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第一章 花嫁試験編
7. ノイジー・ガーデン
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「アレクサンドラ様、おはようございます。ご一緒してよろしいですか?」
「ごきげんよう、ディアナ。構わなくてよ」
次の試験会場へ向かうアレクサンドラに、ディアナが声をかけてきた。あの夜以来、懐かれてしまったようだ。悪い気はしない。彼女の素直な性格も好ましいが、何より努力家である所が大変良いと思う。
次の試験は薬草に関する知識や目利きを問うものだ。試験会場は離宮から少し歩いた所にある空中庭園で、様々な花や薬草の植えられた花壇が放射状に並んでいる。すでに幾人かの令嬢が到着しており、花嫁候補全員がそろった所で試験が開始された。
いくつかの病気について書かれた紙が配られる。内容は一人一人違っているらしい。その病気に対して効果のある薬草を花壇から選び、その煎じ方を解答すれば合格だ。
「簡単な試験でしたわね。あ~らアレクサンドラ様、まだ終わっておりませんの?」
「ええ、まあ」
「頑張って下さいな。それではお先に失礼致しますわ。おーほほほほ!」
一番に解答を終えたデルフィーヌが高笑いをしながら退出していった。
(……嫌味を言わないと死ぬ病気にでもかかっているのかしらね、あの女は)
ようやく答えにたどり着いたアレクサンドラは四番手だった。ディアナは二番だ。
「母が趣味で薬草を育てているので、私もよく庭仕事を手伝っていたのです」
「実践に勝る経験なし、ですわね。私も書物では学んでいましたが、実物を触るのは初めてだから手こずってしまったわ」
連れだって退出しようとしたその時、二人の耳に悲鳴が飛び込んできた。花壇にいた令嬢たちが慌てふためいている。
「きゃーっ!」
「あっちへ行って~!」
「何事ですの!?」
「げ、ゲイザーが……」
一つ目の怪物、ゲイザーが令嬢たちの周りを飛び交っていた。薬草の臭いに惹かれて入ってきたのだろう。大きさは手の平ほども無いが、令嬢たちはすっかり怯えてしまっている。
「あちらへお行きなさい!」
アレクサンドラが閉じたままの扇を一閃した。扇は怪物へ命中し、弾き飛ばされたゲイザーは庭園の外へ逃げていった。
「あ、ありがとうございました……」
「さすがはアレクサンドラ様、頼もしいですわ」
「全く……、良い年をして野良ゲイザーくらいで大騒ぎしないで下さいまし」
お礼を言いながら去っていく令嬢たちに苦言を呈していると、後ろから声をかけられた。
「そこのアンタ。えーと……アレクサンドラ、だっけ?」
ぞんざいな呼びかけに眉をひそめつつ振り返ると、立っていたのは少々ガッシリした体格の令嬢だった。茶色の髪を後ろで編み込んで垂らしている。貴族の女性はあまりやらない髪型だが、チェック柄が印象的なドレスに良く似合っていた。
「貴方は?」
「アタシはフェリーチェ。フェリーチェ・アウティエリってんだ」
不快感を隠さぬアレクサンドラに全く怯まず、明るく答えた彼女はさらに続けた。
「その扇子、見せてもらえない?」
「?……どうぞ」
断る理由も見つからないので扇子を渡す。フェリーチェと名乗った令嬢は扇を広げたり、骨組部分に力を入れてたわませたりといじり回していた。
「思った通りだ。骨組みに何か仕込んであるな。このサイズでこの重さ……、ミスリル銀かな。布はメルセディエの織物だけど普通の強度じゃない。魔法をかけてある?」
彼女の見立ては全て正しかった。面くらったアレクサンドラが答える。
「強化魔法をかけてありますの。よくおわかりになりますのね。驚きましたわ」
「うちはドワーフの家系でね。金属の加工を家業にしてるんだ」
「あ~、それでお詳しいんですねえ」
「ご家業は武具の製造ですの?」
「武具も作ってるけど、装飾品なんかの細工もやってるよ。母様が服飾デザイナーでね、父様の作る装飾品とコラボしたりしてるんだ」
「まさか……、お母様はアウティエリ伯爵夫人ですの!?」
横にいた令嬢が突如会話に割り込んできた。その大声に他の令嬢たちも反応する。
「えっ!あの超人気デザイナーの!?」
「メルセディエ侯爵夫人やビンディアルグ公爵夫人御用達の!?」
「予約は3年先まで埋まっているという、あのアウティエリ夫人!?」
「アウティエリ製のドレスは斬新なデザインで縫製もよくて、憧れておりますの」
「今着てらっしゃるドレスもお母様が作られたものですの?」
あっという間に、フェリーチェは令嬢たちに囲まれてしまった。ゲイザーが出たときより大騒ぎだ。
アレクサンドラとディアナは、令嬢たちの波をかき分けて何とか庭園から抜け出した。次の試験会場へ向けて歩いていると、後ろから走ってくる者がいる。フェリーチェだった。
「はあ、やっと抜け出せたよ」
「大変な人気でしたわね」
「人気があるのはアタシじゃないけどね。みんな、あわよくば母様にコネを作りたいだけさ。ドレスならアタシが作ろうかって言った途端に引き下がったよ。なんだかな~」
「フェリーチェ様もドレスのデザインをなさるのですか?」
愚痴をこぼしながら歩く彼女に、なんとなく連れだって歩いていたディアナが問いかける。
「フェリでいいよ。このドレスもアタシが作ったんだ」
「ええー!凄いです」
「なかなかのセンスだと思いますわ」
「ありがと。母様みたいな有名デザイナーになるのがアタシの夢なんだ。そのときはアンタたちも注文してくれよな!」
「フェリーチェ様~!もっとお母様の話を聞かせて下さいませ~」
「うわっ、また来た!アタシは先に行くよ」
フェリーチェが慌てて逃げていき、その後をどたどたと先ほどの令嬢たちが追いかけていった。ゲイザーの一匹どころか十匹くらい弾き飛ばせそうな勢いだ。
「大変ですわね・・・・・・・」
「でも、面白い方でしたわ」
「そうね、興味深くはあるわ」
言葉遣いは貴族令嬢とも思えぬ乱暴さだが、何故か不快には感じない。不思議な令嬢だ、とアレクサンドラは思った。
「ごきげんよう、ディアナ。構わなくてよ」
次の試験会場へ向かうアレクサンドラに、ディアナが声をかけてきた。あの夜以来、懐かれてしまったようだ。悪い気はしない。彼女の素直な性格も好ましいが、何より努力家である所が大変良いと思う。
次の試験は薬草に関する知識や目利きを問うものだ。試験会場は離宮から少し歩いた所にある空中庭園で、様々な花や薬草の植えられた花壇が放射状に並んでいる。すでに幾人かの令嬢が到着しており、花嫁候補全員がそろった所で試験が開始された。
いくつかの病気について書かれた紙が配られる。内容は一人一人違っているらしい。その病気に対して効果のある薬草を花壇から選び、その煎じ方を解答すれば合格だ。
「簡単な試験でしたわね。あ~らアレクサンドラ様、まだ終わっておりませんの?」
「ええ、まあ」
「頑張って下さいな。それではお先に失礼致しますわ。おーほほほほ!」
一番に解答を終えたデルフィーヌが高笑いをしながら退出していった。
(……嫌味を言わないと死ぬ病気にでもかかっているのかしらね、あの女は)
ようやく答えにたどり着いたアレクサンドラは四番手だった。ディアナは二番だ。
「母が趣味で薬草を育てているので、私もよく庭仕事を手伝っていたのです」
「実践に勝る経験なし、ですわね。私も書物では学んでいましたが、実物を触るのは初めてだから手こずってしまったわ」
連れだって退出しようとしたその時、二人の耳に悲鳴が飛び込んできた。花壇にいた令嬢たちが慌てふためいている。
「きゃーっ!」
「あっちへ行って~!」
「何事ですの!?」
「げ、ゲイザーが……」
一つ目の怪物、ゲイザーが令嬢たちの周りを飛び交っていた。薬草の臭いに惹かれて入ってきたのだろう。大きさは手の平ほども無いが、令嬢たちはすっかり怯えてしまっている。
「あちらへお行きなさい!」
アレクサンドラが閉じたままの扇を一閃した。扇は怪物へ命中し、弾き飛ばされたゲイザーは庭園の外へ逃げていった。
「あ、ありがとうございました……」
「さすがはアレクサンドラ様、頼もしいですわ」
「全く……、良い年をして野良ゲイザーくらいで大騒ぎしないで下さいまし」
お礼を言いながら去っていく令嬢たちに苦言を呈していると、後ろから声をかけられた。
「そこのアンタ。えーと……アレクサンドラ、だっけ?」
ぞんざいな呼びかけに眉をひそめつつ振り返ると、立っていたのは少々ガッシリした体格の令嬢だった。茶色の髪を後ろで編み込んで垂らしている。貴族の女性はあまりやらない髪型だが、チェック柄が印象的なドレスに良く似合っていた。
「貴方は?」
「アタシはフェリーチェ。フェリーチェ・アウティエリってんだ」
不快感を隠さぬアレクサンドラに全く怯まず、明るく答えた彼女はさらに続けた。
「その扇子、見せてもらえない?」
「?……どうぞ」
断る理由も見つからないので扇子を渡す。フェリーチェと名乗った令嬢は扇を広げたり、骨組部分に力を入れてたわませたりといじり回していた。
「思った通りだ。骨組みに何か仕込んであるな。このサイズでこの重さ……、ミスリル銀かな。布はメルセディエの織物だけど普通の強度じゃない。魔法をかけてある?」
彼女の見立ては全て正しかった。面くらったアレクサンドラが答える。
「強化魔法をかけてありますの。よくおわかりになりますのね。驚きましたわ」
「うちはドワーフの家系でね。金属の加工を家業にしてるんだ」
「あ~、それでお詳しいんですねえ」
「ご家業は武具の製造ですの?」
「武具も作ってるけど、装飾品なんかの細工もやってるよ。母様が服飾デザイナーでね、父様の作る装飾品とコラボしたりしてるんだ」
「まさか……、お母様はアウティエリ伯爵夫人ですの!?」
横にいた令嬢が突如会話に割り込んできた。その大声に他の令嬢たちも反応する。
「えっ!あの超人気デザイナーの!?」
「メルセディエ侯爵夫人やビンディアルグ公爵夫人御用達の!?」
「予約は3年先まで埋まっているという、あのアウティエリ夫人!?」
「アウティエリ製のドレスは斬新なデザインで縫製もよくて、憧れておりますの」
「今着てらっしゃるドレスもお母様が作られたものですの?」
あっという間に、フェリーチェは令嬢たちに囲まれてしまった。ゲイザーが出たときより大騒ぎだ。
アレクサンドラとディアナは、令嬢たちの波をかき分けて何とか庭園から抜け出した。次の試験会場へ向けて歩いていると、後ろから走ってくる者がいる。フェリーチェだった。
「はあ、やっと抜け出せたよ」
「大変な人気でしたわね」
「人気があるのはアタシじゃないけどね。みんな、あわよくば母様にコネを作りたいだけさ。ドレスならアタシが作ろうかって言った途端に引き下がったよ。なんだかな~」
「フェリーチェ様もドレスのデザインをなさるのですか?」
愚痴をこぼしながら歩く彼女に、なんとなく連れだって歩いていたディアナが問いかける。
「フェリでいいよ。このドレスもアタシが作ったんだ」
「ええー!凄いです」
「なかなかのセンスだと思いますわ」
「ありがと。母様みたいな有名デザイナーになるのがアタシの夢なんだ。そのときはアンタたちも注文してくれよな!」
「フェリーチェ様~!もっとお母様の話を聞かせて下さいませ~」
「うわっ、また来た!アタシは先に行くよ」
フェリーチェが慌てて逃げていき、その後をどたどたと先ほどの令嬢たちが追いかけていった。ゲイザーの一匹どころか十匹くらい弾き飛ばせそうな勢いだ。
「大変ですわね・・・・・・・」
「でも、面白い方でしたわ」
「そうね、興味深くはあるわ」
言葉遣いは貴族令嬢とも思えぬ乱暴さだが、何故か不快には感じない。不思議な令嬢だ、とアレクサンドラは思った。
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