入っている。後ろからもう一台馬車が追従しているが、こちらは荷運び用で飾り気のない質素なものだ。

 馬車の中では、アレクサンドラの向かいに座るカヴァスが目を輝かせて外を覗いていた。

「僕、飛馬車に乗ったの初めてです。家があんなに小さく見える!凄いなあ~」
「カヴァス。騒がしいですよ」
 
 隣に座るキャスに叱られ、カヴァスは慌てて座り直した。

「私どもは後ろの馬車でも良かったのですが……」
「あちらにはギリギリまで荷物を積み込みましたからね。仕方ありませんわ」
「着替えや日用品は分かりますが、本は置いていってもよろしかったのでは?」
「まだ読んでいる途中なのです。初代魔王様と西戒の戦いが佳境に入った所なのよ。このまま数カ月もお預けなんて我慢できません」
「お嬢様は本当にトレーノス戦記がお好きですね」

 トレーノス戦記とは、戦乱を繰り返していた魔族たちを初代魔王が平定し、フォルトリア王国の礎を築くまでを描いた一大軍記小説である。魔族であれば誰でも知っている、有名な書物だ。


(……魔王城はトレーノス戦記のファンにとって、聖地のようなもの)

「そこに滞在できるだけでもこの試験に参加する意義はありますわ……と、考えてらっしゃるのですね」
「キャス、人の心を読まないでくれる?」
 
 キャスが読心術を持っているわけではない。長い付き合いなので、考えを読まれてしまうのだ。

「決して聖地巡礼をしたいから、というだけで試験の話を受けたのではありませんのよ」

 魔王の花嫁に選ばれるということは、王国一の淑女と認められるということだ。その誉を得るのにやぶさかではない。
 自分の力を試したいという気持ちも、父の期待に応えたいという気持ちも、ちゃんとある。ついでに言うとデルフィーヌには負けたくない。



 数時間ほど飛んだだろうか。
 眼前に、空中に浮かぶ島が現れた。遠くから見ているうちは小さいように思えたが、近づいてみるとその巨大さに圧倒される。

 フォルトリア王国が誇る空中城、イル・ラーベ。

 首都コルネクラの上空に浮かぶその城は、王族の住まいの他、フォルトリア王国の統治に関わるすべてが集約されているそうだ。

(これが、魔王城……!)

 飛馬車が上昇する。
 下部はゴツゴツとした岩肌に覆われていたが、その上には壮麗な城が乗っていた。城だけでなく、町並みのようなものも見える。

「わぁぁ……!お城だけじゃなくて道や民家もありますよ!」
「まるで街が浮かんでいるような趣ですわね」
 
 イル・ラーベの南端、入り口に当たる場所は扇形の広場になっていた。
 馬車や騎獣ヒッポグリフ騎鳥シームルグなどが抑留されている。港なのだろう。その向こうには巨大な門があり、両側には杖をかざした男性と女性の石像が両側に立っている。建国の祖、初代魔王とその王妃を模しているらしい。
 トレーノス戦記において、初代王妃は良妻賢母でありながら武勇にもすぐれ、時には夫とともに戦場に立った女性として描かれている。アレクサンドラにとっても、憧れであり淑女として目指すべき賢人だ。
 
 三人の乗る飛馬車は港を大きく迂回し、城の裏手へ回り込んだ。

「あれっ?ここに降りないのですか?」
「こちらは一般魔族向けの港。王族や高官専用に別の入り口があるのよ。今回は我々もそちらを使って良いとのお達しなの」

 島の裏側、城の下部に当たる部分には突起のような小さな港があった。奥には装飾の付いた門があり、鎧を着た蜥蜴人リザードマンが二人、立っている。
 飛馬車は港に着地した。衝撃吸収の魔法がかけられているため、中にいる者にはそっと着いたように感じられたが実際は結構な音を立てているはずだ。
 
 既に、花嫁候補の令嬢たちが乗ってきたと思われる数台の馬車が止まっている。どの馬車も華美な装飾を施され、これでもかというくらいに家紋が強調されていた。娘を送り出した親たちの競争心が伺える。どんな些細な事でも見栄を張ることを忘れないのが貴族というものだ。

 (……さながら、馬車の展覧会のようですわね)
 

 門番の蜥蜴人リザードマンがやってきて馬車の窓を叩いた。

「失礼致します。デュヴィラール侯爵家の方とお見受けしますが、通行証はお持ちですか」
「これでよろしいでしょうか」

 アレクサンドラに一礼した後、キャスから招待状を受け取った門番が内容を確認する。魔王印を確認した彼は、丁重に招待状をキャスへ返却した。

「はい、確かに魔王様の招待状ですね。こちら、通行証も兼ねておりますので出入りの際は必ずお持ち下さい」

「馬車はこちらにお止めください。ご足労申し訳ありませんが、ここからは徒歩になります。荷物は後ろの馬車ですか?係りの者に運ばせますね」

 アレクサンドラとキャス、カヴァスは飛馬車から降り、先導する門番の後をついて門へ向かった。彼らの頭上を、運び出された荷物が飛んでいく。

「見てください!荷物が飛んでいきますよ」
「運搬の魔法をかけた紙を貼り付けてあるのです」
「他の方の荷と混ざらないのでしょうか?」
「ご心配なく。行き先を記載しておけば、該当する部屋の前まで自動で飛んでいきます」
「便利ですわね」
 
 アレクサンドラも初めて見る仕組みだった。魔王城には最先端の魔法研究機関があると聞いている。そこの産物なのかもしれない。
 
 一行が入り口まで到着すると、蜥蜴人リザードマンたちが両側から門を開けてくれた。
 
「ようこそ、魔王城へ!」
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